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第二十二話 「努力の成果」

 冬の近づく首都ロッズ。

 植木の葉はすっかり散ってしまい。街角では焼き芋を焼く見慣れた光景がほほえましい。

 落ち葉を普通に燃やすあたり、やはり局所的に魔力の濃い薄いというものは存在するらしい。

 といってもコガクゥの村は特産物レベルなので比較のしようがないか。


『さっびぃ…。』


 ビュウと吹く木枯らしに思わず日本語が口から出る。

 時々シエナに向かってセクハラ紛いの日本語を投げてみるが当然伝わらない。

 この世界では不要な言語ではあるものの、そう簡単には身から抜けない。

 まだ忘れずに普通にしゃべれるのはやはり愛着があるからだろうか。

 三つ子の魂百までというやつだ。


 流石に冷えてきた早朝の空気に身震いしながら、野犬のローブを肩に引っ掛けて郵便受けへ向かう。

 そろそろネィダから手紙の返事が来るはずだ。


 馬車で1日かからずに行き来できる距離とはいえ、近況報告だけで丸1日潰すのは非効率だ。

 しかもロッズとコガクゥの間には格安の定期便がある。

 使わない手は無い。


「お、来てた。」


 来ていた手紙は2通。

 ひとつは我が師匠ネィダからの定期便封筒の手紙。

 そしてもうひとつは分厚い動物の皮で出来た封筒。

 ギルド発行の長距離便だ。

 ドラゴンロッドの家紋を形どった蝋の封印。

 そして宛名はドミトルとシエナ宛。

 送り主の名はリュミドラとある。


 …シエナのお母さんからの手紙だった。


 ─


「お母様から手紙!?」


 いつものように食堂の扉を乱暴に開きながらシエナが登場する。

 梳かしていない髪とパジャマの上に羽織ったローブが起きてそのまま来ましたと語る。


 昨日は遅くまで勉強していたので少々お寝坊さんであったが誰も咎めない。


 最初は暴れる癖が抜けなかったものの、最近の彼女は従者に対しては非常に良い子だ。

 木剣で殴ることも無ければ、大声で怒鳴りつけることも無い。

 ほんの数か月で驚くべき進歩だ。

 今となっては皆に明るく、しかし若干偉そうに話し掛ける普通の女の子。

 俺への扱いは相変わらずだが、これも必要な犠牲ということで目をつむる。


 時は朝食の時間。

 すでにドミトルも席についていた。

 室内にいたのはベンジャミンとドミトル、そして俺だ。


 シエナが我儘に生きることを決めたあの日以来、数人で机を囲むことが増えた。

 流石に従者全員とはいかないので代表として俺かシェリーが同席することが多い。

 ベンジャミンも席こそ用意があるものの、大概は給仕に徹している。

 根っからの尽くす系だ。


「今から開けるからまず座りなさい。」


 ドミトルの言葉を聞き、彼女は俺が引いた椅子に飛び乗るように座る。


「座ったわ!」

「よろしい。ベンジャミン、シエナに食事を。」

「お父様はやく!」


 はやく。が口癖になり始めたなとしみじみ思う。

 いつかはベットの上で懇願するようになるのだろうか…。

 おっと、いかん。

 まだそういうお年頃には早いぞユリウス。


 ベンジャミンが台所へと向かったあたりでドミトルは勿体ぶるようにして読み始めた。


 ─


 あなたへ。

 まずは調停が長引いてしまったことを謝ります。


 思ったよりも王都ベルティスの貴族たちは考えが凝り固まっている様子。

 貿易規制の撤廃にはまだまだ苦労しそうだわ。

 キングソード家のアイアナ様もお考えが変わらぬようで、状況は好転したとは言えません。


 ですが、明るい話もあります。

 ベルガーの第七王女殿下がアリアーという多種族国家に強く興味をお持ちだとわかったの。

 奇跡的な偶然というのはあるものね。アイアナ様との交渉の後にお屋敷の廊下でバッタリですもの。


 王位継承権のある彼女が王座にあれば貿易だけならずベルガーとの国交そのものが大きく進展するでしょう。

 まだまだお若い身ではありましたが、私としては期待を持たずにいられない方となりました。


 名前をエレノアというお姫様です。


 彼女にはアリアーへの視察の検討をお願いいたしました。

 もし来られるようであれば、屋敷でもてなしたく思います。


 姫といえばシエナはどうかしら。

 父親として大切にと思う気持ちを尊重こそすれど、疑問に思う節が無いわけでもないわ。

 帰ってシエナに変化が無いようであれば私が彼女を連れて出ていきます。


 ─


「…リュミドラめ。任せておけばよいものを…。」


 手紙を途中まで読んでドミトルは呟いた。


 どうやら母親はシエナの味方であることは間違いなさそうだ。

 連れて出ていくという選択肢を持つことができるということは彼女は貴族という立場に縛られていない。

 その上で娘の事を考えて動くだけの行動力がある。

 もしかしたらほっといても彼女が何とかしてくれていたかもしれない。


 もっと言えば彼女が居たからドミトルが焦って行動に出たとまでとれる。

 父親の威厳なのか貴族の意地なのかはわからないが。

 ベンジャミンのコネでネィダを引き入れようとした理由がなんとなくわかってしまった。

 …あれ、俺って要らない子なのでは?


