365日目 ユキちゃん(3)
でもね、だからといって諦める気にはなれない。
私はもう一度扉をうっすら開けて、外を覗いてみる。
ユキちゃんは破壊できるものは破壊し尽くしてしまったのか、暇そうにゴロンと横になっていた。その太々しい姿たるや、休日にテレビを観ながらだらけるお父さんのごとし。
そして呼吸に合わせて上下する丸く白いふあふあなフォルムは、やはり私の心を射止めてやまない。
ああ触りたい。抱き枕にしたい。
あのお腹の上に寝そべって、「あなたユキちゃんっていうのね!」って言ってみたい。
頑丈に組まれた石窯すらあっさり壊してしまう様にはびびったが、冷静になれば、やはりそれよりももふりたい欲が勝った。
だってゲームの世界だもんね。本当に危険な目に遭うわけじゃなし、怖がる必要はないんだ。
それにここはセーフティゾーンだから、[耐久]にダメージを受けることもないだろう。
最悪怒り狂って暴れられたとしても、その時はその時。物は試しだ、行ってみよう。
というわけで私は庭に進み出て、じりじりゆっくりユキちゃんに近付いていった。へっぴり腰且つ顔はにやけているという、相当な不審者ムーブ。
勿論ユキちゃんはすぐに私に気付き、じろ、と黒い瞳を向けてきた。
けれど意外にも、彼の態度は落ち着いていた。寝転がった姿勢のまま、どっしりと構えている。
もっともだからといって友好的な様子でもない。多分私なんて警戒するまでもない、取るに足らない存在ってことなんだろうな。
それでもいい。今はとにかく、あの白いほあほあに触ることさえできれば……!
そんな思い一心で私はユキちゃんの傍らにしゃがみ込み、恐る恐る手を伸ばした。
――――――さ、触れた……!
その時の感覚といったら、筆舌に尽くしがたいものがある。
滑らかで、ふわふわで、どことなくしっとりとした肌触り。最初は冷感系の衣類に触れたときのようなひやっと感、そして遅れてやって来る温もり。
はわあーーーーっ、凄まじい多幸感……! なんかもうこれだけで、高級窯壊されたことも庭が荒れてることも今後の育成への不安も、一旦どうでもよくなっちゃうね!
私は薔薇色の気分を味わいながら、ユキちゃんの白い体をそーっと撫で続けた。よーしよしよし。
とそこで、ユキちゃんが身じろぎした。大きな体をもぞ、と動かし、体勢を変える。
俄かに私は緊張に包まれる。
あ、やっぱダメですかね。次の瞬間私、噛み付かれちゃいますかね。
……と思いきや、ユキちゃんは鉤爪付きの大きな手を私の腕に絡ませてきた。そして顔を近付けてふんふん匂いを嗅いだり、ぽふぽふ摩ってきたりする。
ゆ、ユキちゃんが……! ユキちゃんがじゃれている……!
自分のほうから「構ってー」って、アプローチをかけてきている……!
可愛い~~~~っ!
こうしていとも容易く絆されてしまった私は、凶暴幻獣ユキちゃんと今後も苦楽を共にすることを心に誓うのであった。
因みに実はユキちゃんのこのじゃれつきアクション、セーフティゾーン以外の場所においては攻撃を意味するものだったらしい。つまり遊んでいたというよりかは、私の腕をおらあっと締め上げていたり、ドゥクシドゥクシと叩いていたことになる。
もっともこの時の私は、そんなことは知る由もないのであった。
――――――どれだけ大変だろうと、飼い慣らすのに時間がかかろうと、私、ユキちゃんと生きてゆきます!
決意した私はまず、今一度秘境エリアに別拠点を確保し、そこにユキちゃんを移すことにした。さすがに作業部屋のある本拠点で飼うのはリスクが大きいと判断したためである。
選んだフィールドは【遥かなる大砂海】で、入口のスキップドアから10分ほど歩いた先の区画を占有した。本当は、別荘を作るなら景色が地味な大砂海は一番ないなって思ってたんだけど、これには色々と訳がありまして。
まず、他の二つの秘境エリア【彼方の空中庭園】と【絶海諸島】って、基本的に大砂海よりプレイヤー人気が高いのね。それで入口付近の区画は大体が埋まっちゃってるの。
空いてるところってなると、下手すれば20分30分、かなり移動しなければならない。
すると問題として浮上してくるのが、ユキちゃんのこの気性である。
街中とか街道が通じている場所であれば他にやりようもあるんだけど、そうでない、輸送サービスも何もない幻獣巣での大型幻獣の運搬ってなると、もう連れて歩く他ないんだ。つまり冒険者パーティの一員として組み込むことになる。
するとね、ユキちゃんの性格【凶暴】の効果が、それはそれは遺憾なく発揮されてしまうんですよ。
穏やかな友好幻獣にも積極的に喧嘩売りに行って反感買うわ、自生してる素材アイテムをばんばん踏み荒らしてくわ、何より味方――――私やヘルプで入ってくれてるNPCの子、そして周囲のプレイヤー達にも攻撃してしまうの。
特に無関係のプレイヤーに攻撃しちゃうのはほんとに性質悪くって、胃痛案件なんだよね。何度謝ったことやら。
味方に入るダメージも結構馬鹿にならない。
ユキちゃんはまだレベルが低いので、攻撃が二、三回当たったところで大打撃ってことはない。
とはいえ塵も積もれば山となる。普段の感覚でプレーしてると、いつの間にかメンバー全員の耐久がジリ貧になっていたりするから困りものだ。
遠征フィールドを歩くに当たり、ユキちゃんの存在は地味にお荷物になっていた。
そんな理由により、絶海諸島と空中庭園に拠点を持つことは諦めざるを得なかった。
入口から近い区画が埋まっているとなると、遠くへ移動しなければならない。でも秘境エリアは奥へ進むにつれて敵対幻獣が強くなっていく傾向がある。
ユキちゃんという危険物を抱えながら旅をするというのは、ライフ的にきついものがあった。
それに比べて大砂海のほうは、まだ入口付近に空き地があるからさ。ユキちゃんを連れてても、何とか目的地に到達できるってわけ。
ひと気が少ない大砂海なら、道中で他プレイヤーに迷惑かけちゃう可能性も減るしね。
そうして私は、【遥かなる大砂海B-192-2】番地にユキちゃん専用の住処を作るに至ったのだった。
って言っても、ユキちゃんは元から存在しているオブジェクト以外何でもかんでも壊してしまうから、建築とかは全然してないんだけどね。
見るからに暑さに弱そうな姿をしているもので、涼しい場所を用意してあげたい気持ちはある。でも本人が破壊してしまうのでは仕様がない。
よってこれだけだだっ広いエリアにも拘わらず、ユキちゃんの活動範囲は大抵廃墟が作る日影の中のみだ。野性の幻獣が敷地内に侵入してきたときのみ、出て行って倒したり追い払ったりしてるみたい。
因みにご近所さんは、すぐお隣に一軒、他は一区画か二区画跨いだ場所にちらほらといった様子である。閑静で人の目をあまり気にする必要がないという点でのみ、大変快適ではある。
お隣さんとは一回だけ会って、軽く挨拶したことがある。頭に双葉の生えた青年キャラクターだった。
良くも悪くも他人に関心のなさそうな静かな人だったので、お隣さんとしては割とベストな引きをしたかもしれない。
閑話休題。こうして私はユキちゃんと共にきまくら。ライフを送る準備を整え、今に至るわけである。








