04話
「――で、いつまでいるんですか?」
「そろそろ帰るよ」
白米を食べ過ぎた、送ってあげたいけど正直に言って動きたくない……。
「……なんかごめん、先輩なのに一つもそれっぽいことできてない」
「は? だからそういう遠慮をやめてくださいって言いましたよね?」
「……なら送ってよ、一人じゃ怖いから」
「は? こんなに先輩思いの後輩に帰り一人で帰れと?」
「お願いだから……遠慮しなくていいんだよね?」
はぁ……だるい。
でもこのまま平行線でいることが一番疲れるので仕方なく立ち上がって外に。
鍵をしっかりとガチャリンコしてから歩きだす。
「陽月先輩以外の人に家が知られていいんですか?」
「別に汐梨以外にも家を知ってる人はいるよ」
はぁ、冗談も通じないとは。
というかこの人、本当に変わりすぎていて気持ちが悪いな。
「その子を名前で呼ばないで!」なんて叫んでいたこの人、どこに行った?
「あれ、珍しい組み合わせだね」
「し、汐梨っ!?」
「んー? なにをそんなに驚く必要があるんだい? ふむ、もしかして二人はもう……」
「勘違いしないでください。陽月先輩こそこんなところでなにをしているんですか?」
先輩が普通にいるということはここら辺に先輩達の家があるということか。
「ふむ……これはカレーの匂いだね」
「そうですよ、いまさっき食べてきたんです、そこでたまたま山本先輩と会いました」
「ほー、いいねえカレー! カレーはいつ食べても美味しいからっ」
「そうですね、私もそう思いますよ」
だって山本先輩、一合も食べてくれなかったから大変だった。
普通食べたいって言ったら誰よりも多く食べるべきなのになんだあれって思ったくらいだ。
「ねえ錦、天寧や京菓と一緒にいてみて分かったんだけど」
「はい?」
「女の子同士の恋愛というのも悪くないかもしれない」
いままでは無理だったんだ、だけど幸せそうな二人を見て影響されたと。
「はい、それでどうするんですか?」
「それはもう……綺月かなって」
「そうですか、振り向いてもらえるよう頑張ってくださいね」
良かったねえ、これで堂々と振る舞えるね山本先輩。
まあ、本人は後ろにいるんだけどね。
「あ、それじゃあ後は山本先輩のこと、よろしくお願いします」
「任せなさい、それに元々綺月を探していたんだ、まさか錦に独占されているとは思っていなかったけれどね」
「はい、それじゃあ失礼します」
うーむ、なんだろうな、いいことなのにちょっと微妙な気分。
なんで来ていたのかは分からないけど、それがこれからは無くなるってことだからなあ。
「錦っ」
「ん? はい、なんですか?」
先程までずっと黙っていた山本さんの大声が響く。
「今日はありがと!」
「別にいいですよ、良かったですね」
「うん……」
「は? ちゃんと喜んでくださいよ、それで初対面の時いきなり睨みつけてくれたじゃないですか」
いざ手に入りそうになったらいらないと言い出さないだろうな? 追う時が楽しいのであって実際に手に入ってしまうのは困るとか言ったら陽月先輩が怒るぞ。
「綺月行くよー!」
「あ、うんっ、それじゃあね錦っ」
「はい、さようなら」
それじゃあねってもう来ないでしょう? 陽月先輩が教室に来ないならまず間違いなく彼女も来ないのに。
「余計なこと言うなよ……」
あぁ……カレーは後で食べれば良かった。
そうすればこんなモヤモヤ、吹き飛ばすことができたのに。
「京菓……」
「わっ、どうしたのその顔!?」
そんなに酷い顔をしているのかねいま。
「二人はいつから付き合ってるの?」
「えっと、中学一年生くらいからかな」
「その間、喧嘩とかした?」
「したよ、小さいことでしたこともあるよ。だけどその度にちゃんと謝って、より仲を強固なものにしていけたっていうかさ」
運命の相手だったんだな、山本先輩にとっても陽月先輩がそうだってことだよなあ。
陽月先輩は「それはもう綺月かな」ってしっかり口にした。
やはり意味があったんだ、ああいう一見自分勝手なアピールも。
そりゃ身近であんな積極的になられていたら興味がなくても見てしまう。
ちょっとでも興味を持たせてしまえば山本先輩の勝ちか、変な遠慮をしていたのが余計にむかつくな。
「いつまでもお幸せに」
「え、あ、ありがと。今日はどこか変だけど、風邪でも引いた?」
「ううん、なんかむかついていてさ」
「ぼ、暴力反対っ」
「京菓にはしないよ。それじゃあね、教えてくれてありがと」
さて、今日は豚カツでも揚げるか。
このモヤモヤ、面倒くさい感情に私は勝つ!
