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二人の兄

お立ち寄り下さりありがとうございます。

第1話の一週間後の話です。

 京の三条にある式部卿の屋敷は、風流を好む主によって見事に整えられた庭が都でも有名だ。しかし、屋敷の西の対の階に腰かける、蹴鞠に飽きた二人の愛らしい少年たちは、見事な庭を見ることもなく、とりとめのない話に興じていた。いや、厳密にいえば、一人は話に興じていた。


 直信はにこにこと顔を綻ばせながら、穏やかに話し続ける。

 それはいつものことで、高直はそんな直信を見て、つられるように自分も笑みを返すのが、いつものことだった。


 けれども、今日の高直はいつもとは違った。


――どうして、今日は直子のことを話さないんだ?


 高直は口まで出かかった疑問を飲み込むことに集中して、笑顔が浮かび上がることはなかったのだ。


 初めて直子が屋敷に来てから、一週間が過ぎていた。

 直信はいつもどおり「一人」で屋敷にやってきた。直信の前にも、――右横にも、左横にも、背後にも――、可愛らしい小さな女童がいないことを見てそのことを知ったとき、高直は一瞬自分には分からない感情が過ったが、それは一瞬であり、すぐに親しい友の訪れの喜びに気持ちは塗り替えられた。

 実際、直信との遊びはいつものように楽しかった。

 特に、直信との蹴鞠は楽しく、今日は今までより10回も多く続いた。信じられない快挙で、それを二人で喜んだ後、ふっと、高直の視線は階に向かっていた。階は当然いつも通りそこにあったが、何か、高直はその階に物足りなさを感じていた。


 高直の視線の先を見た直信が、階に腰を下ろし、「少し休もうよ」と笑顔をくれたとき、刹那、明るい気持ちが沸き上がり、けれどもそれは瞬く間に立ち消えてしまい、高直は首を傾げた。


 直信はにこにこと蹴鞠のことを話し出し、今日がまぐれでなく、次もこれほど続くといいと話す。高直は頷きながら、違和感を覚えた。


 蹴鞠の記録を伸ばすことは、二人の一番の目標だった。だから、この話をされるのは当然だし、高直とてやぶさかではない――、はずだが、どうもしっくりこない。

 いつも通りの直信の柔らかな笑顔を見て、不意に高直は自分の違和感の正体に気づいた。


――直子の話が聞きたい。


 蹴鞠よりも、あの、愛嬌が指の先まで満ちている、可愛い女童、妹の話を聞きたかった。

 高直はようやく自分の望みに気が付いたものの、自分から口にすることはなかった。

 何しろ、直信の妹自慢はいつものことだったから、口にしなくとも、待てば、即座に妹の話に移るはずだった。

 

 けれども、蹴鞠の記録は直信を興奮させていたようだ。いつもとは異なり、蹴鞠の話が続いているのだ。――もっとも、続いていると高直は思っているが、時間にすれば、1分ほどしか経っていないのだが。


 ともあれ、高直の感覚では話が移ることはなく、それでも、直信なら、高直の気がそぞろになっていることに気が付いてくれるはずだったが、高直は待つことをやめた。

 そして、口から零れ出た言葉は、高直自身、想像していなかった自分の奥底の願いだった。

 

「直信。直子を今日はどうして連れて来なかったの?」


 階に、沈黙が訪れた。

 直信は目を丸くした。

 いつも、可愛い妹のことをつい話してしまうと、高直の反応は薄くなり、直信としてはできるかぎり妹のことは話すべきでないと思っていた。それでも、気が緩むと、つい話してしまうけれど。

 話で薄い反応なのに、ここに妹を連れてくるということなど、あり得ないだろう。

 驚愕、という体験を初めてした直信を放置して、高直は箍が外れたように自分の思いを口にし続ける。


「直信にとって妹なら、僕にとっても妹だろう?」


 直信は目を瞬かせた。

 今、目の前にいるのは、つい先日、直信が妹の話をしてしまったときに「妹って、僕にはいないから分からないな。そういうものなの?」とつまらなさそうに言っていた高直なのだろうか。

 何か悪いものに憑かれてしまったのではないかと、心配し始めた直信を全く気にすることなく、高直は満面の笑みを浮かべた。


「さぁ、僕たちの可愛い妹の顔を見に行こう」


 何かが違う気がしながらも、出かける前、少し寂しそうにしていた直子を思い出し、早く戻れば笑顔になるだろうなと、笑顔を返しながら頷く直信だった。


お読みいただきありがとうございました。

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