02話
「はーい……」
「お姉ちゃん、来ちゃったっ」
とりあえず家に上げて飲み物を提供。
「今日は仕事休みなの?」
「うんっ、で、ニシちゃん元気かなーって」
「私は元気だよ、お母さん達はどう?」
「お母さんは相変わらず元気すぎてうるさい。でね? 早く彼氏作れーってうるさい! 望んで付き合えるのなら最初からやっているっての!」
これは私の様子とかどうでもよかったな? 愚痴を聞かせたかっただけなんだ、まあ会社の人とかには弱みを見せたくないだろうから仕方がないという見方もできる……気がする。
「そうだ、肉じゃが食べる? 昨日作ったんだ」
「食べる! ニシちゃんの作るごはん好き!」
うーむ、だけど崎谷さんとあの子が付き合っているなんて……それをわざわざ言ってきた理由は分からないけど。
「もぐもぐもぐ……んー、美味しい!」
「ねえ、お姉ちゃんは同性には興味ないの?」
「りょうしぇい?」
「うん、同級生の子で付き合ってる子いるんだ」
実際に目の当たりにするとそういうのってあるんだって意外な気持ちになる。
別に気持ち悪いとかは思わない、仲がいいならそんなの当人たちの自由だから。
「ん……うーん、ビビッとくる子がいないんだよねー、同期はほとんど男の子だし」
「社会人になると厳しいかな?」
「そうだね、お仕事も大変だしねー……お休みくらいはビールでも飲んでいないとやっていられないよ」
社会人になってまだ付き合っていなかったりすると私にもうるさく言ってきそうだ。
となればいまのところから動いておかなければならないけれど、姉が言うように変えようと思ってすぐに結果が実るわけではないのだから困る。
「というか、さすがにないよここには」
「大丈夫、買って冷蔵庫に入れてあるから」
「え……いつの間に……」
確認してみるとざっと十五本くらい入れられてあった。
もし仮に風邪を引いた場合に、誰かが看病してくれることになったら引かれそう……。
「うぅ……帰りたくないよぉ……」
「あぁ……もう酔ってる」
「えへへ……車で来たけど問題なーい……」
明日も休みだから最初から泊まっていくつもりだったんだろうな。
「おいおーい……ビィーリュちゅいでよぉ」
「分かったからコップ貸して」
「あーい……いひっ」
せっかくいいお姉ちゃんなのにお酒を飲むとダメになるんだから。
「ふぅ……大丈夫、回復っ」
「うん」
「それではい、お小遣い」
「別にいいのに。でも、ありがたく貰っておくよ」
今月はどうやら一万千百十一円のようだ。
先月は一万千百十円だったから、どうやら一円ずつ増やしていく方針らしい。
「学校はどうだい? 中途半端な時期に変わっちゃってやっぱりまだ慣れない?」
「うん、そうだね。でも、お姉ちゃんこそ会社が遠くなって大変じゃない?」
「ノンノン、ドライブは好きだからウエルカムカモーンだよ」
乗せてもらったけど片道三十キロは遠いし、ガソリン代も馬鹿にならない。
自由時間もそれだけ短くなるわけだからそれを笑顔でやってのけている姉は素晴らしかった。
「さてと、そろそろ帰ろうかな」
「いやいや、お酒飲んだでしょ」
「車では来てないんだよ。いや、正確には車で来たんだけど私が運転していたわけではないというか。うーん、でもダメだね、他の子の運転じゃ気持ちが悪くて仕方がないよ」
「そっか、じゃあ気をつけてね」
「うんっ、また来るからね! 今度はお友達を紹介してくれると嬉しいな!」
果たしてそんな時がくるだろうか。
だって崎谷さんが付き合っているということは一緒にいるだけで怒られるかもしれないし。
「って、運転してくれているの女の人なんだ」
姉と違って美人ではなく可愛い系の人。
なんか楽しそうに会話をしていたけど、仕事関係の人ではないのだろうか?
