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第十九話 「得意分野」

 《メイドのシェリー視点》


 穏やかな日差しの中、メイドのシェリーはドミトルの部屋から引き上げたティーセットを運ぶ。

 そーっと、そーっと。と自分に言い聞かせながら。


 彼女は決して仕事のできるメイドではなかった。

 先日も花瓶をひとつ落っことして割ったばかりだ。

 ベンジャミンも彼女には苦笑いしかできない。


 ディーヌ孤児院生まれのシェリーは親も居らず、身寄りもない。

 そんな彼女をメイドとして雇ったのが他ならぬドミトルであった。

 自分の娘の従者としてシェリーを雇ったのだ。


 ドタドタドタドタ!

 静かな館に似つかわしくない騒がしい足音が近づいてくる。


(あの子は確か、シエナ様が気にしていた…)


「ごめんなさい!通ります!!」

「ひゃあ!!」


 金髪の少年が廊下を必死の形相で駆け抜けていく。

 それに驚き、トレイに乗ったティーセットがカチャンと音を立てて揺れる。


 しかし、そういうアクシデントにはさすがにもう慣れた。

 なんとかバランスを取り戻して安堵の息を吐く。


 …が。


「シェリー邪魔!!!!!!」


 今度は鬼の形相でシェリーの主人、シエナが駆け抜けていく。

 肘に彼女の体がぶつかり、トレイはシェリーの手からこぼれ落ちた。


 音を立て、ドミトルお気に入りのティーセットは無残に床に散らばった。

 …粉々に。


 ---


 《ユリウス視点》


 あああああ!


 食器が割れる音と一緒に女性の悲鳴が聞こえた。

 さっきのメイドさんだろう。

 許せ。今の俺は悪なのだ…。


「逃げるな卑怯者!!!!!」


 しかしながら立ち止まれない。

 後ろにはシエナが牙を剥いて追いかけてくる。

 止まれば即ち死(ストップ イズ ダイ)だ。


 中庭に通じる扉を乱暴に開けて外に出る。


 石畳できれいに舗装された中庭は正面の門から馬車ごと入れる作りになっている。

 十分な広さだ。

 しかもあるのは木が1本だけ。

 シーミィの時みたいに花壇や植木を気にする必要はない。


 その中心で足を止めた。


 シエナは健気にもここまで追いかけてきた。

 肩で息をし、先ほどまで叫んでいた元気が随分下火になっている。


「や、やっと追い詰めたわ…。」


 彼女はとても色白だ。

 体も細く、健康的というには少々心もとない。


 部屋に閉じ込められ、満足に運動もできなければそうなるのは必然だ。

 俺も生前に勤務先が夜勤であったために日光から離れた生活を送ったことがある。

 色が白くなり、些細なことにカリカリし、いつでも不機嫌になるのだ。


「追い詰めた?勘違いしてますね。」


 俺は彼女の不機嫌に油を注ぐ。


「ここまで来たのは他の人に迷惑にならないためです。お嬢様みたいに考えなしで暴れられては困るのです。」


 もう一押し。


「エバーラウンズの家の者は周囲の人にすら気を遣うのですよ!」


 彼女が奥歯を噛み締める音が聞こえてくる。


「お前が…!お前がアレク様と同じ名前なんて許さないわ…!」


 ヨロヨロと距離を詰めてくるシエナ。


「アレク様は偉大よ。アレク様はお前なんかと違って強いわ。お前なんかと違って逃げたりしない。お前なんかと違って、お前なんかと…!」


 スッと彼女が姿勢を落とした。

 その瞬間に木剣を振り上げたシエナが踏み込む。


 腰を落とした姿勢からの鋭い踏み込みはアレクの剣技に似ていた。


(─早…ッ!)