「錦」
「は? なんで来ているんですか?」
「別にいいでしょ、遠慮すんなって言ったの錦じゃん」
「言っておきますけど、カツはあげないですからね?」
「え? かつ……あ、豚カツ?」
しまったっ、上手く吐かされてしまった!?
絶対にこのまま今日来るとか言い始めるぞこの人。
「でもごめんね、今日は汐梨と食べに行く約束してるんだ」
「あっそうですか。てか、別に誘ってないですから。さっさと戻ってください、さようなら」
呑気に顔なんか出しやがって……まあいい、帰りにスーパーに寄ってお肉を買って帰ろう。
中途半端なことをするとモヤモヤが増すからいっそのこと千五百円のやつを買う!
「……なんか冷たくない?」
「そうですか? 出会ったばかりなんですから当然かと」
「その割には錦――」
「もう始まるので戻ってください。今日は約束があるんですよね? だったらそっちを全面的に優先してくださいよ」
安心してほしい、豚カツを食べればきっと落ち着く。
なんてことはないはずなんだ。
「あっちっ!? うぅ……美味しい物を食べるには無傷とはいかないな」
無事放課後まで乗り切っていざ購入して帰ってみればこれ。
油の処理だって大変だし、無事作り終え食べるとなった時に今日の無駄なことを思い出して虚無感に襲われた。
「しかも噛むの大変……」
歯ごたえがいいとも言えるけど。
……分かった、人と食べることをしてしまったから虚しさしかこみ上げてこないんだ。
だって自分のためだけに作るなら味にそこまで拘る必要がなくなる。
最低限食べられればいいって作業的なものになってしまう。
「……なに多く買ってんの」
まだ揚げていないけど分かりやすく一人分、多く用意していやがるんだ。
来ないって分かっているのに、意味もなくこんなこと。
自分こそそうじゃないか、離れたら追いたくなるなんて。
「あっ、もしかして!?」
インターホンが鳴って扉を開けてみると、
「やっほー、お姉ちゃんだぞー!」
目当ての人物とは違ったけど救世主が訪れた。
急いで揚げて、ちゃんと中に熱が通っているのかを確認してから提供する。
「はいっ、食べて!」
「えっ、嘘っ、まさかいきなり豚カツが提供されるなんて!? ありがとうっ、いただきます!」
あれ、私の時と違ってサクッといい音が響いた、すぐに「美味しい!」とお姉ちゃんが言ってくれる。
「ぐすっ……本当にお姉ちゃんが来てくれて良かったっ」
「えっ、えー!? な、なんで泣いてるの……あ、ビール飲む!?」
「飲まないよ……」
自分のためだけに作るごはんなんてつまらない。
もうなんならここにずっと住んでほしいくらいだけど、仕事もあるからそうもいかないわけで。
「あれ、インターホンが鳴ったね」
「どうでもいいよ、お姉ちゃんがいればそれでいい」
「きゃー!? ついに禁断の愛っ」
そもそもこんな時間にホイホイと開けるのは危ない、連打されているのなら尚更のこと。
「あれ、メッセージ? はぁ……」
今更来たってもう遅い、豚カツは姉の胃の中に消えたんだから。
「なんですか」
「あ……こんばんは。豚カツ……終わっちゃった?」
「は? 元々先輩の分なんて買ってないですよ。というか、厚かましすぎないですか?」
だって食べに行った後に食べられるってことはカレーの時にあんまり食べなかったのはおかしい。
それってつまり食べたくないみたいじゃないか、なのにヘラヘラ上っ面だけの笑顔を貼り付けて……。
「おいおいーい……そのこはだれだーい……?」
「そ、そっちこそ誰ですか!?」
「かのぴっぴにキまってるでしょー……」
「え……」
先輩は見てきたけどこちらはこくりと頷いた。
もうあの約束はなしだ、だって必要ないだろあんなこと。
「これで分かりましたよね? 山本先輩には陽月先輩がいるじゃないですか、ちゃんと言ってくれたじゃないですか! だから、もう来るのはやめてください。あなたにしたいことがあるように、こっちにだってしたいことがあるんです。いましたいのはこのおね――か、彼女とキス……ですから」
「……よく考えたらお腹いっぱいだし帰るよそれじゃあ」
「はい……」
やけに元気のない足取りで向こうへと消えていった。
「んー、良かったの?」
「あの人のことを気にしている人がいるんだ、で、あの人もその人のことが気になっているというか好きでいる。別になにもないよ、戻ってゆっくりしよ」
