09話
あんまりこういうこと気軽に口にしたくないけど。
「死にたいっ……いますぐ」
私はどうかしていた、起きたらもう朝の六時だったから錦を起こしてから出てきたけど、後輩の家でなにをやっているんだという話だろう。
「やあやあ、お困りかい?」
「汐梨っ、汐梨は香海さんとどうなっているの?」
「あ……はは、今度食事おデートに、ってところかな」
デート、デートかあ……それっぽいことは何回もしたよね。
クレープを食べさせ合いっこをして錦が私の唇に……ぐぅぇ!?
「錦とはどうなんだい?」
「こっちは死にそうです……」
「こーら、そういうことを口にしないの」
その後も「私だけを見てよ」とか言っちゃっていたし……年上のくせになにやってんだ私は……。
「実は――」
汐梨は信用しているから色々と喋らせてもらう。
馬鹿にされることはない、逆にそれっぽいアドバイスをしてくれるはずだ。
「へえ、あんまり健全じゃないねえ」
「ぐはっ!? ち、違う……私はあくまで健全にいきたいの……」
「ならそろそろ決めなよ、だって素面の時に言ってくれたらいいって錦が言ってくれたんでしょ?」
そういえばそうだ、ちゃんと忘れていなかったぞ私。
「というかさ、私を好きでいてくれた綺月はすぐ消えちゃったよねー」
「それは……そもそもあなたが全然意識してくれていなかったからでしょ」
中学生の頃からずっとアピールしてきたのに届かなかった。
それでもまだまだ頑張っていくつもりだった、なのに状況が簡単に変わってしまった。
あの時汐梨がはぐれてくれて良かったとすら思う。
だってどの道彼女を手に入れることは不可能だったんだから諦める口実がほしかったのだ。
汐梨だって錦と出会ったことで香海さんと出会えたわけだし、なにも無駄なことはない。
「だからってすぐに忘れて他の女の子に興味、示すんだ」
「も、もう香海さんが好きなんでしょ!」
「そうだよっ、だからもう綺月は受け入れられないから!」
「私は錦が好きだからいいんだよっ」
そうだ、もういまの私は錦に恋をしている。
見た目、声、態度、仕草、要所では決めてくるところ、意識しない方が難しい。
「おぉ、大声で告白、いいね!」
「まあねっ」
でもいま会うのは恥ずかしい、勢いだけの告白などしたくないからしっかりタイミングは考えないと。
「綺月ちゃん、二年生の子が来たよ」
「あ。ありがと、それじゃあもう行くね」
「了解、後で聞かせてねー」
誰が教えるか!
ちなみに来てくれたのは錦ではなくアイラ――愛ちゃんだ。
「錦は帰しておいたけど、本当に良かったの?」
「うん、いまはどんな顔をして会えばいいのか分からなくて」
言っておくけど別にこれは浮気ではない――と、よく分からない方面に向けて言い訳をして二人で学校を出ることに。
「錦は普通だったわよ?」
「そりゃそうだろうね……別になにかをやらかしたわけじゃないし」
寧ろ私が支えられた側だし。
たまには後輩っぽく甘えるのも悪くないとか考えていた先輩とは違う。
せめてあれが逆であったのならば、そうすれば私は余裕の態度で待っているだけで済んだのに。
それであの子の可愛い仕草、照れるところ、赤く染めた頬に触れてそのまま――なんてことも! あったのに……先輩の私が追う方になってしまった。
いや、先輩とか後輩とか、追うとか追われるとかはどうでもいいんだ。
でも、あの後から上手く関われていないのがマイナスという話で……。
「余計なお世話だと思うけど、恥ずかしがらずに行くべきだと思うわ」
「うん、それは分かっているんだよ。けれどね、あんな恥ずかしいことをしちゃったからね」
「そう言われてもなにがあったかなんて私は知らないわよ」
だけど汐梨に泣きつく前に泣きついた結果がいまに繋がっている。
待て、そう考えたら先輩としての威厳なんて既にないのでは?
「……錦、本当に普通だった?」
「え? あ、うん、いつも通りのうるさい錦ね」
え、嘘、私はそんな錦知らない。
私には見せてくれていない一面があるってこと? 独占なんてずるい!
なんだかんだ言っても敬語継続中だしなあ、あの一歩引いている感じなのはなんで!?
