第十七話 「首都ロッズ」
「坊っちゃん。もうすぐ着くからねぇ。」
乗り合い馬車の御者が陽気に教えてくれる。
ヤギのような角の生えた髭もじゃの魔族の男性だ。
落葉の季節にコガクゥの村から出る者は少ない。
皆小遣い稼ぎで手一杯だ。
よって現在乗り合い馬車の客は坊っちゃんこと、俺1人。
暖かな秋の日差しと冷たくなり始めた風が吹くレッド平原をゆっくりと進んでいく。
御者さんは時折この土地についてのお話を聞かせてくれた。
どこまでも広がるように見えるこの平原はアリアー大陸の中央部に位置する。
大昔、闘龍期での邪龍との決戦で知られる平原はいまとなってはただ風が吹き抜けるだけだ。
時折豆粒ほどに小さく見える動物が遠く群れをなしているのを見かけるくらいか。
それも小茶野犬、つまりは魔物である。
御者さんの話では、ここで怖いのは亡霊系の魔物だという。
それこそ、何千年も前から戦いだらけのこの土地の大地は隅々まで戦いで命を落とした人々の怨念が染み付いている。
レッド平原という名前も戦争で流れた夥しい流血の色から名前がつけられたとも。
それゆえに何年かに一度霊界への門が開き、亡者の列挙が起こるのだとか。
満月の夜に千とも万とも言われる亡霊が空へと上がるのだ。
百鬼夜行というより、大成仏大会だ。
子供や年寄りは巻き込まれて一緒に黄泉の国へつれていかれるという言い伝えがある。
「まぁ、しょせんは言い伝えだがねぇ。」
「亡霊の魔物はどうやってやっつけるんですか?」
「火の魔法が良く効くからそれだな。なんなら輝照石でも良い。あぁ、でもな。」
御者はここで一度言葉を切ってから振り向いた。
そして後ろめたいのか、ヒソヒソと俺に話す。
「幻惑の亡者には、気を付けた方がいい。」
「幻惑の亡者…?」
聞いたことが無い魔物だった。
クアトゥ商会に並ぶ魔物なら一通り覚えたが、そんな人名のような魔物は初耳だった。
「あいつらは、人の心を読むんだ。」
御者は続ける。
「もっとも強く想っている人の、ようは好きな人の顔に化けて接吻を迫るのさ。」
なんと、そんな破廉恥な幽霊がいたものか。
でももしククゥやアンジーの顔で迫られたら確かに逃げれる気がしない。
というか、嬉しいまである。
「キスされたらどうなるんです?」
「死ぬ。」
オゥ…サツバツ…。
「魂を握られてそのままあの世に連れていかれちまうのさ。よしんばそれを避けれたとしても、男ならこの世のものとは思えない飢えと渇きに耐えかねて死んじまうらしい…。」
「う、飢えと渇き…。」
「そう、生き延びてもみーんな脱け殻みてぇな顔で決まったうわ言を口にするんだ。"死んでおけばよかった"ってな。」
思わず固唾を呑んだ。
亡霊系の魔物。
サーシャの首飾りはおばけを遠ざける効果があるらしい。
着けているから大丈夫だとは思うができるならご遠慮被りたい…。
幻惑の亡者。
しっかり記憶しておこう。
「それにしても坊っちゃん。その年で魔術師かい?」
彼がそう聞くのも無理はない。
今の俺は、ちゃんとそれっぽい格好をしているのだから。
頭には伝統と趣の灰色三角帽子。
サーシャお手製の野犬のローブ。
そして師匠特選の翡翠石の杖。
馬子にも衣裳。ユリウスにもローブと杖。
今の俺は見た目はとってもマジカルだ。
「魔術師じゃありません。魔道士です。」
「んー?なんだいそら?」
魔道士という言葉は通りが悪い。
魔法歴になる以前、大魔霊と戦っていたころの魔術師達のマイナー流派である。
知ってる方が珍しい。
「魔道を探究する者の名前ですよ。すごいでしょう。」
「へー。よくわかんないが、すごいすごい。」
…あしらわれてしまった…。
