第二話「不安な今と将来の夢」
1歳を過ぎた。
よちよち歩きを始めた俺は誰にも止められない。
おかげで階段も登れるようになったから二階にも行けるぜヒャッホー!
家中のいたるところをハイハイで這いずり回るので服が真っ黒になる。
うぉん、俺はまるで人間掃除機だ。
そのたびにサーシャにメッ!されるのだが、怒った顔も絵になる。
正直可愛い。
「怒った君も可愛いよ。」
俺の気持ちを代弁してくれたのはデニスだった。
この二人は事あるたびにイチャつくのだ。
いまも熱いベーゼを交わしている。
まさに新婚といったところだ。
お幸せに。
さて、今日も俺は好奇心の塊だ。
部屋で二人がおっぱじめてしまわないうちに動き出す。
夏場は使わない暖炉の中から、リビングの机の下。
二階に上がれば二人の営み部屋のベットの下や、子供部屋予定の空き部屋まで。
隅から隅まで観察観察。
まぁもっとも、扉が開いてないと部屋の中には入れないのだが……。
立てるようになっても手が届かないのならどうにもならない。
いやぁ、前世では陰キャのインドア派でしたのであんまり実感しなかったけど。
体動かすって楽しい!
元気に動き回ることのできる生命力あふれたこの体、大変気に入りましたわ。
ありがとうデニス。
ありがとうサーシャ。
俺は目を輝かせながら両親に感謝した。
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「ふはぁ」
朝ごはんの片づけが終わった頃に開けっ放しの玄関から外に出て芝生に転がる。
今日もいい天気だ。
あたたかな日差しがとても心地よい。
家の周りは人が良く通るところだけが地面がむき出しになっており。
それ以外は柔らかな芝生が覆っている。
周りを見渡せる少し小高い丘の上にあり、石垣が周りを囲っている。
さながらハ〇ジの家だ。
いや、彼女のお爺さんの家だったか。
デニスは今日も腰に剣をぶら下げて仕事に行ってしまった。
仕事といっても日が暮れる前には帰ってくる。
魔物討伐部隊は月に一度あるかないかくらいで結成されているようであまり高い頻度では魔物は出ないそうだ。
先月も先々月も、異常なーしなどと言いながら帰ってきていた。
普段は村の困りごとをやっつける何でも屋さんをしているらしい。
魔物についてだが以前に一度だけ魔物の死骸を見たことある、しかしあれはどちらかというと狂暴化した野生動物だ。
サーシャに抱えられてそれを目の当たりにしたが、とても大きな野犬だった。
野犬の毛並みは真っ黒で、体長は二股に分かれた尻尾も含めれば2メートルほどだろうか。
大きく開けられた口には鋭く大きな牙が並び、先の割れた舌がデロリと垂れ下がっている。
血の色が赤ではなくどす黒い青色であったのがとても印象深かった。
それが三匹ほど荷車にのせられて村へと運び込まれてきた。
仕留めた魔物は皮を剥ぎ、解体される。
肉は食料に、皮と筋は衣類に、骨と牙は装飾品や武器になるのだという。
「どの魔物のどの部分が食べられるか、ちゃんとお勉強しないとね。」
などとサーシャに言われたことを思い出す。
そっかー、魔物食べちゃうかー。
命に感謝だね。
体を起こすとサーシャがシーツを干していた。
張られたロープにすでに吊るされた衣類が風に揺られている。
そして彼女は洗濯物に手をかざす。
すると辺りの風向きが変わり、洗濯物たちはいっせいにバタバタとはためき始めた。
彼女が魔法で周辺の風向きを変えたのである。
この世界の日常生活に魔法は切っても切れない存在のようだ。
例えば家事だけで見ても、薪の着火から火加減の管理まで一括で魔法を使っている。
いまもそこですごい光景が繰り広げられている。
洗濯物第二波が水洗いされているのだが、桶から水が竜巻のように立ち上がってその中でタオルや下着がぐるぐると回っている。
洗濯機要らずだ。
それをロクロでも回すようにサーシャは手をかざして、鼻歌まじりで制御していた。
そもそも制御なんて言葉がいるのだろうか。
彼女たちはまるで手足のように魔法を使いこなすのだ。
そういえば魔法はいつから使えるのだろう。
俺は自分の小さな手を見つめた。
〇歳になったからスキルアンロック!
