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第二十六話 「亡者の列挙(前編)」

 あれからまたしばらく穏やかな日々が続いた。

 シエナはその後、剣術の腕にさらに磨きをかけた。

 今や単純な剣術の腕前だけならこの街の表彰台に食い込める。

 魔術も一通り初級魔術を覚え、最近では星雲の憧憬(ネビュラ)の習得に躍起になっている。

 …まぁ理屈を教えても首をかしげるばかりだったので道は長そうだが。

 それでも毎日、本人としてはコッソリと裏庭で風魔法を操る彼女の姿を見る。

 飛んだり跳ねたり、手をバタバタと動かしたりする様はとても可愛い。


 礼節の方も大分様になってきた。

 貴族礼節を覚えた彼女の次の課題は言葉使いと態度だ。

 それさえできれば王族への謁見も叶うのだという。

 ベンジャミンとシェリーの腕の見せ所だ。


 なお、昨年のシエナの誕生日にあったダンス逆に教えちゃいましたてへぺろ事件のその後。

 シェリーはベンジャミンの集中講義を受けることとなった。

 半年以上を費やして彼女は更生された。

 そして半年ほどかけて元に戻った。

 ある意味合いでシェリーは鋼メンタルだ。


 ドミトルとリュミドラは相変わらず忙しそうにしている。

 リュミドラは先月からディティス列島帯の方へと出発していった。

 ディティスの貿易窓口であるレオングローヴ家へ価格交渉に行くのだそうだ。

 上手くいけば、砂糖などの値段を下げることが出来るかもしれない。

 とのこと。

 彼女には個人的な依頼として珍しい調味料があれば持ち帰ってほしいと伝えておいた。

 島ごとに特色のあるディティスの特産品はまだ見ぬ珍品にあふれているのだという。

 とても楽しみだ。そろそろ醤油が恋しい。


 ドミトルは誕生日事件の後にしばらく使い物にならないくらい落ち込んでいた。

 曰く、ゼルジア家に融資してくれる当てを失ったのだという。

 アレックスの事ではなかったようなので一安心だったが、結局は俺が絡んでいる事案だった。

 ベルガーからの来賓でキングソード家一派の富豪が融資を取りやめたのである。

 エバーラウンズに関わるとろくなことが無い!

 と冷たく言い放され、ゼルジア家は財政難を迎える。


 …ことは無かった。


 そこは流石のリュミドラ貿易大臣。

 あっという間に金策を思いついてしまった。

 きっかけとなったのが、シエナのおやつに出したソーダ水。


「なにこれ!シュワシュワする!」


 と飛び跳ねながらリミルソーダを飲む娘を見て、これは売れる!となったらしい。

 製造方法と保存する際の注意点をリュミドラに伝えてしまえば、わずかな時間で流通にのせてしまった。

 ほんの数か月程度でギルドの酒場から発注を取るほどの大ヒット。

 現在は新たに風魔法を操れる人物を募集するとともに、建物丸ごと氷室にできる場所を探しているのだとか。

 空気の成分の説明が中々むつかしかったが、ここまで大規模な商品展開になるとは思わなかった。



 自分の話をすれば、肩から胸にかけての傷もベンジャミンの治療のおかげで後遺症もなく治った。

 しかし噛まれた跡は大きく残り、痣となってしまった。

 まるで心臓から炎が噴き出しているような痣。

 実は少しだけ気に入っている。

 …あ、可愛いユリウスきゅんの胸のぽっち。ティクビは無事なのでそこはご安心いただきたい。


 そんなこんながあって、今日は俺一人で街に出ていた。

 今年の冬には10歳になる。

 秋空の下、ポケットに手を入れてぶらぶらしていた。


 天高く馬肥ゆる秋、だったか?

