07話
「よよよ……みんな、元気でいるんだよ……」
「ありがとうございました」
「ありがとねっ、香海さん!」
「うふふっ、いいよいいよー。あ、ニシちゃん」
お姉ちゃんがこちらを向く。
このGW中、なんか初めてまともにお姉ちゃんと向き合った気がした。
本当に汐梨先輩が独占していたからなあ。
「なに?」
「家に着いたら連絡するね、だから寝ないでくれるとありがたいかな」
「分かった。気をつけてね、それとありがとう」
「うん! それじゃあねみんな!」
さて、中に入るか。
「それじゃあね二人とも」
「え、山本先輩と一緒に帰らないんですか?」
またこの人はこういうことをしようとする、まあそれでも綺月みたいな中途半端な態度よりはよっぽどいいけど。
「錦よ、別にいいんだぞー? 綺月って呼べばいいんだ、私は知っているんだからね」
「でも二人きりの時はって約束ですから、汐梨先輩が送らないのなら私が山本先輩を送ります」
「そっか。じゃあ私もいまここでハッキリ言うけど、香海さんが好きになった! だから綺月が求めてきても受け入れられない。ただまあ、綺月にそのつもりがあるのかどうかは、もう分からないけどね」
影響されやすいのかな、先程姉が連絡したいって言っていたこともこれに関することなのかも。
さて、これで余計にハッキリするしかなくなったわけだけど、綺月はなにを選択するんだろうな。
「それじゃあね!」
「はい、気をつけてくださいね」
「りょりょりょー」
はぁ、だったらあんなことを言うなよまじで。
そうすればこちらだって冷たくする必要なかったし、普通に豚カツを提供してあげたのにさ。
「可能性、潰えましたね。それでは変えます、私といるか去るかの二択です」
「はははっ、そんなの一緒にいることを選ぶに決まっているでしょ?」
「なに一人でスッキリしているんですか。ほら、さっさと行きますよ」
「うん、よろしく!」
うーむ、汐梨先輩にとって姉はビビビときた相手ということか。
それじゃあ綺月にとって私ってなんだろう、ただの便利屋? 暇つぶしの道具扱い?
「いやあ、汐梨が変わって嬉しいなあ」
「なにおじさんやおばさんみたいな視点で見ているんですか」
「だってあの汐梨がそういう意味で好きだと言ったんだよ? そんなこと異性同性問わずこれまでなかったんだから。だから、私はそのことが嬉しい」
「私のことだけ名前で呼んでくれてればいいの!」とか叫んでいた人、本当にこの人なの?
それはもうこちらに掴みかかろうとしていたくらいだった、汐梨先輩がいなかったら絶対にそうなっていた。
なのにこの人はなんて対応をしてんだよ、なにニコニコしてんだよまじで。
「こんなにめでたいことはないよ、自分のことじゃないのにお赤飯を炊きたいくらい」
「綺月、なんか無理をしていないですか? 笑顔が嘘っぽいし、なんかいつもと違って早口ですけど」
「そういう風に見える? でもなあ、そんなつもりはないんだけど……なあ」
「なんだかんだいっても悲しいということですね」
こっちにばかり来ているからこういうことになるんだ。
まさかそれが分からなかった、それでもなんとかなるって考えていたんじゃないだろうな?
「あ、もう着いたよ」
「へえ、いい家ですね」
こちらに戻ってきていると尚更そう思う、他の誰かがいるってことも影響しているのかもしれない。
母、父、姉、汐梨先輩、綺月、みんながいる時間はもうなくなったんだ。
そう考えたら一人暮らしって寂しいなあ。
「そうだ、上がってく?」
「はい? 別にいいですよ、このまま帰ります」
「なんで? 私はちゃんと答えたけど、錦と一緒にいたいって」
「あー……知らない人といるのは気まずいので」
そもそもなぜに私は当たり前のように送っているんだ。
綺月にとってどうとかではなく、私は彼女にとってどうありたいんだろう。
「大丈夫、干渉してこないから」
「それはなんとも……私の両親とは違うようですね?」
「そうだよ、だから羨ましかった。ほら、早く行こ」
「わっ、ひ、引っ張らないでください!」
結局上がることになってしまった。
今日までずっと実家にいたからなんか戻ってきたような気分になる。
リビングには人の気配を感じるけど、娘が帰ってきても出てくる様子がない。
とたとたと階段を上っていく綺月を慌てて追って、それから部屋に。
「綺麗な部屋ですね」
「うん、あんまり荷物とか増やしたくなくてね」
それは分かる、最低限の物以外がどんどんと増えてくると管理も大変になるから。
一人暮らしをしてから母の偉大さが分かったんだ、一度は経験してみるのもいいかもしれない。
「ふぅ、だけど自分の部屋は落ち着くかな。それに近くには錦がいる、それだけで十分だよ」
「私としてはここを出たら落ち着かないわけですが」
家族と不仲って苦しいだろう。
なにをするにしても気まずい相手と遭遇するんじゃないかって警戒しなければならない。
「綺月、帰ってきたのね」
「……うん、ただいま」
「おかえりなさい」
おいおい、これ本当に家族の対話か? どうして扉越しに会話をしているんだよこの人達。
「入っても、いいかしら?」
「いいよ」
って、なんでやねん! ここには私もいるんですが!?
