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037作品目  作者: Nora_
8/10

08話

「見てアイラっ、アイラのおかげで高得点取れた!」

「……あんたねえ、何気に勝ってるんじゃないわよ!」

「やだなー、それはアイラが教えるの上手だからだよ」


 その人に教えてもらえば結果が良くなって当然だ。


「アイラ、お礼がしたいからいまからファミレスに行こうよ」

「別にお礼とかいいわよ」

「いいからいいから」


 ところ変わってファミレス店内。


「さあ食べてっ、お金の心配はいらないから」

「じゃあドリア」

「かしこまりー」


 注文を済ませ、一旦スマホを確認。


「うーん……」

「どうしたのよ?」

「いや、連絡ないなって」


 あれから結局綺月と会えていない。

 もしかして母親に偉そうに言って嫌われた? そうだとしたら……いや、当然のことだよなあ、家に入らせてもらってあの対応はない。


「それってもしかしてあれのこと?」

「あれ……? あ、そうそう、あの人のこと」


 なんというタイミング、お店の外を歩いていたのは綺月本人。

 ただ、店内から窓を叩いてアピールするわけにもいかないし、連絡をするのもなんかださい。


「ちょっと待っていなさい、連れてくるわ」

「え」


 止めようとする前に彼女が出ていって綺月に近づく。

 なんでアイラはその相手が綺月だと分かったんだろう、それに顔とかは知らないはずなのに。


「連れてきたわよ」

「わ、わー、どんな偶然なんだろー」


 この人、他に人がいるとあんまり喋らないから嫌なんだ。


「山本先輩は錦の正面に、私はこっちに座るので」

「分かった」


 うーむ、悪意を感じるけど気のせいだろうか。

 でもまあ、アイラが空気を読んで帰ったりしなくて本当に良かったけど。


「山本先輩も注文したらどうですか? 今日は錦の奢りなので」

「それならドリアかな」

「奇遇ですね、私と一緒です。あ、きたのでそちらをあげます」

「ありがと、でも私は後でいいよ」


 初対面の相手にも関わらずアイラが怒っていない。

 ……天寧が言っていたように私が嫌われていただけだったのかあ!? それはだいぶ傷つく。


「いただきます」


 山本先輩、どうして最近来てくれていなかったんですか? これでも結構寂しかったんですが、どう責任取ってくれるんですか? ――なんて言えるわけがないものの、私がいると分かって付いてきたということは別に重い事情があったというわけではないことが分かる。


「お久しぶりです」

「そうだね、久しぶり」

「テスト、どうでしたか?」

「問題なかったよこっちは、木芽さんこそ大丈夫だったの?」

「……はい、ここにいるアイラが協力してくれましたから」


 彼女の母親みたいな嘘くさい笑顔になっていた、これってやはり母親になにかを言われたということだろうか。

「あんな失礼な娘と関わるんじゃありません!」とかそういうの。

 実際にしてしまったからもうどうしようもない、印象が最悪だったのは己でも理解している。


「へえ、それは大変だっただろうね」

「いえいえ、アイラには教え甲斐がないと言われるくらいには、私は優秀でしたけどねー」

「へえ、優秀ねえ」


 ファミレス店内で出していい雰囲気じゃない。

 てか今日の綺月、どこか怒っているかのように見える。

 勝手に距離を置いていたくせにそんな横暴が許されてもいいんだろうか?


「ごちそうさまでした。ありがと」

「ううん、テスト勉強でお世話になったから」

「でも、人が食べている時くらい殺伐とした空気は出してほしくなかったわ」

「ごめん」


 これは彼女が正しい。

 どうせこの先も異常な空気を発生させるだけだからお金を払って退店することにした。


「錦、あんたの家ってどこ?」

「あ、こっちだよ、寄っていく?」

「そうね、山本先輩も行きましょう」

「え、あ、うん」


 さあ、アイラの目的はなんなんだ? 綺月と一緒で、先程みたいな量だと軽食扱いなのかもしれない。


「どうぞ」

「「お邪魔します」」


 個人的には他の人がいてくれるだけで嬉しいけど……。


「ふーん、結構綺麗じゃない」

「一人だったらこれくらいで十分だね」


 誰かが継続的にいてくれればもっと密度が高くなって楽しくなる。

 流石に住めとまでは言えないが、この二人のどちらかがそうなってくれればいいんだけど。


「ちょっと昼寝をしてくるわね、後は二人でよろしく」

「え、なんのために来たの……」

「お礼、してくれるんでしょ? 寝床を提供しなさい」

「あい……どうぞ」


 まあいいか、綺月と話したかったことが沢山ある。


「山本先輩、最近はどうして来てくれなかったんですか?」

「お母さんに言われててね……でも、それも終わったから。さっきは錦の家に行こうとしてるところだったの、そうしたら誰かさんは他の子と楽しくなんかしていたからね、ちょっとむかついて『木芽さん』なんて言っちゃった」

