382日目 フレンズ(4)
「とりあえずこれで、撃退できたんだよね?」
「油断はっ、禁物よっ、ぐっ……。まだ、5分、残ってる……っ! 連中、懲りずに再襲撃してきてもおかしくなっ、ほっ、……だあああ! ちょっとブティ! ぼけっとしてないでこいつらどうにかしなさいよ! 特にこのクマ!」
「そう言われましても……」
襲撃者が去った今、奇妙なことに、この拠点は彼等がいたとき以上に戦場然としていた。ユキちゃんと手下達が第一ターゲットである襲撃者を追い払ったのち、第二ターゲットたる侵入者リンちゃん含む結社のみんなに攻撃の矛先を向けたからである。
襲撃者さん達より結社の人達のほうが圧倒的に上手、且つ結社組は一応ユキちゃんの飼い主たる私に配慮して手加減してくれているからだろう。ぱっと見たかんじでは、さっきよりも良い勝負感が演出されている。
しかし手下達はともかくユキちゃんをいなすのは、リンちゃんほどの実力者でも片手間にできることではないようだ。
【獣使い】のリンちゃんは、黒い靄を纏ったしゅっとしたワンちゃんに命じて、上手くユキちゃんの気を逸らしている。それでも時折ユキちゃんの鋭く重たいクマパンチが直撃して、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
あの、リンちゃん、どうどう。許してあげてね。
ユキちゃんは性格凶暴なの。きっと本人はじゃれてるつもりで、でも体が言うことを聞かないんだよ。
「なわけあるかあっ! もういい、ブティ、こいつ檻に入れなさい。でないと落ち着いて話もできやしない」
「ええっ。そ、そんなことしたらユキちゃん落ち込んじゃうよー。拠点を守ろうと頑張ってくれたのに」
「ユキの好感度と私の好感度、どっちが大事だと思ってるの!」
「そんな究極の選択みたいに……」
向きになってる妹に困りつつ、一応私は真面目に考える。
ゲーム内のペットユキちゃんと、リアル妹のリンちゃん。秤にかけるとしたら、勿論リンちゃんのほうが大事に決まってる。
でもね、私は知ってるの。檻に入れられたユキちゃんの機嫌を治すのにどれくらい時間と労力がかかるのかは謎だけど、リンちゃんの機嫌を治すのには五花堂のスイーツビュッフェで事足りるってこと。
だから今選ぶとしたらユキちゃんのほうかな!
なんてことを考えていたらば、口に出したわけでもないのに私を見るリンちゃんの眼差しが妖しくぎらついた。
しかしその時だった。ユキちゃんの意識がリンちゃんから逸れたのは。
彼はふいに攻撃の手を止め、明後日の方向を見遣る。気付けば他の幻獣達も、ユキちゃんと同じ方向を睨んでいた。
すると何ということだろう。彼等が目を向けた先から、人影の集団が猛スピードでこちらへ向かってきているではないか。
砂塵で霞んで定かではないが、少なくとも10人以上は確実にいる。
「わわわ、やっぱり復活してきちゃった!」
「違う、あれは……」
新たな刺客の登場に、ユキちゃん達がいきり立つ。退治しても退治しても侵入者は湧いてくるのだから、彼等にしてみれば非常に良い迷惑である。
ユキちゃんの目には、ああいうプレイヤー達みんなゴキブリみたく見えてたりするのかもね。ストレスだろうなー。
かくして激しい乱闘が再開したそのとき、しかしこの耳は、幻獣達の咆哮に混じって私を呼ぶ声を確かに聞いた気がした。
「……さん! ブティックさーん!」
「びーちゃん、大丈夫!?」
「ツリーは! ツリーは無事かあー!?」
「これは俗に言うMPKというやつですか、小賢しい! 師匠、ここは我々にお任せください!」
「とりま入口付近にたむろしてたヤカラはしばいといたぞ。他はどこだ?」
「へ……」
私は廃屋の日陰から進み出て、砂煙る戦場に目を凝らす。そして息を呑んだ。
きーちゃんにめめこさんに陰キャさん。
もも金の人達に楽団の子達。
ねじコちゃんにラーユさんに久瀬さんに……。
名前を挙げだしたらきりがない。そして全員名前を挙げられるということは、どの顔も見知った顔であるということ。
彼等の共通点については、すぐに思い至った。
“フレンド”――――――。
「リンちゃんが呼んだ『援軍』ってもしかして、この方達のこと……?」
「そう。まあ、呼ぶまでもなかったなって、今ちょっと後悔してるけど」
「凄い偶然! リンちゃんのフレンド、みんな私とフレンドでもあるんだよ! きまくら。の世界は案外狭いねえ」
「えっ。そ、そうね」
「それとも類は友を呼ぶってやつなのかな。姉妹だと付き合う人も似てきちゃうのかも」
「そんなわけない。あなたと一緒にしないでくれる」
リンちゃんは慌てたように肯定したり、急にスンとなって否定したりと忙しい。きっと照れているのだろう。
それにしても自分で『偶然』などとは言ったものの、こうも私のフレンドばっかり呼んでいるというのはさすがに出来過ぎな気がする。もしかしてリンちゃんは私が気後れしないよう、敢えて私とも交友のある人達に声をかけてくれたのだろうか?
それはそれで出来過ぎなような気もするけどね。リンちゃんどんだけ私のこと把握してるんだっていう。
でも経緯はどうあれ彼等がここに集ってくれたことは、胸にじんとくるものがあった。ユキちゃん率いる幻獣達と相対しつつ私を気遣ってくれる彼等の声には、純粋な温かさを感じた。
みんな、私のために来てくれたんだ。私を助けに、駆け付けてくれたんだ……。
幻獣達と果敢に戦う沢山のプレイヤー達を前にして、しみじみ噛み締める。思えば私のきまくら。での交友も、随分豊かになったものだ。
最初はフレンドなんて作る気さらさらなくて、きまくら。は独りでこつこつ楽しむゲームでしかないと考えていた。
でも気付いたら人間関係の坩堝に放り込まれていて、良い人とも悪い人とも一緒くたになってぐるぐる回ってる内に、なんかこんなかんじになっていた。
きまくら。始めた当初の私がこの風景を見たら、これが私に味方してくれてる人達だって知ってても、「ひいめんどくさい」って肩をすぼめてしまいそう。でもね、今の私は自然、笑みがこぼれてくるんだ。
「え、何笑ってんの怖い」
「へへ。友達って良いものだなって」
リンちゃんは明らか引いた顔をしていたが、私に倣って砂煙る戦場に目を向ける。
荒ぶるユキちゃんのクマパンチに散っていくきーちゃんモシャさん。
手下幻獣を敵と思っているため容赦なく片付けていくラーユさんとめめこさん。
ネビュラツリーの安否を気にかけ一目散に地下へと向かうちょんさんもも君。
混乱に乗じて私情を持ち込んだ争いを始めるヨシヲVSバレッタさん。
意味もなく参戦するゾエ君クドウさん名無し君ミラン君。
ようやく復活を遂げ追い付くもヒャッハー抗争に巻き込まれ秒でいなくなるディスカリ?ガーデン?の皆さん。
「………………そうね」
長い沈黙を経て、リンちゃんは同意を示す。
しかし言葉に反してその顔に色はなく、なぜか彼女は肌寒そうに両腕をさするのであった。








