362日目 一心同体(1)
ログイン362日目
コンサート開始直前、ライブハウスは興奮と熱気に湧いていた。
幻獣選手権、そしてオークションイベントにて、12枚のチケットは無事完売となった。さっききーちゃんから聞きかじった噂によると、なんと最高落札額は6千万にも達したらしい。
因みに私がもも君に提示した最低売却価格は一枚200万キマだ。手数料の10%を差し引くと、受け取った合計は2,160万キマである。
つまり彼は、たった一枚で既に全チケットの元金を優に超えた、3,840万キマを稼いだことになる。
……なんかさ、双方合意の、私としても全く異論のない取引だったんだけどさ、こういう話後から聞くとやっぱちょっとフクザツな気持ちになっちゃうのが人間のサガだよね。
まあでも、仲介業者っていうのはそれだけ凄い仕事をやってのけてるって話でもあるんだけど。
やれって言われても無理だもんなあ。人を集めて組織と仕組みを作ってイベント開催して……って、想像するだけでげんなりしちゃうや。
それに私は、大金なんかよりずっとずっと価値のあるもの、可愛いシロクマ君を報酬として受け取ってますからね! そう思えば、稼ぎの内訳なんかは些末なことだ。
シロクマ君はここに来る前鶯さんが拠点に連れて来てくれて、既に譲渡が行われている。
名前はオーソドックスだけども“ユキ”ちゃんにしたよ。白いからね。
ペットの名前なんて安直なくらいが丁度良いんですわー。などと、昔柴犬にレオポルトと名付けて後から恥ずかしくなった私が申しており。
性別は男の子だ。
一旦ケージ――――という表現が似つかわしくないくらい、デカくて頑丈な檻だったけども――――から出して、今は庭に放してある。
ああ~触れ合うのが楽しみだな~~。あのもっちり膨らんだほあほあのお腹に顔を埋めたら、どんな心地がするんだろ~~。
基本二足歩行のクマさんでね、背丈は私の頭二つ分高いのよ。懐いてくれたら、あの大きなお腹をオフトゥンにして寝転がることもできるのかなあなんて、夢は無限大に広がっていく。
でもとりあえず今は、目の前のライブに集中しなきゃね。ふふふ、楽しい予定がいっぱいあって幸せなのだ。
さてそんなわけで、現在ライブハウスには21人のプレイヤーが集まっていることになる。加えて沢山のNPCモブ達が会場を埋め尽くしており、ハコは満員の様相を呈していた。
プレイヤー客が最前列に難なく行けるようになってるのは嬉しいね。私は主催権限ということで、一番前の一番中央という特等スポットに陣取らせていただいた。
隣にはきーちゃんとリンちゃんがいて、みんな手には【“いりしゅあげいと”のペンライト】をばっちり装備済みだ。【ヴルペキュラ】の物販スペースで買えるやつなんだけど、スイッチを押すごとにライトの色を変えられるんだ。
全部で七色あって、NPC含め皆思い思いの色を灯している。会場は夜の花畑みたくなっていて幻想的だ。
猛者プレイヤーの中には、両手にペンライトを何本も持ってる人なんかもいた。
あと鶯さんは「私サイリウム派なんですよね……」って不満そうにぼやいていた。鶯さんもしかして、リアルアイドルファン……?
時刻は21時丁度。開演を告げる壮大なメロディが鳴り響いた。
前奏曲が終わると口笛や拍手が上がり、会場はしばし沈黙に包まれる。そうして皆の期待が最高潮に高まり満を持したところで、二人の少女の甘い歌声が響いた。
ハードなリズムに合わせて、色とりどりの照明が点滅する。それに呼応するように、皆もペンライトを振る。
私もぎこちないながら、見様見真似でライトを動かしてみたよ。うおおー、ライブ来たー!ってかんじ。
スモークが焚かれ、舞台には白い霧が充満した。そうして霧が晴れある程度目が慣れてきた頃――――――気付けば舞台上には、四人の少女の影があった。
センター手前にルイーセとライリー。そして後方サイドに、シエルちゃんとシャンタちゃん……!
