第二十一話 「絵と家紋」
俺はベンジャミンの部屋で着替えを行っていた。
「…大変にお似合いです。ユリウス様。」
お世辞であることが俺でもわかる。
ベンジャミンの評価はやや辛口だ。
今袖を通しているのはベンジャミンが来ている執事服と同じデザインのサイズ違い。
髪形を整髪料で上にかき上げ、白い手袋も付けた。
しかし、この館にある一番小さいサイズでも裾を折らないと手足が出なかった。
「…七五三みたいですね…。」
姿鏡など無いので遠巻きに見ることはできないが、着られている感満載だ。
実際この体は7歳。
まさに七五三である。
叶うなら記念写真でも撮りたいものだ。
「しち…?まぁ、ユリウス様はこれから伸び盛りですので、すぐに大きさも合いましょう。」
そうなら良い。というかそうであってほしい。
出来ればデニスのように高身長で足長になりたい。
生前の俺の体はザ・日本人体系だったのでせめて170㎝以上の背丈を希望します。
「ユリウス!ユーリーウースー!!」
館のどこからでも聞こえるような大きな声でシエナが呼んでいる。
「お呼びですね。」
「まぁ今日は仕方ないでしょう。」
そう、今日は仕方ない。
本日の予定は彼女たっての希望で屋敷の外へとお出かけだ。
ベンジャミンの記憶によればお出かけは3年ぶり。
しかもその時は馬車に乗って行き来しただけなので、実際はもっと長い期間外に出ていない。
「もう何でもいいから外に出して!」
と言われたときはちょっと勘違いしかけた。
脳内ピンク過ぎるのは自分でも考え物だ。
「では行ってきますね。」
ベンジャミンに声を掛け、ネクタイを締めなおして扉に手をかけた。
「ここね!!」
シエナの声と共に勢いよく扉が開け放たれた。
真正面に立っていた俺の顔面に扉の角が直撃する。
「がああああああ!」
顔を抑えながら床をのたうち回る。
「びっくりした!そんなところに立ってたら危ないじゃない!ぶつかったらどうすんのよ!」
腰に手を当ててなぜか彼女が俺を叱る。
すでにぶつかってますがな。
アーネスト先生の扉マナー講座は正しかった。
「シエナ様。とてもお似合いでございます。」
先ほどとは違う心からの言葉をベンジャミンはシエナへかける。
そうでしょう!とくるりと回って見せる彼女は更なる誉め言葉をねだっていた。
彼女は街に出るにあたりおめかしをしていた。
シェリーが彼女に着せ付けを行ったのだ。
厳密にはシェリーを含めたメイド3人がかりの大仕事であったが、成果は上々だ。
肩辺りから2本に分かれる三つ編みの赤髪。
白いブラウスに黒いレースのリボン。
ふわりと広がる赤茶色に金の刺繍が入ったスカートに白タイツ。
そしてテカリのある赤いシューズ。
シェリー主導のコーディネイトは実に綺麗にまとまって見える。
「早く立ちなさいよユリウス!行くわよ!」
このお嬢様に人を心配するという気持ちはないのか…。
まぁ、黙ってため込んだ果てに木剣振り回されるよりはマシか。
「少しは心配してくださいよ…。」
「してるわよ!」
「えぇ…。」
「当然じゃない!先行ってるからね!」
そしてサッサと行ってしまう。
大股でズンズンと廊下を進んでいった。
「お嬢様の部屋のお荷物は運びだしておきますので、お帰りになりましたらお願いいたします。」
「わかりました。まさか部屋の改築まで頼まれるとは思いませんでした。」
「我が屋敷には大工がおりませんので、なにとぞよろしくお願いいたします。」
最後にベンジャミンと軽く打ち合わせ。
シエナが一番最初に求めたのは外出。
そして次に求めたのが部屋の改造だった。
窓が欲しい!
扉が重い!
壁がダサい!
部屋が暗い!