「お風呂場では肌とか髪に触れてくれたのに……」
「健全じゃないわね……」
「違うからっ、普通に入浴していただけだから!」
やはりあれか……まだ私が汐梨のことを好きでいると思っているから遠慮しているということか。
だったらもうお姉さんとして格好いいところを見せなければならない。
それができるのは私だけ、その先に進むには自分で動くのが必要なこと。
「愛ちゃん、可愛い服って持ってる?」
……私のでも可愛いとか言ってくれたけど、新鮮さがほしい。
「一応持っているつもりだけど貸さないわよ、その場凌ぎの着飾りなんて意味ないわよ」
ぐっ、最近は後輩ちゃんに正論を言われることが多いような。
あくまで健全に、あの時みたいなことが起こらないよう普通に元気よく、だけど落ち着きがなくならないようにいってみることにしよう。
今日は青椒肉絲にするつもりなのでピーマンとタケノコとお肉を買いにスーパーまでやって来た。
無事に食材はゲットできたので(気持ち多めに)、食いしん坊さんが訪れても不安は一切ない。
「に、にに、錦っ」
「あれ、もう来ていたんですね」
「え」
固まってくれたのでそのまま強制的に連れ込む。
そのまま座らせて、こちらは手を洗ってから調理開始。
「今日は青椒肉絲ですけど、ピーマンは食べられますか?」
「ば、馬鹿にしないでっ、食べられるよ普通に!」
え? 別に馬鹿にするつもりはなかったけど……まあ食べられるのなら問題はないか。
とはいえ二人分だから時間はそんなにかからない、ちゃんと炒めれば誰が作っても美味しくなる。
「はいどうぞ。でも凄いですよね、どうやって分かったんですか?」
「い、いや……私はただ錦に会いたいと思っただけで……」
「はいはい、言い訳はいいですから早く食べてください」
この人って食いしん坊なくせに全然認めないところがあるな。
そういうところが可愛いんだけど、ちょっと格好悪いからやめてくれたらもっといい。
別にいいんだ、なんでもかんでも頼ってくれればそれでいい。
お腹が空いているということならごはんくらいだったら提供する――日によっては文字通り白米だけかもしれないけど。
「いただきます」
「はい」
彼女の食べているところを観察。
「ぶっ……ごほごほっ、な、なに!?」
「綺月はなにが好きなんですか? 今度作れるように色々と買い溜めしておきますよ?」
「え、私はオムライスとか好きだけど……後は卵焼きとか焼き鮭とか」
なるほど、参考になる。
どうせなら本当に好きな物を食べてほしい。
栄養に関しては向こうがしっかりしてくれているだろうから、ここでは本当に彼女の好物を食べてほしい。
「おにぎりだったら自然な塩にぎりが好き、カレーよりも実はハヤシライスが好き、なによりお肉が大好きなんだよね、体力回復できるから」
「私は美味しそうに食べてくれる綺月が好きですけど」
「そりゃ美味しいものを食べさせてもらったらこっちも楽しくなるからね」
いいよなあ、やっぱり誰かが食べてくれるって。
GWの時は両親、姉、先輩二人が美味しいと食べてくれたから嬉しかった。
でもいまは彼女がそうしてくれていることが1番嬉しい。
「綺月」
「んー……?」
「これから真剣に私の家で住まない?」
ま、あの母親が許可するわけもないんだけど。
もっと色々な一面を見せてほしいんだ、そうするには悪いけど揺さぶっていくしかない。
「ん……ふぅ、悪いけどそれは無理だよ、お母さんが許さないから」
「だよね、しょうがないね」
慌てる時と慌てない時の差はなんだろう、あまりに非日常的レベルの発言をすると冷静になれるということか。
「それにいつも一緒にいるよりもこういう形で短い時間を積み重ねられる方が嬉しいかな」
「ふぅん」
「あ、勘違いしないでよ? 錦とは普通にいたいから」
……変な遠慮をしなければ利用していい的なことを言ったんだからごはん提供屋で別にいいけど、肝心なところでは全く拾ってくれないとか……そういうの地味に悲しい。
「テストで上手くいってなかったら一緒にいることさえ許されてないんだから」
「……やっぱり私のせいか、余計なこと言わなければ良かったなぁ……」
「そんなことないよ、私が余計なことを言ったのが悪いんだ」
「余計なこと?」
「そこは気にしなくていいよ」
余計なことってなんだよっ、そこを教えてくれないと落ち着かなくなる。
ちょっと踏み込もうとしてもこれだ、不健全なやり方は好まないし……どうすれば……。
「そろそろ帰るね、美味しかったよ」
「待ってっ」
「うん?」
「……帰ってほしくない」
これならギリギリ健全的、袖を掴むくらいはいいだろう。
後輩が可愛い先輩に甘えるというシチュエーションはなくもない。
もちろん、アニメキャラクターみたいに可愛いだなんて自分で言うつもりはないけど、恐らく悪くは捉えられていないはず!
