385日目 春南(前編)
ログイン385日目
ある日、私がユキちゃんをもふろうと秘境拠点にやって来ると、突然こんなダイアログが表示された。
[春南]さんがプレゼントを差し出しています。
→・受け取る
・受け取らない
春南さんといえば、確か仕立屋界隈のトッププレイヤー。【泡沫の針子】の二つ名を持つ老師としても有名な、私も一方的に知っている御仁である。
そんな人の名前が突然現れてぎょっとしたけれど、でもなぜこんなところに?とは思わなかった。この前リンちゃんづてに聞いた話によると、なんとお隣の双葉を生やしたお兄さん、春南さんその人だったらしい。
まさかあの殺風景な区画の持ち主が、今をときめくアパレル系クリエイターさんだとは思わなんだ。全くもって私も他人のこと言えないんだけど。
だからこの名前が急に身近なところに現れたことへの驚きは、然程大きくない。でもこの人から急に無言でトレード依頼を投げ付けられたことについては、驚きでしかない。
振り返ると、少し離れた占有エリアの外に彼の姿は確かにあった。
白い髪に緑色の瞳、大きな銀縁丸眼鏡、白シャツに黒エプロン。素朴職人風の彼は、私と目が合って少したじろいだように見えた。
「えーと、あの……これは一体どういう……」
声をかけながら近付くと、どういうわけか春南さんは同じ歩数分だけ後ろに下がった。
え? なんで私こんな、怯えられてるみたいなかんじなの?
アプローチをかけてきたのは向こうのほうで、それは今も表示されているダイアログからも明らかなのに。
戸惑いつつ足を止めると、彼も足を止める。大丈夫かと思ってまた数歩近付くと、彼も数歩下がる。
おやつは欲しいけど人間が嫌いな、野良猫みたいな反応である。
そんな無言の攻防を繰り広げていると、ついに私は前へ進むことができなくなってしまった。
【[春南]の占有拠点】
この区画は[春南]さんにより占有されているため、中に入ることができないようです。
くっ。一定の距離を置いた先で、気持ち春南氏の顔が「してやったり」と言っているように見える。
あの、それでほんとにこれは何なんでしょうか。中身も意味も分からないプレゼントをほいほい貰うわけにもいかず困り果てていると、春南さんはようやく口を開いた。
「みかじめ料です」
「どういうこと!?」
「お納めください」
『みかじめ料』ってあれでしょ、ヤの付く人に払うお金のことでしょ。益々意味が分からなくなった。
でも春南さんは真顔でこちらを見つめるばかりで、これ以上の説明をする気はないらしい。
とにかく一旦プレゼントの正体を見てみないことには話が進まなそうである。そう判断した私は、ようやくそこで『・受け取る』を選択する踏ん切りが付いた。
【惑星カーデ/ハートクロス/エスケーピズム】を手に入れた!
えっと……。どうしよう、内容物の名前を確認しても、まるで事情が見えてこない。
しかし春南さんはそれで満足してしまったらしい。助けを求めて顔を上げれば、なんと既に背を向けてこの場を去ろうとしているではないか。
「あのっ。い、いいんですね? これ、貰っちゃいますよ?」
そんな呼びかけに彼が振り向くことはなく、ただ手をひらひらさせながら、その背中は遠ざかって行った。
******
【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(個人用)】
[うずみ]
いずれこういうことになるだろうとは思ってたよ
どっからあんな根拠のない自信が湧いてくるのか、一体全体謎だったもの
[うずみ]
それでも入った当初は、そこそこゲームに真面目に取り組んでるグループだと見込んでたんだけどね
期待が外れてがっかり
[ひばり]
あの手の人間は勝ち続けること、優位に立ち続けることの快感を求めてプレーしてる
一定の水準までくるとそこで満足と諦めの停滞状態に陥ってしまう
雑魚は楽勝、でも上位勢との間にはちょっとやそっとじゃ越えられない壁、苦痛を伴う努力は嫌、って具合に
[うずみ]
ふん、甘っちょろい信念だよ
もっともゲーマーなんて、大概がそんなものなんでしょう
所詮多くは現実逃避のための仮想世界
現実と闘うためにここに来た私とは、覚悟が違う
[ひばり]
君のその強い想いがお兄さんにも届くといいね
[うずみ]
必ず成し遂げてみせるよ
お兄ちゃんの目を、私が覚ましてみせる
[うずみ]
ねえひばりちゃん、君もディスガはもう抜けたんでしょ
しばらくの間、私と組まない?
[ひばり]
私はディスガを辞めてないよ
辞めるつもりもない
[うずみ]
え!? なんで!?
メンバーなんてもう片手で数えられるくらいしか残ってないんでしょ?
君はなかなかクレバーなリアリストだから、あんなことがあった後じゃ即行辞めたものと思ってたよ
今までだって、あそこにいるのが不思議なくらいだったし
[ひばり]
私、彼等が好きだから
[うずみ]
……はあっ!?
[ひばり]
だって面白くない?
今時あんなステレオタイプのチンピラムーブかませる人間、どこ探したってなかなかいないよ
[うずみ]
………………
[ひばり]
レアだよ、絶滅危惧種だよ
パン咥えて通学路走る女子高生並みのキラカードだよ
[うずみ]
……今までずっと、そう思ってあの人らに付き合ってきたんだ?
[ひばり]
うん
折角のこの出会い、大事にしなきゃ
[うずみ]
君の人生は楽しそうだね
[ひばり]
毎日が充実してるよ
[ひばり]
でもそう言ううずみのほうこそ、どんな風の吹き回し?
君はもっと強いクラン、自分を高みに連れて行ってくれるクランを求めてディスガを脱退したはず
私なんかと遊んでる暇ないでしょ
[うずみ]
それが、なかなか私に合うクランに巡り合えなくて
「無色協定」ってクランが良さげだなとは思ったんだけど、「初心者はお断り」って門前払い食らっちゃった
[ひばり]
無色協定……どこかで……あ
[うずみ]
目に視えるものだけじゃなく、この私の無限大の可能性にも注目してほしいものだよ
ゲーマーというのは心の狭い連中が多くて困る
だから新規が居着けず過疎るんだ
[ひばり]
それで私を誘ったの
[うずみ]
良いクランが見つかるまでの応急処置というわけ
君はこの世界では初心者ではあるものの、ゲームセンスには光るものがあるからね
[ひばり]
うずみ、「人のふり見て我がふり直せ」って言葉知ってる?
[うずみ]
知ってるよ
ディスガのみんなに煎じて飲ませたい格言だ
それが何か
[ひばり]
ううん、別に