そういえばジーナもアーネストもあまりピンと来てなかったなぁ…。
出発の時もジーナはともかくアーネストは「似合ってないなぁお前」と指を指して笑ってきたものだ。
いつか鼻っ面にカメムシをお見舞いしてやるとも。
---
首都ロッズ。
旧王都とも呼ばれ、王家が現在の王都へと移る際に四大貴族のドラゴンロッド家に与えられた大きな街だ。
街の中心には今から約2000年前に建てられた砦が今も変わらず平原を見下ろしている。
レッド平原の歴史の通り数多の戦いをくぐり抜けてきたこの街は、城塞都市としての名残でぐるりと城壁に囲まれている。
石造りだったりレンガだったりと何度も補修をした後が見てとれる。
そんな城塞の入口を馬車は過ぎていく。
見上げれば城壁上部の通路につながるであろう鉄格子から青空が見える。
「ごぉ苦労さーん。」
御者が声をかけたのはこの街の衛兵だ。
鎧兜を着込み、揃いの赤いマフラーを身につけたドラゴンロッド親衛隊。
多くの者達はドラゴンロッド家のファンで、賜った紋章に恥じぬ働きをするぞと意気込むのだという。
「お勤めご苦労様です。」
俺も馬車から敬礼とともに衛兵に声をかける。
彼らは口をへの字に結んだまま右手を胸に当て頭を小さく下げた。
街に入れば、その造りは堅牢そのもの。
石畳が隙間なく張り巡らされ、建物も石造りが基本となっている。
なだらか丘をそのまま街にしたような地形で、道は同心円上に配置されているようだ。
赤を基調とした配色が特徴的で例えば通りの石畳に、あるいは軒先の花壇に。はたまた屋根の瓦にと至るところに赤の差し色があるのだ。
これもドラゴンロッド家の意向だろうか?
アレクがいたら解説が捗ったろうに…。
「坊っちゃん。馬車はここまでだ。道中気をつけてな。」
「ありがとうございます!」
乗り合い馬車の停留所からは徒歩となる。
まずは依頼人の場所へと向かわなくては。
たしか、ネィダの話だと赤い屋根大きなお家だとか
聞いた方が早いのだけども…。
そう思いながらも、辺りを見渡す。
複雑に入り組んだ町並みはコガクゥの通りとはまた違った賑やかさがある。
家同士の間に張り巡らされたロープと洗濯物。
それを窓越しで会話しながら回収する主婦の声。
鍛冶師がうちならす相槌の音。
列を成して巡回する衛兵の足音。
ここまで見た村と比べれば都会的だ。
なにより建物の数が段違いに多い。
右を見ても左を見ても必ず建物がある。
坂の上に目を向ければ砦の他にも尖った屋根の背の高い建物。
豊穣の女神のレリーフが掲げられているから、おそらくは教会だ。
その奥には更に頭1つ高い搭が見える。
砦から生えてるところを見るに物見やぐらの類いだ。
「少し街を見学しますか。」
歴史あるドラゴンロッド家の統治する街。
アレクを従える貴族の住む街。
まだまだ見たことの無い物がこの世界には溢れている。
そう思うと、足を伸ばさずにはいられなかった。
俺は好奇心旺盛な男だ。
例え歳をとってもそうありたいね。
---
「はい迷ったわー。完全に迷ったわー。」
やらかした。
いま俺は裏路地をとぼとぼと歩いている。
鍛冶屋を見たり、服屋を見たり、パン屋を見たり、服屋を見たり、本屋を見たり。
あっちこっち行ってるうちに欲が出てしまった。
本当は砦やら教会やらを見たくて坂道を登っていたのだが、いつの間にかよくわからないところに来た。
上ろうとすれば下り、下ろうとすれば行き止まる。
迷路のような街だ。
…そういえば城壁街というのは外部からの侵攻を阻害するためにわざと入り組んだ造りをしているんだったか。
「しまったなぁ…。」
そしてこういう時に限って人とすれ違わない。
