336日目~ 幸福な乙女のドレス(後編)
それじゃあ最後に、合わせる小物をちゃちゃっと作っていきましょう。
花嫁のヘッドアクセサリーといえば、やっぱり王道は【プリンセスティアラ】だ。ドレスに使ったのと同じ宝石を、たっぷりデコっていきましょう。
分かりやすさ重視でいくとなるとベールもありだなって思ったんだけど、深瀬さんというエネルギッシュな素材をちょっとぼかしちゃうかもなーと。よってヘッドアクセはティアラだけで、シンプルにいくとする。
あとは枝葉を模したゴールドのソリテールリング――――中央に宝石をセットした指輪――――とブレスレット、白のハイヒールシューズを添えてっと。
うん、小物はこれくらいのさっぱりしたかんじで十分でしょう。ドレス、そして主役の深瀬さん自身が瑞々しく映える、ブライダルコーディネートの出来上がりだ。
あとねおまけで、花嫁衣装といったらやっぱりこのアクセサリー、付けておきたいよね~。
ってなわけで、[作業終了]コマンドを実行する前に【必然】発動! さあ、お目当てのものは付いたかな?
【幸福な乙女のドレス】
品質:★★★★★
ロイヤルシルクで作られた服。
主な使用法:装着
効果:[猛毒]無効 [魅了]無効
アビリティ:光合成
消耗:800/800
習得可能スキル:[ローブ・ドゥ・マリエ] [百花繚乱]
セットボーナス:アビリティ効果up(大)
(光合成:日光の力で木属性の+効果を10%up)
(ローブ・ドゥ・マリエ:任意発動スキル 消費10~ 一定時間自身に光属性を付与する)
(百花繚乱:任意発動スキル 消費70~ 周囲一帯に茨を生やし、対象に木属性ダメージを与える(範囲・大))
やったあ、必然成功。【ローブ・ドゥ・マリエ】、狙い通り付与できた~。
『ローブ・ドゥ・マリエ』っていう言葉ね、最近知ったんだけど『花嫁衣装』って意味があるらしいよ。まさにこのアイテムに打ってつけのスキルってわけ。
他にももう一つ広範囲ダメージの強いスキルが付いたし、これはもう合格点余裕越えの仕事をしてるでしょう。
よっし、それじゃ早速ダムさんに、完成の報告しーとこ。そしてお次は深瀬さんのリクエスト衣装をデザインしてかなきゃね。
今物作りテンション爆上がり中だから、この勢いでばんばんクラフトしてくぞー。
……でもこんな浮かれまくったドレス作った後に、そんな浮かれまくった依頼をしてるダムさんを打ちのめすアイテムをこれから作っていくのか……。なかなか複雑な気分だ。
いいや、切り替え切り替え。“服を作ってるこの時間だけは、兎に角依頼人の気持ちに寄り添うって、決めてるんだから”。
とそんなわけで、心を鬼にして深瀬さん用勝負服の構想を練っていると、ダムさんから返信が。私の事情が許すならば、今すぐにでも品物を受け取りたいとのことだった。
時計を見ると22時。うん、受け渡しの時間くらいなら取れるかな。
アトリエにやって来たダムさんは、トルソーに飾られたドレスを前にして目を瞠った。
「凄い……、凄いよブティックさん……。ブティックさんなら公式レシピのドレスをもっと良いかんじにアレンジしてくれるだろうって思ってたけど、僕が想像してたのとはレベルが違った。全然別物だったよ。まさかこんな凝った、素晴らしい衣装を用意してくれるなんて……」
「大丈夫そうですか?」
「大丈夫も何も、千点。百点満点中千点だよ」
喜んでくれたみたい。えへへ、嬉しいな。
ダムさんはドレスの裾を手に取り仔細に観察しては、感心したふうに溜め息を漏らしている。
「凄いなあ。……ああ、ごめんね。僕、あまり女性の服とかには詳しくなくて、上手い言葉が出てこないんだ。ただ凄いことだけは分かる。凄く綺麗だ」
「ありがとうございます。個人的にはそういうストレートな褒め言葉が一番嬉しいです」
「いや本当、素晴らしいね。これを着た彼女が目の前に現れたら、奥手の僕でも抱き締めずにはいられないかもしれない」
……う、うーん。“きまくらゆーとぴあ”の法は踏み越えてもいいですけど、社会の法は踏み越えないでくださいね。
あとダムさんが自分を『奥手』って評するの、なんかもやもやするな。
奥手な人間はそんな大胆な台詞口走らないし、そもウェディングドレスをプレゼントするだなんて……いやでも、だからこそなのか? 奥手ゆえの奇行なのか?
