348日目 いりしゅあげいと(2)
怒れる私が向かったのは、ダナマスの裏通りにあるライブハウス【ヴルペキュラ】という場所だ。ネオンと電球で派手派手しく主張している、近代的な建物である。
目的は、普段ここの楽屋にいることが多いというライリーというキャラクターだ。
彼女は獣使いの賢人である。私はこれから、彼女にスキル【調教】を伝授してもらう心積もりなのだ。
そう、他人のペットに触れないなら自分がペットを持てばいいじゃないと、私の中のアントワネット様が仰ってるってわけ。
ふんだ、今に見てろよイーフィ氏め。
あなたが羨むような幻獣をテイムしてやるんだから。そして泣いてせがまれようとも、絶対触らせてあげないんだから……!
そう意気込んで、私は建物の裏口から中へ忍び込んだ。ここへ来るのは二度目で、シルヴェスト女王からお使いを頼まれたとき以来である。
裏口付近ではアーベンツというイケメンお兄さんがうろうろしていて、これも前回来たときと同様だった。彼はいっつもここで出待ちをしているらしい。
何てったってここは“ライブハウス”。音楽を愛する人気者達が集まるハコである。
そんな場所の楽屋を根城とするライリーとはつまり……? って思うよね。その通り、彼女自身もミュージシャンであり、しかも歌って踊れる現役アイドルなのだ。
女王様にレジスタンスのボスにアイドル……ダナマの始祖世代の子達って、なんかキャラ濃ゆいよねえ。
大きな鏡のある殺風景な楽屋では、机を挟んで二人の女の子が寛いでいた。
ストローを咥えてジュースを飲んでいるのがライリー。ロングストレートの白金髪を持つ、ふわふわした儚げな美少女である。
特徴的なのが、目元を覆う白いレースのベールだ。彼女は盲目らしい。
でも【森羅知見】という臨界の極意を有するゆえに、幻素の状態や流れで物事を知覚できるそう。だから日常生活に支障はないんだって。
そして彼女の向かいに座ってスマホらしき機器を弄っているのが、ライリーの相方にして【鍛冶師】の賢人でもあるルイーセだ。
彼女は機械種族でユニークな愛嬌があるんだけど、ライリーと比べるとやや地味な印象を受ける。
二人はアイドルユニット“いりしゅあげいと”を組んでいて、ここヴルペキュラを中心に音楽活動をしているそうな。
夜になると実際にライブが行われているときもあるらしい。でも私はまだ観たことはない。ライブ中だとこうやってお話もできないわけだし、なかなかタイミングが合わないんだよね。
さて、そんなぱーりーぴーぽーな賢人様は、私が話しかけると顔を上げ首を傾げた。
「だあれ? 嗅ぎ慣れないにおいがする。……ああ、シルヴェストのとこの子だっけ。私に何か用?」
現れた選択肢の中から『・獣使いの極意を教えて』をタップし、スキルの一覧から【調教】を選ぶ。やったあ、これで私も気に入った幻獣を自分で飼えるようになったぞ。
余談だが、こういったジョブスキルやハイスキルを取得するのに必要な【星の結晶】や【霧の結晶】は、毎月行われるワールドイベントや難関クエストをクリアしたときなどに時々貰える。
あと稀にシエルちゃんからのプレゼント、それからこの前は不具合の“詫び石”的なかんじで配られたりもしてたっけ。だから欲しい能力全部手に入れることは無理でも、真面目にゲームやってればこうやってこつこつスキルを集めていくことが可能なんだ。
賢人様にスキルを貰いに行くこの瞬間は、頑張ったご褒美ってかんじでなかなか嬉しい。
閑話休題。さて、それじゃ目的は果たしたことだし、後はダナマスの街をぷらっと歩いて帰るかな。
でもその前に一応ルイーセちゃんにも声かけとこう。どうも、ご無沙汰してます。
すると私の顔を見たルイーセの頭に、突如閃き電球マークが浮かんだ。
「ねえねえっ、君、本業は腕の良い【仕立屋】なんですってね。アパレルブランド[ブティックびびあ]、噂は私達の国にも届いてますよ!」
えーっ、そうなの? 予め設定された台詞とは知りつつも、そんなふうに言われると嬉しいな。
テファーナお師匠、今や私のお店の評判はワールドワイドに轟いているそうですよ。鼻高々なのだ。
ただまあこういうとき、ブランド名のダサさを改めてプチ後悔するけども。
「もし良ければ、今度私達の衣装も仕立ててもらえませんか?」
「え……衣装ってことはつまり……」
「舞台衣装です。私達“いりしゅあげいと”がステージに立つときの素敵な衣装を、是非是非手掛けてほしいのです」
わあ、それってつまり二人のアイドル用衣装ってことだよね。
NPCからの依頼なので実際それ着て歌って踊ってくれるとは思わないけど、少なくとも着ているところを見せてはくれそう。そんなのやりた過ぎるよ。
私は選択肢の中から『・いいよ、任せて!』をタップする。ルイーセはそれを受けて、嬉しそうに胸の前で手を組んだ。
「ライちゃんも、異論ないですよね?」
「うん、いいんじゃない? 可愛い衣装で、うちらのファンがもっともっと増えたらいーね」
もっとも頷くライリーに、ルイーセほどの熱量はない。
でもそれもそうか、彼女は目が視えないのだ。服装に興味がなくても無理はない。
そんなライリーの様子にも構わず、ルイーセは話を進める。
「そうしたら、新しい衣装は是非是非、“白”で仕立ててほしいのですっ」
「白……?」
「ライちゃんのこの儚げで浮世離れした美貌には、純真で穢れなきまっさらな白が似合うに違いないのですっ」
そう言われて、私はライリーに視線を向ける。
確かに、ビスクドールを思わせる整った容姿を持つ彼女に、レースたっぷりの白いコスチュームなんかはばっちり嵌まりそう。きっと幻想的な舞台を演出できるだろう。
現に今も、彼女はアンティークホワイトのワンピースの上にレースのガウンを羽織っていて、とても似合っている。
でも、“いりしゅあげいと”用の衣装ってことは、同じものをルイーセも着るってことなんだよね……?
私は視線をルイーセに移す。
焦げ茶色の癖っ毛ボブヘアに、モスグリーンの丸い目。球体関節の手足。腰には尻尾よろしくブリキ製の大きな巻き鍵が付いている。
決して不細工なわけじゃないんだけど、彼女のほうは個性的な容姿で、味わい深い可愛さなんだよね。均整のとれたライリーの美しさとは種類が全然違う。
ライリーに寄せた白い衣装となると、ルイーセの存在感が霞んでしまいそうな気がする。
二人それぞれに別の衣装を提供できるっていうなら話は別だけど……、でも、二人でステージに立つときの服だものなあ。統一がとれているほうが絶対舞台映えするよね。
だけどもルイーセの願いを叶えた上でお揃いにすると、バランスが悪くなるというジレンマ。うーん、どうしたものか。
しかし悩んでいる間に、会話はあっさり終わってしまった。ルイーセにもう一度話しかけても、「ライちゃんに似合う白い衣装、とっても楽しみにしてますっ」と返ってくるばかり。
この件に関しては擦り合わせの余地がなさそうだ。
一連のやり取りを聞いていたライリーは困ったように笑う。
「ルイーセっていっつもこうなんだよねー。あたしを着せ替え人形にして、自分好みに飾るのが好きなの。あたしはこのとーり目が視えないから色とか分かんないし、ルイーセの好きにしたらいいとは思うけど」
そう言うライリーも満更ではなさそうだ。二人の間に姉妹のような強い絆が存在することが見て取れた。