 咄嗟に大上段からの木剣を受け止めようとしたときに、わずかだが魔力の流れを感じた。

 そしてベンジャミンの忠告を思い出す。

 ()()()()()()()()


 すぐに身を捻って転がりながらシエナの横を抜ける。

 受け身を取り、彼女に向き直った時に俺は絶句した。


 木剣の先で石畳が砕けている。

 割れているのではない。

 砕けている。

 足先から伝わる明らかに重く固い石畳が粉々になっているのだ。


 アレク、そしてテオの使う剣士の魔法。

 壊撃だ。

 彼女は本格的な鍛錬も修行もせずにそれを使っている。


(あれが剣の素養ってやつか…。)


 模擬剣を構えなおす。


 シエナの兄君達に少し同情する。

 自分より年下の女の子に稽古中、木剣を砕かれボコボコにされる。

 そりゃあ、妬むし反感だって持つわ。


 シエナは特に構えたりせず、ダランと木剣を引きずるようにしてこちらに向き直った。


「…私はシエナ。お前の決闘の申し出。受けるわ…。」


 呪詛でも唱えるかのように、低く彼女は言う。


「約束しなさい。私が勝ったらエバーラウンズの名を捨てた上で首を切りなさい。」


 そして暗に死ねと言う。

 しかし、これは好機だ。

 あちらが条件を出すなら、こちらも条件を出せる。

 命がけの実地研修は遠慮したいが…。


「…いいでしょう。約束します。では僕が勝ったら、僕をあなたの指導係にしてください。」


 そういうとシエナはきょとんとした顔をした後に狂気じみた笑みを浮かべた。

 勝った。あいつ死んだな。とでも言いたげだ。


「えぇ良いわ。でも、私は強いわよ。だって─。」


 彼女が姿勢を低くする。


「兄上たちにだって何度も勝ってるんだから!!!!!」


 飛び込むような大上段からの一閃。

 俺の頭を粉々に吹き飛ばすつもりの一撃。

 テオとも数えて三度受ける壊撃。


 ─バガァ!!