 ようはとても過ごしやすい日が続いていた。

 日差しも温かく、今日も秋晴れのロッズの街。

 少々人通りが少ない気もするが、街を行く人の表情は朗らかであった。


 …俺以外はね。

 というのも、恥ずかしながら現在一文無しである。


 土魔法で作った皿なんかを売ったりしながら生計を立てていたが、さすがにもう無理だ。

 ギルドの依頼を受けたくてもこの街では良い依頼が無い。

 畑仕事くらいだ。

 それもそのはず。

 衛兵が居るのだから魔物の討伐は必然的に彼らが行ってしまう。

 衛兵の募集こそたくさんあっても、冒険者が日銭を稼ぐだけの依頼は無い。

 そもそもこの季節にこの辺で稼ぐならコガクゥの村に行けという話だ。


 こんなことならリュミドラから特許料を取っておけばよかった。


 まぁ、「金が無い!金が無い!」とばかり言っていては心まで貧しくなる。

 こういう時は気分転換だ。

 幸いにも今日のシエナの講義はベンジャミンが受け持っている。

 貴重なオフ日だ。


「…武器屋か…。」


 金槌のマークが掘られた看板が頭上で揺れている。

 石造りの家屋には大きな窓がついており、中の商品を何となく見ることが出来る。

 ショウウィンドウというやつだ。

 この街の建物の構造は商業目的に特化している部分がある。

 やはり南西地方の中心都市なだけはあるな。


 主な商品は剣。そして盾に鎧兜。

 槍や斧もあるが、品数は少なめだ。

 剣がポピュラーなのは剣を携えた英雄がこの大陸に多いからだろう。

 《剣豪》アレキサンドルスなどは特にわかりやすい。


 そういえばこの世界に来てからまともに武器屋を覗いたことが無かったな。

 そんな事を思いながらドアに手をかける。


 カランカランとベルが鳴り、奥から「らっしゃい」と野太い声がする。

 入口正面のカウンターには太っちょの男性が居た。

 俺と同じぐらいの身長でありながら、横幅は実に10倍はあるのではないかという縦横比。

 もじゃもじゃの毛に覆われた顔はもはやどれが髭でどれが髪でどれが眉なのか区別がつかない。

 所謂ドワーフ。この世界では魔族に分類される岩窟族という種族だ。

 そんな彼が出迎えてくれた。


「あんた、あれだな。領主様のとこの。」

「ユリウスと言います。いろいろお騒がせしてます。」


 誕生日事件以降、この街では名が知れてしまった。

 今は「あぁ、あんときの」くらいだが、当時はひどかった。

 根も葉もないうわさが独り歩きを続けてあらぬ方向へと広がっていた。

 実は本家ドラゴンロッドから遣わされた刺客である。とか。

 ディーヌ孤児院から引き取られてきた養子である。とか。

 没落した大貴族の最期の生き残りである。とか。


 …最後のは概ねあってる。

 まぁ、そうだとしても関係ない。

 俺はただのユリウス。

 デニスとサーシャの子供だ。


 …話がそれたな。


 とにかく噂好きの人々が俺を見るたびに周りを囲いあれやこれやと話しかけてくる。

 おかげでしばらくシエナと一緒に出掛けられなかった。


「なんか入用かい?あんた魔術師だろ。うちに杖は無いぞ。」

「すこし勉強を。シエナにいつか剣を渡すならどんなものが良いかと思いまして。」

「婚姻用か?」

「実用性重視で。」


 この店主もどうやら俺とシエナが引っ付くと思っているらしい。

 …悪くないよなぁ…。

 本当に叶うならゴールインしたいところだが、幼少期の恋は成就しにくい。

 思春期を迎えれば性格も好みも変わるもの。

 俺にとって女子はよくわからん生き物だ。

 いつかはシエナに「あんた誰?」と言われてしまう日が来るかもしれない。

 …嫌だなぁ…。


「実用性ねぇ…。うちにあるのは冒険者用の装備ばっかりだ、貴族用の綺麗な剣は無いぞ?」

