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閑話「三人目の依頼受注者」

ユリウスがアレクのイビキに耳を塞いでいる頃のお話。

 《ジーナ視点》


「おめぇそれイカサマだろ!」

「はぁ!?てめぇいちゃもんつけんのかコラ!」


 夜の酒場は幾分かうるさい。


 依頼から帰って来た冒険者が酒を浴びるほど飲み騒ぎを起こす。

 そして周りがそれを囃し立て、酒の肴にする。

 さらに酔っぱらいが増え、また騒ぎが起こる。

 負の循環だ。


(ユリウス君達みたいなお客さんのが良いなぁ…)


 ユリウスと耳長族の少女。

 あぁいう見ていてこちらも笑顔になるお客ならいつでも歓迎だ。

 微笑ましい。

 胸が温かくなるような優しい光景だ。


 でも、夜には来て欲しくない。

 夜の酒場は臭いし、汚いし、うるさいし、おっさんっばっかりだし。

 ついでに、客層がひどい。

 給仕の尻を触ったりなどは可愛いものだ。


 取っ捕まえて椅子に無理矢理座らせて酌をしろ!だとか。

 今晩の夜の相手になれ!だとか。

 人間として最低限の節度も守れない輩も多い。


 冒険者である以上、ギルドは依頼を遂行できる強さがあればあとは自由にさせている。

 よって、荒くれものや元犯罪者なんてのもウヨウヨいるのが現実だ。


 こういうときにアーネストが恋しくなる。

 腕がたって、紳士で、礼節のある冒険者。


 私はそういう素敵なお客をもてなしたいのです。


「あの、ジーナさん。」


 店の嫌な景色を死んだ魚の目で見ていた私は目の前の客に気づくのが遅れた。


「あら、ごめんなさい。ちょっとボーッとしちゃってて…。」

「良いんです良いんです。気にしないで。」


 彼もまた、店員に優しい客だ。

 普通の飲んだくれなら「シャキッとしろよ!こっちは客だぞ!」などと難癖が飛んで来る。

 まぁ、そういう客は拳で黙らせるに限るが。


 話しかけて来たのは銀髪の少年だ。

 確か、彼は最初に酒場に来たときに「いつもの」と注文をしてきた少年だ。初めての店でそう注文するひとは多くは居ない。

 銀髪の髪を短く切り揃えていて、非常に清潔感がある。

 私としては好印象だ。

 身なりもキレイだ。

 麻のローブも、その下の軽装鎧もピカピカとは言わないものの真新しい装備は彼が駆け出しの冒険者であることを示した。

 その割には疲れている顔をしている。

 最初に見たときなど、死相にも見えた。


「魔法を教わりたいという依頼を受けに来ました。依頼主はどちらに?」

「あ、あー。それね。えっと…。」


 しまった。

 その依頼はユリウス君が昼間に少し早く締め切ってしまった。

 彼はその事を知らない。


「ごめんね、その依頼なんだけど…。」


 ことを説明しようとした時だ。

 丸テーブル席の方でガチャンと皿が割れる音がした。


「てめぇ!やりやがったな!!」


 先ほど口論していた客が暴れ始めた。

 殴りあいの喧嘩が始まる。

 いつものパターン通り、周りが囃し立てる。


「あちゃあ、始まっちゃったか…。」

「隠れた方が良いですよ?ジーナさん。」

「良いのよいつものパターンだから…?ちょ、ちょっと!」


 いつものパターンではない。

 銀髪の彼の後ろで酔っぱらいが武器を抜いている。

 ギルド施設内での抜刀はご法度だ。

 もはや前後不覚どころの騒ぎではない。


「あんた達いい加減にしなさい!」


 カウンターから彼らに鉄拳を見舞いに行こうとした時だ。


 ヒュッ


 と風を切る音がした。

 すぐにその正体が分かる。

 暴れている冒険者がナイフを投げていた。

 投擲技術を習得している剣士なら、そういう芸当も出来る。

 その流れ弾がカウンターに真っ直ぐ飛んで来た。

 私の胸目掛けて飛んで来たナイフはしかし、私には当たらなかった。


 彼が、銀髪の彼が振り返ることなく空中でそれを掴んでいた。


「ジーナさん、怪我は無いですか?」

「え、えぇ…。」

「ちょっと止めてきます。」

「何言ってんの!?危ないわよ!」