崎谷さんと天童さんも似たようなもの、やはり逆の人が魅力的に見えるんだろうと学べた日になった。
「木芽さん、校外学習の時一緒の班になろうよ」
「え、でも天童さんが怒らない?」
「大丈夫っ、心配しないで!」
確か校外学習と言っても遠足みたいなもので遊園地だかに行くんだっけか。
私にとってはこれが初めてだから分からないけど、仲間がいれば結構楽しそうだ。
「はっ……」
というかなんで当たり前のように一緒にいるんだよ私は。
同じような失敗を繰り返したらまた面倒くさいことになる可能性がある。
ただ、一人ぼっちでいると無理やり入れられ余計に大変なことになる確率も〇ではない。
……しょうがない、ここは一応そういうことにしておこう。
が、という考えは意味なかった。
「は、はぐれた……」
校外学習当日。
自由時間は始まったばかりな上に集合時間も場所も分かっているためあまり問題ではないが、当然のようにあの元気な崎谷さんとクールな天童さんとはぐれてしまった。
これは決して自分の意思で、ではない、初めての場所や沢山の人の群れに圧倒されてオロオロした結果がこれとなっている。
あくまで自分の意思でそうするから格好いいのであって、こんな流れではぐれるなど虚しさしかない。
「やあ」
「へあ!? あ……ど、どこのどなたですか?」
話しかけ方的にナンパかと思ったけど相手は同性でちょっと安心。
にしてもへあ!? はないよね……あまりにも失礼すぎる反応、反省。
「私は三年の陽月汐梨。ねーねー、いま暇かい?」
「はい、暇ですけど……」
これも自分の意思ではないから問題なんだ。
自分の意思で断って一人でいること=格好いいではないものの、はぐれて一人よりはまだスッキリする。
だけどこれはダメ、本当にいますぐ帰りたい気分。
「お姉さんねー? 仲間とはぐれちゃったのさ……」
「奇遇ですね、私も同じです」
「そう、だから話しかけたんだYO!」
「あの……それでなにをどうすれば……」
年上ってみんなお姉ちゃんみたいな人しかいないのかなって真剣に考えた。
となるとこの人も――あ、陽月先輩もお酒を飲んだら暴れるんだろうな。
「ちょっとそこでお茶しようか」
「いいですけど……」
中に入ってみると暑くもなく寒くもなくいい感じに整えられていてなかなか悪くない。
値段設定も高すぎるわけでもないことから、姉にもらったお小遣いを使えば十分足りる。
「私はコーヒーかな、君は――あ、なんて名前だっけ?」
「木芽錦です」
「にしきってもしかして錦鯉の錦?」
「はい」
「ふーん、女の子の名前っぽくないね」
そんなの私でも知っているよ。
それともこの人も他人に好かれないように行動しているのか? そうではないのだとしたら天然か毒舌使いというところだ。
姉は香海って名前なのにどうして私はこうなんだろう? 錦=錦鯉=池は海には勝てないってことなんだろうか。
「で、錦はどうする?」
「あ、オレンジジュースで」
「了解。すみませーん」
おいおい、この人踏み込む速度が凄すぎる。
「そだ、錦はあとどれくらい持ってる?」
「お金ですか? オレンジジュースが五百円ですから一万円くらいは余裕がありますよ」
これは絶対「沢山持っているんだろ? 少し貸してくれよ」というパターンッ。
「え、もしかしてお小遣い全部持ってきたの?」
「あ、これが初めてなのでどれくらい持ってくればいいのか分からなくて」
「ん? 去年もあったけど、別の場所だったけどね」
「去年というか今年の二月に転校してきたので」