「お父様!続き!はやく!」


 容赦なく急かすシエナにドミトルは拗ねたような顔をする。

 むくれた顔のシエナはジッと視線を送りさらに急かす。

 折れたのはドミトルで、ため息ひとつ吐いてから彼は続きを読み始めた。


 ─


 遅くなった原因がもうひとつ。

 ベルガーからアリアーに向かう船が魔物の群れに襲われて立ち往生してしまったの。

 竜巻海鷂魚(ストームマンタ)という海の魔物よ。

 風の魔法を使って嵐を呼ぶ上級モンスターだそうね。


 船員が数名犠牲になってしまったのだけれど、幸いにも家の者は従者含めて全員無事よ。

 魔物は若い銀髪の冒険者がたった一人で追い払ってしまったわ。


 きっとシエナに聞かせたら喜ぶわね。

 家に着くのが楽しみだわ。


 この手紙を書いているのが国港(ポート)アルベールだから、順調なら帰るのは─


 ─


「…今日だな。」

「本当!?」


 シエナが机に手をついて立ち上がる。


「シエナ様、お行儀がよくありませんよ。」


 朝食を運んできたベンジャミンがそっと諫めると彼女はおとなしく座りなおした。

 ベンジャミンには礼節の指導をお願いしていた。

 どうにも俺が使っている騎士礼節と彼らが使う貴族礼節は違うらしい。

 元ドラゴンロッド本家の生まれということもあって彼は礼節に詳しい。

 よってそういう貴族の振る舞いについては彼に丸投げだ。


 ちなみに魔術の指導は俺となっている。

 剣術も良い師匠を見つけることが出来ればよいが、それまでは基礎トレーニングだ。

 街をぐるっと一周するだけでもいい運動になるし、彼女の気も解れる。

 いいことづくめなのだ。


「でも待ちきれないわ!ユリウス!すぐにでも迎えに行くわよ!」

「落ち着いて下さいシエナ。まずは朝ごはんを食べてからでも遅くないですから。」


 そういうと彼女は食卓に目を落とした。

 彼女の好物である麦粥がある。

 当然俺直伝、俺監修の鶏ガラスープを使用した彼女用のメニューだ。

 厨房のメイドたちにも好評だ。


「それもそうね。」


 何やら納得したような面持ちで彼女は朝食に手を付け始めた。

 食器の使い方も随分と優雅になった。

 あのかき込むような食べ方も嫌いではなかったが、やはりこちらの方が絵になる。

 こうしている間だけは麗しき赤髪の貴族令嬢に見える。


「…煩わしいわね。」


 まぁ、最初だけか。

 一瞬は彼女の練習の成果が見て取れるものの、半分程食べ進めるころには彼女のせっかちな部分が顔を出す。

 皿ごと持ち上げて麦粥を啜り、副菜にフォークを突き立て大口開けてかじりつく。

 いかにも豪快な食べっぷりである。

 もうここはギルドの酒場なのではないかと見紛うそれにはベンジャミンも眉がヒクついている。


「良いのですか?」

「何がよ。」


 俺の問いに彼女は咀嚼しながら答える。

 もしシエナがクチャラーだったら俺は部屋を飛び出しているところだ。


「せっかく練習してきたのです。母君にお見せするつもりで最後まで綺麗に食べたほうが良いと思いますが。」

「…わかったわよ…。」


 渋々。

 まさにそういう言葉が似合う顔で、彼女はスプーンを持ち直した。

 そしてプルプルと震える手で食事を口に運ぶ。


 我儘を言いつつも、我慢を覚えた彼女。

 随分な進歩だ。


 ---


 食事が終われば彼女はすぐにでも屋敷を飛び出そうとした。