「そういうとこはあまり気にしませんから。」


 そう伝えると店主はふむと呟いて、やたら低い椅子から腰を上げた。

 そして剣の棚へと体を横に向けながら狭そうに向かっていく。


「…どんなのが良い?」

「軽くて、頑丈。持ち手と刀身のバランスが気持ち刀身側に傾いている剣が良いです。」


 幾度も彼女に模擬剣を作ったのだ。

 シエナの剣の好みは熟知している。


「…こんなやつか。」


 彼がまず見せたのは細い両刃の剣だ、

 エストック?とかそういう突き刺す剣の部類になる。


「街の鍛冶師が鍛えた剣だ。刀身に重みがあり、一撃に長けてる。固い鎧やら厚い獣皮にめっぽう強いぞ。」

「持たせてもらっても?」

「うむ。」


 彼から受け取る。

 細身の剣でありながらも随分ずっしりとしている。

 やはり振り回すよりも突く攻撃に特化していそうだ。


「…いまいちか?」

「そうですね、シエナは踏み込みと体のばねを使ったしなるような剣筋です。突きは向いてないかもしれませんね。」

「そうか。」


 彼はそれを棚に戻すと次の剣を手にした。

 オーソドックスなショートソードだ。

 銀色の刀身には文字が刻まれている。

 魔族の文字だ。

 "唯首にのみ届く"と刻まれている。


「ディーヌ孤児院の鍛冶師が鍛えた魔族の剣だ。」

「剣の文字のはどんな意味があるんです?」

「験担ぎだ。魔族は武器に祈りを込めて文字を掘る。どんな敵の首も切ってやるという意思の表れだ。」


 へぇ、と受け取りながら返事をする。

 持ってみた感じだとどうにも柄が太すぎる。

 それに重心も刀身側に寄りすぎていてもはやバランスが悪い。

 切れ味も良く、丈夫なのは本当のことだろう。


「…いまいちか?」

「魔族の剣というのは興味深かったのですが。でもいい作りです。僕も手が大きければなと思います。」

「そうか。」


 淡々と接客する店主。

 余計な会話が無い分、こちらとしてはありがたかった。


 少し棚を移動してから彼は壁にかけてある剣に手を伸ばす。

 湾曲した片刃の剣。

 生前に見た青龍刀とかいう中国の剣の様に見える。


「ディティスから来たという商人から仕入れた剣だ。癖さえつかめば振りやすくよく切れるが、重いしすぐ錆びる。」

「なるほど。」


 湾曲した刀身に湾曲した柄。

 確かに握った感じの癖はあるが刀身のバランスは彼女の好みに近い。

 しかし手入れを怠りがちな彼女に錆びやすい剣はちょっといただけない。


「…いまいちか?」

「錆びやすいのはちょっと…。」

「そうか。」


 彼はそれを棚に戻す。

 その後も店主は何本も剣を見せてくれたが、しっくり来るものは見つからなかった。


「すみません。付き合っていただいたのに。」

「気にするな。どうせしばらくは客など来ない。良い暇つぶしだ。」


 彼は来た時と同じように椅子に座り直して言う。


「…もし変わり種が欲しければ、東門の近くにある"雑貨屋ポー"に行ってみると良い。妙な品ばかり扱う店だ。お目当てが見つかるかもな。」


 他にも彼から幾つかの店を聞いてから、お礼を言った後に店から出た。


 ---


 というわけでやってきました雑貨屋ポー

 ちなみにこの世界でポーという言葉はいくつか意味がある。

 おそらくこの店の場合は「無法者」という意味合いだ。

 現に店の前には樽がいくつも並べられて、杖なのか棒っ切れなのかよくわからない物が乱雑に突っ込まれている。

 他にも動物の骨や錆びた剣など、ゴミなのか商品なのか判断がつかない。


 扉があるわけでもないこの店はククゥ達がやりくりしていた店舗に似ていた。

 玄関。棚。受付。以上の大変シンプルなつくり。

 まぁ、棚の代わりに大半が樽だが。


「おや!」