「あら、綺月のお友達?」
「お邪魔させてもらっています」
「ゆっくりしていってちょうだいね」
あぁ……偽物の笑顔だ、なんか気持ちが悪くて仕方がない。
だったらそんなことを言わなければいい、今日まで実家にいたから余計気になるよこれは。
「あの、なにか?」
「いえ、どういう関係なのかと気になって」
「そうですね、先輩と後輩というところでしょうか」
「そうなの? んー、綺月は汐梨ちゃん以外に興味がないかと思ったけれど」
先程目の前でその可能性、消えました、なのにおたくの娘さんは呑気にめでたいとか言っていました。
初対面の印象が大きすぎて、その差はなかなかに受け入れられないです――これを言ったらこの人の気持ちが悪い笑顔も消えてくれるか?
「前まではそうだったよ。だけどもう違うの、私が興味あるのはここにいる錦だから」
「え、にしきって錦鯉の錦? 意外な名前なのね」
うん、みんな引っかかるよね、実の娘でもずっと気になっているんだから当たり前だけど。
「ふーん、そう」
「あの……言いたいことがあるならハッキリ言ってくれませんか?」
そういう視線、むかつく。
娘に近づく変なやつを排除したいのかもしれないけど、いきなりそんなのは許せないだろう。
そりゃ私の両親が好きだと言って当然だ、自分が綺月なら嫌すぎて仕方がない。
「いえ、娘を六日近く別の場所で生活させるのはどうなのかって、気になっているだけよ」
「あ、一応知っていたんですね。そうですよ、私が綺月先輩といたかったからお誘いしたんです」
「だからって、ねえ? 二日くらいに留めておくのが常識というものではないかしら」
つまりまあ分かりづらいけど、一応は娘の心配をしていたということか。
だったら最初からそう言えよこのおば――お母さん、こっちの母なんてなんでも口にするというのに。
あと綺月は一対一以外の時、だんまりを決め込む性質があるな。
ここはバシッと言ってほしいものだけど……それを求めるのは酷というものなのかねえ。
「娘が大好きなら家でも仲良くすればいいんじゃないですか? 結局お誘いして同意したということは綺月先輩はここから逃げたかったってことなんじゃないですかね? 良ければ自分の家で住ませてもいいんですよ?」
しまったっ、むかつきすぎて余計なことを言った。
他所様の家の事情に口を出すなんてするべきではない。
やるとしても精々考えるまでだ、実際に口に出したら悪者は自分。
「度が過ぎました、すみませんでした」
「……私こそごめんなさい。でも、こんなこと初めてだから」
「え、泊まりとかが有りえないということですか?」
「そうね、あとは汐梨ちゃん以外の子に興味を持つのも、ね」
あぁ……これ絶対に綺月にも原因あるよなあ、なんか線を引いてしまっているせいで家族が近づきにくいんだ。
「自分はこれで失礼します」
「あら、別にいいのよ? 今日はこのまま泊まってくれても」
「やだなー、そんな偽物の笑顔を貼り付けてなに言っているんですかー」
「そう? これでも歓迎しているつもりだけれどね」
姉から恐らく大事な話を持ちかけられるだろうから家に帰らないと。
最後まで結局大事な場面ではなにも言わない綺月は放っておいて、帰路についた。
「あぁ!? て、テストが目前にぃ!?」
「うるさいわよ錦」
「天寧っ、なんかすっごく久しぶりだねえ! だからさ、私にさ、教えようとか……ないですか?」
こんなことを口にしているけどいつだってテストなんて消えればいいのにと思っている。
「錦ちゃんもテスト勉強一緒にやる?」
「いやいや……二人の時間は邪魔できないですよ」
「え、でも大丈夫なの?」
「いや……大丈夫じゃないです」
だけどなんか綺月は頼りたくねえ! おまけにイチャイチャ見たくねえ!