冷静に考えてみなくても本当に変な時期にって自分でもなる。
持ってきてくれたオレンジジュースを飲んで黙ってしまった陽月先輩をじっと見ていた。
「おいおい、そんなに見られたら勘違いしてしまうじゃないか」
「はぁ、それで陽月先輩のお友達はどこにいると思います?」
「そうだね、そろそろお昼を食べる頃だろうからここに!」
「あーっ、汐梨いたー!」
まるでそういう計画だったかのよう。
陽月先輩と違って少しだけ赤色の髪、赤色の瞳。
「君、店内で大声を出したら迷惑だろう?」
「ってっ! 誰のせいだと思ってんのっ、私は楽しみにしてたのにっ!」
どうやら先輩と一緒に行動したすぎて寝られなかったようだ。
なぜそう思ったのかは目の下のクマが凄いから。
「おいおい、まだ時間があるだろう?」
「最初から最後まで汐梨といたかったの!」
「はぁ……すまない錦、私はもう行くよ。あ、これお金と連絡先、また会おうねっ」
……先輩はいいけどもう一人の人、私を睨んでから帰っていったよ……。
この人達もどうせ付き合っているとかそんなオチなんだろうな。
「ふぅ、オレンジジュース美味しかった」
会計を済まして外に出て、自由時間はまだあるからベンチに座ってのんびりすることに。
「ふぅ、疲れるわよね、人が沢山いると」
「うん、あんまり得意ではないかな。で、崎谷さんは?」
「いまは食後の甘味を求めて移動中ね」
なんか気が楽だな、なにも起こることがない相手と話すのって。
それにこちらが圧倒されるほどのハイテンションでもないことから、なんとなく心地いい。
「これまでなにをやっていたの? あ。あなたを仲間外れにしたわけではないから勘違いしないでちょうだい」
「それは疑っていないよ、多分だけど天童さん達みたいな関係の先輩と一緒にいたかな」
「へえ、私達以外にもいるのね、一度会ってみたいわ」
そりゃ少数派だから仲間がいれば安心できるか。
「お待たせー……って、木芽さんいた!」
「うん」
「うん、じゃないよ! 探したんだからっ」
アイスを両手に持っている状態で言われても説得力がないけど。
美味しそうだから自由時間が終わる前に買うことに決める。
「これ食べたら一緒に行こ」
「んー、私はベンチに座っているよ、誰かと行くとか似合わないし」
目の前でイチャイチャされても嫌だからこれでいい。
「もしかしてあなた、私達に遠慮しているの?」
「ううん、協調性がないだけ」
「ふふ、それを自分で言う人間は初めて見たわ」
それでも天童さんは私の考えを尊重してくれた。
そこから先はアイスを食べたりぼうっとしたり飲み物を飲んだりぼうっとしたりの繰り返し。
「あ、横いい?」
「…………」
無言は肯定の証と言うし遠慮なく座らせてもらう。
そういえばこの子、確か班決めというかグループ決めの時最後まで一人だった子だ。
いつもつまらなさそうに本を読んでいることから、友達がいないのかもしれない。
「……他空いてるのにここに座らないでよ」
……これは私が嫌いなのではなく普通に人が嫌いなだけ。
にしても、少なくとも解散してからとかにしてほしかったけどな。
自分の意思で嫌われるのと最初から嫌われていて色々言われるのはやはり慣れない。
「どっか行ってよ」
「い、いや、移動中だし……」
「早く行ってっ」
な、なんだこいつ……ちょっとは我慢しろよっ。
この先気に入らない人間が近くに来たら誰にでも言うのか? いや、言えないだろうな間違いなく。
これはつまり舐められているということだ、いっそのことやってやるか?
