351日目 チケットノルマ(2)
シエシャン推しのゾエ君は考えるまでもなくマストでしょ。
あとは信頼できる人となると、やっぱり関係値の高い人がいいかなあ。社交辞令で引き受けて本番来ない人よりかは、行く気なければ最初からそう言ってくれる人のほうがこっちとしても助かるもんね。
ってなるとまずはリアルでも関わりのあるリンちゃん、クドウさん、それからきーちゃん辺りか。
クー君は……そこまで仲良いってわけでもないけど、興味ないなら「興味ない」ってはっきり言ってくれそう。
あ、早速『興味ない』とのお達しが。ですよねー……。
それで言うとヨシヲもその口の人間かな。ノーってはっきり言えるタイプではありそう。
いや、でも彼はマナーが悪そうだ。やめておこう。
……むむむ、改めて考えると、私ってきまくら。友達少ないなあ。
元々必要とは考えていなかったし、フレの数字だけ見れば始めた当初からは想像もつかないくらい増えたほうなんだけどね。でも、「いりしゅあライブ是非見に来てほしいんですー」ってお願いできるような仲の人って、ほんとに少ない。
くう~~、一人でこそこそ楽しめるのがこのゲームの良いところだったのに、こんなところでマルチ要素をぶち込んでくるだなんて。ぼっちプレイヤーにはなかなか酷なミッションだよう、きまくら。運営さん。
もっとも、オンゲのフレンドに信頼性を要求することがそもそも間違ってるのかもだけどね。本来はもっと気楽に誘うべきものなんだろう。
いずれにせよないものは仕方がない。“信頼できるお友達”だなんて一日二日でどうこうできるほうがおかしいわけだし、ここは諦めて誘うフレのハードルを徐々に下げていこう。
えーっとそうすると、まずはもも金の鶯さん、とかかなあ。
あとは大人な対応ができる情報屋のゆうへいさん? あ、このミッションの情報もしかして知らないかもだから、手土産代わりにすれば喜ばれそう。
あまり気負わずに誘えるって点で言えば、ねじコちゃんやラーユさんに声かけてみるのもありだな。
と、なけなしのフレンドをかき集め、ぽちぽちメッセージを打っているときのことだった。
突然、通話申請の着信メロディが鳴り響く。相手は……――――――あれ、[もも太郎]君だ。
因みにだけど彼にはライブのお誘いは送っていない。
だって絶対興味無さそうだもの。親切心とかで協力してくれるタイプでもなさそうだし。
って思ったのだけれど、挨拶もそこそこに彼はこう切り出した。
「ブティックさん。いりしゅあライブの件で、いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「えっ、あれ? 私もしかして、もも君にもメッセージ送っちゃってた?」
「いや? 僕はうちの鶯嬢からその話を聞いたのだけど、不味かったかな」
ああなるほど、鶯さんから……って、彼女にメッセージを送信したの、たったの五分前だよ。そして鶯さん本人からは何の音沙汰もないんですけど。
……メッセージを送ったとき丁度その場にもも君がいて、話題になったってことなのかな。
なら別にいいんだけど、この筒抜け感はちょっと怖いよ。もも金の連絡パイプどうなってんの。
まあでも結果的にもも君はこの件に興味を持ってくれたみたいだし、ここはプラスに捉えるべきか。それで、聞きたいこととは?
「もしかしてそのライブってリザルトS……15分の尺だったりする?」
「えーと、ごめん、それが分かんないんだ。ちょっと予想外のことが起きちゃってて、成功度がどうなってるか謎なんだよね」
「チケットに公演時間、書いてあるはずだけど」
あら、そうなの? そういえばじっくり確認したりはしていなかった。
私はインベントリから【“いりしゅあげいと”のライブチケット】を取り出し、表裏と観察する。すると確かに、『公演時間:30min』との表記があった。
………………ん? 『30min』……30分……?
「30分……」
「うん?」
「30分て、書いてある」
「……それほんと?」
「うん……書いてある……」
「……ブティックさん、また何かやらかした?」
『やらかした』って何さ『やらかした』って! あと『また』って何だ『また』って!
かくかくしかじか、私は事の成り行きをもも君に説明した。
もも君は「そんなオリジナルな試みを……」と感心してくれたかと思いきや、「これを勇気と取るべきか無謀と取るべきか測りかねるな。やはり天才と馬鹿は紙一重……」などと呆れ混じりの感想を述べたりする。
言わせてもらいますけどね、その発言はブーメランとなってあなたの背中にもぶっ刺さってますからね。
あ、でも因みにだけど、この話は身近な人以外あんまり広めないでほしいかな。ゆうへいさんへの心付けにする予定だから。
「『心付け』?」
「うん。協力してもらえるなら教えるよーって、人参よろしくちらつかせるの。まあ、上手くいくかは分かんないけど」
「協力って、何を頼むつもりなの」
「いやだから、いりしゅあライブにお越しくださいってことだよ、勿論」
「そんなの、頼むまでもなくない? 寧ろお願いされるのはあなたの側だよ、ブティックさん」
うーん、どうかなあ。私は首を捻る。
もも君の言わんとするところも分からないではない。多分このチケットって凄くレアな可能性があるから、場合によっては喉から手が出るほどに欲しがる人もいるってことだよね。
でも私の周りにいる人がそういう人であるとは限らないし、そういう人を新たに探しに行くバイタリティなんかは私にはないし。
「なるほどね。まあ、それなら話が早い。ブティックさん、つまり僕にはそのバイタリティがあるってことを、今日は伝えに来たわけなんだ」
「もも君に?」
「そう。良ければそのチケット、僕にいくらか預けてくれない? 僕はそいつを元手の何倍ものキマに増やして、君に返してみせるよ」
その時、どうしてか私には分かった。スピーカーの向こう側にいる少年は、悪い顔をしているに違いなかった。
「……えーっと、それってつまり、もも君が私の代わりにチケット売っぱらってくれるってこと?」
「そう。いくらで売って欲しい? 一枚につき100万? 200万?」
「て、手数料は如何ほどで?」
「基本10パーってところかなあ。あんまりぶっ飛んだ価格を要求するようなら、それに応じてパーセンテージも上げさせてもらうけど。ちょっと頑張らなくちゃいけなくなるからね」
「むーん……」
珍しく声を弾ませるもも君の申し出に、しかし私は逡巡する。
“うぃんうぃん”な提案には違いなかった。
別に本来8,000キマだったチケットで、そこまでぼったくらなくても良いとは思う。けど逆に言えば、そこまで出してでもライブに行きたいって人なら、ほぼ確実に参加してくれることが見込める。
私の目標であるイベントの成功に繋がるわけだ。
キマも、貰えるっていうんなら普通に欲しい。
チケット一枚100万で売るとして10%の手数料がかかるとしても、私には90万支払われるってことでしょ。ルイーセに払った8,000キマを引いても、なんと89万2千キマの儲け。
美味し過ぎる。
……でもね、もも君がそんな、100万200万の手数料目当てに自らコンタクト取ってくるような人間じゃないってこと、私もうっすら気付いてるんですよ。
このたび仕立屋のコミックス1巻が発売決定となりました(^ω^)
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