 そこでベンジャミンが彼女に提案したのはリュミドラに魔術を見せることだった。


「屋敷に帰ってきて最初に目にするのがシエナ様でしかも魔術を使っている。リュミドラ様から見れば最高のお出迎えかと。」


 とのことだ。


 シエナは「まぁそういうなら。」と不服そうながらも従ってくれた。

 これはもしかしたら彼女の手綱を握るヒントを得たかもしれない。

 母親の名前を出せば一応は言うことを聞いてくれるのだ。

 いつもは気に入らなければ「嫌よ!!」と蹴りをかました後に一目散に逃げていくのに…。

 まぁ、どんな理由であれ彼女がやる気であればありがたい。


 というわけで俺たちは中庭に居た。

 シエナは運動しやすいようにと作りの良い麻のシャツとレギンス。

 その上から厚手のコートを羽織っている。

 魔術の授業ということで俺は三角帽に杖にローブのマジカルユリウス。

 何事も形は大事だ。


「壮大なる紅き龍よ、私の呼び声に─。」


 彼女が唱えているのは炎矢(ファイアアロー)の詠唱。

 初級オブ初級。入門オブ入門。

 詠唱を唱えることが出来れば誰でも使える魔術。


 …というのは、些か違うようだ。


「我が呼び声に、ですよ。」

「言ってるわよ。」

「言えてないです。もう一度お願いします。」


 どうやら詠唱には発音から言い回しまでが揃わないと効力を発揮しないらしい。

 正確には正しい形状にならない。

 炎が飛びさえすればいい魔法と違い、魔術は神々の神話の再現。

 つまりは正解の形が用意されているのだ。

 魔道の観点で見れば違う形で同じ効力があるというのは興味深いことだが、まずは何事も模倣。

 習字の練習のための書写のようなものだ。


「…壮大なる紅き龍よ、我が呼び声に応え邪魔する者に─」

「立ちふさがる者ですよ。」

「合ってるじゃない!!」

「ち、違うんですってば。魔術の詠唱は正確に唱えないとですね─」

「最後まで言わないとわかんないでしょ!口出さないで!」


 拳を振り上げて声を張るシエナ。

 思わず体を縮めてしまう。


 彼女は四大魔法を使う分には何も問題ない。

 なんなら炎だけ見れば俺よりも大きな炎を出すことが出来る。

 しかし、本人の性格が災いしてか細かい制御を苦手としていた。

 ちゃんと制御が出来れば詠唱無しでも魔術の再現は出来るが、

 そもそも詠唱によって魔力の流れを感覚で理解しなければそれは難しい。


 何にしても一度ちゃんと唱えてもらう必要がある。


「壮大なる紅き龍よ、私の呼び声に応え立ちふさがる者にその威厳を示せ。」


 絶妙に間違えた詠唱。

 彼女の掲げた手のひらの前で炎が踊り、渦を巻く。


炎矢(ファイアアロー)!」


 炎の魔術は途端に空気が抜けたようにしぼみ切り、パンと小さく音を立てて消えた。


「なんでよ!!」

「ですから詠唱が間違ってるんですって。」

「じゃああんたがやってみなさいよ!」

「ぼ、僕は魔道士です!魔術は本来専門外で!」

「言い訳するわけ!?どうせ出来ないから逃げるつもりなんでしょ!」


 はーい、その通りでーす…。

 結局あのへんな夢以降、約二年の間魔術は一度も打てていない。

 詠唱を終えたあたりで魔力の流れがスッと消えてしまうのだ。

 へんな持病を抱えてしまったものだ。

 しかしここでそれを認めて逃げてしまうのでは指導係としての面目が保てない。