すでに辺りは陰り、夕日が建物の一番上を照らすばかりだ。
なんとか日があるうちにドラゴンロッド家にたどり着かないと…。
夜になれば赤い屋根などそう簡単に識別できた物ではない。
仕方ない。
とりあえず飛ぼう。
高いところから見下ろせばまた違ってくるはずだ。
あんまり街中で飛ぶと騒ぎになるかと思ったが、そうも言ってられなくなった。
持っている杖に視線を落とす。
翡翠石の杖
コガクゥ産の木材を使った魔術師用の杖。
魔力の操作精度を高め、魔術そのものを強化する。
アイスホッケーのスティックのような形の杖で、幅が広い部分に翡翠石が埋め込まれている。
ネィダ曰く、本当は瞳の色に合わせるのが通例だが紫の魔石は目玉飛び出るほど高いから無理。とのこと。
よって、せめてサーシャの瞳の色に近いものを選んだ。
この世界では魔石と宝石はほぼ同義だ。
永い年月をかけて結晶化した石には魔力が宿る。
石ごとに特性が異なるだけでなく、色合いやカットの仕方でも魔力への影響が大きく変わってくる。
色が美しいほど、石が大きいほど、形が複雑であるほど。
魔石としてのランクが上がる。
この杖も決して安い物ではない。
白い霞が入った翡翠石にはわずかに金の粒子が紛れている。
値段にして金貨11枚。大金だ。
決してなくさないようにとずっと握りしめていた。
力の代わりに魔力を込める。
杖に埋め込まれた翡翠石が輝き、飛翔魔法が起動する。
今回は炸裂推進は使わず、燃焼推進だけで飛ぶ。
スピードは出ないが静かに飛べるのでこういう街中ではこっちが便利だ。
それに翡翠石は風魔法との相性が良い。
魔法の精度が格段に向上し、いくぶんかスピードが増している。
風を巻き上げながらふわりと離陸し、建物の屋根の上に着地する。
足元の瓦が割れないか不安だったが、そんなやわな造りはしていなかったようだ。
景色に目を向ける。
ここは丘の中腹辺りまで来た所であった。
夕日を受けた街並みは赤く染まり、平原は光を返して金色に波うっている。
「おぉ…。なんとも…。」
絶景だ。
夕日を見て綺麗だと思ったことはなかった。眩しいとかそれくらいか。
河川敷で涙を流すおっさんを何人か見たが、今ならなんとなく気持ちがわからでもない。
そんな景色を見渡していて赤い屋根が目に入った。
夕日に照らされても燃えるように赤い瓦がびっしりと貼られた大きな屋根の家がある。
囲いと植物に囲まれていて、下からでは到底気づけないだろう。
高い所に来たのはそんなに外れでもなかったようだ。
しかし、遠い。
歩いて行く頃には日が沈んでいるのは間違いない。
もっと言えばまた迷ってしまうかもしれない。
では方法は1つだ。
「…じゃあ、やりますか。」
数歩さがって、屋根の切れ目までの距離を図る。
何をやるのか。もちろん、飛ぶのだ。
飛行テストは多々やってきたが、あそこまでの距離を飛ぶのは初めてである。
しかし、俺の敬愛する映画スターは言った。
時には歩くより、まず走れ。と。
ゴウと強い追い風が吹いたとき、俺は駆け出した。
屋根の端で踏み切り、思い切り飛び上がる。
地上10メートル程度。
リアルに足がすくむ高さに俺の身を投げ出す。
腹の中身が浮き上がるような落下感を一瞬受ける。
燃焼推進、炸裂推進同時始動。
飛翔魔法発動。
グンと景色を置いてきぼりにして炸裂音と共に加速する。
燃焼推進の熱輪を下側に集中させて高度と速度を維持。
落下速度とあわせてスケボーをするような体勢で空を滑る。
風と炎で精製した9つの熱輪は見事に俺の体重を支えた。
建物の壁の間を風のように縫ってすり抜ける。
