347日目 恋のデスマーチ(3)
それはいいとして、ダムさんの視線がこちらへ向いたのと同時に、パフォーマーさん達含めこの場にいるほぼ全員の意識が私に注がれたのは気のせいなのか。
肌にひりひりとしたものを感じて周囲を見回せば、あの人ともあの人とも目が合う目が合う。そして秒で逸らされる逸らされる。
怪訝に思う中、しかし唯一この場の異様な空気を察していないらしき深瀬さんは、言葉を継いだ。
「ブティックさんが、ダムさんはこういう服に弱いからって」
「え……それって……」
「ダムさんあの! 私今日はダムさんに、言いたいことがあるんです!」
キターーーー! 遂に来たぞこの時が!
今まさに反旗を翻さんとする深瀬さんの決意の眼差しが、私を興奮に湧かせる。
がしかし、その瞬間。
唐突に、BGMの曲調が変わった。先ほどとは打って変わって、暗い、不安を煽るような重いメロディが響き渡る。
それに合わせて踊っていた演者さん達は、狂気のダンスを続けつつ二人を囲む輪を狭めてきた。
「あ、ちょ、ちょっと待って深瀬さん! もうちょっとだけ! それだと予定が違くて!」
「……っ! い、いえあの、今言わせてください! 今言わないと、もう勇気が……!」
「いやほんとお願いなんであと一分だけ待って! あと一分待てばさすがの君も状況が分かると思うから!」
「ダメです! お願いだから今言わせてください! いいんです、別に結果はどうでも……! 今言わないと私、一生後悔す、」
何かを察して慌てだすダムさんと、そんなダムさんから何かを察して泣きそうな顔になる深瀬さん。平行線を辿る二人の押し問答を止めたのは、なぜかこの件とは無関係なはずのダンスパフォーマーの一人――――――パンフェスタさんであった。
「くっくっくっ、そこまでだ、ミルクキングダムよ」
唐突に割って入ってきたパンさんを見て深瀬さんは殺意漲るオーラを溢れださせるも、ダムさんのほうはほっとした顔になった。
あ、もしかしてこれもフラッシュモブ演出の一環なのかな。ようやく軌道修正できると考えたのか、ダムさんは嬉々として「なんだ!? おまえは……!」と返すも。
「ブティックが一枚噛んでると聞いて一瞬びびったが、こうなったからにはもう後には退けねえ。なんだあ、おまえら? 俺等が一生懸命練習してきたフラッシュモブ披露してるってのに、ガンスルーでいっちゃいちゃいっちゃいちゃしやがってよお」
「ちょ、パン、台詞が違、」
「おまけに入念に準備してきたイベント計画を無視してさっさと告白タイムだあ? しかも深瀬のほうからあ?」
「落ち着け! 落ち着けパン祭!」
どうやらここでも想定外の事態が発生している模様。
演技でなく本気でぶちキレているらしきパン祭氏に、ダム氏はわたわたと慌てるばかり。そして自分そっちのけで言い争いを始めた二人を眺め、深瀬さんの殺意は増していくばかり。
「ざっけんなああああ! ここをどこだと思ってる! ここは俺達のような孤独で怠惰なゲーム廃人達の理想郷、そう、きまくらゆーとぴあ! この生温く腐りきった安寧を乱す貴様等リア充の台頭を! 俺達はっ! 絶対に許さーーーーん!!」
意味が分からないけど、でもなんか凄くイイこと言ってる気がする。イイこと言ってる気がするぞ!
私が心の中で拍手を贈って見守る中、パン祭さんの脇に控える青年――――[ナルティーク]さんて言ったけな――――が指示を出した。
「行け! 捕らえろ!」
『フーーーーッ!』
「俺達が貴様等に愛の試練を与えてやる! ここきまくら。で、そう簡単に“告白”などという猥褻な行為が許されると思うな!」
『カップル殲滅! カップル殲滅!』
「って俺ええええーーーー!?」
ナルティークさんの号令のもとパフォーマーさん達は一斉に群がり、ダムさんを担ぎ上げてしまった。
ダムさんは「話が違う! 攫うのは俺じゃなくて!」などと喚きながら暴れるので、割とあっさり自由になったりする。
まあここ、ゲームの世界だからね。力ずくで他人の動きを阻害できるようなシステムにはなっていない。
でも数の力には勝てない。
ダムさんが暴れて地面に降り立っても、またすぐに別の人がダムさんの体を担ぎ上げる。その繰り返し。
そうして、わっちゃわちゃわっちゃわちゃしながら、ダムさんは坑道の奥へ連れ去られて行ってしまった。それを追って楽器演奏部隊も、不穏な音を奏でながらばたばたと消えていく。
後に残るは悄然とした顔で立ち尽くす深瀬さんと、我々含む通りすがりのプレイヤーが数人のみ。
ふと、深瀬さんのネオングリーンの瞳が私を捉えた。
先の号令に乗せられて、つい「かっぷるせんめつ、かっぷるせんめつ」と口ずさんでしまっていた私は、慌てて唇を引き結ぶ。手拍子中だったため不自然に持ち上がった両手は、適当にぐっと握り締めておいた。
すると、ぼんやりしていた深瀬さんの双眸に炎が灯った。
彼女はこちらに向けて、こくりと頷く。そしてボウガンを担ぎ直すと、お伴のワニ君と共に暗闇の奥へと駆けて行った。
唐突な横槍が入ってしまったけれど、彼女の瞳はまだ諦めていない。きっとターゲットを地の果てまでも追いかけ追い詰め、邪魔者諸共蹂躙するつもりなのだろう。
相容れない二人の結末をこの目に収めることは叶わなかったが、それはそれで幸せなことのように思う。ショウブ服セットを身に着けた深瀬さんを見れたし、“フラッシュモブ”なるものを観覧することもできたので、私としては十分満足だ。
んじゃ、今日は帰りますかね~。
と思ったら、がっしと肩を掴まれた。
「何ぼやっとしてんの。行くよ」
「え?」
「私達は深瀬さんの味方です! 一緒に戦いましょう、ブティックさん!」
「えええええ~~~~~……?」
友達想いな二人に手を引かれ、なぜか私も彼等を追いかけるはめになるのであった。








