オタクの俺が鬼っ娘JKを落とすまでの話
はじめてのいちにんしょう
まるで漫画から飛び出してきた人。それが彼女に初めて抱いた感想だ。
思わず腰の引けてしまうつり目に、高い鼻、そして瑞々しい唇。
なによりも、その立ち姿だ。こんな時期の転校なんて、不安だったり緊張だったり色々あるだろうに。そんなことは全く感じさせない、威風堂々とした立ち姿。
ツンデレ、いや、クーデレか。彼女の顔と属性を想像して滾る俺と違って、周りの人たちはそうではないようだ。
「おいっ、あれ……」
「気持ち悪い……」
皆の言葉に、僕も釣られて彼女の頭――額から延びる二本の角を見る。
漆を塗ったような、滑らかな曲線を描く艶のある赤い角。
――鬼っ娘だ。
そう、鬼だ。赤鬼だ。良く見れば彼女の瞳の色は真っ赤だ。ますます鬼っ娘だ。え、なにこれヤバッ。惚れるわ。
「……木城紅葉です。よろしくお願いします」
想像より高くて可愛い声。
「じゃあ、木城はあそこの席だ」
「はい」
木城紅葉、そう名乗った彼女のつむじを見て、大きい、とそう思う僕だった。
彼女の転校から数日経つと、彼女の名前は、瞬く間に学校中に広まっていた。それは、休憩時間に机に伏せている僕の耳にも聞こえてくるのだから、凄い騒ぎなのは間違いないだろう。
まあ、それもそうだ。角の生えた人が最初に確認されて何年も経つけれど、この学校にそういう亜人種と呼ばれる人は来たことがない。
しかし、珍しいからと言って彼女に声をかけるわけでもないし、皆何を考えてるんだか。
「――いや、マジなんだって」
昼休憩、手早く教室を離れるために弁当を食べていた俺の側で、そんな言葉が聞こえてきた。
この声、二個後ろのサッカー部のやつらか。ウゼェ。パリピはさっさと群れに帰れ。
そんなことを考える俺だったが、続いた台詞を聞いてピクリと耳を動かしてしまう。
「あの木城、前の学校で暴力事件起こして転校してきたんだってよ」
「マジかよ……」
「何人も病院送りにしたんだろ? 教室で大暴れしてさぁ」
「うわこわっ」
ヤベーヤベーと言い合う陽キャたち。
しょせんはツブヤキとか噂でしか亜人を知らない情弱ども。論外だな。腹立つわ。
僕は出来るだけ目立たないように斜め前の彼女を見る。
相変わらず大きな背中だ。一本線の入った綺麗な姿勢で弁当を食べる姿は、周囲の雑音なんて全く気にしていないようだった。
スゲー、と感心する俺だが、その背中が少しあいつに被って見える。いや、あいつは女子じゃないんだけど。
俺がチラチラ見ている間に食事が終わったようで、テキパキと弁当を片付けた彼女は、スッと音もなく立ち上がると、これまた見事な堂々とした姿勢で教室の外へと出ていった。
彼女がいなくなるのと同時に野次馬も去っていき、話していたサッカー部のやつらもどこかへ出ていく。
人がまばらになった教室で、僕は何故か叫びたい気持ちだった。
スゲー、って、本当にそうなのか? もしそうならアレは、あの手はなんなんだ?
偶然見えた、強く握り締められた拳。表面ではどれだけ我慢していても、もしかして彼女は……。
なんて思っても仕方がない。物語の主人公じゃないんだから、僕に出来ることはないんだから。
だから、彼女に興味を持つことなんてないし、彼女と関わるなんて面倒なことはしないに限る。
※
昼を食べた僕は、教室から出て、一人で校舎裏に向かう。
この学校は、老朽化した古い校舎と新しい校舎の二つが並んでいて、古い校舎は部室棟として使われている。
当然だが、広い校舎すべてが部室な訳もなく、その内の一つを僕が勝手に使用しているのだ。
「はー、大人気だな……」
埃っぽい教室の椅子に座り、僕はスマホで動画を見ていた。
動画は、人気急上昇中の兄妹ユニット、ウェイキュバスの最新曲のMVだ。
亜人種の中でも特に人に近い容姿を持つ夢魔は、とても容姿が良い。二人ともそのせいで昔はいじめられていたけど、うん。なんというか、凄く遠くなったな。
最近はバラエティ番組にも出ていて、二人とも凄く堂々としているのを見ると、昔とは全然違うことを思い知らされる。
でも、あいつはともかく、妹ちゃんはどっちかと言えば人前が苦手なタイプだから心配だ。
「っておいおい、なに考えちゃってんの俺さ。あれとはもう会わないの。会えないの。俺が心配なんておこがましい」
心配? あんなことになった理由の俺が? 冗談じゃない。
「――!?!? なになに!?」
少し荒くなった呼吸を落ち着けようと深呼吸をしようとしたら、突然大きな音が響いた。
慌てて立ちあがり辺りを見回すけれど、何か落ちた様子はない。
――隣の部屋か?
