342日目 勝負服(3)
「つまり、ブティックさんはありのままの、自然体の私で勝負しろと? それで、この衣装を? フリフリしたやつとか、パステルカラーのやつじゃなく」
「『フリフリ』? ……えっとまあ、そこまで深く考えてたわけじゃないですけど、純粋に深瀬さんの強みを最大限引き出すという点を意識して作ってはいます。トゲトゲアーマーとかゴツい鎧じゃ、深瀬さんの鋭い気迫とミスマッチだと思うんですよね」
「『トゲトゲ』? ……えっととにかく、ブティックさんの意見としては、背伸びして普段着ないような服で挑むよりも、こっちのほうが勝算がある、と」
「まあ、少なくとも強キャラ感は出せると思います。それに見た目は兎も角スキルなんかは、そこそこご満足いただけるのではないかと」
言って私は、効果内容を閲覧するよう深瀬さんに促す。すると彼女からは「わ」という声が上がった。
「【デッドアイ】だ! 私これ、取ろうかどうか迷ってたんですよ、助かるー! っていうか習可二つも付いてるんですか!? 【トランスフォーゼ】……?」
「あ、そっちはどんな効果なのか私もよく分かってなくて。オマケみたいなものだと思っといてください。そもそも幻獣使役できる人じゃないと使えないっぽいし」
「出た、未確認スキル! オマケなんてレベルのものじゃないですよ! それに私、【調教】持ちです。ソロで遠征行くときとか幻獣連れてくこと結構あるんで、めっちゃ嬉しい!」
目をきらきらさせながらはしゃぐ深瀬さんを見て、私はほっと胸を撫で下ろした。よしよし、デザインは期待してたのとちょっと違ったようだけど、上手く乗せることができたぞ。
「でも今お話しした通り、あとは深瀬さんの頑張り次第です」
最後に、見た目だけじゃどうにもならんことも沢山あるよってことを念押ししてっと。
それを受けた深瀬さんは、思案げに窓外へ目を向けた。そしておもむろに距離を詰めてきたかと思えば、私の手を取ってなぜか「師匠……」と呼びかける。
「私、こんな私で、いいんでしょうか。ありのままの私の、ありのままの想いをそのままあの人にぶつけて、届くでしょうか」
「大丈夫、きっと届きますよ。部外者の私にも、深瀬さんの真剣な思いはひしひしと伝わってきますから」
なぜに深瀬さんの中で私が師匠ポジに昇格したのかは謎だったが、とりあえず適当且つ無責任に話を合わせ背中を押しておくことにする。
要はめんどくさくなっただけである。そろそろ寝る時間だから、買うかどうかはよ決めてもらって、ささっと切り上げたいなーって。
すると深瀬さんの黄緑色の瞳に、徐々に力がこもってくる。
「師匠……師匠にそう言っていただけると、何だか勇気が出てきます! 不思議、自分の気持ちをあの人に伝えるだなんて、怖くて考えることすらできなかったのに。どうしてか今は、できる気がします。このまま勢いで、こ、こ、こ、告白っ、しちゃおうかな!」
「ええ、ええ、お腹の底で煮えたぎるその思い、全部纏めてぶちまけてやりましょう。はっきり言わないと気付かないってこと、世の中結構ありますからね」
結果私の目論見は上手くいき、深瀬さんには無事勝負服セットをお買い上げいただけたのだった。
けれども彼女はアイテムをインベントリに収めた後も、アトリエから動こうとしない。
あのー、用件は済んだし、そろそろ帰ってもらいたいんですけどおー。なんて言えるわけもない私に、彼女はもじもじと切り出した。
「師匠。あのあの、できれば何かアドバイスをいただきたく」
「アドバイス、ですか?」
「例えばその、どんなシチュエーションがいいかとか、あの人がくらっときちゃうような究極の奥義とかあれば、伝授おなしゃす!」
「いやだから深瀬さん……」
「あっ、そ、そうでした! そーゆー近道とかないんですよね。……でも、ブティックさんにとってはこんな駆け引き日常茶飯事でお茶の子さいさいでも、私にとっては一世一代の大勝負なんですよ。気休めでいいんです。百戦錬磨の師匠に何か小さなヒントでもいただければ、それが私の力になるんです」
うーん、そう言われてもなあ。どこを買われてこんなふうに頼られているのか分からないけど、私対人戦とかほんと経験ないからなあ。
『気休めでいい』なんて言ったって、深瀬さんのレベルもダムさんのレベルも知らないし……。