不満はそれはもう洪水のようにあふれ出た。
それを聞いてガックシと肩を落としたドミトルに同情すらした。
「できる限りはやりますが、細かい装飾は無理ですからね?」
「そこはご心配なく。窓さえ何とかなれば後はこちらで手配いたします。」
大改造を行うのが俺となっている。
特に課題になるのが窓だった。
頑丈な石造りの壁に穴をあけるには熟練の土魔法が必要となる。
まぁそのあたりはおそらくできるだろう。
壁紙やらはどうにもならないが…。
「ユリウス!」
振り向けばシエナが帰ってきていた。
部屋の入口からひょこッと顔だけだしている。
「…はやく!」
もう待ちきれないと言わんばかりの"はやく"に苦笑しながらシエナの後をついていった。
---
「いいか、もし何かあったら衛兵を頼りなさい。ドラゴンロッドの名を出せば皆お前が誰かすぐにわかる。」
「わかったわ!」
「あと昼食までには帰ってきなさい。午後からは勉強だ。」
「わかったわ!」
玄関でドミトルが最後の言い聞かせをやっている。
本人も彼女と一緒に行きたかったようだが、領主であるので多忙の身。
断念せざるを得なかったようだ。
…本人はインコのように言葉を繰り返すのみだ。
本当に分かってるのだろうか。
「小腹が空いたなら噴水近くのパン屋を訪ねなさい。あそこのパンなら上等だ。」
「わかったわ!!」
「気が変わったならすぐに帰ってきなさい。」
「わかったわ!!!!」
徐々に声が大きくなっている。
早く出かけさせろと圧力でもかけているようだ。
「…ユリウス。娘に何かあったら、どうなるかわかるな…?」
最後に俺にくぎを刺す。
「本来なら私が出向くべきであるが、領主の仕事がある故に仕方なくお前にその任を譲る。そのことを身に刻んでシエナの護衛として務めを果たすように!」
無念残念といった悔しさこもった声で彼は言う。
彼は愛妻家ならぬ愛娘家だ。
最初からこれくらいであればこちらも苦労はなかったのに…。
「承りました。このユリウス、全霊を持ってシエナ様の護衛を─いだあああああ!!!???」
ズバァンと臀部に衝撃を食らう。
まるで鞭で打たれたような鋭い痛みが走る。
シエナの蹴りが入ったのを理解するのに少し時間を要した。
「尻が!!僕の尻がああああ!!!」
無様に尻を抑えて再び転げまわる。
これは彼女に年末特番ドラゴンロッド家24時の出演待ったなしだ。
当然罰ゲーム執行役。
デデーン。ユリウス、タイキックー。
…言ってる場合ではないが。
「はやく!あとまた"様"ってつけた!」
「何もこんなに強く蹴ることないじゃないですか!」
涙を目に溜めながらシエナに吠えたが、彼女はフン!とそっぽを向いてしまう。
「…気を付けて、行ってきなさい。2人とも。」
呆れながらドミトルが見送る中、玄関から飛び出していった。
暖かな秋の陽気が彼女を出迎え、陽だまりの中をシエナが駆けていく。
「行ってきます!お父様!」
「…行ってまいります。ドミトル様。」
俺は尻をさすりながらだ。
そんな2人を見守りながら、ドミトルは呟く。
「…今だけは、自由に生きなさい。シエナ。」
彼は日の射さない玄関先から、娘たちが街へ出ていく笑い声を聞いていた。
そして、踵を返して仕事に戻るのであった。
---
晴れ渡る空の下のロッズは朝早くだというのに人混みであふれていた。
今日は月に一度の行商市。
各地からキャラバンが集めた珍しい品々が通りに所せましと並べられ、皆興味深々と足を止めた。
「いいですか、大切なことは"おっかけ"ですからね!」
「わかってるわよ。」
「あくまでも指導係ですからいろいろと教育させてもらいますからね。」
大声出さない
勝手に動かない
喧嘩しない
昨晩から何度も何度も言い聞かせていることであった。
彼女に一般教養を含めた教育するという仕事がある。
「そう、あくまで、指導係ですので。」
…やはり執事の服を着たら一度は言っておかないと損だ。
流し目を意識して、手袋をはめ直しながらシエナに振り替える。
まぁ伝わるなんて思ってはいないが。
「…あれ!?」
キメ顔の先にシエナが居なかった。
先ほどまで後ろを歩いていたのに忽然と姿を消した。
「シエナ?」
キョロキョロと辺りを見回しても近くにあの目立つ赤髪が見えない。
あれだけ言ったのに!と苛立つ頭は別の考えも浮かべた。
─誘拐という単語がチラつく。
「シエナ!どこです!?」
辺りは行きかう人々でごった返している。
人混みの中、今の俺の身長ではとても見渡すのは無理だ。
飛翔魔法…。
いや、今飛んだら魔法の余波でけが人が出る。
しかしシエナの身に何かあったら。
焦りばかりで思考が鈍る。
どうする。
落ち着け。
考えろ。
考えろ!