 彼女の壊撃は、再び石畳を砕いた。


「…へ…?」


 シエナは小さく声を漏らした。

 間違いなく俺の脳天に届いた一撃は体に当たらなかった。

 逃げたわけでは無い。

 俺は先ほどの場所から一歩も動いていない。


 代わりに振り落とされた木剣の軌道に沿うようにして模擬剣を振った。

 軌道をずらし、受け流す。

 アレク直伝の王宮剣術。

 アレクを背後から襲って追いかけまわされた日に体に叩きこまれた動き。

 たった1つだけ覚えた、エバーラウンズ家の剣技だ。


「"エバーラウンズの剣は断つ剣にあらず。守るべくを守る剣なり。"」


 英雄アレキサンドルスの冒険の締めくくりに書かれた一文を口にする。

 彼女が知らない訳がない。


「嘘!嘘よ!!!」


 シエナは半狂乱になって木剣を幾度も振るう。

 そのたびに壊撃の余波が石畳を抉っていく。


「なんで!!!」


 焦りの表情が彼女に浮かぶ。

 しかし打てども打てども模擬剣は砕けない。


 当然、アレクの剣術だけではとうの昔に模擬剣は粉々になっている。

 しかしテオが教えてくれた。

 壊撃は魔力であると。

 そしてシエナの最初の一撃で確信を得た。

 壊撃の魔力は俺自身の魔力で干渉することができる。

 であれば話は至極単純になる。

 日々の鍛錬で魔術は使えなくとも魔法の、自身の魔力の操作ならお手の物だ。

 受け流すことなど、わけもない。


「ぐ…。お前なんかに!お前なんかにぃ!!」


 悔し涙を流しながらもシエナは攻撃をやめない。

 距離を開けては踏み込み、連撃を加えては受け流される。


 徐々に彼女の動きが鈍くなってくる。

 足元がおぼつかず、踏み込みそのもののキレが無くなってきた。


「まだ続けますか。勝負は着いてますよ。」

「うるさい!!」

「では、お付き合いいたします!」


 がむしゃらに木剣をふるうシエナ。

 結果は変わらない。


 しかし、彼女が諦めないというなら俺も受けて立とう。

 この決闘、長くなりそうだ…。


 ---


 日が傾き始めたころ。

 この街に来た時と同じように燃えるような夕日の光が辺りを染める。


 すでに中庭の石畳は6割ほどが粉々になり、

 中央に生えていた植木も地面に伏している。


 少し前からベンジャミンとメイドが1人。

 シエナとの決闘を見守っていた。


 …まぁもはや決闘と言えるような状態ではないが。


「ゼー…ゼー…。」


 呼吸も絶え絶えな状態のシエナはそれでも木剣を振った。

 もう両手が上がらないのか、右手だけで木剣を持っている。

 木剣に振られていると言った方が正しいまである。


「…。」


 かたや俺はテオと同じ構えを取っていた。

 左手を後ろに回し、右手だけで模擬剣を操る。


 彼女はすでに魔力切れを起こしていた。

 壊撃は魔力をぶつける。

 であれば当然ぶつけ続ければ自身の魔力を消耗する。


 しかしそんな状態でも攻撃をやめないのだ。

 凄まじい執念だ。


 コツンと模擬剣が木剣に触れる。

 決して強く当てるなどはしていないが、シエナが握る木剣は地面に転がった。


「あぁ…。いえ、まだよ…。ま、だ…。」


 ガクガクと足を震わせながら体を屈め、木剣を拾う。

 しかし、指が曲がらない程疲弊した手では拾い上げることは叶わなかった。

 ガクリと彼女が膝を折る。


「…まだ続けますか。」


 もう何度目になるかわからない問いかけを彼女に投げる。


「…うるさい…。」


 そう力なく返すと、ゆっくりと体を引きずるように立ち上がる。


「うるさいわ…。偽物のくせに。弱いくせに…。」


 1歩、また1歩とこちらとの距離を詰める。


「私はまだ、負けて、ない…ッ!」


 シエナは振り上げた拳を俺の胸目掛けて振り下ろした。

 ポスンと弱い音を立てて彼女の手が止まる。

 もう彼女の体にはこれっぽちも力が残っていなかった。


 それに本人も気づいたのだろう。

 今までの憎悪に満ちた表情に諦めの色が滲んだ。

 グラりとシエナの体が揺れる。


「…そうですね、お嬢様。貴女は負けなかった。」