「落ち着きなさい」
「て、天童さん……」
ほらな、ちょっと怖そうな人にはこの反応、人によって態度を変えるとか最低だぞ。
「いまは信号で止まっているわ、変わりましょうか」
「い、いい……です、このままで」
「ふふ、そう?」
おぉ、格好いいな天童さん。
そりゃ惹かれて当然だと思えるくらいには素的と言える。
「ふふ、あなた嫌われているわね」
「ぐっ、余計なお世話」
「あら、ありがとうくらい言えないの?」
「……ありがとうございましたっ」
顔を見ていなくても分かる、メチャクチャ嫌な表情を浮かべているってな。
格好いいとか感じた私に謝れよこのっ――という不安を抱え続けて三十分。
「もう行きたくない……」
やっと学校に着いてすぐに解散となった。
なんのために行ったのかがまるで分からなかった。
「見つけたっ」
「あ……あなたは陽月先輩のお友達さん」
なぜか警戒して睨んでくれた人でもある。
名前も知らない人に敵視されるって結構キツイところがあると今日は嫌というほど学べた。
確かに校外学習だ、全然楽しめなかったし。
「……私の汐梨に手を出したら許さないから!」
「あー……お付き合い、しているんですか?」
「してないっ」
あ、していないんだ。
だからこそ陽月先輩に近づく人間を敵視していないとやっていられないということなんだな。
「綺月、錦をいじめるなよー」
「この子を名前で呼ばないでっ、私のことだけ名前で呼んでくれてればいいの!」
おぅ、独占欲のお強い方だこと。
陽月先輩は一切気にせず「ごめんね綺月が、いつもはこんなんじゃないんだけど」なんて口にして呑気に笑っている、巻き込まれるのはこっちなんだからその場だけのものであったとしても「分かった」と言ってほしいものだが。
「綺月、それやめてって言ったよね?」
「……なんで」
「なんでもなにも、私は私の意思で名前で呼ぶ人を決めるよ。先に帰るから」
「汐梨っ……ああもう……」
巻き込むのはやめてほしい。
どうやら愛が重すぎて陽月先輩も困っているようだ。
「……名前なんだっけ」
「木芽錦です」
「……調子に乗らないでよね、汐梨は誰だって名前で呼ぶんだから」
「調子になんか乗れませんよ、名前を呼ばれた程度で浮かれる自分でもないですから」
寧ろこの人も来るって分かったらもう関わりたくないとすら思ったくらい。
その点では安心してほしい。まあ、そもそもなにも起きようがないんだけど。
「これ」
「なんでですか?」
「……あなたは悪くないのに八つ当たりしちゃったから、いつでも連絡してきてよ……」
「ありがとうございます」
「うん……じゃあね」
なんだかなあ、そういう変化に弱いんだよな私。
それまでのことなんて一切気にならなくなってしまう。
いつも迷惑をかけている不良がふと他人に優しくしたら良く見えてしまうのと同じだ。
「はぁ……疲れた」
今日の思い出はアイスと絡まれたことだけ。
校外学習なんだから当たり前なんだけど、みんな楽しく過ごしていたから堪える。
「登録して……送るべきなのかな」
登録をしてからどうするべきだと悩んでいる間に山本先輩の方からメッセージが送られてきた。
『今日はごめん』
『あ、いえ……』
『もし仮に汐梨を狙っているんだとしても、大変だからやめておいた方がいいよ』
陽月先輩に近づく=狙っているという考え方はやめた方がいいと思う、だからああして拒絶されてしまうのではないだろうか。
また先輩の方もそういうつもりはないのに勝手にそういうつもりだと捉えらたら迷惑だし。
『心配しないでください、山本先輩が陽月先輩のことを好きなら他など意識せず集中するべきだと思いますよ私は。偉そうですが、間違っていることは言っていないつもりです』
なぜ非モテの私が偉そうにアドバイスをしているのか。
そんなの分かっているけどつい気になってしまうから牽制するしかないというのに、余計なお世話だったなこれは完全に。
「馬鹿に……しないの?」
お、おう……確かに打つのは面倒くさいから電話の方が楽か、今日出会ったばかり人と電話をしていることが一番不思議だったが。
「別にしないですよ」
「だ、だって、あそこまで本人に拒絶されてるし、可能性だって微塵もない……ことなんだよ?」
「まだ分からないじゃないですか、でも、陽月先輩が言いたいことも分かります。もう少しだけゆっくりにしてみたらどうですか、ただ一緒にいたいぐらいなら陽月先輩も拒まないと思いますし」
最初から無理だと思っていたら実際にそうなってしまう。
出会ったばっかりだけど、知ってしまったからには応援したい。
「……今日はごめんね」
「もういいですよ、どこにいっちゃったんですかあの強気なあなたは」
調子が狂ってしまうからやめていただきたい。
前も考えたことだけど、ああいう態度を取ってくれていた方が自分のスタンスを貫きやすいのだ、だけどこうまで変わってしまうと自由に言えなくなる。
それは良くない、だから駄目なんだ。
「反省する……ありがと、じゃあまたね」
「はい、おやすみなさい」
根はいい人なんだろうな、好きな人が絡んでいると暴走してしまうだけで。
……まあ悪いことばかりでもなかったのなら、いい一日だと言えるんじゃないかって思った。