みたいな感じではないだろう。
そんなゲームみたいなことはないはずだ。
と思いつつ、俺もいくらか試してみた。
メニュー画面の表示するための合言葉がないか。
視界の隅にステータスや持ち物の確認ウィンドウがないか。
体のどこかに刻印があってそこをいじってスキルを得るとか。
どれもさっぱりだった。
気になる。
とても気になる。
どうやったら魔法が使えるようになるのか。
前世で魔法使い(DT)だったとはいえ、魔法を操った試しは無かった。
そうだ、聞けばいいじゃない。
目の前に素晴らしい魔術師がいるのに聞かない手は無い。
僕たち親子なんだからネ。
「かーさま。」
ママと数回呼んでみたことがあるが、何か気恥ずかしい。
なので最近は尊敬の念を込めて父様、母様と呼ぶのである。
俺は硬派な日本男児だ。
「はいはい、どうしたのー?」
洗濯魔術の手を止めて彼女はしゃがみ、俺と同じ視線になってくれる。
いかに親とは言え、この少年の中身は彼女いない歴=没年のおっさんだ。
そのクリッとした緑がかった目で顔を覗き込まれると、思わずたじろいでしまう。
もともと、目を合わせて話すのが苦手なのだ。
許してほしい。
「あの、えっと、それ、どうやるの?」
俺はモジモジキョドキョドしながら口にした。
見た目が愛くるしい少年でよかった。
「え?あぁ、魔法の事?」
サーシャはきょとんとした顔をした。
そしてんー、と顎に手を当てて考えるしぐさをする。
「そうねぇ、まず、周りに魔力があるでしょ?」
周り?空気中に魔力が存在するのか?
目には見えないが、あるのだろう。
「それをこう……、グルグルーって集めてからバーンて膨らませてシュッて絞るの!」
腕を回したり掲げたり、身振り手振りを交えながら踊るように彼女は説明を続ける。
なるほどわからん。
その後もズバッとかシュバババババとか擬音を多用した魔法講座が続いた。
実際に水や火などが何もない空間から出ては消え、出ては消えを繰り返している。
その光景を見ても要領がつかめなかったが。
「まだユーリにはわからないか。」
最後にそう言って申し訳なさそうな笑みで彼女は言った。
「ごめんね、お母さんは物心ついたころから魔法が使えてたからどうやって使えるようになったか覚えてないの。」
「そう……ですか……。」
これが才能の差というやつか。
その上で彼女は感覚派なのだ。
手をどうやって動かすの?という質問に動かし方を答えられても仕組みや手順を説明できる人は少ない。
ましてやその説明対象が1歳の子供相手なら理解難易度はさらに上がる。
仕方ないね。
小さくため息をつくと、彼女は俺の頭に手を置き
「大きくなったら自然にできるようになるよ」
と優しくを撫でた。
心の内で出来の悪い息子でごめんなさい。
と謝る一方で、 自然にできるようになる。
その言葉が不思議と響いた。
なお、その日の夕方にデニスにも同じことを聞いてみた。
返ってきたのは同じようなドーンだのガーンだのな説明だった。
うちの家系は感覚派しか居ないのか。
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それからしばらくたった。
俺は2歳になり体はスクスクと育っていった。
しっかりと大地を踏みしめて歩けるようになったし、発音も徐々に舌足らず感がなくなってきた。
リスニングって大事なんだな。
音声教材が世にあふれていた理由が納得できる。
しかしながら相変わらず魔法は使えない。
まったく理屈がわからない。
少し前にデニス近くの森に連れて行ってもらったこともあった。
そこは家から30分ほどの所にある木材を切り出すための管理された森だった。
なんでも家の近くより数段は魔力の濃い場所であるらしく、ここでなら魔法の使い方を感じ取れるのではないかという話であった。
そういうことならと俺は喜び勇んで日が暮れるまで必死足掻いてみたもののさっぱりであった。
今日はデニスは休みの日で、朝から家の裏で畑をいじっている。
俺も麦藁帽をかぶってお手伝いだ。
しかしながら出る幕がなさそうである。
彼もサーシャと同じように魔法が使えるのだ。
しゃがみこんで地面に手を当ててハッと声を出せば、畑の土が盛り上がる。
ヨッと声を出しながら立ち上がり両手を掲げれば畑に植えてあった芋が地面からはじき出される。
丸々と実った芋が宙を舞う。
そしてデリャっと左から右へ右手を振れば風が吹き芋についた土を吹き飛ばした。
「ふふーん」
ボトボトと畑に落ちる芋を背にしながら得意げな顔でこちらに振り向くデニス。
俺はおーと声を上げて拍手を送った。
おそらく目がシイタケになるくらいには尊敬のまなざしを送っていたと思う。
すっげぇ、父ちゃんすげぇっす!魔法って便利!