でも、こんな時間にここに来る奴なんている? 俺は音を立てないように静かに歩いて教室を出る。
「――によ」
開け放たれていた隣の教室をこっそり覗くと、崩れた椅子と机の山を積み直している女子生徒がいた。
椅子を抱える横顔を見た俺は、反射的に身を隠してしまう。
木城紅葉だ。あんな綺麗な横顔と角は彼女以外あり得ない。
「なんなのよ、もう……」
彼女の呟きはよく響き、その震えさえも俺に届いてしまう。
泣いていた。理由は分からないけど、彼女は一人で泣いていたんだ。
どうしよう? 俺は考える。俺は絶対に間違える。だから、僕じゃないといけない。で、僕は彼女に全く興味がないし、泣いている女子なんてどう考えたって厄介事案件なんだから僕が関わる必要はない。
何度か見たことがあるが、彼女のような人には、必ず主人公みたいな人が助けに入ってくるのだ。あいつも、あの子も、皆そうだ。
だから、僕が関わる必要なんてない。
「あ、あのっ!!」
「――な、なに」
身体が震える。なんなら声だって震えてる。
僕は関わる必要なんてないのだ。だから、これは違う。間違えないんだ。
「て、手伝いますよ。一人だと大変でしょう」
「いいわ。放っておいて」
僕の言葉を一蹴して机を運び出す彼女。
そりゃそうだ。急に現れたクラスメイトに無様な姿を見られたかも知れないし、これを理由に何かされるかもしれない。
これはあくまでも僕の妄想だけど、でも、彼女の立場と言われていることを考えれば、警戒する気持ちも良く分かる。
だから僕は手近な机を持つと、並べ直し始める。
「放っておいてって言ったわよね」
「でも、一人だと時間かかるから。それに僕はほら、綺麗好きだし」
一体どの口が言ってんだろうね。部屋なんてぐちゃぐちゃなのに。
俺の台詞に「ふーん」と興味無さそうに呟いた彼女は、椅子を両手に持って上へと積んでいく。
凄まじいパワーだ。机も片手で運んでるし、流石は亜人。凄い。
そうやって僕らは、一言も交わすことなく教室を片付けるのだった。
それから、彼女との交流が始まった。
交流、と言っても特別なことはない。なんとなく教室に居づらくてこっちにくる彼女と僕が、一緒にご飯を食べるようになっただけだ。
「あなた、今日も菓子パンなの?」
「まあ、うん」
「お腹すかないの?」
「そりゃ減るけど、あまり金使いたくないからさ」
「ふーん」
互いにスマホを見ながらの会話。陽キャのようにワイワイ騒ぐわけでもないし、恋人同士の甘いやり取りでもない。ただ、なんとなくの適当な話。
明日には忘れてしまう、そんな会話。
「お金を使いたくないって、貯金してるの?」
「いや、漫画とか買うから」
「へー、なに読んでるの?」
「今はアクション。面白いから持ってこようか?」
「じゃあ今度ね」
「それ絶対こないやつじゃん」
僕は、僕が会話できていることに驚いた。
僕が学校で口を開くときなんて、先生に当てられた時か、ご飯を食べるとき以外にあり得ないのに。それに、彼女の何でもない質問や言葉に、ついつい反応してしまう。
そんな自分が嫌だ。でも、この短い休憩時間がとても好きになってしまっているのも事実で。
だから、分かってしまう。大きく見えた彼女は、意外と身長が小さかったりすることも、時々見せる笑顔が、へにゃっとしていて可愛いことも。
論外だ。また俺みたいなことになるのか。ふざけるな。そんな言葉が脳内に吹き荒れる。
