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初めての、昔からの想い

お立ち寄り下さりありがとうございます。

 コトリ。


 直信が懐から取り出した文箱は、漆がしっとりとした艶を見せる美しいものだった。直信はその美しい箱をそっと直子に差し出した。

 その時、高直は胸を掴まれたような心地を覚え、息を呑む。


 文を送る、つまり誰かが直子に求愛したということだ。

 その意味が高直の頭に入り込んだ時、夢からさめたような、世界の色が変わったような気がした。

 

 文箱は高直が考えてこなかったものを、はっきりと突き付けた。

 

 ずっと、このままだと思っていた。何も疑っていなかった。

 元服を迎え、出仕が始まり、会える時間は限られて、そして直子も裳着を迎え、あの愛らしい姿を直接目にすることはできなくなったけれど、それでも、直子と自分の間に誰かが入り込むなど、考えもしなかった。――これまでは。


 けれども文箱は高直に教えたのだ。


 いつか、そう遠くない将来に、

 直子に自分よりも近い存在ができてしまう――、

 直子が自分以外の誰かを思い浮かべて、その誰かのための香を合わせる。

 直子が瞳を輝かせて、自分以外の誰かの名を呼ぶ、

 そして、あの笑顔を自分以外の誰かに向ける――、


 ――!


 息もできない程の激情が高直を貫いた。


 直子の隣にいるのは自分だ。直子の合わせた香は自分だけのもの。

 直子が笑顔向けるのも、直子の瞳に映るのも自分だけだ。

 直子のあらゆるものが自分のものだ。何一つ、誰にも渡さない――


 心の内に、火のように熱い欲望を心のままに叫んでいる子どものような自分がいた。

 これほどの激しい感情を覚えたのは、生まれて初めてだった。このように荒々しいまでの感情を覚えることがあるなど、自分でも信じられなかった。

 けれども、渇望に驚き、その苛烈さに喘ぎながらも、高直は、この餓えた願い自体に驚くことはなかった。


 今なら、分かる。

 雀を差し出してくれた「女童」が、高直に輝くような笑顔を向けてくれた時から、彼はこの願いを持っていた。

 ようやく自分の胸の奥底から掬い上げた大切な想いは、自分の直子に関するすべての行動を説明してくれた。


 直子に会えない日が物悲しく、直子の香を焚いて気持ちを落ち着けていたのは、

 直子の部屋から立ち去る時間を、できるかぎり引き延ばしていたのは、

 直子の笑顔が見られたときは、胸が照らされたような喜びを覚え、

 御簾で隔てられてからは、直子の声に自分の全ての意識を向けて、直子を感じていたのは――、

 

 彼女は、「妹」ではない。彼女は自分にとって、唯一の――、


「高直!待て!」


 直信が珍しく声を荒げて、高直を引き留めた。

 

「君が直子に文を送る必要はないだろう。いや、とにかく正道様からの文を返すんだ」

「直信。僕は文を送るんだよ。誰よりも、直子への愛を持っているのだから」

「な…」


 臆面もなく愛を語った高直に、直信は言葉を失った。直子とよく似た面差しが、高直の真意を探ろうと、視線をひたと向けるのを見て、高直は苦笑した。

 この大切な想いが信じてもらえないとは、これまでの自分の無自覚さの付けが回ったらしい。

 恐らく、直子も信じてはくれないのだろう。

 自分の恋の険しさを思いながら、高直は口を開いた。


「直子は『妹』ではない。僕の何よりも大切な人だ」


 直信は目を見開き、やがて、ゆっくりと目を閉じて、疲れたように溜息を付いた。

「直子に執着はしていたけれど、色恋の素振りは、今まで全く見せていなかったじゃないか」


 高直は微笑んだ。穏やかで、けれども、強い意志を潜ませたその微笑は、直信ですら息を呑む美しさがあった。

 固まる直信を見て、笑みを深めながら、高直は静かに言葉を紡いだ。


「今から、嫌というほど見ることになるよ。僕は気づいたから」


 再び驚きに喘ぐ直信に微笑んで、「この文箱は僕の文と共に渡す」と言い置き、高直は踵を返して牛車に向かった。

 それから半刻もしない内に、美しい文箱を二つ、使いを介さず自分で直子に差し出す高直の姿を直信は目にすることになる。

 そして、その日から、その姿は、宣言通りに直信が溜息を付くほど目にすることにもなった。



 クロシア国で一二の権勢を誇るマーレイ公爵家の屋敷に、もはや見慣れた、些か呆れられた存在となった王太子エドワードの姿が今日もあった。

 公爵家嫡男のアンソニーは、女性と見紛う程の美を不快に染めた。


「君は1週間前にも、僕の天使に草を贈ったばかりだろう。仕事に差し障るのではないか?」


 エドワードはいつものように希少な毒草を、愛しいリズの笑顔を見る為に持参していたのだ。エドワードの有能さは国内外に知れ渡るほどであるが、この王太子は一週間に一度はこうして必ず公爵家に顔を出す。

 エドワードは「氷の王子」と評される冷徹な眼差しを、アンソニーに向けた。


「私の女神への愛を形で贈るのは、私の最優先な仕事だ」


 瞬間、贈ることができる状況に輝くような喜びを感じているエドワードの思考が飛び込んできた。

 歓喜の強さに一瞬目を閉じたアンソニーの脇を通り越して、エドワードは足取りも軽くリズの部屋へと向かいだした。

 背中にも喜びが現れているその姿に、アンソニーは溜息を付いた。


「まぁ、今に始まったことではないか」


 肩を竦め、小さく呟いた後、アンソニーはエドワードを追いかけた。



お読みいただきありがとうございました。

前世編はこちらで一先ず完結です。

お付き合いいただきありがとうございました。


12/1に前世の番外編を1話だけ投稿する予定です。

その後、体調に変化がなければ、シリーズ管理でつなげた後に、

検索除外とする予定です。

新しい話に行き詰まったときに、前世の直子視点の話を

書けたらとこっそり思っております。

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