 俺は誠実な男。与えられた役割は果たして見せる。


「…わかりました。では僕がやってみるのでよく覚えてくださいよ。」


 スッと庭の木に向かって手を掲げる。


「壮大なる紅き龍よ。」


 炎が手の前で渦を巻き始める。

 辺りの魔力を巻き込みながら徐々に火力を増す。


「我が呼び声に応え立ちふさがる者にその威光を示せ。」


 渦を巻いて大きく膨れ上がった炎は形を絞り、矢の形へと姿を変える。


 …ここで詠唱による魔力制御から自前の魔力による魔法制御へと切り替える。


「ファイアアロー!」


 炎の矢は形を保ったまま消えず、一直線に植木へと飛びその幹をへし折った。

 メキメキと音を立てて庭木が倒れる。


「こんな感じです。わかりました?」

「…なんか、最後の詠唱が変じゃなかった?」

「そ、そーんなことはありませんよ!さぁシエナもレッツファイアアロー!」


 なんでそういうとこばかり気が付くのさ。

 女の勘かしら?

 恐ろしい子…。


「…ちょっと練習するわ。」

「わかりました。ではその間に…。」


 俺は庭木の再生を行うことにした。


 何も教えるばかりが俺の役目ではない。

 本来これは実地研修。

 自分のスキルアップも必要なことだ。


 土魔法を使って地面から土でできた手を生成して折れた庭木を押し上げる。


 土魔法は思っているよりも柔軟に制御ができる。

 土という物体を小さな粒子の固まりである流動体としてとらえて水魔法のような制御を行う。

 するとまるで生き物のようにグネグネと動き、物をつかんだり運んだりができる。

 もっとも、常に魔力を込めていなければならないので自動化は無理だが。

 小さな体であるユリウスの力を補ってくれる使い方ができる。

 将来的にはゴーレムなんてのも作れるかもしれないな。


 折れた部分をもとあったように合わせて別の魔力を送る。

 手元に緑色の光が小さく灯る。

 ゆっくりと木の繊維同士が起き上がり繋がっていく。

 再起(リブート)の魔術。

 それを再現できるようになっていた。


 再起(リブート)はそもそも治療魔術なので魔法での再現は難しい。

 しかし、原理としては理解が出来た。

 ようは細胞単位で魔力を送ることで代謝を活性化させて傷を塞ぐ魔術だ。

 そこへ気づけたのは庭師のウィリアムが同じように庭木に使っている部分を見ることが出来たからだ。

 しかしこれを今のまま人に使うことは難しい。

 植物ならともかく、生き物の細胞を正しく繋ぐための魔力制御は尋常ではない精度が必要となる。

 適当につないでも傷は繋がるかもしれないが、それは癌とさほど変わらない。

 まだまだ練習が必要だ。


「こんなものでしょうかね。」


 庭木を直し終わって一息吐く。

 まぁ治すたびに幹の形が若干変わるのはご愛敬だ。

 それでも平気でいるのだから、自然ってすごい。


「ねぇユリウス。」

「なんですかシエ─」


 振り向いて言葉を失う。

 彼女の手には炎矢(ファイアアロー)がすでに発射態勢であった。

 しかし大きさが段違いだ。中級魔法級の魔力。矢というよりは槍だ。

 ゴウゴウメラメラと音を立てて勢いよく燃え盛る炎の槍。

 辺り一面を真っ赤に照らしながらそれがシエナの手の先にあるのだ。


「どどど、どどっどどどど…!!??」

「落ち着いて!!まずは落ち着いて!!!!」


 どうしてこうなった!