「ニシちゃんがいいならいいけどさ」
お姉ちゃんが来てくれただけで十分だ。
GWになった。
お姉ちゃんに迎えに来てもらって実家に帰ることに。
「おかえり錦」
「ただいまお母さん」
久しぶりに見た母は変わらなかったけど、その変わらないことが嬉しいと思った。
「おー! 錦じゃないか!」
「お父さん! うーん、だけど私達は驚きすぎか」
「いやいや、一ヶ月も会ってなかったんだぞ? 普通のことだろ」
「そっか、じゃあいいや」
このまま最終日の夜までいるつもりだし、ゆっくりと過ごそう。
自分の部屋でのんびり、お母さんとごはんを作ったり、お父さんと散歩に行ったりと、やることは結構ある。
「また……」
部屋でのんびりしていたら今度は陽月先輩からの電話が。
「はい、なんですか?」
「錦、いま家にいないの?」
「はい、実家に帰っているんで」
初日からこちらに来ていて本当に良かった、この人だと決めたのに巻き込まれるのはごめんだから。
「実家ってどこ?」
「そこから一時間くらいの場所でしょうか」
「そっか」
「そんなことを聞いてどうするんですか?」
来たいということなら、ちゃんと付き合ってからなら考える。
もちろん、そんなことはないだろうけども。
「いや、私の家はここだから他県に実家があるってどんな気分なんだろうなって」
「お母さんやお父さんと一緒の住めるのはいいことだと思いますよ」
「そかそか。邪魔して悪かったね、それじゃあまた学校で」
「はい」
って待て、まだ私のところに来るつもりなのかよ。
この人達の頭の中はどうなっているんだ、なんで錦なんてどうでもいい、綺月に、汐梨に集中するってならないんだろう。
「ニシちゃん」
「あ、お姉ちゃん」
「ちょっとドライブに行かないかい?」
「あ、行くっ」
さっきまで乗っていたけどお姉ちゃんが運転する車に乗るのは好きだ。
乗車してしっかりとシートベルトを装着、ウキウキで待っていると「いくぞー!」とお姉ちゃんが車を発進させる。
「どこに行くの?」
「えっとね、道の駅だよ」
「道の駅? え、ここら辺にあったっけ?」
「だからちょっと遠いところ、楽しみに待ってて!」
「う、うん」
まあこの心地のいい揺れに身を預けておけばすぐに着くだろう。
なにもしてないのに疲れていたのかまぶたが一生懸命下りようとしていた。
でも寝るわけにはいかない、だから強大な相手と戦い続けて多分一時間くらいした頃、車が止まった。
「ふぅ、ちょっと待っててね」
「うん……」
「あれ、だいぶおねむさんなのかな? 寝ててもいいよ?」
「だけどせっかくお姉ちゃんといられるんだし……」
「まだGWはあるんだから」
やめてほしい、天使ではなく悪魔の囁きだよそれは――って、本当に悪魔になるなんて思ってもいなかったけど。
「お邪魔しまーす」
「お、お邪魔します」
「ん……? あれ、え……?」
「やっほー、来ちゃったっ」
「わ、私はやめておけって言ったからね!?」
後部座席に座っていたのは陽月&山本ペア。
助手席で助かったなんて考えていたら姉の計らいで無事後ろになりましたっ、これで会話しやすいね!
「って、なるか! なんで来ちゃったんですかっ」
「来ちゃったっていうか、迎えに来てもらったんだよ」
さっき往復したばかりなのに従う姉がマゾすぎる。
「ご、ごめんね錦……汐梨が聞かなくて」
「それで結局来てる山本先輩も悪いじゃないですか……」
「汐梨だけ行かせるわけにはいかないでしょ……」
「あーはいはい、陽月先輩と離れたくないんですねー。とりあえず二人のどちらかは助手席に行ってください」
このまま三人でワイワイなんてできない、イチャイチャされたらたまったもんじゃないから離させてもらう。
「なら私が行こうじゃないか、香海さんが一人だと寂しそうだし」
「はい、お願いします」
私は申し訳無さそうな表情を浮かべてこちらを見ている山本先輩の横に着席。
「……もういいですよ、お姉ちゃんだって連れていきたいから来たんでしょうし」
「ごめん……」
「いいですってっ、次に謝ったら許しませんからね!」
「ごめ……えっと、よ、よろしくお願いします」
「お世話するのは私ではないですから」
本人を見るとやはり刺々しくなってしまう。
GWが終わるまでになんとかなってくれればいいと思いつつ、窓の外を見て時間をつぶした。
前はともかく、後部座席の私達だけはとても静かだった。