なんかたまにいるよね、普段大人しいのに怒るとめっちゃ饒舌で早口になる人だとか、普段大人しいのに好きなことの話となると空気読まずにマシンガントークしてしまうオタクだとか。
そういうかんじで、フラストレーションを溜め込んでしまっていたがゆえの今の爆発なのかもしれない。
まあいずれにせよ、私は私の仕事を完遂したまでのこと。作品がお客様の手に渡ったのであれば、後のことは与り知らぬところだ。
ただ今から深瀬さんの依頼にあたる以上、一応これだけは聞いておきたいかな。
「ダムさんはいつ、こちらを深瀬さんにプレゼントする予定でいるんですか?」
というのも、ダムさんにドレスをプレゼントされる前と後とじゃあ、深瀬さんの心境は大分変わってくると思うんだよね。
1割は良い意味で。もし告白が成功したというのなら、彼女に“勝負服”はもう必要ないだろう。
残りの9割は悪い意味で。告白が成功しなかった場合、深瀬さんのダムさんに対する印象は、最早修正不可能なくらい地に落ちる可能性がある。
“勝負服”なんかでどうにかなる問題じゃない!と、そう思ったって不思議ではない。つまり別の意味で、注文がふいになる未来もなくはないんじゃないかなーと。
もっともそんなこと言いだしたら、この件に限らずリクエストがキャンセルになるリスクはいつだって存在する。
でもダムさんがあんまり近々で行動を起こす予定があると言うんなら、深瀬さんの衣装製作に手を付けるのをもう少し待つのもありかなと、そう思った次第だ。
するとダムさんは、「色々準備があって、すぐにとはいかないんだよね」と仰る。そうか、であればちゃっちゃと勝負服作ってしまうかと肩から力を抜いた矢先、彼は私の息を詰まらせる発言をぽとんと落とした。
「実は告白するときに、フラッシュモブを用意する予定でいるんだ。友達に協力してもらって」
――――――……それ典型的にダメなやつぅぅぅぅーーーー!!
ごほっごほっ、と咽るワタクシ。
いや知らんよ。正直なところ、私みたいな陰の者には馴染みのない文化だ。
アレが流行っていた時分も流行が廃れたように感じる最近も、遭遇したことはおろか身近で体験談を聞いたことすらないイベントである。
でもいんたーねっとで時々聞くよ! 「痛い」だとか「恥ずかしいからやめてほしい」だとか「体裁を保つために喜んでるふりしてたけど実は嫌だった」だとか。
勿論ああいう演出を嬉しく思う人だっているんだろう。サプライズプロポーズとか、成功例も多々あるんだろう。
けどねそれって、まず元々両想いなこと前提だと思うのね。但し好きな人に限るってやつだと思うのね。
ダムさん、どーしてあなたはそんな、絶対成功させないと黒歴史にしかなり得ない茨の道を選んでゆくの……。もっと命を大事に……。
「僕の本気を分かってもらうためにも、できるだけドラマチックにしたいからね。あ、もし良かったら本番、ブティックさんもおいでよ。この挑戦を見守ってほしいんだ」
しかし彼のこの希望と決意に満ち満ちた顔を見て、そこに水を差す勇気は出てこない。
が、がんばってくださいね。
引きつった笑みを浮かべ心にもない声援を贈るのが、私の精一杯なのだった。