 考えている場合ではない。

 シエナもかなり動揺している。

 魔力の制御を間違えれば彼女自身が怪我をしかねない。


「あぁもう!しゃーないにゃー!」


 いつか聞いたネィダの泣き言が移った。

 槍の穂先へと走る。


「そのまま撃ってください!対抗魔法で打ち消します!!」

「で、でも!」


 眼に涙をためながら彼女は狼狽える。

 もし俺の怪我を心配しての事なら喜ばしいが、それより優先すべきは彼女の無事だ。


「いいから!信じてください!」


 帽子を深くかぶり直して杖を構える。

 その姿に彼女も意を決した。

 キッといつもの鋭い眼つきが俺を睨む。


「い、行くわよ!どうなっても知らないからね!!」


 その言葉が終わるかどうかで炎の槍が制御を離れて打ち出される。

 本当にギリギリだったようだ。


 風を引き裂きながら飛来する槍に標準を合わせ、魔力を絞る。

 杖の先から炎が姿を現し、同じく槍の形を真似て渦巻く。


 俺はそれを打ち出さずに杖の穂先として直接槍へとぶつけた。

 途端に炎は拮抗し、形を崩して爆炎へと姿を変える。

 次は左手で風を手繰り寄せて炎を一か所にまとめ上げる。

 出来上がった巨大な火の玉を握りつぶすように魔力を加え火の勢いを完全に殺す。

 その周りを水の魔法で囲ったところで開放すれば派手にジュウウウと音を立てて水蒸気が上がる。

 そうしてようやく、炎の槍は消えた。

 残った熱気と静けさが辺りを包んでいる。


「「…はぁぁぁぁ…。」」


 2人してその場にへたり込んだ。


「どうなるかと思ったわ…。」

「こっちのセリフですってば。」


 先に言われたから仕方ない。

 しかし本当に驚いた。


「大きさはともかく、撃てましたね。魔術。」

「…!本当!?」


 彼女は飛び起きて自分の両手を見る。

 口の端が緩んで笑顔になっている。


 あーわかるわー。それ。

 俺もネィダに教わって初めてまともに魔法使えたときそんな感じだったもん。


「あとは制御が出来れば炎矢(ファイアアロー)は撃てるようになれます。反復あるのみです。」

「わかったわ!私頑張る!!」


 眼をキラキラと輝かやかせるシエナ。

 嬉しさを噛み締めるように拳を握る。


「続けるわよユリウス!はやく立って!はやく!!」


 興奮冷めやらんといった面持ちで彼女は俺の手を引っ張って立たせにかかる。

 ハイハイと返事して立ち上がる。


 気持ちはわからんでもない。

 自分がやりたかったことが出来るようになるのはとても気分が良い。

 なによりも彼女が自分から頑張ろうとしていることだ。

 求めるなら、俺でいいのなら力を貸そう。


 …いつかは「─力が欲しいか─。」って言う系魔道士になってみたいものね。


 ---


「壮大なる紅き龍よ、我が呼び声に応え立ちふさがる者にその威光を示せ。」


 昼食の時間を少し過ぎたあたり。

 彼女の手には今までになく整った形の炎が練り上げられていた。

 どうやらあの炎の槍を作ってしまった一件からコツをつかんだらしい。


炎矢(ファイアアロー)!」


 ドシュ!っと重い音を立てて炎の矢は飛び、庭木にぶち当たる。

 幹の部分から燻った煙が上がっている。


「で、出来た。出来たわよね?」


 彼女は俺に確認するように言う。

 庭木の幹は折れるでもなく、ぽっかりと穴が開いていた。

 魔力が一点集中して当たった証拠だ。


「えぇ、すばらしい出来ですよシエナ。」

「やったあああ!!」


 まったく予想だにしない一撃を貰う。

 彼女は突然俺にとびかかってきたのだ。

 抱き着いてきた。ともいう。

 ただ首が持っていかれるほどの体当たりはご遠慮いただきたい。


「ユリウス!私出来たわ!魔術が使えたわ!!」

「お、おめでとうございます。」

「あんたのおかげよ!もっと偉そうにしなさいよ!」

「これはシエナの努力ですので。」


 そう、なんやかんやで逃げ出さずにやってきた彼女の努力が芽吹いたのだ。

 褒められるべきは俺でなく彼女だ。


 それからも胸がくすぐったくなるような賛辞の言葉が俺に送られる。


 …しかしそれどころじゃないんですよシエナお嬢様!

 近い!この距離は大変危険です!