 奥から九官鳥のような声が聞こえる。

 否、本物の九官鳥だ。

 籠に入った鳥が「おや!おや!」と話しかけてくる。


「客か!客か!あー!」


 これが本当に店なのか。

 店員どこだよ。


「見てけ!見てけ!買え!あー!」


 なんともがめつい鳥だ。


 彼?というか鳥を横目にしばらく商品をあさる。

 棚に突っ込まれた杖はどれもコガクゥの村の木をそのまま使用した杖だ。

 魔石は付いていないところを見ると製造過程で出た失敗作をそのまま仕入れている。

 ちなみに杖は石がついてなくてもちゃんと効力がある。しかし能力は格段に下がってしまう。


「銅貨1枚!銅貨1枚!あー!」

「いやそれは投げ売りしすぎでしょう…。」


 銅貨1枚。

 例えば黒パン(小)が買える値段。

 つまりは最低価格だ。

 実質100均。

 普通の杖であれば最低でもその10倍の価格がする。


「見てるだけなので、大丈夫ですよ。」

「買え!買え!買え!あー!」


 言葉が通じている…?。

 こいつが店員なのか?


 他の樽をあさる。

 どうやらこの店は形状でザックリと棚分け、ならぬ樽分けをしてあるようだ。


 魔物の素材が放り込まれた樽をみると変なにおいがした。

 おそらく腐ってしまっている物もある。

 案の定つまみ上げた水蜥蜴(ゲッコー)の皮には虫がたかっていた。


「銅貨6枚!銅貨6枚!」

「買いませんよ。」

「あー!!見てけ!見てけ!買え!あー!」


 なんと、この鳥はこの世界のペッ〇ー君だ。

 雑貨屋ポーだからペッポー君と名付けよう。


 と思ったところで、ある物を見つけて思わず掴み上げた。

 白い色の野犬の毛皮。

 間違いない。

 サーシャが作ってくれたローブの素材と同じものだ。

 あの純白のローブは肩から大きく裂けてしまっていてもう着ることが出来ない。

 いつか直そうと思って取っていたのだが穴をふさぐ素材が見当たらず難儀していた。

 サイズ的にも小さくなってきたので直してイリスにでもと思っている。


 ハンドタオルほどの大きさのそれは同じ樽の中のものと比べれば綺麗めの物だ。

 ずっと探してい居たのだが、まったく見る機会が無かった。

 まさかこんなところでお目にかかかるとは。

 無一文だが、これは手に入れたいところ。


「ペッポー君、これ幾らです?」

「あー!!金貨3枚!金貨3枚!あー!!」


 …え?


「…これ幾らですか?」

「金貨!金貨!3枚!3枚!あー!!」


 もう一度毛皮を掲げる。


「3枚!3枚!金貨3枚!買え!!あー!」


 何度聞いても金貨3枚。

 こんな小さな毛皮一切れがかなりの金額だ。

 翡翠石の杖の値段が金貨11枚であることを考える。

 そしてローブ全体の面積はザっと見てもこの10倍はある。

 金貨30枚分の高級素材が使われたローブ。

 今まで自分が着ていたのだと考えると、サーシャに感謝するとともに身震いした。

 もっと大切に扱えばよかった…。


「買え!!買え!!金貨3枚!!買え!!あー!!!」

「…遠慮しときます…。」


 そっと樽に返す。


「…客!!帰れ!!あー!!」


 冷やかしお断りの店だった…。


 ---


 結局足はギルドへ向かった。


 この時期のロッズのギルドは閑散としている。

 客も数えるほどしかおら…、いや先ほど一組「やっぱコガクゥか。」と言いながら出ていった。

 もう客は俺1人だけとなった。

 いつも元気なディアンドル風の給仕たちも居らず、ただ静かな店内で女将のヴェードゥが暇そうに頬づえをついている。


「あら坊っちゃんいらっしゃい。」

「こんにちは。ヴェードゥさん。」


 カウンター席によじ登る。

 ある程度身長が伸びたからもう踏み台無しでも大丈夫だもんね!