「もしかして、テストでいい点数を取ったら~的なことですか?」

「まあそんなところ……汐梨にも勝ってきた」


 喧嘩を売ってしまったせいか、迷惑をかけたな。

 どうすればお詫びになるのか分からないからここは直接聞いておくことにしよう。


「すみませんでした」

「え? どうして錦が謝るの?」

「だって私が偉そうに言ったからですよね? お詫びがしたいんですけど、どうすればいいですか?」

「別にいいけど……あ、お詫びってことはできる範囲でならなんでもしてくれるんだよね?」

「まあ……はい」


 なんか嫌な予感がする、できる範囲でということなら求められることは沢山ある。

 例えば手を繋ぐとか抱きしめてとかそういうところ、最近の綺月なら求めてくる可能性は結構高い。


「じゃあさ、また一緒にいてよ」

「え、あ、そういう……はい、分かりました」


 なんだいなんだい、私がメチャクチャ恥ずかしいだけじゃん……。

 もういますぐにでも穴があったら入りたいくらい、なんならもっと掘って埋まりたいくらい。

 この人もいつも人を振り回すよな、汐梨さんと似た人物だ。


「というかさ、いまは二人きりだよ? なんでまだ山本先輩呼びなの?」

「二人きりじゃないよ」

「え?」


 だってあそこでアイラが聞いてる、明らかに扉の隙間から体が見えているし。


「はぁ……山本先輩、別に嫉妬する必要はないですからね?」

「えっ、し、嫉妬なんてしていないけど」

「私が一緒にいたから先程はあんなに怒っていたんですよね?」

「違うからっ、錦って友達がいなさそうだから珍しいなって思っただけ!」


 む、失礼な人だ、友達なんて沢山いればいいというわけではないのに。

 天寧、京菓、アイラ、綺月、汐梨先輩がいれば十分だろう。


「とにかく錦がお世話になったね、ありがとう」

「なんで山本先輩がお礼を言うのかは分かりませんが、受け取っておきます」


 この二人、初対面じゃないのかな。

 アイラの方は人が苦手というわけでもなさそうだし、やはり私が嫌われていただけなんだな……。


「休憩できたのでそろそろ帰ります、失礼します」

「え、もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「実は注文した荷物が届いているはずなんです、早く帰って確認したいっ……失礼します」


 一応外まで見送って部屋に戻ると彼女が床に寝転んでいた、私はその上に座って「ぐぅぇ」と鳴かせる。


「なんでいちいちマイナスなことを言うんですか、友達がいないとかそんなこと……」

「あれは誤魔化すためで……ごめん」

「それで下げられるこちらの身にもなってくださいよ」

「でも……嫉妬なんてしていないからね?」

「……そういうことにしておきます」


 流石にすぐに下りて、そのままの彼女の横に座った。

 久しぶりに二人きり、それからまじまじと見られた彼女の顔。

 分かりやすいわけではないけど、少しだけ疲れていることが見て取れる。


「手、繋ぎましょうか」

「え、うん」


 しっかりと握って片方の手で包み込む。


「お疲れ様でした」

「ありがと、あんまり寝ないで頑張っていたから疲れてたんだ」


 どこら辺を狙うように言われていたんだろう、かなりの高得点獲得を義務付けられたに違いないが。


「頭も撫でて」

「はいはい、食いしん坊で甘えん坊の先輩さんですね」

「ふぅ……このまま寝てもいい? 錦が近くにいると……」

「綺月? あ、もう寝てる……」


 しょうがない、風邪を引かないよう毛布でもかけておくことにしよう。




「んん……あれ、真っ暗じゃん……」


 確認してみるともう二十時過ぎ、確か私はあれから……ああ、錦がいることに安心してそのまま寝ちゃったんだ。


「電気電気……よいしょ――うっ、眩しいっ」


 あれ、よく見てみたら横で錦が寝ているようだった。

 よく踏まなかったな……ああもう、ちゃんと掛けておかないと風邪を引いちゃうよ。


「錦……」


 いつもならこんなまじまじと見ることができないけどいまだったら見放題、息が届きそうなくらい距離を近づけても怒られない新鮮さ、ここは天国か?