 いや、すごい嬉しいですよ!?いい匂いするし!

 でも俺の息子がファイアーしちゃいそうな感じですよ!

 あぁなんでこの娘こんなに顔が良いのかしら。

 赤い瞳がまるで宝石のように輝いてるじゃありませんか。

 ていうかもういっそ抱きしめるか!

 そうしてしまうか!

 良し!そうしよう!!


「シエ─」

「お母様!?」


 抱きしめようとわずかに手を動かしたと同時。

 凄まじい切り替えの早さで彼女は俺を突き飛ばした。

 だぁああああと残響を残して綺麗にカメラ外へとフェードアウトだ。


「ただいま。シエナ。」

「おかえりなさいお母様!!」


 かわりにお母様とやらに抱き着きに行くシエナ。

 随分なれた様子でそれを受け止めた女性は、シエナをそのまま大人にしたような人だった。


 逆さまの視界に見えたのはシエナよりも幾分か暗いワインレッドの髪。

 長い髪を上でまとめて簪を射した彼女。

 化粧をしたその顔は鋭さよりも優しさが際立っている美人さんだ。

 長いまつげと青い瞳が彼女の端整な顔つきに映える。

 髪と同じく赤い厚手のローブを着込んでいるが、その下はドレスだ。

 深緑スカートに金の刺繍が入っているのが見て取れる。

 ドミトルよりも頭一つは高い身長でさらにハイヒールのブーツ。

 きっとスレンダー系のモデル体型だ。

 そしてローブの上からでもわかるたわわな胸部

 ハリウッドスターとも良い勝負が出来るだろう。

 あれで3児のママなのだから、驚きだ。

 シエナの将来に夢を与えてくれる。


「この時間に外にいるなんて、あの人が良く許したわね。」

「そう!そうなのよ!聞いてお母様!私、今とっても我儘なの!」


 あらあらそうなのとシエナの母、リュミドラはしゃがみ込んで目線を合わせる。


「もう街だって何度もお散歩したわ!屋敷の中も自由に歩けるの!ほかにもベンジャミンやシェリーとご飯を毎日一緒に食べるようにしたし。礼節の勉強も始めたのよ!あとお部屋も綺麗にしたんだから!あの重たい扉はもう無いし、気持ち悪い空の壁も今は真っ白なんだから!窓だってあるのよ!」


 それからそれからと矢継ぎ早にシエナはリュミドラに伝える。

 リュミドラは目を真ん丸にしながらもその話をうんうんと聞いた。


「すごいわねシエナ。でも急にどうしたの?ドミトルがそんなこと…。」

「ユリウスのおかげよ!」


 シエナは俺に向かって指をさす。

 その先には仰向けですっころんでいる俺が居た。


「…お世話になってます…。」


 かろうじて出せたセリフがこれだ。

 いろいろお預けにされてしまったのと、そもそも突き飛ばされた衝撃(物理)から立ち直れずにいた。


「ユリウスはすごいのよ!なんだって私の願い事を叶えてくれるんだから。お父様を説得したのも部屋を直したのも全部ユリウスなんだから!魔術だって教えてくれるし、剣術だって私より強いのよ!」


 自慢げにシエナは語る。

 そんなに俺の事を持ち上げてくれるのは意外だな。


 しかしシエナのいうことには語弊がある。

 俺は彼女に手を貸すだけで実際に願いをかなえているのは彼女自身だし。

 ドミトルを動かしたのはベンジャミンとシエナだ。

 部屋は風穴を開けた後に壁紙から扉まで破壊したのは俺だが、その後の装飾はシェリーの手配だ。

 魔術を教えたのは詠唱と基礎理論だけだし、剣術はシエナに体力がつけばすぐにでも追い抜かれる。

 つまるところ、俺は何もしていない。


 やっとこさ体を起こしたあたりでシエナが再び手を引っ張って立たせにかかる。


「ほら!お母様に挨拶でしょ!」


 いや、ご両親と顔合わせって考えるとすごく気構えしてしまいませんかね?