窓辺でタバコを吸う男性の横を通りすぎ、ベランダの植木鉢に水やる女性は目を点にして突風に視線を送る。
「FooooooYeaaaaaaaaaah!!!!!」
長く続く屋根を掠めるように飛び、叫ぶ。
広大に開けた景色が今は全て手が届きそうな気がした。
風を切り裂く風となって俺は赤い屋根を目指す。
…さすがに速度を出せば高度が犠牲になったが初フライトは最高の一言であった。
赤い屋根の大きなお家の正面に着く頃には高さを維持できなかった。
地上2メートルほどの高さを惰性で飛びながらゆっくり降下する。
見れば、門の前には執事とメイドが何事かと駆け出して来ているところだった。
彼らの頭上を通りすぎると下からは感嘆の声が聞こえた。
少し開けたところまで行き魔法を止めた。
体は重力に引っ張られ、ローブをはためかせながら落下する。
拳と膝を地面に付く格好で着陸。
「…完っ璧…。」
飛翔魔法。
自分でもうっとりする完成度であった。
あとは持久力と高度上昇に回す推力の問題を解決すれば翼を得たも同然だ。本当に大陸間移動も出来るようになるかも知れない。
立ち上がり振り替えれば、先ほど2人は同じところで大口を開けて呆然と立っていた。
まぁ、そうでしょうそうでしょう。
親方!空から男の子が!となりましょう。
しかし俺は動じない。
ユリウス・エバーラウンズは動じないのだ。
すぐさま澄まし顔を作る。
「お騒がせしまして申し訳ありません。ドラゴンロッド卿のお屋敷はこちらでしょうか?」
2人に歩みよりながら脱帽する。
「え、えぇそうです。あなた様は?」
答えたのは執事の方だった。
絵に描いたような執事ルックの彼。
オールバックの白髪にモノクルと執事服。
少し耳が長いのはもしかしたら長耳族の血が入っているのかもしれない。
「我が師匠、ネィダ・タッカーの使いで参りました。ユリウス・エバーラウンズと申します。」
自己紹介後に騎士礼でお辞儀をし営業スマイルをかます。
何事も第一印象は大事である。
ネィダの時は少々手こずったが、今回はいい滑り出しだと自分で思う。
「ネィダ様の!あぁそういうことですか。私は執事のベンジャミンと申します。」
執事は衛兵達と同じように右手を胸にあてて礼を返してくれる。
彼がネィダに手紙を寄越した張本人だった。
しかし、あまり歓迎ムードではない。
執事とメイドは困惑した顔のままであったが「ひとまずは屋敷へ」と迎え入れてくれた。
まぁ、ネィダ本人ではないし致し方なしだ。
あとで預かっている手紙を読んでもらおう。
---
「こちらでお待ちください。」
ネィダの手紙を受けとったベンジャミンは俺を部屋に通してから出て行った。
部屋の中は金の蝶番亭で泊まった宿よりも豪華なつくりであった。
大きな窓から見える景色はすっかり日が暮れてしまったが、輝照石製のシャンデリアが煌々と部屋を照らしている。
壁紙であったり細やかな彫刻の入った家具はもちろんの事。
大きな剥製や、古い鎧甲冑。そして絵画などの調度品が至る所に鎮座している。
あと広い。
キッチンダイニングといった間取りの部屋であったが、おそらくは食堂だ。
奥には隠れているが、台所が少しだけ見える。
座っている椅子や目の前の長テーブルもそうだ。
継ぎ目の一切ない天板を見るに、作りが良いものとわかる。
そして何より目を引いたのが壁に掛けてあるタペストリーだ。
赤、青、黄、緑。
四色の布があしらわれたそれらは4大貴族の家紋が描かれていた。
杖に巻き付いた龍、ドラゴンロッド。
王冠と交差する剣、キングソード。
爪痕のある獅子、レオスグローブ。
風になびく狼、ウルズスカーフ。
どれも歴史のある大貴族の家紋である。
…?