 倒れそうになる彼女の体を俺は支えながら言う。


「ですが、僕の勝ちです。」

「…なによ、それ…。」


 馬鹿みたい。

 最後にシエナはそう呟くと、眠るように気を失った。

 わずかに髪の色素が薄くなっている。

 魔力切れ、そして体力切れだ。


 長い長い決闘が幕を閉じた。


 はぁぁぁぁぁぁ…。

 長くため息をついて、シエナを抱えながらその場に座り込む。


「シエナ様!ユリウス様!」


 すかさずベンジャミン達が駆け寄ってくる。


「ベンジャミンさん。シエナお嬢様は無事です。ケガはさせてませんよ。」

「そういう問題ではありません!ユリウス様はわかっていない!シエナお嬢様がドミトル様に言いつければあなたは本当に殺されるのですよ!?」


 まぁ、確かにそうか。

 相手は貴族だ。衛兵を消しかけられれば、7歳の命を奪うなどたやすいことだ。


「…決闘の事もです。ケガをさせれば斬首。負ければ斬首。いったいあなたはどれだけご自身を不利にすれば気が済むのですか。義理や恩とはいえ命を差し出すことなど…。」

「義理や恩なんて、しょせん建前ですよ。」


 言いながらシエナに目をやる。

 あれほど狂暴で手の付けられない問題児であったが、寝顔は天使だ。


「ただちょっと、この子を放っておけないなって。ベンジャミンさんと同じですよ。」


 そう返すとベンジャミンは言葉に詰まった。


 放っておけなかった理由はまぁ生前に紐付けされるが。

 俺は家から逃げた。

 平凡でどこにでもある家庭だったがそれでも逃げた。

 親からだけじゃない。兄弟からも逃げたのだ。

 罪滅ぼしと言う気はない。

 だが、最後に見た閉めきった暗い部屋で寝起きする彼らの姿と独房のような部屋に佇んだシエナの姿が重なって見えた。

 そういう胸につっかえた後悔が、背中をグイグイ押したのだ。

 今度は助けてやれ。と。


「…もし、祖父がこの場に居たら。きっと同じようにシエナお嬢様を何とかしようと思ったはず。それに従ったまでです。エバーラウンズ家の者として。師匠の弟子として。」


 それこそ建前の理由を語る。

 誰が何者かなど、関係の無いことだ。


 それを聞いたベンジャミンは目頭を押さえてため息を吐いた。

 …この人には苦労を掛けてしまうなぁ…。


 しばらく動きを止めた彼はその後すぐにシエナに再起(リブート)の魔術を使った。

 緑色の光が彼女の体を包み癒す。


「シェリー、お嬢様をお部屋へ。私はドミトル様をお迎えに行きます。」

「はい!」


 重そうな鍵束を渡されたシェリーと呼ばれたメイドはあたふたとシエナに触るかどうかを迷ったあとに、失礼します!と体を抱きかかえて行ってしまった。


「ユリウス様、本日のご指導。ありがとうございました。」


 彼はいつものように右手を胸に当てお辞儀をする。

 えらく突然だ。


「…今日は、さっそく剣術の稽古を始めた。シエナ様は疲れて眠ってしまったとドミトル様には報告しておきます。あとは上手く話を合わせてくださいませ。」


 なるほど。

 彼はあくまでも今回の決闘を稽古。すなわち指導の一環とするようだ。


「お心遣い、感謝いたします。」


 俺も立ち上がり、騎士礼にて彼へ礼を返した。

 ベンジャミンも行ってしまう。


「…さて。」


 くるりと振り返れば、決闘の惨劇が目前に広がる。

 砕けた石畳と、折れた植木。

 壊撃の破壊力を改めて痛感する。


「…直しますかぁ!」


 日暮れも近いなか、俺は疲れた体で中庭の補修作業に移った。

 魔力切れの心配はないが、休みてぇなぁ…。


 ---


「はえー。魔法でそんな事ができるのか。毎日使ってるが全然知らなかったわぁ。」


 土いじり。ならぬ石畳いじりをしていると話しかけてきた人物がいた。

 オーバーオールを着た庭師だ。

 名前をウィリアムと言う。

 土がむき出しの地面を慣らし、石畳を敷き詰める作業を見ていて興味を持ったらしい。


「土魔法を普通に使えば足元の地面と同じ成分の物が精製されます。ですが、精製したい素材を意識して魔力の密度を調整してやることで土にも石にも精製物を変えることが出来ます。」


