370日目 大地の囁き(1)
ログイン370日目
【ホワイトビックマドール】を献上してからというもの、ユキちゃんの態度は一変した。
秘境拠点に転移するとユキちゃんのほうから駆け付けてくれるようになったし、喉を鳴らしてすりすり甘えてくるようになった。
完全になくなったわけではないものの、気まぐれに攻撃されることも大分減ってきた。
なんと夢のお腹オフトゥンダイブも達成できちゃったもんね。もっともユキちゃんは頻繁に寝返りを打つので、割とすぐ地面に転がされるんだけど。
はーっ、ユキちゃんは可愛いなあーーっ。きまくら。の幻獣の中じゃあ、うちの子が一番可愛いよお~~。
と、すっかり親バカ精神に染まってしまった今日この頃である。
因みに予定と違ってあっさり奪われてしまったホワイトビックマドールであるが、意外にもまだ消滅せずに残っている。余程気に入ったものだからなのかユキちゃんはビックマにはあまり乱暴せず、彼なりに大事に扱ってるみたいだ。
それでも[消耗]の減りは早いんだけど、一日一回の【修繕】を怠らなければ完全破壊は免れられるってかんじ。
本日もユキちゃんはビックマ君を口に咥え、どすどすと四つ足で駆けてきた。砂の舞い具合がすごい。
【グラキエスベア】は二足歩行と四足歩行、両方使える種族みたいだ。でも急いでるときや真剣なときは四足歩行且つより獣的な動きになる。
つまり今はそれだけ私に早く会いたかったってことである。
ユキちゃーーん、おいでーー! 私も会いたかったよおーー!
私は両手を広げ、相思相愛の構えで迎える。ユキちゃんは真っ直ぐ飛び込んできた。
463のダメージが入った。
「よーしよしよし、よーしよしよし。良い子だねー、ユキちゃんはお利口さんの天才さんだねー。なになに? ビックマ君で遊んでほしいの? おりゃあっ、ビックマぱーんち。あっ、ユキちゃんあんまり本気の反撃はやめてあげてね。すぐ壊れちゃうからね。よしよしそんな顔しないの。大丈夫、おねーちゃんが修繕でキレイキレイしてあげますよ~」
そんなかんじで私はユキちゃんとの戯れを一頻り楽しむ。ふう、これでもふもふパワー充填完了。
ご飯はあげた。体は昨日洗ったから大丈夫。
今日はそろそろお暇しようかな。そう思って拠点を去ろうとしたらば、くんっと背後から服を引っ張られた。
「も゛っ」
振り向くと、ユキちゃんがエッグパンツの端を咥えて、くいっくいっと何かを訴えている。
え~、なになに、寂しいってか~?
やだー、そんな仕草されちゃあ一生ここから出られないじゃーん。全くユキちゃんたら魔性のオトコ!
と、再びもふろうと伸ばした私の両手を、ユキちゃんはすいっと躱した。そして背を向け、のすのすと拠点の奥――――廃墟のほうへ帰って行く。
え? 何なのその思わせぶりな態度は。
デレツンなの? そんな高等な押し引きのテクニックまで身に着けちゃったの?
かと思えば、ユキちゃんは少し進んだところでこちらを振り返る。
「も゛っ」
もしかして、付いて来てほしいのかな。
ユキちゃんの後を追うと、彼は再び歩きだした。正解のようだ。
やがてユキちゃんは扉がない吹きさらしの入口をくぐって、廃墟の奥へ進んだ。部屋の中央辺りで、ユキちゃんは床や瓦礫のにおいを嗅ぎながらうろつく。
そしてある一点で動きを止めたかと思えば――――――。
どがっ。
――――――と、唐突に床を破壊し始めた。ユキちゃんの足の動きに合わせて、地面は当然のごとく削れていく。
ユキちゃんが……ユキちゃんがデフォルトのオブジェクトまで壊すようになってしまったああああ……!
私は心中穏やかではなかった。
これまでは家具や植物といった“アイテム”として扱われる存在にしか手を出さなかったユキちゃんが、ついにプレイヤーですら干渉し得ない領域に達してしまった。ああユキちゃん、あなたの破壊衝動はどこまで突き進んでゆくの。
このままじゃこの拠点のたった一つの建造物すら倒壊して、日陰がどこにもなくなっちゃうよ。そうなったとき困るのはユキちゃん、あなたなんだからね。
そんな私の心配なんてどこ吹く風で、ユキちゃんは熱心に足元を蹴り続ける。そしてふと動きを止めると、私を見て立ち上がった。
「も゛っ」
手を腰に当てて反り返るそのポーズは、まるで「えへん」と胸を張っているようだ。力を誇示しているのだろうか。
そういえば友達の飼い猫、夜中にGを捕まえて枕元に持ってくるそうな。「さも良い仕事したふうな顔してるんだけど、ありがた迷惑だよ~」なんて言ってたっけ。今まさに私もそんな気持ちだ。
でも友曰く、それは猫なりの飼い主への好意の表れなんだって。だから叱るのは良くなくて、寧ろ褒めてあげるべきらしい。
リアル猫への対応がきまくら。熊にも当てはまるのかどうかは謎だが、折角[絆]が上がったところだし、ユキちゃんの気を悪くしたくはない。私は複雑な気持ちながらも近付いていって、「す、すごいね~……」と彼の背中を撫でた。
しかし、そこで気付く。
「……あれ?」
なんか、地面の抉れ具合が想像を超えている。
よく見るとユキちゃんが壊した箇所は空洞、そして階段になっていて、地下へと続いていた――――――。