「シエナ!!」
「おい。」
頭上から声を掛けられ振り向く。
白い服きた人相の悪い男が立っていた。
浅黒い顔に大きな傷がある丸坊主の男。
顔を同じように白い布で覆って隠している。
返り血のような赤黒い染みが飛び散ったそれは明らかに"殺っている"。
「お嬢様の連れだな。」
シエナを知っている…!
咄嗟に右手を構えた。
炎を出現させ臨戦態勢を取る。
「シエナはどこだ!返答次第では…!」
「こっちだ。」
威嚇のつもりで言った言葉に、彼は素直に背を向けた。
人混みをズンズン分け入って進む彼の先にシエナの姿が見えた。
道に置かれた樽の上に座り、何やら串物を頬張っている。
「あ!ユリウス!ここの肉美味しいわ!あんたならこれ作れるんじゃない?」
彼女は口の周りをタレでベトベトにしながら呑気に言う。
「うちの品物を勝手に食べるんだ。何とかしてくれ。」
「…あの、誘拐犯じゃなかったんですか…?」
「…うちは肉屋だ。」
彼の指さす先には"肉のタルコス"と看板がかかった店があり、その前には無人の串焼き屋の屋台が出ている。
…彼は確かに肉屋だった。
「さっきいい匂いがしたから絶対美味しいものがあるって思ったのよ!良い味付けしてるわ!褒めてあげる!」
「…何とかしてくれ。領主様のとこの娘さんじゃあどうにもできん。」
腕組みをしながら肉屋の店主は俺に言う。
怒った風ではないが、間違いなく困っていた。
「お、お代はお支払いしますので!申し訳ありませんでしたぁ!!」
すぐさまに俺は非礼を詫びて頭を下げた。
言ってる間にも彼女は商品をまた勝手に食べる。
満面の笑みである。
「なに怒ってん─むぐぅ。」
「怒ってません。」
「怒ってるじゃな─むぐぐ。」
「怒ってません。」
店主にお金を払った後に、シエナを樽から降ろしてハンカチで口を拭う。
怒ってないとも。
ちょっと心配して損したって思っているだけ。
なんで俺が払うだよと思ってるだけだ。
怒ってないとも。
「ユリウスも食べればよかったのに。」
「売り物ですので。勝手に食べるのはいけない事です。」
「でも昔お父様はそうしてたわ!皆お父様にいろんなものを貢いでたの見たもの!」
「ドミトル様とシエナは同じじゃないので。それも領主としての仕事の内でしょうね。」
「そ、そうなの。でも美味しかったのは本当よ!」
屋台に戻って肉を焼き始めた店主に彼女は再び賛辞を贈る。
「…お嬢様に褒められたんなら、そりゃ嬉しいね。」
「でしょ!ほらユリウス!何も問題ないわ!」
いやいや。
…いやいや…。
「…坊っちゃん。驚かして悪かったな。お嬢様をしっかり見てやってくれよ。」
「いえ、こちらこそ大変失礼なことを。本当にすみません。」
「…行っちまったぞ。」
「え!!??」
すぐに振り返ると「変なのがある!」とかけていくシエナの背中が見えた。
俺はその背中を猛ダッシュで追いかけた。
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その後も彼女はキョロキョロ、ウロウロと街中を歩き回った。
行商人の売る魔物の素材をあれは何これは何としつこく聞いて店主を困らせたり。
大道芸人の剣の舞を見て盛大な拍手をおくり、俺の財布ごと投げ銭しようとしたり。
街を巡回中の親衛隊に話し掛けて「お嬢様!?本物!?」とあたふたさせたり。
お騒がせお嬢様は疲れを知らぬように広い通りを行ったり来たりだ。
「楽しい!やっぱり外っていいわね!」
噴水のある通りでやっと腰を下ろして休憩出来た。