 このように。と石畳に使う石を空中に出現させる。


 どうやら彼らの認識だと、土魔法は足元の地質に左右されるというのが常識だったらしい。

 土が欲しいのに周りが石だらけだと石しか作れないのだ。


 おそらく、自然が持つ魔力をそのまま使用するためと思われる。


 魔術でも魔法でも、原理や法則などお構い無しにあるがまま使ってしまう。

 ネィダの言葉借りるなら、知らずに使う愚か者。だ。


「おお!出来た出来た!これでどこでも土いじり出来る!」


 しかし教えてしまいさえすればさらっと出来てしまうあたり、感覚派はすごい。

 先ほどまで石しか作れなかった彼が柔らかな土を手から溢している。

 これでもう少し説明上手が居てくれれば俺も色々聞くことが出来るのに…。


「ありがとうな!魔術師さん!剣術も使えるみたいだし、見かけによらずやるな!」

「魔道士です。お褒めの言葉はありがたくちょうだいしますよ。ところで折れた木を治すことって出来ます?」

「ん?あぁ、あれね。ちょっと手伝ってくれれば治せるぞ。」


 その言葉に甘えて植木は彼にお願いした。

 息をあわせて倒木を立たせて断面をくっつける。


 すると彼は再起(リブート)の魔術を唱えた。

 手の先から小さな光が灯る。

 その光を浴びた木が元の姿を取り戻していく。

 繊維が1本ずつ繋がるようにして傷がふさがり、元の植木へ戻った。


 これでドミトルが帰宅する前に何とか中庭を元通りにすることが出来た。


「助かりました。」

「良いってことよ。また魔法のこと教えてな!」


 仕事終わりに寄っただけの彼は手を振りながら木製の脚立を持って帰路へ戻っていった。


 そしてそれと入れ違いになるように正門から1両の馬車が入ってきた。

 側面にはドラゴンロッド家の家紋が刻印されている。


 馬車が直したばかりの中庭の入るやいなや、シェリーを含めた執事やメイドが十数名屋敷から出て来て1列に並ぶ。


 そして馬車の御者席から降りてきたベンジャミンが扉を開ける。


「「お帰りなさいませ!ドミトル様!」」


 執事は右手を胸に当てた礼を。

 メイドはお腹の前くらいの高さで両手を重ねた礼を。

 それぞれ礼儀正しく敬意を胸に彼らの雇い主を出迎える。


 ドミトルはフンと鼻を鳴らしながら馬車から出てくる。

 ベンジャミンより二回りほど小さい体で精いっぱい威厳を表現する。


「ユリウス。早速シエナに稽古をつけたと聞いたぞ。」

「はい、ドミトル様。」


 危うくぼーっと突っ立っているだけの人間になるところなのを上手く騎士礼でごまかす。


「ケガなどさせていまいな?」

「もちろんにございます。シエナお嬢様は剣術の筋が大変よろしゅうございました。」


 内容に関しては知っての通りだ。

 俺とさほど変わらない年齢で壊撃を使いこなしていた。

 踏み込みも鋭く、剣筋に迷いが無い。

 ちゃんとした師匠を持てばきっと大成するだろう。


「フン。剣術などこれっぽちも役に立たんわい。教えるならせめて魔術にせよ。」


 しかしそういい捨てるドミトル。

 娘の才能を喜ばないのはどうなのだろうか。


「良いかユリウス。シエナは我がゼルジア家の今後を担う大切な身なのだ。もっと貴族の趣味を理解して指導をせよ。」

「…ドミトル様がおっしゃるならば、そのように。」


 正直不服だ。

 なんでもかんでも親の言う通りにさせようとするのはいかがなものかと思う。

 もしシエナが望むのならアレクに弟子入りさせるのも考えておこう。


「それで?シエナはお前を指導係と認めたか?」

「そ、それにつきましては…。」


 もちろんです!

