397日目 うずみ(3)
うずみさんの話はこうだった。
私の作った衣装を甚く気に入ったうずみさんは、是非これを購入したいと思った。でも彼女はきまくら。を始めてようやく二か月というくらいの、初心者の域を出ないプレイヤー――――つまり、お金を持っていなかった。
早くしないと優先購入権を失ってしまう、どうしたものかと悩んでいたところ、野良でパーティを組んだとあるプレイヤーから[もも太郎金融]というクランの話を聞く。興味を持ったうずみさんはもも金メンバーの顔文字さんを紹介してもらい、衣装代の900万キマを融資してもらえることとなった。
こうして晴れて彼女は、道化少女の衣装セットを入手できたんだそうな。めでたしめでたし。
――――――とは勿論いかず、ここから問題が発生する。簡単に言えば、この融資取引がほぼほぼ詐欺な悪質商法だったんだって。
うずみさんは「一年間は無利子」という契約のつもりが、いつの間にか「一年間は一部無利子、他は一週間無利子、期限を過ぎたら一日ごとに10%の利子」などという契約に置き換わっていたらしい。
うーん、話を聞いてると確かに悪質。ちゃんと契約書を細部まで確認しなかったうずみさん側に非がないとは言いきれないけど、人を騙そうとする意識が透けて見える手口だものなあ。
っていうかもも金てやっぱり、グレーどころかなかなか真っ黒な組織だよね……。ロールプレーの一種なんだろうけど、そのリアルで巧妙な詐術には薄ら寒いものを覚える。
でもってさっきの顔文字さんは、うずみさんからキマを取り立てようとしつこく付き纏っていた、と。怖。
雰囲気的にうずみさんは、中高生くらいの歳に見える。そんなきまくら。慣れしていない若い子ってなると、ガチ泣きしちゃうのも無理ないよ。
とまあこういった経緯で、うずみさんは衣装の返品を希望しているらしかった。ただねえ……、同情はするんだけどねえ……。
「返品は受け付けますけど、ってことはその、習得可能スキルはまだ習得されていないということで?」
「いえ、習得はしました」
「両方とも?」
「はい。両方とも」
悪びれた様子もなく、きっぱり断言するうずみさん。
いや、あの、習可が失われた後のアイテムとなると、大分価値が下がるんですけど……。分かってて言ってるんだろうかこの子。
てかさ、ここへは服を返品しに来たんだろうに、当のその服を着てやって来てる時点で大分変な人だよね。相手によっては“舐めてる”と取られたっておかしくない態度である。
そこをやんわりつつくと、彼女は顔を赤らめて俯いた。
「だって、本当は返したくなかったから……」
うーん、それだけ私の服を気に入ってくれたってこと? 嬉しいような、めんどくさいような。
「えー、そうなりますと、スキル分の金額は差し引いて返金させていただくことになります。55万キマのお返しになりますが、よろしいでしょうか」
「えっ、55万!?」
「はい……」
「い、いくら何でもそんなはずはないでしょう! だって買ったときは900万ですよ!」
「それだけスキルの価値が高いんです。良ければ当店の他の売り物の値札、見てみてください。スキルのないアイテムは大体そんなもの……っていうかミラクリすら付いてない通常アイテムはもっと安かったりするので」
「そんな……」
「これが本来の値段なんです。スキルが両方とも未習得とあらば、900万丸っとお返ししても良かったんですけどね」
うずみさんはよっぽどショックだったようで、蒼褪めた顔で放心している。可哀相だけど、これが現実なのだから仕方がない。
何なら消耗しているだろうアイテムの【修復】代を求めていない分、私はまだ甘いほうだと思っていただきたい。まあ彼女は初心者だし、今は心の余裕がないしで、そんなことには気付いてなさそうだけど。
すると、折角落ち着いてきたかに思えたうずみさんの目には、再び涙が浮かんできてしまった。彼女は両手で顔を覆い、「どうしよう……」と力無く呟く。
