382日目 フレンズ(2)
ログイン382日目
【遥かなる大砂海B-192-2】番地にて、クラン[discari-garden]より宣戦が布告されました!!
間もなく襲撃が開始される恐れがあります。
直ちに防衛へ向かってください。
私がそんな通知を受け取ったのは、【天空の古都 シロガネ】にてカミキリ様とまったりお茶を飲んでいるときのことだった。
このお茶会はちょっとしたミニイベントで、私はぱたぱた揺れる大きな尻尾やイケメンの横顔を拝みつつ、彼と他愛ないお喋りに興じていた。
しかしそこで突如響くアラート音と点滅する赤文字警告文である。ほのぼのとした空気はあっと言う間に吹き飛び、私はカミキリ様の台詞をひたすらスキップする作業に専念するしかなくなった。
幸いこれは何かのミッションというわけではなく、本当にただ会話を楽しむだけのささやかなイベントだった。
だから名残惜しさは感じつつまだ割り切れもしたんだけど、これがもし重要なイベント中だったらなかなかヤバいよね。その手のイベントはスキップできないものも多いし、準備時間の5分じゃ終わらないこともままあるだろう。
宣戦布告は支払う費用が大きいから、それがくだらない諍いを生むことへの抑制力になっているとは聞く。しかしその抑制力すら振り切ってしまうほどの頭のおか、えーっと奇天烈さんに目を付けられたときの打撃は、やっぱり大きいものがあると思う。
っていうかそうでなくとも、不味い、今現在の私だってぎりぎり襲撃開始に間に合わなさそうだぞ。
まず【冬草夏虫】――――キノコの生えた大きな翅虫である――――に乗せてもらってシロガネからビャクヤへ、ビャクヤから水路でレンドルシュカへ、レンドルシュカから駅馬車でレスティンへって、あわわわわわ……。
因みに考えている暇がなかったので一旦体だけ先に動かしているが、ディスカリ……?ガーデン……?なんてクラン、関わったことも聞いたこともない。全然知らない。
宣戦布告される理由に全く身に覚えがない。
ちょっと前の私だったら、こんな意味不明な宣戦布告、怖がって無視していたかもしれない。そうでなくとも、自分が現場に向かって応対することを少しは躊躇っただろう。
でも今迷うことなく駆けているのは、守るものがあるからだ。
――――――私の可愛いユキちゃんを、放ってはおけない……!
乱暴で唯我独尊な性格の子とはいえ、あの拠点には彼一匹しかいないのだ。
クラン名義で布告を出しているのだから、きっと複数のプレイヤーで襲ってきているのだろう。それでもユキちゃんは縄張りを守るため、果敢に侵入者に挑んでいくに違いない。
あの子独りで戦わせるわけにはいかない……!
するとレスティンに到着したところで、リンちゃんから通話申請が入った。私は走りながら応答する。
「ごめんリンちゃん今忙しくて!」
『もしもし? ……あ、もしかして宣戦布告?』
「そう、急いでるところなの! ……なんで知ってるの?」
『さすがに学んだようね。ちゃんとこっち来てるっていうんならいいわ。とりま結社のみんなで食い止めとくから』
「え!? 今うちにいるの!?」
『うん、偶然ね。援軍も呼んどいたから大丈夫だとは思うけど、一応あんたも来なさいよ』
「あーりーがーとーー!! 因みにチェスピは廃屋裏の砂の中ね! ユキちゃんのことよろしく!」
『おけ』
うわあーん、リンちゃんが頼もし過ぎるよおー! 今度五花堂のスイーツビュッフェに連れて行かねば!