「だけど駄目なんだよ。だからごめんね、それじゃあね」
「あ……」
が、駄目だった。
一人残された部屋で自分の足を叩く。
「あのおばさんめ!」
もうあんまり時間がないんだよ。
だって先輩は就職活動をそろそろ始める年だし、私もなんだかんだで二年生、あっという間に六月頃になって、だけどあまり進めずにいる。
「汐梨先輩にアピールしていた時の綺月の気持ちか、これが……」
あぁ……とにかく邪魔をしないでほしい。
自分だって恋をして結婚して子どもを産んでいるんだからさあ。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま。あ、ごはんはいいよ、友達に菓子パンをもらって食べちゃったから」
はぁ……錦があんなに言ってくれていたのに……。
でも、結局子どもは親に頼るしかない、従うしかない。
「その汚れ、本当に菓子パンを食べて付着したものなの?」
「あっ、本当に汚れてるっ、歩きながら食べたからだな……」
「脱ぎなさい、洗濯するから」
「うん……お願い」
青椒肉絲美味しかったな、私が来る前提で多く食材を買ってくれていたのも嬉しかった。
しかも「家に住まない?」って言ってくれて、本当はそうしたかった。
だけどできるわけがない、お母さんが許すわけないから。
いちいち聞いたところでボロクソに言われて、それだけならまだいいけど関わるのもやめろとか言い出しそうだこの人だと。
「ねえ、本当は錦ちゃんのところに行っていたんじゃないの?」
「別にいいでしょっ、そのためにテストだってちゃんと高得点を取ったんだから!」
なんで好きで一緒にいたい子と会うというだけで課題を課されなくてはならないんだ。
悪影響を与えることなんてない、それどころかこっちが迷惑をかけてしまっているくらいなのに、親が関わる子にまでグチグチ言うものではない。
「なんで汐梨ちゃんじゃなくなったの?」
「そんなのビビビとくる子と出会っちゃったからだよっ」
「落ち着きなさい、もう少し静かな声で話して」
「私は錦のことが好きなの! それって駄目なの? お母さんはお父さんのことが好きになって結婚しているのに?」
ぶつかればぶつかるほど錦と住みたいという欲が出てくる、ついでに言えば錦のことが好きだという感情がとめどなく溢れてくるから悪いことばかりでもない。
けれどこれで毎回ぶつかるのは正直面倒くさい、なんで母は娘の恋路を応援してくれないんだ。
「別にそうは言っていないわよ……ただ」
「ただなに!?」
「……あなたはずっと言ってたじゃない、汐梨ちゃんが好きだって。可能性が低いと分かっていても諦めないんだって真っ直ぐだったじゃない。それがいまはどう? 錦ちゃんとどういう出会い方をしたのかは分からないけど、まだ一ヶ月くらいしか経っていないのに――」
「期間は関係ない! なんで素直に『出会えてよかったね』とか言えないの! お母さんなんて大嫌いだよっ」
椅子にかけてあったパーカーをむしり取るようにしてから羽織って外に飛び出した。
行く先は当然決まっている、錦のところしか有りえない。
「錦っ」
「わっ、ど、どうしたの?」
「家に住ませてっ」
もうこうなったら味方は彼女だけ。
ううん、そうであってほしいという願望だけど彼女ならきっと願いを叶えてくれる。
「お母さんとなにかあったの?」
「……あんな人大嫌いっ」
「分かった、じゃあとりあえず中に入って」
「うんっ」
やっぱりそうだ、母と違って彼女は優しい。
それに私が好きな人、もう勇気なんかは必要ない。
「好き」
「それって、アレ?」
「うん、そうだよ」
「そっか、ならちょっと行ってくるね」
「ど、どこに?」
彼女は扉が閉まる瞬間に呟いた。
「ちょっとあなたのお母さんのところ」
と。