小話:妹が雀と遊ぶ時間
お立ち寄り下さりありがとうございます。
とても短い話です。
本編とイメージが崩れるかもしれません。
誠に申し訳ございません。
京の五条にある中将邸はこぢんまりとしたもので、住む者にも訪れる者に心地よさを与える。その小さな屋敷の小さな庭に、可愛らしい雀の鳴き声が響いている。
屋敷の女房たちはそっと端近に寄り、目を閉じて聴き入るほどの愛らしい鳴き声だ。
庭に降りる階でも、将来が楽しみな見目麗しい少年二人が腰かけ、鳴き声に耳を傾けていた。
直信は可愛い妹に雀が寄ってきたのを見て、目を細めた。
雀が妹に懐くのは、妹の可愛いらしさを雀も認めているように思えて、くすぐったい気持ちがするのと同時に、懐かれた妹が嬉しさから見せる笑顔が堪らなく可愛らしいのだ。
日を受けて輝く髪と、嬉しさに上気した頬も直子の愛らしさを引き立て、直信は自分に絵心がないのが常々悔しかった。
幸せに蕩けていた直信の耳に、小さな高直の呟きが入り込んだ。
「直子は、僕と雀のどちらが好きなのかな」
直信は、自分が溜息を零さなかったことを胸の中で褒め称えていた。
「どうなんだろうね。聞いてみたら?」
それでも、答えは冷めたものになってしまったのは、幼さ故の至らなさなのか、呆れなのか、直信は答えを追究することは止めた。
高直は三日と置かず、中将邸に顔を出している。
あまりの頻度に、もう先触れすらなく訪ねるようになってしまっている。そして、直信の部屋に顔を出さずに、直子の部屋に直行するときもあるぐらい、直子との距離も近いものになっていた。
どのような質問を投げかけても、――それがいかに馬鹿らしい質問であっても――、今更、直子との距離が変わるようなものではないだろう。
しかし、高直の感想は違った。
「嫌だよ。もし雀の方が好きと言われたら、僕はどうしたらいいんだ?」
――どうしたらいいんだろうね…
直信は答える気力もなくし、可愛い妹の笑顔を眺めて、気力を取り戻すことにした。
雀が直子の髪を突いて、直子は小さく笑っている。
直信の目が再び細められたとき、隣からまた小さな呟きがした。
「直子は楽しそうだけれど、僕は、雀に直子を取られているこの時間は、楽しくない。好きでもない」
直信は自分の何かが鍛えられる気がした。
それとは別に、直信には珍しく、高直の言葉に聞き流せないものも感じた。
確かに、雀が逃げていかないように、直子から距離を取っている。
でも、直信にはこの時間が楽しくないなどとは、決して思えなかった。
「僕は雀と直子が遊んでいる時間は好きだよ。だって…」
直信が説明をする間もなく、直子がこちらを向いた。雀が直子の指に止まったことの喜びを分かち合いたかったのだろう。零れるような笑顔が向けられた。
隣で息を呑む音がした。
辺りを照らすような妹の笑顔から目を逸らしたくなくて、直信は隣を見遣ることはなかったが、高直がどのような顔をしているのかは分かった。
二人を見た直子が、一段と笑顔を深めたのだ。
直信の耳は小さな呟きを拾った。
「確かに、この時間はいいかも」
「そうだろう?」
同意を得られた直信はそっと口を緩ませた。
お読みいただきありがとうございました。