そこからの時間は本当にあっと言う間だった。
歓声に次ぐ歓声。熱狂に次ぐ熱狂。
ライブハウス全体がまるで一つの生き物になったかのように、うねり、飛び跳ね、リズムに乗る。
因みにシエルちゃんシャンタちゃんに別の衣装を着せることはできなかったので、シエルちゃんにはライリーとお揃いの衣装、シャンタちゃんにはルイーセとお揃いの衣装を着てもらっている。
バックダンサーという肩書きとはいえ、主役二人との違いは歌わないってことだけみたい。
まるで四人組アイドルであるかのようなポジションでパフォーマンスしてくれてるから、ツインズも本職の二人に負けず劣らず輝いている。それがすっごく嬉しい。
何と言ってもピンクグレーのバレリーナ風コスチュームが四人に、そしてこのステージにマッチしていること……!
機械の手足をさらけ出し、大胆な動きで観客を扇動するルイーセと、可愛らしくステージ上を駆け回り、澄んだ美声を披露するライリー。彼女達の舞台に迫力と華やかさを添えているシエルちゃんとシャンタちゃん。
シルクのつやすべクロスと、チュチュの裾に塗布したラメが、照明を反射して煌めいている。動くたびふわふわ揺れるチュールは愛らしく、精密な足捌きを飾るハイヒールは美しくしなやかだ。
ふああっ、なんかもう、感無量! 超幸せ!
きまくら。ってもしかしなくてもめっちゃ神ゲーだ!
――――――バンドのライブは行ったことあるけど、アイドルのライブっていうのはリアルでも未経験だ。
シエシャンの参入と自作衣装によりテンション爆上がりとはいえ、所詮はゲーム内のイベントだもの。やっぱり現実のコンサートの没入感とは違うだろうな。
プレイヤーのみんなはどういうノリで観るのかな。ペンライトなんか買っちゃったけど、私上手く合わせられるかな。
そんな当初のささやかな心配は秒で霧散し、夢のような30分は風のように過ぎ去ったのだった。
公演が終わると、私の視界は暗転した。闇に包まれた熱気溢れる会場からは一変し、次に現れたのは白い蛍光灯に照らされた殺風景な楽屋の景色であった。
ペンライトはまだ手に持ったまま、興奮も冷めやらない内の変化だったので、ちょっと気持ちが追い付かない。でもついさっきステージから捌けていった可愛い四人が揃っているのを見て、どうやら個別イベントモードに移行したらしきことは察した。
「ああビビア、お疲れ様です。バックダンサーにこの衣装、お客さんの評判は悪くはな、」
「凄いよビビア! 君のお陰で、さいっこうのステージが作れた!」
素直に褒めるのは不服なご様子のルイーセ。そんな彼女を押しのけてまで詰め寄ってきたのは、意外なことにライリーのほうだった。
彼女は頬を上気させて捲し立てる。
「舞台上でこんな感覚を味わうのは初めて! なんていうか、一体感があった! 観客の意識があたしだけじゃなく、ルイーセのほうにもちゃんと向いてた。それでそれで、あたしとルイーセが一つになって、ダンサーの子達も一つになって、会場全体が一つに纏まって、なんだかすっごく気持ちが良かったよ! いつもはあたし、先を行くルイーセに導かれて歌ったり踊ったりしてて、次にお客さん達が付いて来る感覚だったんだけど、今日は違った。みんなの足並みが揃ってた。何より、ルイーセとあたしが対等な立ち位置でパフォーマンスできた気がする。あたし、それがとっても嬉しかったよっ」
おお、この子そんなこと考えてたんだ。ルイーセがライリー大好きっ子なのは周知の事実だけれど、ライリーはライリーでルイーセ大好きっ子なのが言葉の端々から窺えた。
ルイーセはライリーの斜め後ろで「ライちゃん……」とじんわり目を潤ませている。
「それもこれもきっと、ビビアのこの衣装のお陰だね! ……うーん、あたし目が視えないことをそんなに不便に思ったことはないんだけど、今だけはちょっとザンネン。素敵なステージを作り上げた素敵な衣装、素敵な色、視てみたかったな。ねえルイーセ、さぞかし素晴らしいお洋服なんでしょうね? あたしとルイーセ、二人ともにぴったりの」
「も、モチロンなのですっ。この衣装は私とライちゃん……そう、“いりしゅあげいと”にばっちり嵌まる、最高の衣装なのですっ。ライちゃんを唸らせるライブができたってことは、それだけでもう正義、正解なのですっ。ライちゃんの感覚に狂いはないのですっ」
ライリーの視線なき視線に促され、ルイーセは慌てて衣装のことを褒めそやす。それを受けて、ライリーはにこっと私に微笑んでみせた。
しっかり者はルイーセのほうだと思ってたけれど、真にいりしゅあの手綱を握っていたのはライリーのほうだったのかもね。








