335日目 武器商人(4)
「勝負服……」
背中にゴツいボウガンを背負い、ガスマスクを着用したサイバーパンクな女の子。そんな深瀬さんの姿を観察しながら、私は彼女の台詞を反芻する。
対する深瀬さんは、目をギンギンに据わらせて頷いた。
「はい。ぶ、ブティックさんは、ソッチ方面の駆け引きも得意だとお伺いしましたので」
「えっ」
どんなイメージ!? と、私は驚愕する。っていうか誰が言ってるの、それ!
どう見たって私なんか、クソザコ無害で可憐な草食バンビじゃんね。
……あ、でも先のスクリームミコトーズの件だとか【沈黙の都】大掃除の件だとか考えると、そういう誤解をする人が出てきたって文句は言えないのか。困ったなあ。
「その、どなたと勝負するおつもりなんですか?」
「えっ」
まあでも、私が頼まれてるのは飽くまで衣装製作の依頼、なんだよね? だったら、一旦静かに話を聞いておこうか。
そう思いさらに依頼内容を詳しく知ろうとしての問いかけだったが、なぜか今度は深瀬さんのほうが肩を跳ねさせた。彼女は激しく目を泳がせている。
これは、聞いちゃいけないやつだった的な? ただ私の予想が合っているとすれば、相手は多分――――――。
「具体的に言わなくてもいいんです。お相手のイメージがあるほうが衣装も作りやすいので、参考にできればと」
「な、なるほど! それは確かにそうですね! えっと、えっと、何て言ったらいいんだろ」
「そう、ですね。これはその、私の勝手な想像なんですが、もしかしてお相手は、穏やかで親しみやすいタイプの男性では……?」
「――――――っ!!」
「その方は純ヒューマンのアバターで、眼鏡をかけてて、茶髪で、配信業なんかやってたりして……」
「ななな、なんで分かるんですかあ!?」
――――――はい、ビンゴ。あちゃー……。
彼女の勝負相手とやらは、どうやらやはりダムさんのようだった。
こんな覚悟の決まりきった顔で、これから喧嘩を吹っ掛けようとしているのだもの。どう考えたって、ダムさんの告白が成功するとは思えない。
ただ一つ気になるのは、深瀬さんの依頼内容である。もしダムさんがウェディングドレスを贈ろうとしていることに勘付いてここに来たのであれば、こうも迂遠な形で相談してくるだろうか。
「キモいんで作るのやめてください」、一言そう断ればいいだけなのに。或いは言い辛いから、察してもらおうとしている、とか?
「ブティックさん、凄い……。そんなすぐに分かっちゃうなんて、みんなの言ってることはほんとだったんだ……。あなたは、真の狩人だったんですね。これまでその手で、数多の男を打ち落としてきたんですね」
いや私【狩人】じゃないですーって突っ込みそうになったけど、そういやこの前【狩猟スキル】と【狩猟免許】取ったところだし、広義では狩人になる、のか……?
盛大な誤解はありそうだったものの、こちらへ向ける深瀬さんのキラキラした眼差しに嘘はないように見えた。よって私は、彼女の意図を慎重に探ることにする。
「あの、深瀬さんは本当に、純粋に服の仕立てを依頼しに来てくださった、ということでいいんですね?」
「そうです。是非お願いしたいんです。ブティックさんなら、気になってる異性をイチコロにできるゲキツヨファッションを考案してくれるって聞いて」
「な、なるほど……。つまり今、異性関係で問題を抱えている、と」
「ももも、問題というほどのことでは! ただその、私こういうことにほんと疎くて、もっとこう、気持ちを上手く伝えられたらいいなあーとか、逆に相手の気持ちをもっと理解できたらいいなあーとか、そういう悩みはあるんですけどね。すみません説明下手で。でも、百戦錬磨のブティックさんなら分かりますよね?」
「う、う……? うー……」
どっちだ? どっちなんだこれは!?