「ほんとは私、こんなところで燻ってる場合じゃないのに……。目標はどんどん遠のくばかり……」
「目標、ですか」
「はい。私は別に、この世界に遊びに来たわけじゃないんです」
「え、ゲームなのに?」
「そうです。こんなテクニックもセンスも要らないゆるいゲームで日々暢気に時間だけ食い潰してる人達とは一緒にしないでください。私は、ちゃんとした使命があってこのゲームをプレーしてるんです」
口調が真剣なものだから突っ込みづらいけど、なんか棘のある言い方だな。私の目には、そんな『使命』とやらがありつつもこんな900万もする衣装買って着ちゃってるうずみさんだって、十分暢気に見えるんだけども。
とはいえ今回の件、さすがに顔文字さんはやり過ぎだと感じた。ノリが通じる古参相手ならまだしも、相手は初心者だもんね。
「それもまたMWeSルールの採用されたきまくら。なのだ」と言われてしまえばそこまでだけど、なんか昔の私を思い出しちゃうな。
何も分からず革命イベントを発生させちゃって、なぜか特定されて、ショップに送られてくるメッセージがてんやわんやしてた頃のこと。
あの時の私はまだピカピカ一年生だったもので、「えーっ、どうしよおーっ」って毎晩子鹿のように震えてたものなあ。うんうん。
気にしなくなったきっかけは……そうだ、竹中氏だ。あんまり認めたくない事実だけれど、私のきまくら。フレンド第一号って彼なんだよね。
そして彼のようなきまくら。玄人に出会えたということは、きっと当時自分が思う以上に心の支えになっていたんだと思う。
そう考えると、どことなく可愛げのない言動が目立つこの子にも、優しい気持ちを抱かざるを得ない。
うん、そうだね、竹さん。次は私が、新入りの子に手を差し伸べる番だよね。
沈んだ顔でへたり込むうずみさんの後ろに、微笑みを浮かべる竹氏の幻影が視えた気がした。それを意識すればするほどに、伸ばそうとした手を引っ込めたくなる自分もいるわけだけど、私は何とかそんな気持ちを奥底へ押し込む。
そしてなるたけ柔らかく、うずみさんに語りかけた。
「じゃあ、こういうのはどうですか? 私がうずみさんに、キマを貸します」
「へ?」
「うずみさんはそのキマで、もも金さんに借金の返済をすればいいと思うんです」
「それって……何の意味があるんですか? 何を企んでるんですか? まさかこの機会を利用して、もっと高額な利子を吹っ掛ける気じゃあ……」
うずみさんは慌てて立ち上がると、自分の体を抱いて後退った。明らかに警戒している模様。
まあそれも無理はない。“貸し借り”というものに、すっかり恐怖心を植え付けられてしまってるんだろうな。
「大丈夫です、利子は付けません。期限も特に設けません。うずみさんの好きなとき、きまくら。に慣れて余裕ができたときにでも、返してくれればと思います」
「なっ、あ、あなたもそうなんですか? そうやって甘い言葉で騙そうとしてるんでしょう! きまくら。ってほんと、どうしようもない人しかいないんですね!」
「そんなことないですよー、落ち着いてください。まあ何ていうか、これは老婆心のようなものでして。ちょっと良い格好したくなっちゃっただけっていうか」
「うそうそ。どうせどっかにトラップがあるんでしょう? 私みたいな世間知らずを陥れて楽しんでるんでしょう?」
どういうわけかこちらが無害そうな笑みを深めるごとに、うずみさんはじりじりと入口のほうへ後退していく。困ったなあ。
でも脇目もふらず逃げ出さない辺り、聞く耳を全く持ってないわけでもなさそうなんだよね。寧ろ口ではああだこうだ言いながら、ちらちらと仄かな期待が透けて見えてるというか。
あと少しの信頼ポイントを以て一押ししてみれば、提案を呑んでくれそうな気がする。
多分この場合は「話が旨過ぎる」って思われてるわけだから、そうだな……。条件とか付けてみようかな。








