365日目 ユキちゃん(4)
まあ色々と予想外なことはあったものの、結果的には、ユキちゃんと過ごす日々には大変満足している。
ユキちゃんは無愛想で暴れん坊だけれども、何だかんだこうしてもふもふさせてくれるからね。度量の大きい子なのだ。
お陰で回復アイテムの使用量は倍増したが、そういう損失、手間を含めたとしても、この癒しタイムでお釣りが来る。すーはーすーはー。
むふふ、猫吸いならぬ熊吸い……。
現実だったらちょっとアレルギーとか気になっちゃうけど、バーチャルだったら思う存分いいよね……? いいよね!?
……はっ、耐久ゲージがいつの間にか赤帯に。まずいまずい、ジュース飲まなきゃ。
あ、それにね、ユキちゃんを飼い慣らすぞという目標において、この三日間何の進展もなかったわけじゃないんだよ。だってほら、こちらのステータス情報を見てほしい。
【主従関係】
忠実:1/100
行儀:1/100
絆 :7/100
ね!? 最初はどの数値も『1/100』だったのが、[絆]値が『7』まで伸びてるの。
……[忠実]と[行儀]は梃子でも動かないみたいだけどね。
この【主従関係】に括られる三つの数値は、眷属獣の躾け度や懐き度を示す指標のようだ。
[忠実]は高ければ高いほど主人の指示に従うようになる。
[行儀]が上がれば素行が良くなる――――例えば物を壊したりしなくなるし、他の仲間とも上手くやってゆける。
そして[絆]を上げれば、主人に愛情を示すようになる。
調べたところによると、【調教】持ちなだけのインスタント獣使いは[忠実]と[行儀]を高めるのが難しいらしい。性格タイプが凶暴だと尚更だそうだ。
それでも[絆]には変化が見られている。
熟練の獣使いなら主従三つのステータスをカンストさせるのに一週間もかからないと言うから、それに比べたら蟻んこのごとき進歩である。
けど1が1のままなのと1が2になるのとじゃあ、気の持ちようが全然違う。進歩があるってことは、可能性、未来があるってことだ。
時間がかかってもいい、これからもゆっくりユキちゃんとの“絆”を育んでいこうじゃないか。
眷属獣の[絆]を上げるのに大事なのは、やはり飼い主からの愛情が必要だそうな。だからこうやってもふもふ撫でまわしたり抱き付いたり褒めてあげたりすることにも、ちゃーんと意味があるんだよ。
こういう行動はスキルがなくてもできるからね。そこが、インスタント獣使いでも[絆]は比較的育てやすいってことの理由みたい。
それとアイテムをプレゼントすることと一緒に遊んであげることも、[絆]を上げるのに大きく役立つんだ。ジョブスキルで言うとこの行動は【ギフト】と【プレイ】に相当するものらしい。
効果は主に“遊具アイテム”を使用することにより得られる。ペット用のオモチャを使うってこと。
遊具アイテムは公式産のものからプレイヤー産のもの、ボールや人形などの小さなものから滑り台やプールといった大きなものまで多岐にわたる。
……まあでもね、ギフトで使おうがプレイで使おうが、基本ユキちゃんは一回こっきりの一撃で壊しちゃうんだよね。滑り台を設置したときはさすがに二撃だったけど。
こんなあっさり破壊されちゃうんじゃあ、【修復】に出す余裕もない。とほほ。
それでも経過観察するに、少しずつだが[絆]値に影響を与えてはいるようだ。
今までギフトにしてきたもので一番効果が高かったのは、なんと私が作った【コグマドール】だったりする。これね、以前ヴィクトリアちゃん――――クー君のドール――――用に作った【コグマベルト】をただの縫いぐるみに作り直したアイテムなんだ。
後で調べたところ[絆]を上げるには飼い主からの愛情が必要ってことで、飼い主自身が作ったものだと効果にバフがかかりやすいらしい。手作りなら何でもかんでも気に入ってくれるってわけでもないんだけどね。
そんなわけで、今日もコグマドールを持ってきたよ。今回はユキちゃんの毛色に合わせてホワイトクマちゃんに仕上げてみました。
「はい、ユキちゃん。プレゼントだよ」
インベントリから取り出したぬいぐるみを、私はユキちゃんに差し出す。すると寝転がってだらけていたユキちゃんはのっそりと大きな顔を持ち上げ、ふんふんとコグマドールの匂いを嗅いだ。
そしておもむろにそれを私の手から奪い取ると――――――。
「も゛っ」
――――――べしーっ、と地面に叩きつけた。ホワイトクマちゃんはノイズとなって消滅する。
……うん、本日も安定の一撃必殺です。
何をプレゼントしてもいつもこんなかんじなんで、もう慣れたものだ。ちょっと切ないけどね。
あっ、でもでも、[絆]が7から8に上がってるよ!