 とは言えども、シエナが望むのであれば、えぇ喜んで。


 体に着いた汚れを払って、帽子を胸に当ててから騎士礼にて頭を下げる。


「お初にお目にかかります。指導係のユリウス・エバーラウンズと申します。」

「シエナの母、リュミドラです。娘がお世話になったようで…。」

「僕は手を貸しているだけです。シエナ本人の努力あってこそです。」

「えっと…?」


 あ、しまった。リュミドラは俺がシエナを呼び捨てしている理由を知らない。


「良いのよお母様。私が許してるんだから。」


 ナイスアシスト!


「…そう、シエナ。馬車の中にお土産があるわ。取ってきてくれるかしら。」

「わかったわ!」


 バタバタと走って彼女は馬車に向かう。

 それを見届けた後にリュミドラは俺の前にしゃがみ込んで目線を合わせた。

 深く覗き込む彼女の顔にドキリとする。

 目じりに皺など一つもない。


「…ごめんなさいね。シエナとそんなに変らない年齢でしょうに、苦労を掛けたでしょう。」


 リュミドラは俺の頭をなでる。

 細い指先は長旅のせいか冷え切っていた。


「それとありがとうね。娘のあんなにうれしそうな笑顔は久しぶりに見たわ。私たちじゃどれだけしても出来なかったの。感謝するわ。ユリウス。」

「…シエナが自分で立ち直ったのです。僕はそのきっかけを作っただけにすぎません。…しかも、あまり褒められた手段でもありませんでしたし…。」


 言えない。

 決闘を仕掛けたなどと言えない。

 アバズレと挑発したなどと、口が裂けても言えない。


「謙虚なのね。娘もそれくらいであったらいいんだけども。」


 しゃがんだまま膝を抱えて彼女は困ったような笑顔で言う。

 ドミトルと比べれば彼女は驚くほど人間的だ。

 身なりこそ貴族だが、話している感じはサーシャと変わらない。


「お母さんなんだからしっかりしないとだけど、貴族の家だと女は言葉に力があまり無いのよ。困ったものね。親失格だわ。」


 はぁ、とため息を吐いたあたりで遠くからシエナの足音が近づいてきた。


「…シエナはそう思ってないと思いますよ?」

「お母様!」


 機嫌のよさがうかがえる声でシエナはリュドミラを呼ぶ。

 彼女は両手で抱えるほどに大きなぬいぐるみを持ってきていた。


「このお土産気に入ったわ!ありがとう!お母様!」


 まさに満面の笑み。

 眩しいほどの笑顔がそこにある。


「親失格の人に子供は笑いかけたりしませんから。」


 先ほどの言葉の続きを俺はリュミドラに伝える。

 リュミドラはそうねと微笑みながら返事をした。


「シエナ。お母さんはお腹が空いたわ。昼食でも一緒にどう?」

「私もお腹ペコペコ!ユリウス!行くわよ!」

「あら、ユリウスも一緒?良いわね。」

「ユリウスは厨房よ。あいつのご飯は結構イケるんだから!」


 そんなやり取りをしながら親子は手をつないで屋敷へと向かった。

 最近トンと見ていなかった暖かな家族のやり取り。

 すこしだけデニスとサーシャを思い出す。

 仲良くしてるだろうか。

 イリスは元気だろうか。

 そう考えれば、ふと胸に冷たい風が染みた。


「ユーリーウースー!!」


 その考え事をシエナの声がかき消す。


「はやく!」

「…今行きますよ。」


 俺はその2人に続いた。


 ---


 …で、昼食の時間。

 シエナがすべて洗いざらい喋ってしまった。


 決闘の事、挑発の事。etc…。

 彼女は嬉々として誇らしげにそれを語るが、リュミドラの顔が引きつっていた。


「…ユリウス・エバーラウンズ…。あとでお話があります…。」


 当然逃げることなど出来ずに、こっ酷く叱られた。

 悪になる代償は高くついてしまった…。

人物紹介


リュミドラ・ゼルジア・ドラゴンロッド 33歳 人族

シエナの母。ドミトルとはお見合い結婚。貴族の家系出身。

夫を立ててはいるが一般家庭であれば秒で尻に敷いているタイプの勝気な女性。

バリキャリで物流や貿易に明るく、外交業務の一部を王家から預かっている。

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