俺がこんな立場に居て良いわけがない。いつかしっぺ返しがくる。
休憩が終わる度にそうやって後悔するのに、次の日にはまたここに来てしまう。
「じゃあまた」
「うん」
そんな僕が、僕は大嫌いだ。
「えー、マジ?」
「マジマジ。見たんだって」
そんな声が聞こえてきたのは、ある日の昼休憩の出来事だった。
いつものように弁当を出した僕に聞こえるように、女子の声が聞こえてくる。
「あいつ、男と旧校舎に行ってるんだってー」
「え、マジ?」
「マジマジ。しかもそいつ冴えない男でさぁ。絶対ヤってるわ」
冴えない男と、あいつ――僕は背筋が凍り付いた。
彼女だ。恐らく、何回か一緒に部室棟から出てきたところを見られたんだ。
幸いなことに、僕が誰かは分かっていない。けど、問題は彼女がそんな謂れのない中傷を受けていることだ。
また、そんな言葉が僕の脳裏を過る。
どうする? どうすればいい? 僕にはなんの発言権も力もない。周りに頼る? 無駄だ。いじめの問題に真摯に取り合ってくれるような教師はいないし、なにより、まだ実害が出てないことに首を突っ込んでくれる人なんているはずもない。
身体が冷たくなり、汗が溢れてくる。
「――ごめんけど」
そんな嫌な空気の中に、凛とした声が響く。
「通してくれませんか?」
教室の入り口でたむろっていた女子たちの前に立つ彼女。
丁寧な言葉遣いの、なんと凛々しいことか。そしてその、全く疚しいことがないというスッと一本筋の入った背中のなんと大きいことか。
「は、はい」
道を開く女子たちの間を歩く彼女。
恨み節もなにもない。ただそこを通してほしかっただけといった様子の彼女を見送り、女子たちはしばらく呆然とした様子だったが、すぐに調子を取り戻すと、あーだこーだと言い始める。
彼女の行動を見た他のクラスメイト達が色々言い合う中で、僕はこっそりと教室を抜け出すのであった。
教室を出た彼女に追いつくことはできなかったが、いつもの場所に行くと、彼女はいた。
部室棟の一室、使われていない机を並べた空間で、彼女はぼうっとした様子で窓の外を眺めていた。
立て付けの悪い扉を開け、僕が教室に入ると、彼女はちらりと僕を確認するとまた外を眺め始めた。
向かいの椅子に座るが、沈黙が痛い。いつもなら何てことのない雰囲気が、何故かとても息苦しく感じてしまう。
「ねえ」
そう彼女が口にして、僕は顔をあげる。
「な、なに?」
「あなた、私のこと知ってる?」
「私のことって……」
急に言われても、なんのことか分からない。少なくとも、名前とか、そういう話じゃないだろう。
「前の学校のこと。まさか知らないの?」
「えっと、それは……なんか凄い危ないって話なら……」
彼女が転校前にどんなことをしたのか、それは分からない。
暴力とか退学とか、そういう話は聞こえてきたが、そんなことをするとは思えなかった。
「……くくっ、アハハハハッ! そっか、それで私と一緒に居たんだ!!」
「き、木城さん?」
突然狂ったように笑いだす彼女だったが、スッと笑いを止めたかと思うと凄い勢いで僕の胸元を掴んだ。
物凄い力で引っ張られ、彼女の顔が一杯に広がる。
「私はね、前の学校で何人も病院送りにしたんだ」
「……はぇ?」
「なにそれって顔してるね。でも、本当なんだ。担任と、クラスメイトをね、こう、ポキッて」
何を言っているんだろうか? 彼女が? 人を傷つける?