いや~、つれない態度取っておいて、ユキちゃんたらやっぱりこのぬいぐるみがお気に入りなんだな~。私のスキンシップや可愛がりも、興味ないふりして実は喜んでるってことなんだよね。
[絆]の数値はまだ十分の一にも満たないわけで、全然関係が深まってるような素振りは表に出てこない。それでもこの数字を見るだけで、なんだか嬉しい気持ちになっちゃうな。
とはいえ折角プレゼントしたものが一瞬で無くなっちゃうっていうのは、やっぱり寂しいよね。どうせ何度でも作り直せるし買い直せるしで私は別にいいんだけど、ユキちゃんが心なしか悲しい顔をしている気がする。
「も゛……」
ホワイトクマドールが霧散し最早何もなくなった空間を見つめて、ぼんやりしているユキちゃん。
いやまあ、壊したのは紛れもなくあなたなんですけどね。けどもしかしたらユキちゃんにはそんなつもりはなくて、ただ力加減を間違えてしまっただけなのかもしれない。
んー、壊れにくいオモチャとかあるのかなあ。あるとすれば、関係するのは多分[消耗]値……?
「[消耗]を上げるには……んー……」
「【プリザーブカルタ】」
えっ。
突然背後から声が降ってきたもので、私は肩を跳ねさせた。振り返ると、なんとお隣さんこと双葉を生やしたお兄さんが通りすがったところであった。
今の、私の悩みに対する回答をくれたんだろうか。っていうか私、そんなおっきな声で独り言出ちゃってた?
えっ、えっ、あの、あの。とわたわたしてる間に、双葉兄さんはさっさと自拠点の奥へ消えて行ってしまう。
一瞥された以外目も合わなかったもので、あの呟きが私に向けられたものかどうかも怪しい。でも一応『プリザーブカルタ』で調べたところ、このアイテムは生産の際に使うと[消耗]を上げられるアイテムであることが判明した。
やっぱり私に教えてくれたんだ。良い人だ。
プリザーブカルタは一つにつき[消耗]を+50してくれるアイテムらしい。レベルの高い【工芸家】さんにしか作れないようで、ワールドマーケットで検索をかけたら一枚大体6万キマ前後の値段が付いていた。
今までユキちゃんにプレゼントしてきた中で一番[消耗]が高かったのは【ミニプール】だ。確か1000強だった気がする。
私お手製のコグマドールが大体[消耗]700前後であることを考えると、ユキちゃんの一撃には800~1000の[消耗]を削るパワーがあることになる。
ちょっとやそっとじゃ壊れないオモチャを作るには……え、一体カルタ何十枚必要になるわけ?
そもそも生産時に素材として組み込めるアイテムは基本99個が限界だったよね。ショトカスキルを利用したシステム生産においてはそれ以上枠は増やせなかった。
すると他の素材を少なめに見積もっても余る枠は90。90×50+700で期待できる[消耗]の最大値はおおよそ5,200。
ユキちゃんの一撃5回分といったところか。『ちょっとやそっとじゃ壊れないオモチャ』とは……。
……いやでも! それなら“ギフト”にするんじゃなく“プレイ”で使えばいいわけだよね!
つまり管理は私がして、遊ぶときだけユキちゃんに貸してあげる仕様にすればいいわけだ。
よーし、こうなったらいっそのこと、ユキちゃんのための特別なコグマドールを作ってやろうじゃないか。ありったけのカルタを買い込んで注ぎ込んで頑丈にして、デザインもユキちゃん用に一新しよう。
上手くいけば、ぬいぐるみと戯れるキュートなユキちゃんフォトが撮れるかも。殴ったり叩きつけたりなバイオレンスなお戯れじゃなく、もっと平和で優しい画ね。
決意した私は、まずはワールドマーケットに出品されたカルタを片っ端からぽちるのだった。