 と、即答が出来なかった。

 シェリーやウィリアムには稽古、ならぬ決闘をしっかりと見られている。

 現にシェリーはムッとした顔でこちらを睨んでいる。

 どう答えたものか…。


「…本日は初日ということで、お試し。しっかり一晩考えられてからお返事されるとシエナ様はおっしゃいました。」


 助け舟を出したのはベンジャミンだった。


「なるほどな。大方暴れまわって手が付けられなかったというとこか。まぁ期待せず待たせてもらうとしよう。シェリー!私は腹が減った!まずは食事にせよ。」

「はい!ドミトル様!お食事の用意が出来ておりますのでこちらへ。」


 すぐに踵を返して館へと向かうドミトル。

 シェリーは速足で食堂へ続く扉を開けに行き、ほかの従者たちもそれに続いた。


 残された俺とベンジャミンはほぼ同時にため息を吐く。


「…ユリウス様にはヒヤヒヤさせられっぱなしですな。」

「面目ないです…。」


 このベンジャミンという執事、どちらかと言えば参謀役か。

 常に周囲に気を使いながら、ある時は前に出てあるときは後ろに下がる。

 ボードゲームとかやらせたらめちゃくちゃ強そうだ。


「私も咄嗟に明日答えを出すと嘘を言ってしまいましたが…。いかがしましょうか?」

「まぁ、それについても考えは無いわけではないです。シエナお嬢様の1日のスケジュールを教えてもらえますか?」

「それは構いませんが、どうなさるんです?」

「ひとまず、あの部屋での生活を含めてシエナお嬢様の暮らしを体験してみようと思うんです。」

「そ、それは寝食を共にする…と…!?」


 真っ青な顔でベンジャミンが言う。

 まずい。

 変な勘違いを起こされてしまっている。


「そんな風に取らないでください。あくまでもシエナお嬢様と同じ視点に立って考えるというだけの話です。」

「そ、そうでございましたか。少々早とちりいたしました。」

「誤解が解けたなら良かったです…。」


 俺がシエナに手を出すわけがないだろうに。

 俺は硬派な男だ。

 ククゥというガールフレンドが居る手前、ホイホイ女の子に手を出したりはしない。

 サーシャにもきっちり釘を刺されているからな。

 …まぁ万が一にもシエナが迫ってきたらどうかはわからない。

 俺は流されやすいヘタレでもある。


「明日1日、ということですが。あの疲れようではシエナ様がいつお目覚めになるかわかりません。」

「ん?起こしに行かないのですか?」

「シエナ様は普段一人で起きておられます。我々がするのは着替えを手伝うくらいですので。」

「…無理に起こすと、暴れるとか…?」

「…そうとも言います。」


 もうこの親子、どうしたものかしら…。

 暴力ですべて解決できると思ってる節がありありのありね。

 いっそ本当に魔法でぶっ飛ばしてわからせちゃおうかしら…。


「…ちなみに今日のシエナお嬢様の夕飯は何ですか?」

「シエナ様のですか。今日は鱗鶏(リザッキー)のソテーなどを用意するはずでしたが。お休みになられておりますのでしばしは保留中です。」

「なるほど、なるほど…。ちなみにベンジャミンさん。」


 暴力以外の手段を取るための最終確認。


「シエナお嬢様のお食事、僕が用意してもいいですか?」

「…はい?」


 ---


「おー。」


 ドミトルの夕飯が終わったあとの食堂。

 そしてその奥のキッチン。


 シェリーに案内されながら見学しているが、大したものだ。

 もし一般家庭レベルを実家の釜土と流しだけのキッチンとするなら、ここは間違いなく一流ホテルの厨房だ。


 釜土の上には排気用の煙突があるし、壁には埋め込み式の直火オーブン。

 壁に掛けられた多数の銅鍋の数々に、手入れの行き届いた調理ナイフ達。

 後ろの棚には真っ白の食器が収納されている。

 それに氷室まである。要は冷蔵室。

 これだけ設備があればほぼほぼ前世と変わらない調理が可能だ。


 …逆に言うとここまでの設備レベルを小型化して一般家庭に普及させた科学技術は驚異的だ。


「ベンジャミン執事長から伺っておりますので、ご自由に使ってくださって大丈夫です。ですが、本当に料理など出来るのですか?」

「もちろんですとも。僕はこう見えて元王宮魔術師を唸らせるほどの腕前ですよ?」

「…そうは、見えませんね。」


 頭の先からつま先まで値踏みされたあとに苦笑された。

 絶対わからせてやる…。


 このシェリーと言うメイド。

 たしかシエナのメイドだったか。

