351日目 チケットノルマ(3)
なんせ彼は合理的、そして目的のためなら手段を選ばない少年である。利のないことに興味は持たないし、利が見込めることなら幻獣の巣に農薬を撒くことだって厭わない。
そのことを考えると、果たしてこれは本当に“うぃんうぃん”な取引なんだろうか? 実は私も彼の悪徳な商業戦略に巻き込まれているのではないか? と、リスク懸念をしてしまうのだった。
するともも君は、そんな私の警戒心を察したらしい。「オーケー。この取引で僕にどんなメリットがあるのか、余さず話そう」と自分から真意を切りだした。
「実はね、今度[もも太郎金融]主催でオークションイベントを開催する予定なんだ」
「オークション……!」
「そう。そこでこのライブチケットを出品したい。これは確実に目玉商品になるから、良い宣伝効果が期待できる。これがまず一つ目のメリット。二つ目のメリットは、オークション形式で販売することにより、僕にはさらなる利益が期待できるってこと。僕はあなたに希望価格を聞いたね。勿論あなたには約束した報酬を支払う予定だ。でもオークション形式であるってことは、客の競りによりもっと高額で販売できる可能性があるわけ。その儲けの余剰分は、手数料とは別に僕がいただく」
な、なるほど……。そんなこと考えてたんだ。
「加えてもう一つのメリットは、僕の好奇心が満たされることと、今後の取引の参考にできるってことだ。一体奴等はこのチケットにどれだけのキマを積めるのか、このチケットを巡ってどんな醜い攻防が繰り広げられるのか、それを思うとわくわくして仕方がない」
もも君の悪趣味な発言を聞き流しながら、私は納得していた。確かにそれなら、彼にも十分な旨味がありそうだ。
っていうか何なら、旨味の比重はもも君サイドに大分偏っていそうな気がしないでもない。彼の商人としての手腕をもってすれば、『儲けの余剰分』とやらをどこまでも伸ばしていくことも可能に思える。
もっともそれは文字通り彼の“手腕”、手柄に違いないので、私が文句を言う筋合いはないのだけれど。けどさ、私が頷かなきゃこの取引は成立しないわけだし、そういうことならちょっとくらい我が侭言っても許されるよね。
というわけで、私は条件を一つだけ加えさせていただくことにした。
「分かった。じゃあさ、一個お願いがあるんだけど。私今、キマっていうよりかは、もっと他に欲しいものがあるんだよね」
「ふむ。何だい?」
「可愛いペットが欲しいの!」
「ほう」
そう、ペット――――――つまり眷属獣、つまり幻獣である。
幻獣を入手する方法は主に三つある。
一つ目は、野生の幻獣を手懐ける方法。
二つ目は、NPCが経営しているペットショップや牧場で購入するという方法。
そして最後が、プレイヤーからの譲渡である。
NPCからの購入は勿論のこと、野生の幻獣をテイムすることも、【調教】スキルがあれば一応可能とは言われている。
因みに調教っていうのは【獣使い】のメインスキル、要は【仕立屋】にとっての【裁縫】みたいな位置付けのスキルである。
つまり幻獣を使役するための大体の技術に対応していて、でも細かいやり込み要素を楽しむには他のジョブスキルが必要、みたいなかんじなのね。
野生の幻獣をテイムする際は、レベルの低い幻獣なんかは調教のみでもいけるそう。でもそうでない多くの幻獣は、【餌付け】や【捕獲】といった他のジョブスキルがないと難しいんだって。
なので私は、最初から購入して飼う予定でいた。
でもここにプレイヤーからの譲渡という方法が加われば、選択肢はさらに広がるに違いない。[もも太郎金融]という様々なパイプを持つ大型クランを通してとあらば尚更だ。
つまり、より色んな種類の幻獣から、私好みの可愛い子を厳選できると踏んだわけ。
というのも、調教持ちなだけのインスタント獣使いにとっては、多頭飼いもまた難しいらしんだよね。
幻獣は眷属にしたらそれで終わり、というわけではなく、その後も継続的なお世話が必要になる。食べ物や水を与えたり、体を綺麗に保ったり、遊んだり運動させたり。
ジョブスキルが充実している本業獣使いなら、そういった仕事も効率的にこなすことができる。
でもそうでない他職のプレイヤーは、ペットに纏わるちょっとした作業が積み重なって負担になる可能性がある。調子に乗って眷属を増やしたりすると本来のゲームプレーに支障が出やすい、とのことだった。
となると仕立屋をメインに遊びたい私のような人間には、きまくら。ライフを共にできる愛獣というのは基本一匹だけになる。後悔しないよう相棒は慎重に選ばなければならないし、選択肢は多いに越したことはないのだった。
そんなわけでこの条件を提案させていただいたところ、もも君は快諾してくれた。
「分かった。そういうことなら別枠を設けよう」
「『別枠』?」
「オークションまでの数日間、“誰が最もブティックさんの心を射止める可愛い幻獣を持ってこれるか選手権”を開催する。写真や能力値などを纏めたプロフィールを募集し、ブティックさんにその中から一匹、欲しい幻獣を決めてもらう。選ばれた者には、その幻獣の譲渡と引き換えにチケットを報酬として与える。優勝発表はオークションイベントの前に行い、その後残りのチケットを通常の競売にかける」
「おおーっ、いいね! そんなことできるんだ、助かる」
「では、これで取引成立ということで」
「オッケー。よろしくお願いします」
こうして、私は二十枚のチケットの内の十二枚を、もも君に委ねることにしたのだった。
通話を終えた私は、話している間続々と届いてきていたメッセージを確認する作業に入る。「チケットいる?」って聞いた人達からの返信である。
……って、あら。
[リンリン]
いる
チケットって他にも残ってる?
ヨシヲが行きたいって駄々捏ねてるんだけど
[Ra-yu]
えーっ、嬉しい!
そんな貴重なライブイベントに私を誘ってくれるだなんて!
勿論行きたいです!
因みにチケットって余ってたりします?
他にも誘いたいお友達がいるんですけどお……
[ねじコ+]
わーわー行きます行きます
ありがとうブティックさん
ところで私のフレに大のいりしゅあ推しがいまして
もしチケット余ってたらもう一枚お譲りいただけませんかね……
お礼は弾みます!
[ゆうへい]
何ですかそれ行くに決まってるでしょう
情報も買うに決まってるでしょう
お尋ねしたいのですが、お譲りいただけるのって一枚ですかね
もし不要分がありましたらそちらも買い取りますので、よろしくお願いいたします
どこよりも高値で引き取る自信がありますので、何卒
どうやら、チケットをちゃんと全部捌けるんだろうか、ちゃんとみんな来てくれるんだろうか、なんて考えは杞憂のようだった。
……ごめんよ皆さん。一足遅かったみたい。