こんだけできるなら機械文明が無いわけだ。
体一つあれば何でもできるのだから。
「ユーリもやってみるかい?」
そう言われて彼は俺を畑の隅へ促した。
デニスの真似をして彼の隣にしゃがんで地面に手をつく。
「私と同じようにやってみればいい、大地の魔力を感じて自分の魔力と同調させて操るんだ。」
大地の魔力、自分の魔力。
俺は目をつむり集中した。
自分の内側、眠れる力に意識を向ける。
足先から力が流れるのを体で感じる。
そうか、この感覚か
地面に当てた手のひらが熱い
そうだ、グルグルーって集めてバーンと膨らませてシュッと絞るのだ。
ドクンと心臓が跳ねる
今だ!
「ハァッ!!」
俺は力を解き放ち目を開けた。
畑は先ほど目を閉じたときとさほど変わっていない。
変化点は手をついた部分に可愛い手形がついていることくらいだ。
長い尾羽のある小鳥がピチチと鳴きながら柵で翼を休めている。
何も起こらなかった。
「あ、あれれ……。」
その後も何度か地面をたたいてみたり。
力いっぱい押してみたりしてみたが全く成果がない。
「ま、まぁユーリにはまだちょーっとだけ早かったかなぁ。ハハハ……」
デニスもこんなはずじゃなかったといった顔をしながら俺をフォローした。
「いつかできるようになるさ。な?」
「……はい、父さま」
慰められながら二人で蔓を切りながら芋を拾い、籠に入れていく。
体が小さいからか、俺は何度も芋を取りこぼしては拾った。
……泣いてなんかないやい。
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畑でとれた芋が夕飯に出てきたのはつい先刻のこと。
庭の畑でとれたトマトのような味のする黄色と赤色の縞々な野菜、それに塩と香葉を散らしたもの。
同じく庭でとれた芋をすり下ろしてコトコト煮た素朴な味のポタージュ。
コリコリした触感の木の実が練りこまれた少し硬い保存の利く丸いパン。
どれもとても美味しい。
調味料の種類は前世と比べるとはるかに見劣りするが、それを補って有り余るほど素材の味が良い。
あと、サーシャの料理の腕が良いのだろう。今度料理の方も教わらなくては。
そういえば醤油や味噌は無いのだろうか。
まぁ、難しいだろう。日本っぽいものはこの村には見当たらなかった。
話を戻そう。
我が家の夕飯は基本的に質素だ。
一汁一菜一パン
ごくごく普通の一般的な村人の食事
といった感じだ。
狩りがあった日は肉が食卓に並んだり、何か村でおめでたいことがあった日等はデニスの前に酒が置かれるがせいぜい週に1度か2度といったところだ。
サーシャは普段酒を飲まない。
時々私も飲むと駄々をこねるが、デニスがそれを止めるのだ。
理由は心当たりがある。
あれは確か結婚記念か何かでデニスとサーシャが酒を飲み交わした時だっただろうか。
陶器のジョッキに並々と白い泡が注がれていた。ビールっぽい酒だ。
乾杯してからサーシャは瞬く間にジョッキを飲み干してしまう。
その飲みっぷりに思わずおぉと歓声を上げた。
ふとデニスの方に目をやると、彼はしまったというような顔をしていた。
そんな顔をしている原因はすぐに分かった。
サーシャは酒癖が悪いのだ。
数分としないうちに顔が赤くなりニャハハハハとしゃっくり混じりで笑い始めたかと思えば、パパだーいしゅきーとデニスに抱き着きに行った。
艶めかしい手つきでデニスの着ているシャツの裾から手を突っ込んで胸板の当たりを弄っている。
そしてデニスが止める間も無く、サーシャはデニスの口を自分の口で塞いだ。
有無を言わさず彼女は自分の舌を愛すべき夫の口にねじ込んでいったのだ。
そのまま押し倒しにかかる。
「ぷはっ、子供が!ユーリが見てるから!」
「そうね!しっかり見てもらいましょうね!!」