 フリルなどの無いシックなメイド服にダークブラウンの髪を肩ほどの長さで切りそろえ、ヘッドドレスをつけている。

 年は若い。15か16くらいだろうか。まだ幼さの残る顔とメイド服が若干不釣り合いだ。

 しかし、お胸の方は素晴らしい発育をしていらっしゃる。

 アンジーと良い勝負だ。メイド服で押さえつけているのが逆に形を引き立てている。


「まぁ、人は見た目によらない。ということで。」

「火事など起こしませぬように。私は料理など出来ませんが、いざとなったら水の魔法で火を消すことぐらいは出来ます!」

「それは、どうも。ご親切に…。」


 口調や振る舞いから何となく察したが、この子はあまりメイドに向いていないかもしれない。

 どちらかというとジーナのように酒場で給仕をやっている方が似合いそうだ。

 …うん、胸元の開いたディアンドル。よく似合うと思います。


「それでは早速見させてもらいますね。」

「どうぞどうぞ。」


 首都ロッズの領主の台所というだけあって、作りの良さが伺える。

 今まで見てきた部屋の中に突然石壁むき出しの台所があるのと違い、インテリアまで統一されている。

 釜土の側面はツヤツヤした陶器の壁だし、キッチンシンクの部分も大理石だ。

 食堂の壁の延長であるだけあり、白を基調にした清潔感あふれる台所となっている。


 それらをささーっと見終わってから氷室へ向かう。

 5段ほどの石でできた階段を下りた先に金属製の分厚い扉があり、中もみっちりと石が使われている。

 奥に巨大な氷塊がみえるので、おそらくは魔術師が水系魔術を使って置いたのだろう。

 氷の魔術も水魔術に分類される。中級魔術に分類されるので難易度はそれなりに高い。

 天井からフックで吊るされた大きな肉塊は塩漬けにされているもので、鮮度を感じる鮮やかなピンク色だ。


「ではまずこれを拝借…。」


 しかし俺がとったのは肉ではない。

 骨だ。

 皮袋に入った鱗鶏(リザッキー)の骨。

 ソテー用に肉を切り出して残ったものがあると聞いていたのでこれを使う。


「肉ではないのですか?」

「えぇ、骨の方がいい出汁がでますので。」

「ダシ?」

「ブイヨンと言えばわかりますか?」


 シェリーは首をかしげてなんのことやら。といった表情だ。

 もしかしたらこの世界には煮出すという調理が無いのか。


「骨から美味しいスープができるんですよ。」

「またまたぁ。骨なんて食べられませんよ。素直にお肉を使ったらどうです?」

「えーっと、骨自体は食べません。」

「んー?ユリウス様の言ってることはよくわかりませんね。」

「料理が出来たらわかりますよ。」


 あんまり詳しく話しても仕方ないので次だ。

 同じく氷室にあった麻袋をあさる。


 中にはオリーブのような緑色の木の実や、真ん丸の唐辛子のような木の実。

 ほかにも豆類など小分けにされて大量に入っている。


「お!?」


 その中でもあるものに目が留まった。


「それは白パン用の麦ですね。石臼で引いてから白パンにするんです。」


 シェリーが得意げに語ってくれるが、それどころじゃない。

 米ほどではないが、良いものを見つけた。


 生前で言うところの、押し麦だ。

 俺は麦飯が好きだったので、なじみある穀物だ。


「これも少し貰います。」

「では臼で引いてきますね。」

「いえいえ結構です!そのまま使いますので。」

「…ユリウス様?麦は粉にしないと固くて食べれないんですよ?」


 知らないの?という顔をしている。内心馬鹿にしてるのが透けて見える。

 俺が暴力系主人公だったらその無駄に育ったお胸をひっぱたいているところだ。

 ヘタレであることに感謝するんだな。


「シェリーさん。」

「はい。なんでしょうか。」

「今夜、あなたの食事に対する常識をひっくり返して見せますよ。」


 土魔法である食器を生成しながら俺は不敵に笑う。

 それは蓋と本体でセットの伝統調理器具。

 俺の祖国ではこれをこう呼んだ。


 土鍋(DONABE)

 今夜はパーティになりそうだぜ…

人物紹介


シェリー 人族 14歳 メイド。

ディーヌ孤児院出身の女性。ドミトルにシエナの専属メイドとして雇われた。

いまだ見習いの身であるため礼儀作法に難がある。

シエナの事を妹のように思っているが、妹扱いして叩きのめされた過去がトラウマである。

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