慣れない革靴で足が痛い。
随分と街を登ってきたようだ。
「…楽しまれているなら何よりです。」
とは言うが、こっちはヘトヘトだ。
気が付けば整髪料で整えた髪は降り切っている。
普通に見て歩く分には楽しいだろうが、目を離すと何処かへ飛んでいくシエナが居ると疲れは倍増だ。
「それじゃ次の場所行くわよ!」
え、もうですかお嬢様。
俺の脚はすでに棒なんですが。
「もう少し休憩してから…。」
「はやく!絶対行かなきゃいけない場所なんだから!」
ぐいぐいと俺の手を引っ張って立ち上がらせるシエナ。
「…では、こうしましょうか。」
そのまま立ち上がると俺は彼女の手を握った。
これで彼女がどこかへ急に居なくなることはない。
あわよくば照れるか何かして動きが鈍ってくれれば良い。
…が。
「そうね!こっちの方が都合がいいわ!」
そう言って彼女は俺の手を強く握り返してきた。
予想外の展開に俺の顔が赤くなる。
「行くわよ!」
女の子と手をつなぐという甘酸っぱい経験を味わう暇もなく彼女は走り始めた。
部屋に閉じ込められていたはずの彼女の体力は底なしだ。
目の前で弾むように揺れる赤髪に手を引かれ街の上部の教会にたどり着いた。
豊穣の女神"アレイシア"この国の名前の元となった女神のレリーフを頂く教会だ。
白亜の石を積み上げられたその境界は通りほどの人は居ないものの、賑やかだ。
広場では年配のシスターが子供たちの前で女神にまつわる聖書を言葉を砕きながら朗読会を開いていた。
親たちは立ち話をしているのを見るに、憩いの場としての役割が強そうだ。
そんな教会の中へとシエナは足を進める。
「これはこれはシエナ様。」
教会に入ってすぐに眼鏡を掛けた神父が声をかけた。
足元までストンとまっすぐに降りた黒い司祭服に小さな金色の女神像を首から下げている。
十字架替わりだろうか。
年齢はベンジャミンと同じくらいに見える。
顔をグルリと1周するように生やした髭。
後ろで束ねた白髪交じりの茶髪。
恰好だけ見ればどこかアレクを連想させる。
「随分と大きくなられましたね。それにまた一段と美しくなられた。」
「ありがとう。神父さん。」
昔馴染みという風で話す神父と短く返すシエナ。
こういう社交的な彼女は新鮮だ。
「さっそくだけどまたあの絵を見せて欲しいの。」
「あの絵、ですか。」
気のせいじゃなく神父の眼鏡がキュピーンと光った。
「まだあるわよね?」
「もちろんです。大切に保管しておりますとも。…ですが…。」
神父がシエナから俺へと視線を移す。
「シエナ様でしたら構いませんが、そちらの方は?」
なにやら警戒されている。
あの絵はヤバい物なのだろか。
宗教画には時折秘匿されているものもあるという。
あまり関わりたくないが…。
「ユリウス。いつもみたく名乗ってみせて。」
ほら。と前に出される。
神父は片方の眉あげて待っている。
ではいつも通りに。
「…お初にお目にかかります。」
騎士礼節の簡易礼で頭を下げる。
「ドラゴンロッド卿のお屋敷でシエナさ…シエナの指導係をしております。ユリウス・エバーラウンズです。以後お見知りおきを。」
名乗り終わってから、ちらりと目を上げる。
神父はヨタヨタと数歩後ろに下がり、あんぐりと大口を開けている。
「え、ええええ、エバーラウンズ!?。確かに今、エバーラウンズと仰いましたか!?」
鼻を広げてこちらまで届くほど荒い息をしながら彼は言う。
脚はタップダンスでもしているかのように震え、顔は脂汗が噴き出している。
「とっ、ということはアレキサンドルス様の…。」
