365日目 ユキちゃん(2)
ログイン365日目
よっしゃあ、仕事終わり。ご飯食べてお風呂入って諸々の雑用も終えた。
楽しい楽しいきまくら。タイムの始まりだ~。
まずはいつも通りショップの管理から。それが終わったら、最近ルーチンワークに組み込まれたユキちゃんのお世話&触れ合いフェーズに移行する。
私は【遥かなる大砂海】に確保している別拠点に飛んだ。そして石造りの廃墟が一つあるだけという、荒漠とした区画を見渡す。
ユキちゃんの姿は廃墟の影にあった。私はその白くて丸いフォルム目がけて、駆けていく。
「ユキちゃーん。ただいまー」
そして彼のもっふりとした大きな背中に抱き付いた。[耐久]に212のダメージ。
「ユキちゃん元気にしてた? お留守番ありがとねー、お利口さんだねー。寂しかった? そうだよねそうだよね、よーしよしよし」
動物とのコミュニケーションは、やっぱりスキンシップが大事。私は親愛の情を込めて話しかけながら、ユキちゃんの大きな体をもふもふわしゃわしゃと撫でまわした。
ユキちゃんは「ぐるる……」と喉を鳴らしてそれを受け入れている。203のダメージ。
じろ、と不機嫌そうな目で睨まれるのにももう慣れたものだ。そんなの構わず、隙を見てお腹に顔を押し付けてすりすりしちゃうもんね。209のダメージ。
えへへ、ユキちゃんて体毛はひんやりなんだけど、中身はあったかいんだ。だから触ってると最初はひやっと、徐々にぽかぽかーってかんじで、えも言われぬ不思議な心地なの。
そこにこのわがままぼでーのむにっと感が相まって、もうヒーリング効果が半端ない。はあ~、今日のストレスが癒えていくよ~。213のダメージ。
むにもふむにもふ。クリティカルヒット、457のダメージ!
……えー、はい。というわけで、ユキちゃんとの触れ合いに、今日も今日とて耐久を削るワタクシなのでした。
いやあ、参った。まさかユキちゃんを飼い慣らすことが、こんなに難しいとは……。
そのことに気付き始めたのは三日前、“いりしゅあげいと”のライブイベントから帰宅したときのことである。
荒れ果てた中庭の景色を目にして、私は呆然とした。
もっとも庭造りに凄く手をかけていたってわけじゃないから、そこは不幸中の幸い。草ぼーぼー、蔦伸び伸びな元の状態が廃墟然としてて好きだったもので、ここはあんまり触ってなかったんだ。
しかしそんなナチュラルな様相だったにも拘わらず、ビフォーアフターの変わり具合は一目瞭然であった。
青々と茂っていた草花はそこかしこ力任せに引き抜かれたようで、土が露呈している。石煉瓦の壁を覆っていた蔦もぶちぶちと千切られ、あちこちに散らばっている。
僅かに洒落っ気を見せていた窓辺の鉢植えは三つとも全部地面に転がり、月明かりに反応して咲く【ルーナピエーナリーリエ】の花が無残に踏みにじられていた。
そして丁度まさにこの時――――――。
「も゛っ!」
ゴッ、ガシャーンッ、ガラガラガラ……。
――――――そんな音を立てて、最近バージョンアップしたばかりの生産道具【高級窯】が、ユキちゃんの足蹴りによって破壊されたのだった。
固まる私と、何気なくこちらを振り向いたユキちゃんとの間で、視線が交錯する。
ヤられる!?
と思いきや、ユキちゃんはあっさり顔を背け、自分で壊した窯の匂いをふんふんと嗅いでいる。私のことなど興味がないようだ。
扉を開けたその格好で立ち竦んでいた私は、一旦数歩下がって家の中に戻った。そしてぱたんと扉を閉じた。
……どっ、どういうこと!? 慣れてない幻獣ってあんなに暴れん坊なの!?
あれ、本当に眷属獣なんだよね? テイムした状態の幻獣なんだよね?
それでも最初はあんなかんじなの?
ペットお迎え計画を立てるに当たって私も色々調べていたから、眷属獣が時折家具などを壊してしまうという話は知っている。
でも目にした情報は『遊んでいたブーツキティズが花瓶を倒して割ってしまった』とか『アルパカキングが庭に植えていた薬草を食べてしまった』だとか、そんな微笑ましいアクシデントとして扱われるものばかりだった。
「庭中破壊し尽くされた」だとか「目につくもの片っ端から壊して回ってる」だとか、そこまで凶暴な話は聞いたことがない。
……『凶暴』?
ふむ。凶暴、かあ……。
扉に背を預けて考え込む私は、苦笑いを浮かべた。実は思い当たるところがないわけではないのだ。
私はマルチタブレットの画面を呼び出し、ユキちゃんのステータスを映す。そこには、燦然と輝く四文字が。
性格:凶暴
……へへ。やっぱ、原因はこれかなあ。
『性格』というのは、文字通りその幻獣の性格――――感情や行動の傾向を表すステータスである。全部で20種類あって、例えば【神経質】とか【ロマンチスト】とか色々あるらしい。
性格タイプによって伸びやすい能力や懐きやすさ、遠征における行動パターンなど、様々な違いが出てくるんだって。
とはいえ私が参考にしたサイトによると、初心者は性格タイプまで気にする必要はない、とのことだった。
それよりも種族の違いや他の能力値の違いのほうが圧倒的に重要で、そういった項目に比べれば性格による個体差なんてものは些細なものであると、そう学んでいた。
私なんかはそもそも、能力の良し悪しすら最早どうでもいい、とにかく見た目でびびっとくる子を選ぶんだーいって考えていたくらいである。
ユキちゃんのプロフィールに『性格:凶暴』という情報は勿論載っていて気付いてもいたけれど、どうせちょっと無愛想だとか攻撃重視キャラだとかそんなところでしょーって、歯牙にもかけていなかった。
でも、それが間違いだったということなんだろうか。
真実を確かめるため、私は再び検索サイトを開くことに。「きまくら。」、「眷属獣」、「性格」――――――以前も打ち込んだそれらのワードに、今回は「凶暴」の文字を添えてエンターキーを押す。
すると、こんな情報が出てきた。
【性格:凶暴】
……全性格の中で最も育成が難しい、且つ希少な性格タイプ。
身体能力、特に[力]がずば抜けて伸びやすく、反面主従関係は非常に伸びにくい。
常に破壊衝動に駆られており、ホームにいるときも遠征に連れて行くときも、周囲のものを壊したり敵味方関係なく傷つけたりする。
主人に対しても例外ではなく、問答無用で攻撃してくる。基本的に言うことは聞かない。
もっとも主従関係を強めることによりこれらの厄介な傾向は徐々に和らいでいき、いずれは克服することも可能であるという点においては、他の性格タイプと同様である。
ただし前述した通り主従ステータスは三つどれも非常に伸びにくいので、凶暴幻獣を使役するには相当な根気が求められることだろう。わざわざこの性格に固執するより他の性格タイプの幻獣を探すほうが圧倒的に話が早いのは、言うまでもない。
健闘を祈る。
因みに幻獣を選ぶに当たって私が参考にしていたwebサイト、『獣使いをはじめるに当たって ~パートナーを選ぼう~』というページを改めて見ると、最後のほうにこんな一文があった。
『※凶暴タイプだけは例外なのですが、初めの内は出会うことはまずありません。一旦気にしなくていいでしょう』
……もお~~~~っ。
まさかの事実発覚に、私は膝から崩れ落ちるのだった。