妹への感謝を胸に、私は自宅への道をひた走るのであった。
大砂海の拠点へ転移すると、そこでは砂塵と怒号、剣戟と銃声の入り乱れる混沌とした修羅の世界が一面に広がって――――――いなかった。
「……あれ?」
先ほどまでの緊張感はどこへやら、思わず私は腑抜けた声を出してしまう。
いや、見知らぬ襲撃者は確かにそこにいて、我々に敵意を剥きだしにしてはいるのだ。但し、たったの三人である。
……『たったの』なんて言っちゃ悪いか。もし彼等と相対しているのが私だけだとしたら、三人だとしても十分怖かったと思う。
でも今こんな感想を抱いてしまうのは、ひとえに結社の四人のお陰、加えてこの、イマイチ締まらない空気ゆえである。
「やっちやってくださいよユキさあん。レベリングの糧にしやしょうぜえ」
「おらクマ、デザートは三匹残してやったぞ。ぺろっといっちまいなぺろっと」
「も゛っ」
襲撃者さん達の前に立ちはだかるは、威風堂々と睨みを利かせるユキちゃん……と、彼を後ろからけしかけるゾエ氏とヨシヲ、さらにその後ろで暇そうにしているリンちゃんとクドウ氏である。
襲撃者さん達よりユキちゃんウィズ結社メンバーのほうが、よっぽど悪い面構えをしているのは気のせいか。砂埃で見間違えているのだろうか。
私は目をごしごしこすって、果たして自分の味方はどっちだったかを仔細に確認した。
リンちゃんがそんな私に気付き、肩を竦める。
「ああブティ。なんか、あんたが来るまでもなかったわ」
「えっと、これは……」
「どうやら相手の実力を見誤ってたみたい。ブティに喧嘩売る気概があるってんだから相当腕に自信のある奴等かと思いきや、あんたのこと全然知らないただの無茶なビギナーズだったようよ。あのクラマスっぽいのはちょっと噛みごたえあるけど、それ以外はプリンだったわ」
「へ、へー」
要するに楽勝だったらしい。
口ぶりから察するに、当初はもっと人数がいたのだろう。でもランカー集団[秘密結社1989]の前では手も足も出ず、私がここに辿り着くまでの5分間で大体処理してしまった、と。
ありがたいことに違いはないんだけどゾエヨシヲ組のチンピラムーブを見ていると、そこはかとなく襲撃者さんに申し訳ない気持ちになっちゃうなあ。あとうちのユキちゃんに変なこと教えないでほしい。
まあでももし結社のみんながここにいなかったら、舐め腐った態度で煽られていたのは私だったかもしれない。しかも私から喧嘩を売ったわけではないのに、である。
そう考えると同情の余地はないし、寧ろ同情するのはゲーム的に失礼なことでさえあるかもしれない。
よって私はむんと胸を張った。
勧善懲悪。やはり最後に勝つのは正義なのである。
ゾエ君もヨシヲもユキちゃんも到底正義ヅラをしているとは思えないが、あれだ、勝てば官軍なんて言葉もあるしね。この思考回路が既に悪役っぽいかんじがするのも気のせいである。
と、なるべくして正義ヅラを装っていると、襲撃者さんの一人――――先ほどリンちゃんが顎で示した『クラマスっぽいの』――――と目が合ってしまった。私は所在なさげに砂を蹴るふりをして、そっとリンちゃんの陰に隠れた。
その時、睨み合いが続いていた戦況に変化が訪れた。動いたのはユキちゃんだった。
彼は毛深い手を口元に持っていくと、「ぴゅうーーーーっ」と、凡そその牙の生えたビッグマウスからは到底出しえないような繊細な笛の音色を発した。
これってもしかして……。
私の予感は的中した。しかし、直後の展開は予想を超えていた。
どどどどど、と拠点の周囲四方八方から、砂煙と共に無数の足音が近付いてくる。
「ちっ。おい、一旦退却だ! 立て直すぞ!」
クラマスっぽい人がそう促すも、時既に遅かったようだ。彼等が逃げる間もなく、ユキちゃんがスキル【口笛】で呼んだ野生幻獣達の援軍が私達の周りをぐるりと囲んだ。
凄い! 口笛ってこんな大量の幻獣をいっぺんに呼べるの!?
しかも【ネジマキゾウ】に【ピンギー】、【スコッピノ】に【シカミダチョウ】と種族も多岐に……って、あれ、半数以上が本来敵対的な種族なんだけど。口笛は友好幻獣を呼び寄せるスキルだったはずでは?
あ、もしかして【盃事】とのコンボが発生してる!? つまりこの子達ってほとんどが、ユキちゃんに分からせられたのち何とか逃げ延びられた勢なんじゃ……!
だから敵対種含め、こんなに沢山の幻獣が集ったのか。盃を酌み交わしてなお乱暴なユキちゃんのもとから命からがら逃げだしたにも拘わらず、再び招集をかけられるこの子達の心情やいかに。
と、色々ネガティブな想像をしてしまう私だったが、集まった当人達に怯えや渋々といった雰囲気はない。それどころか皆一様に、雄々しい闘争心を剥きだしにしている。
「も゛おおおおっ!」
ユキちゃんが鼓舞するように吠えれば、ぱおーんくけえーっ、と皆も応じて一斉に咆哮する始末。
これはもしや……性格タイプ【リーダー気質】のコンボまで発生してるのでは?
リーダー気質の眷属獣は、他の幻獣に感化を与えやすく、自分と同じ行動をするよう仲間の幻獣を促すとのことだ。つまりユキちゃんの、縄張りを荒らされた怒り、敵愾心、そして本来の性質である凶暴さが伝染して……。
などと私が妄想上の眼鏡を中指で押し上げ分析している間にも、幻獣達の包囲網はどんどんと狭くなっていく。
「ぐも゛おおっ!」
「ぱるるるるっ!」
「ぐぎゃーす!」
かくして襲撃者さん達の姿は、群がる幻獣と舞い上がる砂塵に隠れて見えなくなった。そして砂塵が晴れ幻獣達が散開したその後も、そこに彼等の影形はなかったと言う――――――。