「えーっと…孫です。はい。」
彼はそのまま椅子に足を引っかけて派手に尻もちをついた。
…どうしたのだろうか、アレクに痛い目にあわされた系の人だろうか。
シエナに目をやるとなぜか彼女の方が誇らしそうに腕を組んでウンウンと頷いている。
「お、おおおおおおおお!!!!!!」
猿叫を上げながら神父は急に地面を這い、膝立ちで俺目前に迫った。
そしてそのまま顔へと手を伸ばし、鼻や眼なんかを触る。
特に眼は瞼を広げられて瞳を覗き込まれた。
「ちょ、ちょっと…!」
「間違いない!間違いないですよ!この夜明け空のような紫の瞳。黄金と見まがう髪!本物のエバーラウンズ卿の子孫!!おおおお!神よ!!!!この日をどれだけ待ちわびた事か!!!!」
いや、神父さん。めちゃくちゃ唾が散ってるんですが…。
「痛いですって。」
「これは失礼を!!興奮してしまいまして…。」
彼はそう言ってパッと体を離す。
「本物でしょう?」
「はいシエナ様!このお方は間違いなくエバーラウンズ家の血筋の方!よくぞ我が教会へ連れてきてくださった!」
「すごいでしょ!」
いや、僕を偽物扱いしてたのにさっきからなんでそんな自慢げなのさ。
とは言わないことにした。
野暮というものだ。
シエナの機嫌がいいなら些細なことだ。
「ユリウス君!いろいろお話したいこともありますが、まずは肖像画を見ていただきたい!」
神父はそう言ってやはり興奮気味の足取りで進んでいく。
シエナに目配せすると、彼女は顎をクイと動かして先に行くように促した。
「…こちらでございます。」
案内されたのは教会の一室。
古ぼけた小さな扉には大きすぎる南京錠が付けられていた。
それを同じく大きなカギでガチャリと開ける。
「この絵画の事は一部の人しか知りませんので、どうかご内密に。」
そう前置きをしておいて、彼は扉を開いた。
中は本当に小さな物置のような石作の部屋。
しかし刺繍の入った赤い絨毯が足元を彩り、天窓から暖かな光が差し込んでいる。
部屋の壁には2つの物があった
ひとつは古ぼけた白色の布が添えられた植物と盾のレリーフ。
そしてもうひとつが焼け焦げた肖像画であった。
映っているのは3人。
1人はアレクにそっくりの金髪で茶色の瞳をした大柄の男性。
公爵なのだろうか、ずいぶんと整った身なりで勲章も胸に光っている。
もう1人はおそらくその妻。水色のドレスを着た女性だが顔の部分が焼け落ちてしまっている。
そしてその女性に抱えられた赤ん坊。
紫の瞳に金色の髪を持つその子は見覚えがある顔であった
「…僕?」
その子供の顔はあまりにも赤ん坊時代のユリウスに似ていた。
こちらの世界で生まれ変わったあの日に見た窓に映った幼い自身の姿。
まさに瓜二つだった。
「こちらは先々代のエバーラウンズ家の御当主、マキシミリアン・エバーラウンズ卿の肖像画でございます。」
気づけばシエナが横に立ち、神父が絵画の解説を始めていた。
2人とも同じように肖像画を見上げている。
「隣に描かれているのがその奥方でセレン様。そして奥方様が抱えているあの赤子が先代の当主オズワルド様。ユリウス君の曾祖父様ですね。」
オズワルド。アレクの父で俺の曾祖父。
確か、ドラゴンロッド卿に南西領地の統括任務を与えられた最初の人物だ。
「この絵画はマキシミリアン様のお屋敷で唯一焼け残った貴重なお品です。」
「…屋敷、ですか?」
「はい。ご存じないですか?昔は五大貴族と数えられるほどに力を持った一族だったのですよ?」
エバーラウンズが貴族だと?