「今日はお嬢様と一緒じゃないのかい?」

「えぇ。まぁ。」

「そうよねぇ。今夜あたりだったかしらねぇ?」

「…?何がです?」

「何がって、亡者の列挙(ゴーストパーティ)さ。知らないのかい?」

「ゴースト?なんです?」


 何だったか。

 何処かで聞いた覚えがある…。


「そりゃあんた─。」


 ギィとスイングドアが開く音がして、俺もヴェードゥもそちらを見た。


 入ってきたのはローブを着た女だ。

 フードで顔を隠した女は穂先に布を巻いた長い白銀色の棒を携えている。

 おそらくは長槍。この近辺でそういう武器を扱う人は珍しい。


「いらっしゃい。見ない顔だね。なんか飲むかい?」

「火酒を頼む。あと適当な食い物を。濃く味付けてくれ。」

「あいよ。坊っちゃんちょっとごめんよ。」


 そう言ってヴェードゥは厨房へ消えていった。

 入れ替わるように女がカウンターへ足を組んで座り、隣の椅子に荷物と槍をかける


 水色のフード付きローブは薄く、ところどころ破けている。

 しかしあれは龍の翼の膜を使って作られたものだ。

 その素材は剣を通さない程に頑丈なのだという。おそらく長旅で擦り切れたのだろう。

 体のラインが出るほどに締め付けられた軽装鎧も同じように年季が入っている。

 金属の胸当ての端は紙のように薄っぺらい。

 かかとの長いロングブーツに左右非対称の籠手。

 おそらくは歴戦の戦士だ。

 しかし声の印象からはそれほど歳が行っているようにも思えない。

 サーシャやリュミドラと同じくらい。

 顔は良く見えないが、せいぜい30手前といった印象か。

 魔族だろうか?


「…何をじろじろ見ている。」


 ローブ越しに睨まれた。

 宵闇のように暗い紫の瞳がこちらを射抜く。

 しかしそれは急に眼を丸くした。


「…オズ─」

「すみません。人間観察が趣味でして。」


 思わず言い訳をしてしまう。

 彼女の言葉にはシエナとは違う迫力があった。


「…いや…。良い。すまない。」


 そういうと彼女はフードを取った。

 夕暮れ時の空のような暗い赤紫の髪がさらりと肩を滑っていく。


「この顔に見覚えはあるか?」


 無表情な彼女の顔。

 30手前よりまだ若い。

 美人であることは間違いないが、どこか陰のあるようにも見える。

 ミステリアス。といえばいいのだろうか。

 しかし見覚えは無い。

 今まで顔が良い人にはまぁまぁ会ってきたが、こういう手合いは始めてだ。

 俺が忘れるわけがない。


「えっと。どこかでお会いしましたかね?」

「…私の気のせいだ。忘れろ。」


 そういうと彼女は視線を前へ戻した。

 奥で調理をする音だけが酒場に響く。


 …なんでだろう。

 不思議な居心地の良さを感じる。

 酒場なのに、まるでイングリットの村にいたころのようだ。


「…この街の人間か?」


 彼女は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「わけあってこの街に滞在してる魔道士です。」

「魔道士…。ずいぶん古風なことだな。」


 おお!魔道士が通じた!!

 なんか感動!!