でも、いまこそ天寧の力が必要なんだ、ここはイチャイチャを見る覚悟で。
「よろすく、おねげえします」
「邪魔、どいてよ」
「わぁ!? き、貴様はバスで叫んでくれた少女!」
「ちっ、うるさい……」
本だってつまらなさそうに読むんだからなあこの子。
しょうがねえ。この子と一緒に過ごして、少なくとも嫌われている状態はなんとかしないと。
「ねえ、勉強教えてくれない!?」
「はぁ? なんであんたなんかに……」
「ねえいいでしょー? 隣に座った仲じゃないか!」
「ああもうっ、分かったから大きな声出さないでっ、恥ずかしい!」
よっしゃっ、こういう子は勢いでなんとかなるからありがたい。
「そもそもあんた、名前なんだっけ?」
「木芽錦っ、よろしく!」
一人で暇してそうだし、恐らく勉強だって真面目にやっているはず、私も一人でやっているのに壊滅的だけど、お似合いのコンビのはずだ。
「錦、あんたなにが苦手なの?」
「全部っ」
「はぁ!?」
「ちょっと君、声が大きいぞー?」
目立つのが苦手な子じゃなかったのか。
いま間違いなく彼女は教室での注目の的、分かっているのかな?
とにかく名前も知らない子なので……アイラ(命名)と呼ぶことにしよう。
「あんたのせいでしょうがっ、得意なのはないわけ!?」
「ないよ? うん、だから平均的――ふぎゃ!?」
おいおい、私の頬に触れていいのは姉とか家族だけだぞ。
「まあいいわ……順番にやっていくわよ」
「お願いします!」
他にもここには人が残っていた。
天寧や京菓もいるため、こちらはこちらでやっていく。
「なによ、案外できるじゃない」
「そうかな? それはアイラの教え方が上手だからだよ」
「あ、あいら?」
「うん、だって名前知らないから」
いつも君とか呼んでいたら不効率だ、それにどうせなら仲良くなりたいので、お互いの名前呼びは必要なこと。
「錦、ここはどう?」
「えっと、Bかな」
「正解、あんた普通にできんじゃないの?」
「いや、アイラと――というか、誰かとやりたいんだよ、それにアイラも本当は寂しかったんでしょ?」
「寂しいっていうか……どうすればいいのか分からないだけよ」
汐梨先輩が他の人と仲良くしていた時の綺月ってこういう気持ちだったのかな。
その綺月はどうしているだろうか、実はGWが終わってからまだ会っていない。
「あんたこそ最初はあんなんだったのにいつの間にそんなに明るくなったの?」
「うーん、やっぱり先輩達や天寧達といたからだろうね。ねえ、アイラは本が好きなの?」
「好きよ普通に、そうじゃなければ読んだりしないわよ」
そりゃそうか、私も好きだからこそお金を出して続きを買ったりするからな。
巻数が増えていくと集めるのが大変だけど、綺麗に揃っているのを見ると落ち着くんだ。
「だったらもう少し柔らかい表情で読もうよ」
「うそ、そんな険しい表情してる?」
「うん、え、気づいていなかったの?」
「そうね。周りがうるさくて、ちっ、消えろって思いながら読んでいるからかしら」
「そんなことを思うのやめよう! あ、ごめん、ここって?」
いけないいけない、いまは会話よりもお勉強タイム、優先されるのはこちらだ。
「これはこうして……こうするのよ」
「あ、そうだよね、先生が言っていたっけ。ありがとっ」
「うん」
「なんかごめんね、無理やり教えてもらっちゃって」
シャーペンでカキカキ書きながら謝る。
少しだけ怖いので本人の方は見ずの謝罪、申し訳ない。
彼女は「別にいいわよ、どうせ家に帰っても後はお風呂に入ってごはんを食べて寝るだけだし」と言ってくれた、それは自分にとってもそうだから素直に感謝しておく。
「バスの時は悪かったわね、グループのやつに当たり前のように置いていかれてむかついていたのよ」
「ううん、私もごめん」
「なんか別人のように思えたのよ、あんたが」
それって汐梨先輩と出会ったからだろうか? あの人が誘ってきていなければ私はいまみたいに綺月といられなかった。
「なにが引っかかったかって、あんたが当たり前のように他人といるようになったことよ。実は私と同じような存在だと思っていたから」
「あ、うん、私も意外だったんだけどね、なんか一人じゃなくなった」
「ま、あんたさえ良ければ話しかけてよ、なんかあんたは嫌じゃないから」
「私もアイラと普通に話せて嬉しいよ」
「そのままアイラでいいわ、よろしくね錦」
「うん」
なんかあっという間だったな。
バスの時も冷静に話しかければ良かったんだ。
話してみなければ分からないことがあるって、綺月との一件で分かったことだし。
「なんか教え甲斐がないわね、あんた普通に分かっているじゃない」
「いやいや、ここはこういういい機会になったって思っておこうよ」
「ふふ、まあそういうことにしておくわ」
結論、アイラはいい子だった。