初耳だ。まったく聞き及んでいない。
ユリウスには没落貴族属性があると?
「今は四大貴族と伝えられていますが、約200年ほど前まではベルガー大陸の貴族としてキングソード家と対を成す大貴族だったのです。あれはその当時の家紋ございます。」
そういって彼は壁の紋章に目を移す。
言われてみれば確かにドラゴンロッドの屋敷でみた四大貴族の家紋と似た作りに見える。
「…初めて知りました。僕は名前ばかりの平民の血筋だと思ってました。」
「…そう、ですね。今となっては知る者も少なくなりましたので…。」
神父は悲しみに満ちた瞳で絵画を再び見上げる。
「もしよかったら教えてくれませんか?エバーラウンズ家の歴史を。」
「なんと!語っても、よろしいのですか!?」
「ぜひ聞きたく思います。いいですか?シエナ。」
「当り前よ!そのためにここに連れてきたんだから!」
彼女はそう言って快諾してくれた。
「では、来客室へ。お茶とお菓子を用意してまいりますので。」
一先ずはその部屋から出る。
最後にもう一度絵画に目をやる。
焼け落ちてしまったセレンというご先祖様が、不思議と目に焼き付いた。
---
来客室の奥、裏庭の一角に設置されたテラスに通された。
湯気の立つお茶は紅茶というよりはジャスミン茶のような味わいだ。
お菓子はほのかな甘みの、穴の開いてない焼きドーナッツのようなお菓子。
砂糖控えめではあるが、素朴な味わいは俺好みだ。
お茶とよく合う。
「ねぇ。ちょっと薄味じゃない…?」
ヒソヒソと耳打ちするシエナに「そんなことは無いですよ?」と答えたあたりで神父が席に着いた。
彼は分厚い書物を手にしていた。
彼の書いた歴史書。エバーラウンズの伝説を神父が個人的にまとめた本だという。
彼は歴史愛好家でもあった。
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エバーラウンズ家の貴族としての歴史は原初の日の少し前、人霊大戦のころより始まった。
今でこそキングソード家の方が名が残っているが負けず劣らずの実力を持つ大貴族。
特に初代エバーラウンズ卿は一騎当千の戦士で大魔霊を相手に一歩もひかない猛者であった。
地上に居た神から直に修行を受けたという伝説があるのだという。
人霊大戦で武勲を立てたエバーラウンズはベルガー大陸の王家をキングソード家と共に守護する立場にいた。
力ある2つの貴族に守られたベルガーの王都ベルティスは長い間無敵の大国で瞬く間に領土を広げていった。
しかしエバーラウンズはある戦争を境に貴族としての地位はおろか、歴史そのものから名前を抹消されてしまう。
いまから200年ほど前にあった貴族間戦争。
南方大陸アリアーと東方大陸ベルガーの国境で起こった人族同士の戦争だ。
この時この戦争にかかわった貴族は3つ。
キングソード家とエバーラウンズ家、そしてドラゴンロッド家。
エバーラウンズ家は、この戦争でキングソード家と王都ベルティスに反旗を翻したのだ。
元々はベルガーの国王による領土拡大のための侵略戦争だったこの戦いをエバーラウンズ家は良しとせず、ドラゴンロッド家とキングソード家の間に立ちアリアーを守る姿勢を取った。
しかし、それがエバーラウンズ家の命運を分けた。
2つの勢力から挟み撃ちにされる格好となったエバーラウンズは瞬く間に敗北。
そして戦争自体はエバーラウンズとの戦いで疲弊したキングソードの撤退で終焉を迎え、歴史的にはアリアー率いるドラゴンロッドの勝利となっている。
敗戦の責任を取ることとなったエバーラウンズの一族はまず貴族としての地位を剥奪されることなる。
