01話
高校一年生の二月という終わり頃に転校をすることになった。
そのため、時期が悪すぎて馴染むことはできなかった。
それでもあっという間に時間が経過し、春休みが終わり、二年生が始まる。
「木芽錦です」
無難に自己紹介を終えて席に座ろうとしたら、
「木芽さん、もう少しなにかない?」
担任の教師……あれ、なんて名前だったっけか。
なんでわざわざ自己紹介なんてしなければならないんだって内側で文句を言っていたから全然聞いてなかった。
「自己紹介なんですから名前を言えばいいと思いますけど」
「あ……そ、そうだね、じゃあ次」
「はい。私は――」
もう興味がないので聞くことはしない。
ただただ所属しているという事実があればいい。
「起立、礼、ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
なんで自己紹介をさせられた上にお礼など言ってやらなければならないのか。
「木芽さん」
「ん?」
やって来たのはやたらと人当たりの良さそうな笑みを浮かべている普通の少女。
でも、こういうタイプに限って裏ではなにかやっていそうだ。
「SNSとかで悪口呟いていそう」
「え……そ、それって私のこと?」
「そうだよ」
すまない、君が悪いわけではないんだ。
だけどなんか好かれてはいけないってやっぱり考えてしまう。
「あとさっきの笑顔、嘘くさいからやめた方がいいよ」
「あ……」
「もう終わったし帰るね、じゃあね」
しょうがないんだ、許してほしい。
恐らく以前の学校でなんらかのことがあって記憶を消したいって願ってしまったんだろう。
だからってこんなに都合よく消えたのは面白いけど。
「ただいま」
ただまあ、あの自己紹介の後に話しかけてくるあの子もおかしいと思う。
普通は「なんだあいつ」とかってマイナスなイメージを抱くのが普通なのに。
だって事実、一年生の時のメンバーは話しかけてこなかったし。
「ごはんを食べるー」
来週の月曜日からは授業が始まるからお弁当を作っていかなければならない。
それはつまり日々大変になることを意味しているが、幸い調理をするのは嫌いではないからそれが面倒くさいとも思えなかった。
「木芽さんおはよっ」
うーむ、まさか昨日に続いて話しかけてくるとは思わなんだ。
そりゃそうか、初日にいきなり話しかけてくる勇気があるのならちょっと悪口を言われたくらいでなんてことはないと、コミュ力おばけということなのか。
「えっと、名前なんだっけ?」
「崎谷京菓だよ」
なにがそんなに気に入ったんだろう。
はっ、それかもしくは本当にSNSで悪口を言うために関わってきているのか?
「で、崎谷さんはなんで来るの?」
「うーん、気になったからだけど、だめ?」
「うん」
「えっ、そこで『うん』って言うんだ……」
過去の私はなにをやらかしたのか知らないが、従っておいた方がいい気がする。
その都度消えても面倒くさいし、自衛はしっかりしておかないと。
「だって錦って名前、珍しいなって思って」
「確かに女らしくないね」
「だから――」
「邪魔なんだけど」
「あ、ごめんっ」
む、確かに通り道に崎谷さんがいたのは悪いかもしれない、けど言い方というものがあると思う。
「ちょっと待ってよ、もう少しくらい柔らかい言い方をしてもいいんじゃないの?」
「は? なに、私に言っているの?」
「あなたしかいないでしょ」
そうそう、こういうタイプの方が嫌われようとしやすいんだよ。
逆に崎谷さんみたいな子にはなんとなく冷たくしずらい。
「私は正しいことを言ったつもりだけど? 大体、崎谷さんの席は向こうじゃない」
「そうかもしれないけどさ、ここが自分のクラスなんだから移動だってするでしょ? なに? それともあなたは移動しないの? 席に張り付いているの?」
よく理解しているなおいっ、私はまだ崎谷さんがどこに座っているのかも分かっていないけどね。
「そういうことではなくて私の席はそこなのよ、で、このルートが一番近いわけ。なのにあなたはわざわざ遠回りをしろと言うの?」
「分かってる、ここで話をしていた私達が悪いことは。だけど邪魔とかって冷たい言い方じゃなくてさちょっと通りたいからどいてーとか言い方があるでしょって話だよ!」
私は分かった、元々するつもりはないけどこの子とは分かり合えない。
多分見た目から頭がいい子なんだって分かるけど、だからこそ致命的な差がある。
「ほら、崎谷さんは謝ったんだからさ、こう……『冷たい言い方をして悪かったわ』とか言ってくれればね? どっちも悪い気分にならなくて済むでしょ?」
「ふぅん、あなた意外と考えてあげているのね。自己紹介の時はなんかプライド高そうだと思ったけれど、実際は他人思いなのかしら」
「違うよっ、私が気になったから突っかかっただけ、別に崎谷さんは関係ない!」
いつも自分のために動いている、だから好かれない、だから落ち着く。