「……本当になんでだろうなあ」


 なんで汐梨に好きな人ができたというのに傷つかなかったのか。

 それどころか安心したまである、あの時も多分だけどそうだった。

 純粋に喜べなかった、だってもう錦のことを知ってしまっていたから。


「つん、つんつん、つんつんつんつんつん!」

「痛いよ! はぁ……起こすにしてももう少し優しくしてください……」


 しょうがない、あのまま見ていたら多分、いや、絶対にしてしまって嫌われるまでのワンセットだったから。


「あ、そろそろ帰らないとっ」

「別にいいですよ、このまま泊まっていったらどうですか? 夜は怖いんですよね?」

「そういうわけには!」


 先程寝てしまったこともあって寝られない、すると先に寝た錦を見ることになる、そうしたらまたいけない気分になる、そこからは――とにかく、簡単にできることではない、大体、母からは錦の家に泊まるなと何度も言われている。

 そういう疲れでもあったわけだけど、変に怪しまれて行動を制限されたりすることのないように振る舞わなければならない。

 でも、私の本能がここにいることを望んでいる。

 泊まれっ、本人が誘ってくれているんだから泊まれ! と先程から何度も執拗に。


「ならせめてお風呂に入ったらどうですか? 汗、凄いですよ」

「じゃあ錦と入る!」

「いいですよ、それじゃあ行きましょうか」


 で、入ってみたはいいものの、


「狭い……」

「文句を言わないでください」


 一人暮らし用の湯船が広いわけがない。

 ただ、それはどうでもいい、問題なのは彼女と密着してしまうことだ。

 狭いということは二人で入るとお湯も溢れる、そうすると見える面積が増える、ドキドキするという負の悪循環。

 ああもうこの子もどうして簡単に認めてしまうんだろう。


「綺月ってやっぱり肌綺麗ですね」


 錦の方が綺麗だよ、だからもっとよく見せて。

 そんなことを言ったら絶対に気持ちが悪い扱いをされてしまうぅ!!


「手触りもいい」

「ひゃっ」

「あと髪も綺麗」

「い、いや」

「胸も最低限ある、羨ましいです」


 ……よく考えたら恋人でもない子とこの密着率でお風呂に入るっておかしいのでは? それとこの子はなんでこんなに見てくるの? なにがしたいの? 絵でも描きたいの?


「私、綺月と出会えて良かったです」

「うーん、敬語をやめてくれたらもっといいけど」

「じゃあ」


 彼女はぐいと顔を近づけ「綺月といられて嬉しいよ」と囁いてきた。

 もう抑えきれないから慌てて立ち上がる、すると錦も追ってこようとする。

 さっさと拭いて制服を着てしまえばこっちのもの、だからここからが真剣勝負!


「わぁっ!?」

「あ――ぶないですよ」


 だ、駄目だってこういうの……いまお互い裸なんだよ?

 これは先程の比ではない、生まれたままの姿で抱きしめ合っているようなもの。


「きゅぅ……」

「あ!」


 こんなの無理……私は終わりをいま迎えている。

 さらば幸せな時間、ようこそ地獄の時間――いやまあ、錦が急いで服を着てくれたおかげで落ち着いたけど。


「運ぶからね」

「はい……」


 うんいい、錦が先輩で私が後輩……お姉様に甘えるか弱い妹って感じで。


「ほら、下ろすよ」

「うん……」


 こんな機会、もう絶対にない。

 弱っていることを利用して甘えておくべきなのでは? それか本格的にここに来るべきではないだろうか。


「飲み物を飲んで」

「ありがと……」


 頭がぼうっとする、目の前にいる錦が素晴らしく見えすぎて仕方がない。


「錦……」

「どうしたの?」

「なにもしなくていいから一緒にいて」

「分かった、さあほら寝て」


 やばいやばい、このまま家に帰りたくない。

 錦も発言した通り、私をこの家に連れ去ってほしい。

 お母さんは嫌いではないけど、邪魔をしてほしくない。


「錦……私をもらって」

「それをまともな時に言ってくれたら考えてあげますよ」

「へえ……言質は取ったからね? 破ったら許さないから」

「はい」


 えへへ……これで寝ても問題ない。

 ちゃんと覚えていれば、錦がもらってくれるから。

 だからとりあえずは、このまま流れに身を任せることにしようと決めたのだった。

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