 素手ならともかく、武器を抜いた冒険者は魔物より質が悪い。

 その上酔っぱらっているのだから、何をしでかすかわからない。


「大丈夫です。いつものパターンですから。」


 彼はそういうとナイフを持ったままふらりと喧嘩の方へ向かった。

 決して少なくない野次馬の群れをすいすいと抜け、暴れる冒険者二人の間に割って入った。


「なんだてめぇ!なんか文句でも─。」


 食って掛かった冒険者の顎に有無をいわさず一発。

 横から鋭い掌底を叩き込むと冒険者はグルンと白目を向き、泡を吹いて倒れた。


「この野郎─ふぉぐぉ…!」


 もう片方の冒険者も剣を銀髪の彼に振りかぶったが。

 それよりも数段早く、彼はナイフの切っ先を冒険者の口に射し込んだ。

 ナイフの腹を上顎に押し当て、足を踏みつけて動きを止める。

 グイとナイフを持つ腕を上げれば、冒険者はそれに合わせて背筋を反らした。

 それでもテーブルがすぐ後ろにあるから逃げられない。


 彼は何も言わず、冒険者の口にナイフを突っ込んだままジッとその青い瞳で睨み付けた。

 離れたカウンターからも分かる明確な殺気。

 向けられた側はたまったものではない。


 カチカチと冒険者の歯がナイフにあたる音が聞こえる。

 気がつけば酒場は静まりかえっていた。


「…剣をおろせ。」


 銀髪の彼は低くそういうと、冒険者は大人しくそれに従う。

 当然だ。すでに生殺与奪の権利は彼の手にある。


 カランと剣は床を転がった。


「ナイフを投げたのは誰だ?お前か?」

ひ、ひはう…。(ち、違う…。)ひゃっひほはふは(あっちの奴だ)…。」


 冒険者は目で、先ほど一発で伸された方を示した。


「そうか。残念だ。お前だったらこのままお返ししようと思ったのに。」


 ナイフを冒険者の口から引き抜く。

 冒険者は喉元を押さえながら尻餅をつき、激しく咳き込んだ。


「次は無い。そいつを連れて消えろ。」

「は、はいぃ!」


 ナイフを柄から渡されながら言われた冒険者であった。

 完全に怯えきった表情で、仲間数名とともに冒険者達は酒場から転がり出ていった。


「あ、あなた強いのね…。」

「武術の心得があるだけです。ジーナさんに怪我がなくて良かった。」


 先ほどの強烈な殺気が嘘のように彼は微笑む。

 …はて?そういえば私は彼に名前を告げたことがあったかしら…。


「ところでさっきの話の続きですが…。」

「あぁ、それなんだけど…。」


 私は彼に事情をなるべく丁寧に説明した。


「なるほど。依頼主がキャンセルしたなら仕方ない。」

「ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに。」

「いえいえ、じゃあ代わりに運搬依頼があったら教えて下さい。これからベルティスの方に行くので、少しでも足しにしたいんです。」

「あぁ、それなら良いのがあるわ。お礼に少し色もつけるわね。」

「助かります。」


 彼の出す冒険者符形を受け取り、カウンターの魔方陣にのせて依頼の登録を行う。


 Eランクの冒険者。

 ここから北西にあるディーヌ孤児院のギルドで登録されている。

 彼は先月登録したばかりの新人だった。


(あの身のこなしで新人!?)


 思わず彼の顔を見る。

 多少疲れが見えるものの、どうみても彼は十代前半だ。

 まだ子供といっても差し支えない年齢の彼が大人の冒険者2人を秒殺したのだ。


「あなた、何者なの?」


 私は彼に訊ねる。

 彼は少し困ったような顔で答える


「エルディン・リバーテール。ただの冒険者です。」

人物紹介


ジーナ 二十六歳 人族

ギルドの受付嬢。気前よし度胸よし愛想よしの看板娘。

十代は冒険者をしており、巷では「鉄拳」の名で恐れられていた。その腕は衰えることを知らない。


エルディン・リバーテール

駆け出しの冒険者。アリアー大陸北西のディーヌ孤児院出身。探し物や探し人がたくさんあり、現在お疲れモードである。世界情勢に詳しい。

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