深瀬さんの口調や仕草は、演技には見えない。本気で強いアイテムを欲しがっている人の姿に思える。
でも後半の発言には引っかかりを覚える。
『気持ちを上手く伝えられたらいいなあ』という台詞は「断りたいのに通じない」という意味に聞こえるし、『相手の気持ちをもっと理解できたらいいなあ』との台詞は「あいつ何考えてんのかマジで理解不能」という意味にも取れる。
そして最後の、『ブティックさんなら分かりますよね?』。「ブティックさん、あなた、あいつから依頼受けたそうですね。なら分かるでしょ? ウェディングドレスなんてものを贈られそうになってる私が、今どれだけ困っているか」――――――そんな切実な訴えに聞こえてならない。
とはいえ今更ダムさんに、この話はなかったことに~なんてできるだろうか。
「深瀬さん、ダムさんのことコテンパンに打ちのめしたいって思えるほど、あなたのこと嫌いみたいですよ……」って? 無理無理!
じゃあそれとなく遠回しに断りを入れてみる? 今日起きたことをそのままダムさんに伝えれば、彼も色々察してくれるのでは?
そう思ったんだけど、考えてみれば私、「いきなりウェディングドレス贈るとか女の子は普通引いちゃいますよ」って話なら既にダムさんに提言してるんだよね。対する彼の反応は、『あの人に限っては、こうでもしないと伝わらないんだ』というもの。
それにこんなことも言っていたっけ。
『もうね、滅茶苦茶鈍感なんだよ。こっちは何度となく告白してるつもりなんだけど、全然通じなくて』
……あれ? なんか今になって、あの時の彼の言葉がどんどん深みを帯びてきたぞ。
これってもしかして、ダムさんの告白がどうしても通じないって状態ではなく、深瀬さんの断り文句がどうしても通じないって状態なんじゃ……? ……やば、鳥肌立ってきちゃった。
でも考えれば考えるほどに、“おかしい”のはダムさんのほうだという疑いが覆せなくなってくる。
だっておかしいもん。付き合ってもいない女の子にウェディングドレス贈るとか、滅茶苦茶おかしいもん!
そこまで思考が及んだところで、私ははっと閃いた。
そうか、だからなのか。だから深瀬さんは“勝負服”を必要としているんだ。
何を言っても通じない相手を分からせるには、もう物理で体に叩き込むしかないから――――――。つまりこれは、互いに「通じない」と感じている者どうしの決闘。
私は仲介役を頼まれたわけではない。「武器を寄越せ」と、双方に迫られているような状況なんだ。
だとしたら少し安心できる。余計な感情は介入させずとも良いわけだから。
でも将来の危険回避のために、一応これだけは伝えておこう。
「依頼をお受けすることは構わないんですけど……」
「本当ですかっ?」
「はい。でも、今別のお客様の依頼を抱えてるところなんです。意中の方にウェディングドレスを贈りたいと言ってる方がおりまして」
「へえ~~っ、ウェディングドレス……! 素敵ですね!」
「………………はい。つきましては、深瀬さんの“勝負服”はその注文の後で、ということになりますが、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫です。……そっかあ、ウェディングドレス。大作になりそうですね。ブティックさんが作ってくれたドレスをプレゼントされるだなんて、その人幸せ者ですねえ。私のほうはいつでも構いませんので、じっくりゆっくり、可愛いドレスを仕立ててあげてください」
「……はい」
言ったぞ! 私は言ったからな!
遠回しに忠告したし、「弊社は本件の詳しい事情につきましては全く存じておりません」アピもしたからな!
あとはもう、私は私の仕事に集中するのみだ。
そんなわけで、私はダムさんと深瀬さん、両方からのリクエストを受けるに至ったのだった。……敵対する二派それぞれに素知らぬふりで“勝負服”を売るだなんて、なんだか本当に武器商人みたい――――――、なんてことを考えつつ。