話が通じてない。
舌なめずりをした後にバサッとサーシャは服を脱ぎ捨てた。
俺は手で顔を覆うふりをして指の間からバッチリ一部始終を見届けた。
並みのビデオでは拝めない激しいプレイだったが、父親の最期の意地でデニスはサーシャを抱き上げてそのまま寝室へと連行していった。
親の仲が良いというのはいつの世も素晴らしいことだが、もう少し場をわきまえていただきたい。
酒は飲んでも飲まれるなである。
「それじゃあ頂きましょうかね。」
食事の準備も終わり、デニスとサーシャが席に着く。
もうおなかがペコペコだ。
家族全員がそれぞれ手を組みお祈りのポーズをとる。
「豊穣の神よ、今日も我ら小さき子等に糧をお恵み頂き感謝いたします。」
デニスは祈りの言葉を口にした。
食事前に神に祈りをささげる。
この世界には食べ物をはじめとした暮らしを豊かにしてくれる神様がいるそうだ。
おとぎ話によると1000年ほど前までは本当に神様が地上に居たらしい。
しかしこの世界に魔族という存在が現れたころに、彼らに世界の居場所を譲ったのだ。
なんと慈悲深い話だろう。
しかし取り方によっては魔族が神を追い出したようにも思える話だが、今は置いておこう。
「我らに変わらぬ寵愛がありますことを。」
その言葉で締めくくったあたりで食事が始まった。
穏やかな家族の団らん。
いいなぁ、家族って。
俺はそんな呑気な思いで食事を頬張った。
デニスとサーシャの笑顔に少しだけ陰りがあることにこれっぽっちも気づかずに。
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《サーシャ視点》
夕飯が終わって少しした頃。
片付けも終わり、私は冬に向けて編み物を始めた。
最近寒くなってきたし、今年の冬はいつもより寒くなるらしい。
ユーリもスクスクと育っている。
もうすぐ彼の上着も大きさが合わなくなるでしょう。
雪原で元気に遊ぶ息子の姿が目に浮かぶ。
早く完成させなくちゃね。
ゆっくりと階段を下りる足音に気が付いて手を止めた。
夫が息子を寝付かせてリビングへ戻ってきたのである。
本人も少し寝たのか、ぴょこりと寝ぐせがついていて可愛らしい。
「ユーリはもう寝ました?」
私はデニスに尋ねた。
「あぁ、相変わらず寝付きの良い子だよ。」
「そう……」
「あぁ」
二人で微笑み合う。
息子はとてもいい子だ。
近所の奥方が言うには、最初の男の子はやんちゃで暴れん坊で手が付けられないぐらい泣きわめくのものなのだと言っていた。
最初はユーリもそうなのだと思っていたが、なんてことはない。
乳離れをしたらすぐに自分で食器の使い方を覚え、今ではおとぎ話の本を自分で音読していた。
最初こそ息子は天才なのではないかと心を躍らせたものです。
「……サーシャ、あのな。」
デニスは重たげな口を開いた。
「今日も、ユーリは魔法が使えなかった。」
最近すこしだけおじさんっぽくなってきた彼の眉間に皺が寄る。
暖炉の明かりがより深く影を落とした。
「次の冬で三歳になるってのに、あの子は魔法が使えない。普通は1歳にはカーペットを燃やすくらいするだろうに……。」
デニスは続けた。
「もしかしたら本当に魔力が無いんじゃ……。」
不安そうな夫の声に私も不安になる。
「……"原初の日"もまだだものね。」
「本当なら読み書きよりも魔法が先のはずなのに。」
夫は悔しそうに言った。
握ったこぶしが、不条理に耐えて震えている。
そう、ユーリは魔法が使えない。
生まれてきた子供は1歳を超えたあたりで自然と魔法が使えるようになる。
親が教えなくても歩けるように、話しかけるうちに喋れるようになるのと同じように。
大人たちは子供たちが初めて魔法を使えるようになった日を、神が人に魔法を授けた日になぞらえて原初の日と呼んだ。