私はただなにかがあったであろう過去みたいにならないようにって行動しているだけだ。
「分かったわよ、悪かったわね崎谷さん」
「う、ううん……私が邪魔していたのは事実だから」
ふむ、だけど他人のために行動するのも悪くないな。
朝から多分だけどいいことをしたおかげで放課後までなんかソワソワしていた。
「木芽さん! 一緒に帰ろ!」
「あ、これから本屋に寄っていくから」
「それならご一緒させていただきますよー」
「そうなの? ま、付いてくるならお好きにどうぞ」
なぜか付きまとってくる崎谷さん。
「わっ、は、速い……ま、待ってー、わっ!?」
転びそうになったので慌てて抱きとめる。
「危ないでしょ、無理して付いてこなくていいよ。SNSで悪口でも書き込んでいなよ」
しっかりと彼女を立たせてから背を向けた。
「私と仲良くしない方がいいよ、私と仲良くすると呪われるって話だから」
「呪われる?」
「うん、確か小学生の頃のあーちゃんはゴキブリに驚いて捻挫、中学生の頃のみーちゃんはバレー部で強烈なサーブが腕に当たって捻挫、高校一年生の時のくーちゃんは私に構いすぎて赤点、からの補習の時に急いでバーを超えようとしてできなくて捻挫、だったね」
「な、なにそれ、全部捻挫……」
もちろん嘘だけど。
というか知らない、あーちゃんみーちゃんくーちゃんって誰だよ。
「とにかく、私と一緒にいるともれなく捻挫するから気をつけて。ほら、さっきだって転びそうになっていたでしょ? あれは前触れだよ」
なんか即席の作り話なのにそれっぽくなってしまった。
恐らく私の背だけを見て急いでいたせいで転んだんだろうけど、それがいい方に働いたわけだ。
「痛いのは嫌だなぁ……」
「でしょ?」
「うーん、だけどいまはそうなってないし、それだけの情報で近づくのをやめるってことにはならないかな」
なかなか手ごわい相手のようだ。
いまの私は嫌な態度しか取っていないというのになんなんだろう。
「それにね? 私、一年生の頃から木芽さんのこと知ってるよ。二月からだったし、くーちゃんなんて人と関わっていなかったよね」
「外の子だよ」
「他県の子?」
「そう、そこまでは知らないでしょ?」
まじかぁ……いやそりゃ同じ高校なんだから知られていても当然だけど。
だけどその割には一年生の頃に近づいて来た人間なんていない。
「うん、知らないから教えてほしいな」
「ごめん、本を買いたいから」
「うん、いつかだよいつか。それじゃあね」
結局来ないのか、分からないなあ……崎谷さんがなにしたいのか。
……とりあえず本を買って帰ることにしよう。
「うーん……」
「どうしたのよ?」
「あ、天寧ちゃん」
今朝のそれはなんてことのないことだった。
別に邪魔だと言われても傷ついてなかったけど、木芽さんは引っかかったらしく天寧ちゃんに食いついていた。
「私達にとってはあれが普通なのにね」
「うん、天寧ちゃんが冷たいように見えたのかもね」
一年生の頃から知っているのは本当のことだ、気になって近づいてみようとしてみたけど勇気が出なくて話しかけられなかった。
なぜあんなに中途半端な時期に転校なのか、前の学校でなにかあったのか。
みんな適当に想像して話しかけていなかった、あの子もどこかそれでいいかのように振る舞っているようにも見えたことで近づくのはやめていたんだ。
だけど、二年生になってまともに話しているところを見て再燃したということになる。
「私、全然気にせず放っておくかと思ったわ」
「うん、私もあそこで引っかかるとは思っていなかったから」
一年生の頃に変な遠慮をした自分をぶっ飛ばしたい。
やっぱり話してみなければ分からないことばかりだ。
「どうするの? まだ近づくの? あの子は求めていないようだけど」
「うん、諦めずに頑張るよ」
「そう、応援しているわ」
「ありがと!」
けれどなんだかなあ、普通に助けてくれたりするのに一歩引かれている気がする。
向こうにとっては初対面だからとかそういうのじゃない。
よし、それならグイグイいくのではなくゆっくりと、でも適度に。
「京菓、もう朝よ?」
「えぇ!? あ……ごめんよ、また泊まっちゃって」
いつもの悪い癖だ。
考え事を始めると平気で今回みたいに朝だったりとかも有り得る。
それでも彼女は「別にいいわよ」と言って笑ってくれた。
「というかさ、なんで教室では名字で呼んだの?」
「……仲いいと思われたら恥ずかしいじゃない」
「えぇ……そもそも私達は付き合ってるのに」
そう、私達は付き合っている。
だからあんな言い方はなんてことはなかったんだ。
まあ付き合っていることを分かっていないのだからおかしいとは言えないけど。
「その割にはあなた、他の子に興味を抱いているようだけど?」
「これはそういう意味じゃないから」
「どうだか。とにかく、あまりのめり込まないようにしてよ?」
「うん」
放っておけないんだから仕方がない。
ただ、一応付き合っていることは言っておこうと決めたのだった。