 同業者だろうか。


「お姉さんも魔道士なんですか?」

「いや…。私は何者でもない。」

「何者でもない…?」


 やたらと引っかかる。

 不思議系中二的言い回しは大好きだ。


「…ただの旅人だ。」

「あぁ、そういう…。」


 再び沈黙が降りる。

 奥の方で皿が割れる音がしてヴェードゥの「あちゃー。」という声がわずかに聞こえる。


「お姉さんはこの街は初めてです?」

「何度か来ている。」


 再び沈黙。

 会話が続かないが、気まずい感じはしない。

 これが自然な距離感に感じるのだ。


「今日は、亡者の列挙(ゴーストパーティ)らしいな。」


 彼女が口を開く。

 そういえばさっきもヴェードゥが同じようなことを言っていたな。


「…観光。ですか?」

「あぁ…。知った顔に、会えるかと思ってな。」


 少しだけ彼女の顔が歪んだ。

 後悔とも、哀愁ともとれる色が浮かんでいる。


「はいお待ちどう!!」


 ヴェードゥが勢いよく酒と食べ物を持ってきた。

 火酒の瓶とグラス。

 野犬のレッググリルに黒パン。

 それと根菜と香草の炒め物だ。


「あら、別嬪さんじゃないかい!!」


 ヴェードゥが覗き込むと、彼女はうっとおしそうに顔をそむけた。


「この街には何度か来てるそうですよ?」

「あら本当?こんな美人さんだったら忘れないと思うんだけどねぇ。」

「…何年も前のことだ。」


 彼女はそう言って火酒を瓶のままグイとあおった。


「ちょ、ちょっとあんた…。」


 その光景を見てヴェードゥは驚いた。

 俺も同じだ。止めるか迷う。


 火酒。

 この世界のウィスキーに相当するものだが、度数がとんでもなく高い。

 本来ならそこのショットグラスに半分ほど入れてチビチビ飲むか、何かで薄く割って飲むものだ。

 ラッパ飲みなんてとんでもない。酒飲み自慢の大男の冒険者が1口でぶっ倒れる代物だ。


 しかし彼女は全く平気な顔で食事に移る。

 手づかみではあるが、どこか上品さを感じる食べ方でパンをちぎっては口に運んでいる。


「…あたしゃここで70年女将やってるけど、見た覚えがないねぇ…。」

「どこにでもある顔だ。忘れろ。」


 火酒で口の中の物を流し込みながら彼女は言う。


「…で、女将さん。そのゴーストなんちゃらって?」

「あぁ、亡者の列挙(ゴーストパーティ)。この平原で死んだ亡者の魂が天に帰る日なのさ。」

「そんなものが。」

「戦いだらけのロッズだからねぇ。いろんな魂がまだこの地を彷徨ってるのさ。特に、誰かに恨みを持ってる魂はしつこく地上に残るって言うから─」


 そこまでヴェードゥが言ったところで。バリンと皿が割れる音がした。

 ローブの彼女がフォークで突いた皿が砕けてしまっている。


「…すまない。その、手が滑った。」

「ケガはないかい?そそっかしいんだねぇあんた。」


 あらあらと言いながらヴェードゥが皿を取り換える。

 しかし俺の目が留まったのは皿の砕け方だった。

 粉々だ。割れているのではなく砕けている。


 壊撃。

 それは間違いなく壊撃の破壊痕だった、


「ちょっと待ってなよ。なんか代わりのご飯持ってくるから。」

「必要ない。」

「お皿が入った料理なんか食べさせらんないよ!いいからいいから!」


 そういってヴェードゥはささっと卓上を片付けて奥に引っ込む。

 強引ではあるが、お客思いの良い女将だ。


 一瞬のにぎやかさの後に酒場は静けさを取り戻す。

 沈黙の音が聞こえるようだ。


「…お姉さん。強い人、ですよね。」

「なぜそう思う?」

「壊撃は一部の才能ある人しか使えませんから。」

「物知りだな。」

「修行してますので。」

「そうか。」


 途切れ途切れの会話が続く。


「…お前は、亡者が怖くないのか?」

「怖いも何も、見たことが無いので。」

「…不思議な奴だ。大概の子供は見ようが見まいが皆大泣きしてベッドに籠るものだ。」

「そんなに怖いのですか?」