当時の当主は戦死。残った家族は屋敷をキングソード派の暴徒に燃やされ散り散りに逃げるも捕らえられ処刑された。
書物をはじめ、エバーラウンズに関わるものは人も含めて全て闇へ葬られた。
そんな中で唯一生き残ったのが絵画の家族、マキシミリアンとその妻子であった。
マキシミリアンは家族を連れてベルガーからアリアーへ亡命し、当時のドラゴンロッド卿の元へ下った。
彼は自らの命を交渉材料に妻セレンと子オズワルドの安全を約束させ、ドラゴンロッド卿とアリアー国王の前で自らの首を刎ねた。
その覚悟に感銘を受けたドラゴンロッド卿はマキシミリアンの死後、オズワルドをキングソード家の目から匿って育てた。ドラゴンロッドの子ではなくエバーラウンズの子として。
そして成人後に南西領地統括の任を与え、改めてエバーラウンズの姓を与えたのだ。
それから数年後にユリウスの祖父、アレキサンドルスが生まれることとなる。
---
「…以上が、私の知るエバーラウンズ家の歴史です。」
穏やかな声と共に神父は本を閉じる。
彼の話がひと段落する頃にはシエナは寝息を立てていた。
すでに執事服の上着を彼女にかけてある。
「初めて知りました。僕の家の事なのに、何も知らなくて…。」
「意図的に消された歴史である以上、多くを知る必要が無いのでしょう。もしかしたらアレキサンドルス様も知らなかったという可能性も十分にあります。」
神父は長くしゃべり乾いた喉を冷めきったお茶で潤した。
「あの肖像画も、もともとは闇市で流れていたものだと聞き及んでいます。偶然にも旅の商人が投げ売りしていた所に出会えたあの幸運はきっと神の与えた奇跡だったのでしょう。」
正午を回った空を遠い目で見ながら言う。
「…でも、僕の家系は裏切り者の家系だったんですね…。」
俺はカップに半分ほど残ったお茶に目を落とした。
反射して自分の顔が映る。
国の貴族でありながら、国を裏切った没落貴族。
どこからどう見ても歴史上まれにみる裏切り者だ。
決して褒められたことではない。
「…それは、人族からみた意見ですな。ユリウス君。」
神父は何やら明るそうに言う。
「ベルガーとアリアーには決定的な違いがあります。ベルガーの領地には人族しか居ないのです。」
「それは何故です?」
「…ほかの種族はベルガーに殺されるからです。」
すこし目を伏せながら、彼は続けた。
「ベルガーの国神、水の女神ベルティアは人族のみを愛した神と言われています。よってベルガー国王も人族のみを認め、その他の種族は良くて追放、悪ければ見世物のごとく処刑したのです。その領土が広がれば、当然多くの罪のない人々が土地を追われ、殺されます。アリアーもその危機に瀕していました。しかし唯一エバーラウンズ家だけがそれに異を唱え、負けるとわかっていてアリアーとの間に割って入り戦ったのです。」
どこか誇らしげに、彼は歴史書を撫でながら語る。
「歴史から消されても、名前を知らなくても私のような魔族はあなたたち一族に感謝しているのです。この多くの種族が自由に生きて行けるアリアーという国を守ってくれた偉大な英雄の血筋に。」
そういうと彼の椅子の後ろから太い蛇が姿を現す。
否、蛇ではなかった。頭が無い。あれは彼の尻尾だ。
彼は尾有族の神父だった。
「いつかは直接お礼を言いたかったのです。エバーラウンズの姓を持った方に。あなた方が居たから私は魔族でありながら神に仕えることができ、こうして穏やかにお茶を飲むことができる。」
彼は椅子から立ち上がると、深々と頭を下げる。