なんか、位置が微妙にしっくりこない。
右端に他にもうひとつあったような日焼けの跡があるが…?
そう思っていた時にガチャンと音を立てて扉が開く。
「ネィダ本人ではなく弟子が来るとはな。分家と舐められたものだ。」
挨拶もなしに嫌味を口に出したのは初老の小柄な男性だ。
白髪交じりの黒髪と茶色の瞳。
切り整えられたちょび髭を生やしている。
少し頬がこけているし、太っているとは到底言えない。
貴族というよりは、中間管理職のようなおじさんがベンジャミンを引き連れて部屋に入ってきた。
身なりばかりは貴族らしくい装飾をあしらった上等な服を着てはいるが。
「初めまして、ネィダの弟子のユリウス─」
「あぁよいよい。ベンジャミンからすでに聞いた。アレキサンドルスの孫であるともな。よりにもよってまぁ…。」
ヒラヒラと手を振りながらベンジャミンが引いた椅子に座る。
そして封を切った手紙を乱暴に机に放った。
…ちょっと扱いが雑でムッとしてしまう。
それはベンジャミン氏へ向けてうちの師匠が書いた手紙なんですがねぇ。
ベンジャミンの方を見やると、彼はコホンと咳払いした。
「こちらの方はゼルジア家当主。ドミトル・ゼルジア・ドラゴンロッド様であらせられます。アリアーの首都ロッズの長にして、南西地方の領主でもあります。」
「つまりはお前の祖父の雇い主ということだ。」
意地悪そうに補足をするドミトル。
なるほど。
こういう手合いか。
あえて高圧的な態度をとっているわけだ。
彼は貴族として貴族らしい振る舞いをしている。
まるで圧迫面接だ。
それにはこちらもそれ相応の態度を示さねばならないが、もう少し様子を見させてもらう。
…正直、このドミトルという男の第一印象は最悪だ。
魔法ぶっぱして帰るというのも頭をよぎる。
「しかし、武の名家たるエバーラウンズの血筋のものがまさか魔術師などと。落ちたものだなぁ。そう思わんか?ベンジャミン。」
ヘラヘラと、そしてベラベラと語る。
ベンジャミンは肯定も否定もせずにただ傍らに立つだけだった。
「アレキサンドルスならまだしも、その孫。しかも7歳の半端者を寄越すとは。ネィダもたかが知れてくるというものだ。」
…彼は手紙は読んだはずだ。
ネィダがベンジャミンとの約束を守るべく俺を派遣したこと。
そして、彼女なりにこの仕事に俺が適任であると考えた根拠が記載されているはずだ。
それでなおこの扱いなのは、ちょっと納得いかない。
だが、まだだ。
耐えろユリウス。今の俺はネィダの弟子とエバーラウンズ家の2つの看板を背負っているのだ。
「それで?ユーレスとやら。お前に我が娘の指導役が務まるか。いかにして見定めたものかと考えているところなのだ。どうしてくれようか?ん?」
わざと名前を間違えたな。
ここまでくると怒りを通り越して呆れてくる。
ドミトルはあくまでもネィダを引っ張り出したいらしい。
それは娘の事を思っての事ではなく、元王宮魔術師ネィダを迎えることによっての保身が目的なのだろう。
─貴族ってのは強かったり、珍しかったりするものを身近に置くことで自分の力を誇示する生物だ。
貴族というのは、そういうものなのだとアーネストが言っていた。
ここまで典型的に当てはまるとは思いもよらなかったが…。
仕方ない。下策ではあるが、彼にはできる限り舞い上がってもらおう。
俺はスッと椅子から立ち上がった。
ベンジャミンもドミトルも一瞬身構えた。
それを無視し、俺は椅子の横で傅いた。
右手を横へ流し左手で帽子を胸にあて、ゆっくりとひざを折る。
