370日目 大地の囁き(2)
「凄い! これ、ユキちゃんが見つけたの!? この拠点にこんなものがあっただなんて知らなかったよ!」
先ほどのお愛想褒めとは打って変わり、私はユキちゃんを心から称賛する。そうか、ユキちゃんはこの発見を私に知らせたかったのか。
君はほんとに天才さんだな~、もー思いっきりわしゃわしゃしちゃう。わっしゃわっしゃ。
それにしてもこの秘境拠点、こんな隠し要素があったりもするんだね。個人で所有できるものだから公平にどこも同じかんじなのかと思いきや、そういうものでもないらしい。
でも考えてみれば【ネビュラツリー】区画を占有できる時点で、公平なコンセプトとは言えないか。私が知らないだけで、実は場所ごとにもっと色んな特色があったりもするのかもしれない。
もっとも今回ユキちゃんがこれを見つけられたのって――――――。
【大地の囁き】
任意発動スキル 消費10 地中深くに埋まるアイテムの気配を感知する
――――――うん。多分、このスキルのお陰だよねえ。
それが証拠に、昨日まではユキちゃんがこんな動きを見せることはなかった。そして昨日まではユキちゃんはまだ、【大地の囁き】を習得していなかった。
けど今彼のステータス情報を開くと、スキルの欄には確かにこの技名が載っており、そして早速のこの仕事っぷりである。
何が言いたいかって?
つまりユキちゃんだけでなく、スキルを覚えさせた私も偉いってことなのだ。えっへん。
……ま、偶然の産物だけどね。
階段はかなり先まで続いているようで、突き当たりはここからでは見えない。きっと地下室があるのだろう。
今まで瓦礫で守られていたからか、階段や壁は頑丈な作りのまましっかりと残っている。大きなユキちゃんでも悠々通れそうな道だ。
地下室も広ければいいな。そしたらユキちゃんが涼める場所が増える。
インベントリから【ランタン】を取り出して、私は階段を下りて行った。ユキちゃんものすのすと付いて来る。
それにしても、実際に歩いてみて改めて思う。本当に長い階段だ。
普通に、家の床下にある地下倉庫とかだったら、こんなに深い場所まで掘る必要はない。もしかしてただの地下室じゃないのかな。
そういえば大地の囁きは、本来アイテムを見つけることを目的としたスキルだったよね。ということはこの先に、何らかのアイテムが存在しているということなのだろうか。
凄いお宝だったりして……。
期待を膨らませながら進んでいくと、なんと前方にうっすら光が見えてきた。そして驚いたことに、よく見るとこの辺りの通路には苔が生えている。
つまり、水分があるということ……? この荒漠とした大砂海の、地中奥深くに……?
光は進むほどに強く、そして青みを帯びてくる。と同時に苔の量も増えてきて、ついにはもっさり草花が生えている場所なんかも出てきた。
階段が途切れた先の地面では石畳が剥がれ、所々土が露出している。そこを踏むと、ふんわりと湿り気を感じた。
光はこの奥から漏れてきているみたい。
揺らぐ青色と、雫の落ちる音。確かな水の気配。
そうして私は、広がる光景に息を呑んだ。
そこには大きな泉があった。朽ちかけてはいるものの石煉瓦で囲われた、人の手で整備された水源だ。
その泉の真ん中に、青く輝く実を付ける一本の木が植わっていた。
瞬間、私の脳内を沢山の記憶の情景が忙しなく駆け巡る。
押し寄せる大量の“入場申請”通知。
警告音と共に赤文字で表示される“宣戦布告”。
手作りの白い小屋と破壊された窓ガラス。
怒れる妹と嗤うゾエ氏。
忽然と消えた衣装。
めんどくさかったネギ氏。
――――――ね、【ネビュラツリー】だああああーーーー……!!
めくるめくフラッシュバックの波に精神を破壊された私は、しばらくその場を動くことができなかった。
ネビュラツリー。
きまくら。ガチ勢がこぞって求める貴重なアイテム、【ネビュラキャンディ】を生みだす樹。レジェンドランクを維持してドヤ顔をキメたい“トッププレイヤー”達が、光に集う虫のごとく日夜引き寄せられる樹……。
こんな砂漠の真ん中の何もない土地に、なんちゅーもんを隠してんだ運営ぃーーーー!
……いやでもね、私も不思議には思ってたんだよ。
三つある秘境エリアは、同時期のアプデで追加された要素だと言う。なのに【絶海諸島】にだけネビュラツリーなんてホットスポットがあって他にないのは、どうもバランスが悪いなーって感じてたんだ。
この流れでいくと空中庭園のほうにも、見つかってないだけでどこかには存在していそうだね、ネビュラツリー。
それはさておき、どうしたものかと私は考える。
幻想的でとても綺麗な植物だけれど、様々な厄災の元凶となったこの樹にあまり良いイメージはないんだよね。私にとっては最早、ただただ争いを呼び寄せるものってかんじだ。
ネビュラキャンディも、私個人としては今のところ必要としていないし。
でも……、と私は、泉のある洞穴を見渡す。
ここは快適さを損なわないよう作られたゲームワールドなので、酷暑や酷寒をプレイヤーが肌で感じることはない。でもこの場所がほとんどの生物にとって地上の砂漠よりも快適な場所であることは、見た目にも明らかだ。
日陰だし、水が豊かだし、十分な広さがあって、植物も生育している。ユキちゃんも早速、泉の水をぴたぴた飲んでいる。
そう、ユキちゃんの住まいとしては、この“地下室”はまさに打ってつけなのだ。こんな好条件の土地、他にはないだろう。
でもネビュラツリーという曰く付き物件、かあ。
他大勢のプレイヤーが欲するものが私にとっては無用で、私の欲するものが他大勢のプレイヤーにとって無用とは、人生上手くいかないものである。
けど一つ幸いなことがあるとすれば――――――ここは地下なのだ。私が占有した土地の、地中奥深く隠された場所。
つまり、私が誰かに言わない限り、ここにネビュラツリーがあるなんてことには誰も気付かないということ……だよね? そうだよね?
つい警戒してしまうのは、偶然の産物でこんなものを見つけてしまった以上、偶然の産物で他の誰かがここに辿り着く可能性も否定できないからである。どこかに別ルートが存在したっておかしくはない。
きまくら。とはそういうゲームである。
だからこそ、このまま黙ってここを私専用の場所にしてしまうのには抵抗がある。
ネビュラツリーは災いのもと。独り占めしたって良いことないよって、過去の私が耳元で囁いている。
悩んだ末、私は何も言わずにこの区画――――【遥かなる大砂海B-192-2】番地の入場制限を、『フレンドのみに開放する』に設定することにした。
どうせ誰にも需要ないでしょってことで今までは自分以外の立ち入りを禁止していたのだけれど、それを少し緩めて一旦様子を見ようという寸法だ。
フレ達は来るかもしれないし、来ないかもしれない。
地下室を見つけるかもしれないし、見つけないかもしれない。
ネビュラツリーに何らかの反応を示すかもしれないし、示さないかもしれない。
すべては未知だ。要はフレ達の反応や行動を試験紙代わりにして、今後の方針を決めていこうという企みである。
加えて、責任を分散させる目的もある。
仮に私がネビュラツリーの土地を占有していたことがおっかない人にばれて、ブーブー非難されたとするでしょ。でもそうなったときには、「いえいえ私フレンドには開放してたし、独り占めしようとしたわけじゃありませんから」って言い訳ができる。
実際言い訳を発信する機会があるとも思えないしやろうとも思わないけど、まあこれは精神衛生上の問題なのである。
さてはて、どうなることやらね~。