信じられなかった。彼女の真っ赤な瞳が僕を捉え、開いた瞳孔に思わず身体を震わせてしまう。
「信じられないって? でも、本当なんだよね。だから私は転校してきたの。退学にならないために、だけど」
「ち、ちょっと待って。それにも事情があったんじゃないの? じゃないと――」
「あなたに何がわかるの?」
ああ、そうか、と彼女は僕の胸元を離す。
身体から力が抜け、数歩後ずさってしまった僕の身体が固まった。
彼女がネクタイをとり、ボタンを外し始めている。
「なにやってんのっ!?」
「なに? 興味あるんじゃないの? 私の身体。これでもわりと良い方だと思ってるんだけど?」
少なくとも、前はそうだったし? そう言ってシャツに手をかけた彼女を見て、僕は咄嗟に手を伸ばした。
「違う……違うっ」
彼女のシャツを掴んだ僕の口から、掠れた声が漏れる。
彼女と話したのは、そんなのじゃない。そんなの、まるで俺じゃないか。
いや、確かに下心がないと言えば嘘だ。あの時もそうだった。今でもそうだ。でも、今は違う。
僕は顔をあげ、彼女の顔を見る。
なんでそんな顔してるのよ。
「僕はッ!」
「――離してッ!!」
バシンッ、と強く手を払われる。
「なんで――」
「俺はッ!! 木城さんが格好いいと思ったからッ!!」
戸惑う彼女に畳み掛けるように俺は叫ぶ。
「俺の好きなキャラみたいに格好いいから――」
全身が痛む。あれ? なんで俺天井を――
「ふざけないでッ!!」
彼女が走る音が聞こえる。
熱を帯びた右頬。どうやら、俺は頬を叩かれた勢いで倒れてしまったらしい。ふざけないでって、こら。こっちは真面目なんだぞ。
真面目に考えて出てきた言葉がキャラだっただけで。うん。
しかし、そっか。俺はまた間違えたのか。
「……身の程知らず、ってやつなのかなぁ」
なんで俺は、間違えるんだろう……。
※
あのやり取りから一週間以上。僕と彼女が話すことはなくなった。
彼女は昼休憩の間教室にいて、僕はいつものように部室棟へ行く。
そこに変わりはなくて、ともすれば彼女の転校前となんら変わらない生活をしているように思えてくる。
でも、決定的に変わったことがあった。
「おい、あいつまただぞ……」
「えっ、やばくない?」
僕に向けられる視線と言葉。
それもその筈。僕の机の横には、それはもう大きな紙袋が置かれているのだから。
袋の中身は漫画で、その数しめて二十八冊。凄まじく重たい荷物を、僕は毎日学校に持ってきていた。
いくら陰キャだとしても、漫画を大量に持ってきているとなれば注目は免れず、先生からも何度か注意されている。
でも、それくらいなんてことない。僕が欲しいのは、彼女からの注目一つだ。
こんな変なことをしていれば無視されるのが当たり前だが、何日も彼女と関わって分かったことがある。
それは、彼女は人の話をしっかり覚えている律儀な人であるということ。そして、人を大切に思える人であるということ。
「――!」
チラリと彼女の方を見ると、彼女の赤い瞳と目が合った。慌てた様子で顔を背ける彼女を見て、俺は思わずほくそ笑んでしまうのであった。
「うわ、なんか一人で笑ってるぞ」
「キモッ」
その日の放課後、僕は部室棟にいた。
彼女と別れてからもずっと部室棟を使っていたが、彼女と会うことはできなかった。しかし、今日は違う。彼女は必ずここに来るという確信があった。
机に漫画の入った紙袋を置き、ジッと彼女を待ち続ける。
甲高い打球音と運動部の声が教室に響くなか、僕は待ち続けた。
「こんにちわ、木城さん」
建付けの悪い扉が開かれ、その音に振り返った僕は、扉を開けた姿勢のままこちらを睨みつける彼女の姿を見て立ち上がった。
これからすることで彼女が救われることなんてない。救われるのは僕の気持ちだけ。でも、だからこそやる価値がある。
怒気をにじませる彼女に少し怯えながら、僕は紙袋を両手で抱えると彼女の前に立った。
こうして正面から向き合うと、彼女の瞳が僕の下に来るのだから、人の姿勢や雰囲気ってとても大切なんだと思い知らされる。
「あなた、どういうつもり? 私に対しての嫌がらせ?」
イライラした様子の彼女に、それもそうだよな、と僕は苦笑してしまう。
「何笑ってんの?」
「ごめん、つい……。僕が漫画を持ってきてたのは嫌がらせじゃないよ。僕が――」
……本当に僕でいいのだろうか? そんな疑問が頭を過る。
俺があいつらを助けようとしたとき、結局助けたのは他の人だった。あの時のように、彼女を助けるのはキラキラした主人公みたいな奴なんじゃないだろうか。