「じゃあ、深瀬さんの得意分野は何なんですか? プレースタイル的な意味で」
「『得意分野』?」
「やっぱり、自分の土俵で勝負することが大事だと思うんです。勝機がある場面を見極め、その状況に相手を追い込むこと。どんな勝負においても、これは鉄則なんじゃないかと」
「なるほど! それで言うと私、きまくら。の冒険者としては“ランカー”みたいな立場にいますから、そこが強みかと!」
「え?」
ぱちくりと目を瞬かせるワタクシ。私の驚きの眼差しに気付いた深瀬さんは、しかし一転、自信なさげに俯いた。
「……あ、すみません。『プレースタイル』とか言うからストレートに答えちゃいましたけど、そういうことじゃなかったですね。きまくら。で強くたって、何の意味もないですよね」
「いやいやいや。え? すみません、存じてなくて申し訳ないんですけど、深瀬さんて強いプレイヤーさんだったんですか?」
「あーっと、多分、比較的? 一応レジェンド冒険者でして、マッチランクもS+です。遠征系のワールドイベントは大体上位入賞してまして、[スチールシスターズ]って知ってますかね。私の所属するクランなんですけど。あ、知らないですよね、へ、へへ。あとはまあ【狩人】プレイヤーの最高位として今【樹雨に紛れし狩人】なんて老師称号も持ってます。でもこれ、順位変動激しいんで安定はしないんですよね。割としょっちゅう老師位奪われてます」
「凄いじゃないですか!」
今度は私が、深瀬さんに詰め寄る番だった。
「何うじうじしてるんですか! そんな素晴らしい実力があるんじゃあ、私の服がなくたってダムさんの一人や二人、撃ち落とし放題じゃないですか!」
「え、え? そう、なんですか?」
「そうですよ! ……あ、でもそのかんじでいくともしかして、お相手の彼も深瀬さんと同じくらい、いやそれ以上に強かったり?」
「いえ、彼はまあ普通に強いですけど、遠征のやり込みって点で言えば私のほうが上かと。……あの、つまりダムさんは、強い女性に弱いってことですか?」
「? そりゃ“強い”の対義語が“弱い”ですからねえ。深瀬さんが強ければ強いほど、相対的にダムさんは弱くなるんじゃないですか」
「そうなんですか!」
私としてはごくごく当たり前のことを述べたつもりだったが、深瀬さんはなぜか甚く感心しているご様子だ。そしてその表情は、先ほどのもじもじうじうじな態度が嘘のように、すっきりと晴れやかだった。
「なるほど、すべて理解しました! 故のこの服、このスキル、故のブティックさんのあんな言動こんな言動だったんですね! 全部繋がりました! そっか、だからダムさんは鎧好きなんだ。だからこんなカッコイイ系の衣装なんだ。だから自然体でいいんだ。凄い、ブティックさんはそんなダムさんの深層心理を丸っとお見通しで、これまでのアドバイスもみんなそこに繋がっていたんですね」
うむうむ。よく分かんないけど納得してくれたようで良かったよ。
「心理を見通す」も何も、ダムさんが聞いてもないのに洗いざらいぶっちゃけてくれただけだけどね。
ところで私、「ダムさんが鎧好き」だなんて言ったっけか? そんなのこっちだって初耳だぞ。
まあ、本題にはあまり関係なさそうだから別にいいか。
「そういうことなら私、俄然自信が湧いてきました。私は彼に、強さを見せつけてやればいいんですね!」
「そーですそーです。結論は至ってシンプルです。深瀬さんはきまくら。界のトッププレイヤーなんですから、普段通り狩人としてやってることを、そのままダムさんにぶつけてみればいいんですよ」
「かっ、狩人……! へ、へへ、なるほど、そーゆーことなんですね。い、射止められるかなあ、彼のハート……なんて……」
「らくしょーらくしょー。『一撃瞬殺』ですよ」
「ほんとおですかあ~? ブティックさんにそう言われると、なんかほんとにできる気がしてきちゃうなあ~」
深瀬さんはすっかりご満悦気分になってくれたようで、鼻の下を伸ばしてにやにやしている。来るダムさんを徹底的に叩きのめす日のことを想像して、興奮と悦びに打ち震えているようだ。
まだ目的を達せたわけでもないのに、こんなにも嬉しそうなのだ。やっぱ今までそれだけ、苦労させられてきたってことなのかなあ。ほろり。