「ありがとう。ユリウス・エバーラウンズ。どうかあなたの家の代表としてこの言葉をあなたに受け取っていただきたい。」
決して実感の湧くことではなかった。
なにせ何百年も前の話だ。
間違いなく自身には関係のない話。
しかし、脈々と連なるエバーラウンズの血脈が。
アリアーの自由を守った血筋が自分の体に流れている。
前世での家族との繋がりの軽薄さと比べれば、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた
「…わかりました。祖父や両親を含め、僕の御先祖様が聞いたら喜びます。そしてきっと祖父が聞いたらこうも言うと思います。」
俺は立ち上がり、できる限り胸を張った。
「流石は我がエバーラウンズ家の血筋である!我が事ながら実に鼻が高い!そして神父よ、よくぞ伝えてくれた。感謝する。」
声真似…は、まぁ低クオリティだ。似ても似つかない。
だがアレクであればきっとこう言ってくれただろう。
「…と、言うと…思います…。」
徐々に椅子に戻り、体が縮こまる。
いや恥ずかしい。
やめて!そんなポカンとした目で見ないで!
慣れない事なんてするんじゃなかった!!
神父はクククと我慢しきれなかった笑いを漏らす。
「いや、失礼。アレキサンドルス様の姿が目に浮かぶようでしたのでつい…。」
「お粗末様でした…。」
「いえいえ。きっとあなたの御先祖様もそのように誰にでも明るく接することの出来る方だったのでしょう。今を生きるあなたに出会えて本当にうれしかったですよ。ユリウス君。」
「こちらこそ、神父様。また来ても?」
「えぇもちろんです。シエナ様とぜひ一緒に来てください。歓迎いたします。」
お菓子も用意しておきましょう。と神父は本当に穏やかな笑顔でそう言った。
---
帰り道、結局声を掛けても揺すってもシエナは起きなかった。
まるで電池切れのごとくぐっすりと眠っている。
仕方なく背負って帰ることにした。
自分より背が高く、意識のない人を運ぶのは本当に骨だ。
かといって飛ぶわけにもいかないので歩き。
寝た子を起こすようなことはしない。
…いや、またウロウロされるのが嫌とかそういうのではない。
あくまでも俺なりの気遣いだ。
本当だよ?
「…もう少し沢山食べてもらわないとな…。」
彼女の体は体格のわりに細く軽い。
贅肉と呼べるものも筋肉と呼べるものも乏しく、当然胸もない。
やせ細っているわけでは無いが、それでも健康的とは言えない。
いつか大きくなった時に山も谷もない体では嫁の貰い手に困るかもしれないなどと余計な考えも浮かぶ。
「…ユリ…ス…。」
何でしょうかと答えようともしたが、寝言であった。
夢の中まで呼んでもらえるとは、最初から見れば随分懐かれたものだ。
そもそもよく考えてみれば、今日のお出かけの目的はあの教会であったように思える。
しかもお出かけ解禁初日。
シエナは自分のためでなく、俺のために案内までしてくれたのだ。
やはりシエナは優しい子のなのだと実感する。
夢にまでみたツンデレ娘。
まさか実在していたとは…。
俺の人生もまだまだ捨てたものではない。
…でも午後からの勉強には間に合わないな…。
まぁ、いいか。
今日だけは特別ということにしよう。
俺も割とツンデレらしい。
か、勘違いしないでよね!
別にシエナためじゃないんだからね!
…ユリウスが女の子の体だったら、絶対言ってるわ…。
そんな事を思いながらロッズの街並みをゆっくりと歩いた。
視界の隅の赤髪に気を配りながら、起こさないように転ばないように。
「…はやくぅ…。」
「…いや、夢の中まで急かすなよ…。」