これは自己満足でしかなくて、こんなことで救われるのはきっと俺だけで――
「――ちょっと大丈夫?」
「――え」
「顔色悪いわよ。それに汗もすごいし」
気づけば彼女が紙袋を抱え、俺の顔を心配そうにのぞき込んでいた。
そうだ。彼女が何をしていたとか、俺が過去にどうだったとか、そういうのは関係ない。俺が彼女ともう一度話そうと思った理由は、違う。
俺は、深呼吸を一つすると、彼女が胸に抱えた紙袋を押した。
「ちょっと危ないじゃん」
「それは、月刊冒険王で連載中の漫画、鬼人戦線全三十八巻がはいってる」
「はい?」
月刊冒険王は、グロやエロの描写が濃い青年向け漫画雑誌だ。その中でも人気なのが、鬼人戦線と呼ばれるバトルファンタジー漫画。
中学の頃にこの漫画に出会った俺は、すぐにドハマりして書店に駆け込んだ。月の小遣いのほとんどはここに使っていたのは記憶に新しい。
「で、つまり何が言いたいわけ?」
「鬼人戦線の中に、朱天ってキャラが出てくるんだ。筋肉ムキムキの大男で、赤い角が特徴の鬼。こいつがすっげぇ格好いいんだよ」
バトルものであることから、登場人物の能力は多岐にわたる。中には卑怯な特殊能力や戦術を使うキャラクターも多いんだけど、この朱天は違う。
彼に特殊能力はない。あるのは、鬼という生まれの持つ頑丈な身体だけ。
「朱天は身体を鍛えて鍛えて鍛えまくって、それだけで敵を倒すんだ。どんなに追い詰められても、卑怯な手を使われても。優しさを忘れず、思いやる気持ちを忘れず、真正面から敵を打ち倒す。自信に満ち溢れたすっげぇ奴なんだ。特に九十八話、赤鬼の涙の時なんてもう凄くてさ!」
仲間を守り、堂々と悪意と向き合う姿は、俺には絶対にないもので、そしてそれは彼女も同じ事で。
「木城さん。俺はあなたを初めて見たとき、本当に朱天が来たんだって思ったんだ」
俺にはない、天を突く角、強い光を放つ瞳、ピンッと一本通った背中。
「それだけじゃない。俺の話に付き合ってくれるし、なにより木城さんの話にはいつも誰かが出てた」
近所のお婆さんの話に、デパートで出会った迷子の話、以前の学校にいたらしい親友の話。そしてこの学校での話。そのどれもが楽しいことや大変だったことだろうに、彼女は愚痴を言いながらも終始楽しそうに、慈しむように語ってくれた。
凄いと思った。周囲に悪意を向けられながらも堂々として、不平不満を抱きながらもそれを堪える姿が。
だから俺はその助けになりたい。
「俺は、朱天みたいに堂々としてて、すっげぇ真面目ですっげぇ優しい木城さんと友達になりたい。あの時、漫画のキャラみたいで格好いいって言ったのは俺の本音だ。本気で朱天みたいだって思って、本気で木城さんと仲良くなりたいって思ったんだよ。これはその証明。これを読んで朱天の格好良さを知ってくれ。それで俺が本当のことを言ってるって知ってくれ」
お願いします! 早口でまくし立てて頭を下げた俺は、さっさと鞄を持つと走って部室棟から逃げ出すのであった。
※
――あー、死にたい。
次の日の昼休憩。いつものように部室棟に来た俺は、椅子に座ると頭を抱えてしまう。
昨日部室棟から逃げ出してから、俺は死ぬほど後悔していた。
いやだってそうだろう。なんだよ漫画のキャラみたいで本気で仲良くなりたいんですって。死ねよ。絶対ドン引きじゃん。あんなこと言われてはいそうですか仲良くしましょうなんてなるわけないじゃん!!
「なに変な声出してんの」
「うおおっ!?」
え木城さんなんで!? 今日目合わなかったじゃんそれどころか俺のことスッゲェ避けてたじゃん!?
椅子を飛ばして立ち上がった俺を見て、ハア、とため息を吐くと、彼女は俺の正面に座ってスマホをいじり始めた。
え、これどういう状況? 困惑しながら俺も椅子を直して彼女の前に座りなおす。
彼女の意図が分からない。絶縁でも言い渡されるんだろうか? でも考えてみれば俺って絶縁って言われるほど親しい仲じゃなくね? あれ? そもそも絶縁でいいんだっけ?
「ねぇ」
「はいっ!」
「……なんでそんなにかしこまってんのよ」
「いえ、いつも通りであります!!」
スマホに目線を向けたままの彼女の言葉に、背筋を伸ばして応える俺。こんなにきちんとした返事をしたのは、入試面接以来だ。
再び、はぁ、とため息を吐いた彼女は、スマホを見ながら言った。
「モミジってどう思う?」
「モミジ?」
紅葉って紅葉とかまんじゅうとかの? それとも自分の名前? え、どういうこと?