「死者の顔を見て気味悪がらない物は居まいよ。」


 そういって彼女は野犬のグリルに噛り付いた。


 その後は、俺も彼女も特に会話せず。

 ヴェードゥだけが俺の相槌にずっとしゃべり続けた。


 ---


「馳走になった。」


 ジャラリと銀貨や銅貨をカウンターに置きながら彼女は席を立つ。

 料理も食べつくし、火酒も瓶を丸々1本飲み干してしまった。

 それで全く顔色が変わらない。

 鋼どころか、ダイヤモンドの肝臓だ。


「あんた、しばらくロッズにいるのかい?」


 ヴェードゥが彼女の背中に声をかける。


「さぁな。」

「もしよかったらまたおいでよぉ。あんたみたいな美人が居たら良い客もつくってもんさ。」

「…。」


 彼女は返事などせぬまま、一歩あるいてすぐに立ち止まった。


「…少年。」

「ユリウスです。」


 俺は押し付ける様に名乗った。

 そうするのが正解のように思えたからだ。


「…ユリウス…。」


 彼女は俺に視線を送る。

 まるで覗き込むようにじっと俺の瞳を見るのだ。

 …ちょっと緊張する。


「…日が沈む前に家に帰れ。今夜は外に出るな。連れていかれる。」


 それだけ言って荷物を担ぎ上げると彼女は足早に扉へ向かう。


「あの!!」


 俺が呼び止めると、彼女は足を止め肩越しにこちらを見る。


「えっと、お名前を聞いても?」

「…ロレス。」


 そして扉を押しのけるようにして酒場を後にした。


「…聞いたことないねぇ。」


 ヴェードゥは首をかしげながら言う。


「やっぱりあたしはあんな冒険者見たことが無いよ。」

「覚えがない、わけでは無いんですか?」

「一度見た人の顔は覚えるってのがあたしの特技なのさ。まぁ、名前と顔は中々一致しないけどねぇ。」

「それ、駄目な奴ですね…。」


 ---


 ロレスに言われた通り日が暮れる前に屋敷に帰った。

 俺は従順さで右に出る者のいない男だ。

 …いや、ベンジャミンの方が従順か。


 通りでは誰ともすれ違わず、屋敷に帰ると何やらあわただしい。

 従者たちがいそいそと片付けを行い、あるものは「お疲れさまでした。」とそそくさと荷物を抱えて帰っていく。


「あ、おかえりなさいませ。ユリウス様。迎えに行こうと思ってたとこですよ。」


 コートを羽織ったシェリーが迎えてくれる。


 んー!

 シックなコスチュームのメイドにおかえりなさいませ!と言われる生活ですよ?

 たまらんですね!


「何かあったんですか?」

亡者の列挙(ゴーストパーティ)が始まるので、早めの避難をと。亡者は灯りのある場所にはきませんので。」

「…そんなに物騒なんですか?」

「まぁ迷信ですけど。火の無いところになんちゃららですから。」


 なるほど。

 神様や魔法のある世界だ。

 そりゃ霊的なものも力を持つだろう。

 連れていかれる。というのは比喩ではなさそうだ。


「さぁはやくお屋敷の中へ。夕飯も用意できてますよ。」

「わかりました。」


 彼女に連れられて足を進めようとしたときに、ゴゥと風が吹いた。

 秋なのに、生暖かく、どこか湿った風。

 ぞわりと背筋にお悪寒が走る。


 ─オォォォォォォォォォ…


 風が啼く。

 低く呻くような声で。


「大丈夫ですよ。いつもの事ですから。」


 シェリーは鼻歌まじりで行ってしまう。


 …本当に大丈夫なのだろうか。

 念のためにサーシャのお守りを引っ張り出しておこう。


 そう思いながら、俺は屋敷に戻った。

用語解説


亡者の列挙

紅き邪龍の脅威が静まるころに現れた周期災害。

周期災害とは時を巡り必ず再現されるものであるとされる。

この災害は首都ロッズ周辺の亡霊が一時的に活性化し闊歩するもので、

レッド平原一帯にその現象がみられる。

見えるものの目には死んだもの魂が生前の姿で映るという。

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