「でも、魔力が無い子供なんて国に1人いるかいないかよ?」
「それはそうだがサーシャ、現にユーリは魔法が使えないじゃないか!」
静かではあるがデニスの語気が強まる。
「ユーリの将来が心配だ。魔法が使えなければ生きていくだけで不利になるんだぞ。剣が使えたって魔法がなくちゃ魔物に太刀打ちできない。剣だけで勝てるのは本当に一握りの人間だけだ。」
「魔法を使わない生き方だってちゃんとあるわ。」
私は諭すように彼に告げた。
魔法嫌いの一族だって世界には存在する。彼らは魔法を使わずに生活を送っているのだ。
「魔法を使わないのと使えないのとではわけが違う。」
「あなた……。」
「魔法が使えないと友達にいじめられたら?大人になって周りから見下されて生きることになったら─。」
そこまでデニスが言ったところで私は彼の名を呼んで話を遮った。
「……すまない……。」
「相変わらず心配性ね、旅をしてるころと変わらないわ。」
私は彼の前に立ち見つめあった。
少しだけヒゲが濃くなったその顔は私が惚れ込んだ彼のままだ。
心配性で、いつも何か起こることを想定して旅する彼。
その姿勢に私自身何度も助けれられた。
「大丈夫よ、私たちの息子を信じましょう。」
「……サーシャ。」
自然と二人は互いの体を抱きしめた。
大丈夫、大丈夫。
私たちの息子はあなたに似て賢くて聡いわ。
私に似てすこしだけ好奇心旺盛だけども、きっと立派な大人になるわ。
そう信じている。
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《ユリウス視点》
「……全部聞いてしまった……。」
ベットの中で俺は後悔した。
トイレに行こうとして起きたあとに、リビングで両親が深刻そうな顔で話しているのを聞いてしまった。
本当なら1歳で魔法が使えること。
この世界では魔法が使えないと色々支障がでること。
なにより、そのことを両親が心配していること。
一種の身体障害みたいな扱いなのだろうか。
目が見えないとか耳が聞こえないとか。
そういう感じなのだろう。
「考えが、甘かったかな……」
まさかこんな転生になるとは思っていなかった。
いや、そもそも転生する心構えがあったわけでは無い。
ただ俺の知っているのはもっと特別なものだった。
例えば俗にいうチートスキルが生まれたときから身についていたり。
例えば実は勇者の生まれ変わりで超強かったり。
例えば幼馴染、ツンデレ、猫耳、魔女っ娘、ロリ、シスターなど様々なヒロインに囲まれたり。
……いや、最後のはまだわからん、俺はあきらめないぞ。
とにかく、何か特別な特典があると思っていた。
やはりトラックに轢かれて死なないとだめなのだろうか?
「んなこと言ってる場合じゃないか……。」
何はともあれ、俺はできることをしよう。
そう、俺はまさに生まれ変わったのだ。
もう社畜街道まっしぐらな人生はまっぴらだ。
流され、何も自分からできずに堕ちていった前世とはさよならしなければ。
俺は決めた。
自分から決めた、俺は変わるのだと。
将来の夢の欄にはこう書くのだ。
必ず安定した職業に就き、両親を安心させる。と
……志が低いだろうか?
いいや、低くない!立派だぞユリウス!
そして今までの自分を忘れるくらいに明るい素敵な未来を築くのだと。
具体的な進路などは無いが、それはこれから決めれば良い。
明日から頑張るぞと小さな拳を天井に向かって突き上げたあと、眠りについた。
人物紹介
ユリウス もうすぐ三歳 一人で立って歩き回れる。将来の夢は「安定した職業」
デニス 少し前に二十二歳になった。 剣術と魔術が使える。 元冒険者
サーシャ 次の春で二十四歳になる。 魔法が使える。 酒癖と手癖が悪い。 元冒険者(盗賊)