彼女の質問の意図が読めず混乱する俺だが、ふとその名前に聞き覚えがあることに気が付いた。
紅葉、もしくはモミジ。鬼人戦線に出てくるヒロインの一人の名前だ。鬼族のお姫様で、芯の強いたおやかな女性として描かれている。
「すっげぇ可愛いよね」
「そう。すっごい可愛いの。大和撫子の女の人なんだけどデフォルメのシーンとかすごく可愛くて。年上のキャラなのにあれは反則よね」
「そうなんだよ! 紅葉はアクキーとか色んな商品化されてる人気キャラの一人でさ――」
え、モミジでいいの? 彼女が出てくるのは鬼人戦線五巻だぞ。ということは。
途中で口を閉じてしまった俺に、彼女が手に持っていた紙袋からいくつかの本を取り出した。
鬼人戦線だ。きっちり五巻分。
「確かに、朱天って格好いいよね。それは認めてあげる」
「それじゃあ」
「でも、あんな筋肉ダルマと私が同じって酷くない?」
「でも格好いいだろ!?」
「ちょっとデリカシーなさすぎ」
「デリカシー関係なくない?」
「関係あるわよ。男と女じゃえらい違いじゃん」
顔をあげた彼女と目が合って、俺は自然と頬が緩むのを感じた。
鼻が熱くて、声がにじんで、全然凄くもなんともない、どうでもいい言葉。
でも、それが言えるようになった。それだけで俺はきっと嬉しいんだ。
この作品は、とある人物の反面教師になるべく作成されました。設定は約三十分。これ書ききるのに忙しすぎて死ぬかと思った。ちなみに続かない予定。
設定
・主人公
名前は未定。一人称は俺、僕。
明るく元気で空気が読めない感じのガキ大将だった。別に多重人格ではない。ただ、過去に『両親不倫修羅場』『幼馴染いじめ深刻化』『幼馴染の家庭環境深刻化』『幼馴染の一人に手を出す(未遂)』『幼馴染を見ず知らずの大人が救い出すのを目撃』したことで心が折れ、それ以来、気弱で糞雑魚オタクの僕を名乗るようになる。現在ボッチ。ついでに一人暮らし。
幼馴染たちのことを凄くが組んだユニット『ウェイキュバス』のことを深く信仰しており、ファンクラブ会員No.1。ライブにも行くしCDもDVDも買うしどちらかが出てる番組はすべて録画するガチ勢。しかし、幸せそうな二人を思うと会うわけにはいかないので握手会などには絶対に参加しないという鉄の意思をもつ。
・木城紅葉
本作ヒロイン。鬼っ娘。
スタイル抜群だが身長が低い。甘いもの好き、可愛いもの好き。だが、それはそれとして曲がったことが嫌いで、まっすぐすぎる性格。その真っ直ぐすぎる性格が災いし、以前の学校で複数のグループと教師に嵌められ、あわや、というところでハリウッド映画も真っ青な大脱出劇を繰り広げてしまったため犯人たちを全員病院送りにしてしまい、転校となった。クーデレでドロドロに溶けてほしい(願望)
・ウェイキュバス
サキュバスな兄妹のアイドル。超絶イケメンお兄ちゃんと超絶美少女妹の組み合わせ。物静かなクール系な兄と明るい妹というキャラで売っているが、実は逆だったりする。主人公とは幼馴染で、よく遊んでいた。サキュバスの特性でどうしても異性に対して魅力的にうつってしまうところがあり、それと家庭の問題が原因で深刻ないじめにあってしまう。そんなときに助けてくれたのが主人公で、二人とも主人公のためなら死ねる、な精神状態だった。しかし、偶然妹が主人公を魅了してしまい、あわや――ということになってしまった。実のところ妹はカモンベイベーオウイェス!だったのだが、主人公が深刻に受け取ってしまった。その後誤解を解く前にPを名乗る謎の人物の介入で転校してしまい、主人公とは疎遠になってしまう。
二人とも主人公の現住所は特定しており、なんなら迎えに行きたい所存であるが、下手を打ては主人公のトラウマ再発&社会的にマッハになるのが目に見えているので機会を虎視眈々と狙っている。
・亜人
この世界では、いわゆるホモ・サピエンスと呼ばれる人とは違う、特殊な生態を持った人型の生物が存在している。それが亜種人類こと亜人である。
物語に出てくる人型の種族は大体亜人に属されており、身体能力が人間を凌駕している亜人も多い。ただ、絶対数が人類より少ないため、保護区などで生活しているものがほとんどである。