傍らには杖を置いた。
本来は国王等にする騎士礼節の最敬礼を彼らにさらした。
「清悦ながら、ドミトル様。まずはどうか謝辞を受け取っていただきたい。」
俺のセリフに彼は眉を上げた。
「此度の事は、私自身が師匠ネィダに無理を言って頼み込んだことであります。無礼とは承知でしたがどうか怒りをおおさめください。」
「…ほう。して、何故にお前はここへ?」
「祖父より聞き及んでおりました。偉大なるドラゴンロッド卿への奉公する絶好の機会であったが故です!」
顔を上げ、語気を強めて言い放った。
「曾祖父オズワルドの頃よりこの南西地方を守る任を与えて下さったのも、我がエバーラウンズ家が路頭に迷わずいられたのも。すべてはドラゴンロッド卿の深いご慈悲あってこそ。いつかはドラゴンロッド卿のお役に立てるようにと私なりに研鑽を積んでまいりました。」
グッとこぶしを握り、水魔法でウソの涙を少しだけ光らせる。
「ドミトル様のおっしゃる通り。私は半端者です。魔術もろくに使えず、剣術も祖父の腕前とは程遠い未熟者です。しかしながら!必ずやお役に立てて見せます!勉学であればクアトゥ商会で学びました。薬学であれば師匠にも引けをとりません!どうか!どうか我が積年の想い。エバーラウンズの想いを聞き届けて頂けないでしょうか…。」
再び頭を垂れて、反応を待つ。
かなり大げさに言ったが事実しか口にしていない。
俺から志願したのはそうだし、我が家の歴史もそうだし、俺が未熟者なのもそうだ。
演技力なら多少自身があるが、果たしてどうなるか…。
「…顔をあげよ、エバーラウンズの。嘘でも誠でもそこまで言われると興が覚める。」
ため息まじりの声でドミトルは言う。
そして、座れ。と短く言う。
いつの間にかベンジャミンがこちらに立ち、椅子を引いてくれていた。
小さく頭を下げながら俺は椅子に腰かけた。
どうやら、演技力が勝ったらしい。
切れ散らかさなくてよかった…。
「…あのアレキサンドルスの孫とは思えん達者ぶりよな。脳みそまで筋肉でできている家系のものとは思えぬ。」
「お褒めの言葉痛み入ります。両親に伝えればきっと感涙いたすことでしょう。」
「ええい、世辞はもうよい!エバーラウンズにそこまで言われると寒気がするわぃ。」
そういいながら彼はタペストリーを見上げた。
いや、あの不思議な日焼けの跡を見ているのか。
「…お前はどこまで知っておる?」
「どこまで、と申しますと…?」
俺は首を傾げた。
俺が知っているエバーラウンズの歴史は、曾祖父オズワルドが領地統括の任を受けたこと。
それを祖父アレキサンドルスが受け継ぎ、デニスと共にイングリットの村周辺を守護統括していることくらいか。
アレキサンドルスの活躍であれば、多少は本で読んだが。
「…知らぬならよい。いつかは知ることだ。」
頬杖を突きながらやはり同じ場所を見つめるドミトル。
そしてパチンと指を鳴らした。
奥の扉からメイドが2人現れ、金色のグラスに葡萄酒を注ぐ。
「今一度名前を聞かせてくれぬか。」
「ユリウス・エバーラウンズです。ドミトル様。」
俺とドミトルの前にそれぞれ一杯ずつの葡萄酒が置かれる。
香り高く色鮮やかなそれはドラゴンロッドにふさわしい深紅のワインだった。
「ユリウス。ネィダの弟子よ。ひとまずは我がドラゴンロッドへの忠誠を認め、お前を客として迎えよう。」
彼はそう言って杯を掲げた。
倣って俺も掲げる。
ドミトルが飲み干すのを待って俺も口を付けた。
途端に眉がヒクつく。
渋い!
とてつもなく渋いワインだ!
香りも味も素晴らしいが舌ざわりが異様に渋い。
「口に合わんか。」
「初めて飲むものですので、少し戸惑っております。」
「葡萄酒など浴びるほど飲めるだろうに、謙遜しおって。」
おそらくはアレクの事を言っているのだろう。
彼は酒豪で、大樽に入った葡萄酒を一息に飲み干したという伝説があるほどだ。
「さて、娘に会わせてやりたいところだが。今日はすでに就寝の時間が近い。
顔合わせは明日にせよ。どちらにしてもシエナが首を縦に振らん限りはこの話は進まんのでな。」
そういうと彼は席を立つ。
「ユリウス。お前に客室を1つ貸し与える。腹が減っていればベンジャミンに声をかけよ。」
「感謝いたします。ドミトル様。」
彼は特に返事もせず、メイドを2人連れて部屋を出た。
「…お食事はいかがいたしますか?ユリウス様。」
ベンジャミンはそっと訪ねてくる。
「…いただけますか?」
「かしこまりました。簡単なものではありますがご用意いたします。」
そういって台所へ足を向けるベンジャミン。
「…あぁ、失礼いたしました。」
しかし彼は向き直って頭を下げた。
「呼び出しておきながら、あのような扱いをどうかお許しください。この通りお詫び申し上げます。」
突然の事に俺は「いえいえいえ!」と手を振るしかできなかった。
「気にしてませんよ。むしろ僕みたいな子供が来たのです。門前払いすら覚悟していましたよ。」
「…お越しになられたのがユリウス様でよかった。ネィダ様なら手紙を投げた時点で帰られていたでしょうね…。」
「あぁ、それは確かに。」
そう返すと、彼はクスリと笑った。
同じ師匠を持った者同士、思うところもあった。
「苦労なされていますか?」
「少しだけです。気分屋さんではありますが、僕にとっては良い師匠です。」
「そのようですね。私もあの方のおかげでこのお屋敷の執事をしていられます。」
彼は懐かしむように目を細めた。
「でも、大魔術級を詠唱できたベンジャミンさんが師匠に助けを求めるなんて…。そんなに大変なことなのですか?指導役というのは。」
「…その件ですが、魔術だけでは解決できない問題というものがあるのです。」
何やら含みのある言い方を彼はする。
「それもシエナお嬢様に会えばわかりますので、まずはごゆるりと旅の疲れを癒してくださいませ。」
といって彼は台所に消えた。
---
「…エバーラウンズ…。」
ユリウスが食事をしている姿をこっそりと除く人影があった。
「お嬢様、そろそろ…。」
「わかってる。うるさいわね。」
メイドが心配そうに声をかけるが、彼女は鬱陶そうに返事するだけだった。
「…あんな弱そうな奴が本物なわけないじゃない。」
そういい捨てて、踵を返す。
そうだとも、偽物に違いない。
明日になればすべて白日の下にさらしてやる。
彼女は胸に静かな、しかし確かな殺意を湛えながら自室へと戻った。
人物紹介
ドミトル・ゼルジア・ドラゴンロッド 42歳 人族
ドラゴンロッド家の分家、ゼルジア家の当主。
魔術や剣術の才は無く、話術やコネで現在の地位を30年以上維持し続けている。
アレクとは少年時代からの知り合い。苦手な人物だという。
ベンジャミン・ドラゴンロッド 51歳 人族
ドラゴンロッドの姓を持つが、妾の子であるので本来は名前の継承権が無い。
ネィダの弟子でもあり、大魔術級の魔術を行使できるが魔力量が少なく不得手。
礼節や語学に精通しており、ドミトル専属の通訳でもある。




