335日目 武器商人(3)
ログイン335日目
『……つきましては以下の点において、再度修正を行っております。
・NPパーティのキャラクターがスキル【セルディビジョン】を使用した上で[発狂]状態になると、そのキャラクターから他プレイヤーへの干渉が可能になること
・NPパーティのキャラクターがスキル【セルディビジョン】を使用した上で[発狂]状態になると、そのキャラクターが他プレイヤーの視点でも表示されるようになること
こちらの二点は正常な動作となりますことをご了承ください。
また、ユーザーの皆様から沢山のご質問をいただいております以下の事例につきましては、こちらも正常な動作となります。
・NPCに習得可能スキル付き特装アイテムを渡し、そのキャラクターが該当するアイテムを身に着けて遠征ヘルプとして参加した場合、特装アイテムのスキルを使用できること
このたびはご不便をおかけいたしましたことを、深くお詫び申し上げます。……』
昨日付けで[お知らせ]に届いていたメールを読んで、私は静かに驚いていた。めっちゃタイムリー!
『NPパーティのキャラクターがスキル【セルディビジョン】を使用した上で[発狂]状態になる』こととか、NPCが『特装アイテムのスキルを使用できること』とか、もうまさに昨日のスクリームミコトーズと合致する案件じゃんね。
強く疑問に思ってたことへの答えがこんなタイミング良く、こんな形で舞い込んでくるとはびっくりだ。
ふんふん、なるほどねー。セルディビジョンと発狂が重なると、他プレイヤーに干渉できるようになって、他プレイヤーからもそのキャラが視えるようになるんだあ……。
………………なんで? って思っちゃうのは私だけなのかな。
そういう仕様に至った理由とか背後の設定とかがあるならまだしも、そこに関わる説明全然ないし、凄いゴリ押し感があるんだけど。「運営がこうだっつってんだからこうなんだよ!」みたいな圧を感じるのは気のせいか……。
それにNPCがセルディビジョン使った上で発狂になるのとか、凄い限定的な状況と言える。なのになんでこんなピンポイントな情報が、いきなり周知される事態に至ったんだろう。
……え、ワンチャン私が原因? 昨日のヤミコトパーティーで色んな人に被害が及んで、運営にクレームが大量に行った、とか?
ひ~、あの件においては既にイーフィさんからお仕置き受けてるんだから、もう勘弁してくれよう。
いずれにせよ、これから少年幹部バージョンのミコトを遠征に連れて行くときには、気を付けないといけない。
今思えばミコトの周りを灰色の煙が覆ったあの見覚えのないスキルエフェクト、【スクリーム】じゃなくてセルディビジョン発動のサインだったっぽい。
あの時ミコトにはオートで動いてもらってたから勝手にスキル使われちゃって、そこにスクリーム発動が偶然重なったんだろうな。
なんて反省もある一方で、NPCが習可付きアイテムを着けてきた場合そのスキルを使えるっていう、この仕様はちょっと嬉しいなーなんて思いもある。
そも該当する衣装を着てきてくれること自体ランダム要素且つ比較的稀なことなので、スキル付きをNPCに回すことが強いプレーイングだとは思わない。
でもスキル付きアイテムの使い方の幅が広がるっていうのは、私みたいなガッツリ生産職にとってはプラスでしかないよね。
私だったら、そうだなあ……、「このスキル使ってるところをこのキャラで是非見たーい!」って思えるスキルだったら、NPCに回すのもアリって思えちゃうかも。やっぱ好きなキャラがカッコイイ技使ってるのって、テンション上がるもの。
ま、でも今は一旦、ダムさんに頼まれたウェディングドレス製作に手を付けようかな。そう思って、お知らせ画面を閉じたときのことだった。
突然「ぴこんっ、ぴこんっ、ぴこんっ」と断続的に通知音が響く。トークアプリにメッセージが届いたことを示すSEだ。
驚いたことに三件ほぼ同時であるにも拘わらず、全部別々の人から送信されている。順番に開いていくと、こう書かれていた。
[ヨシヲwww]
おいブティック
今、迷える羊をおまえの店に送り込んどいたからあとよろしくw
[バレッタ]
あんたの店に今深瀬って奴が来てるから相手してやって
私の友達
[マ ユ]
ご無沙汰してます、マユです!
ブティックさん、今お時間ありますか?
もし余裕がありましたら、ショップのほうに顔を出していただけますと幸いです
深瀬さんて方がブティックさんとお話したいそうで…
まずヨシヲは意味不明だから無視でいいでしょ。で、バレッタさんとマユさんは、どうやら同じ内容の頼み事を私にしてきているらしい。
バレッタさんのメッセージの『友達』って単語、そこはかとなく『ダチ』って読めるなあ……。ヤンキー的脅し文句に聞こえるよ……。
上二つのメッセージだけだったら、迷った末そっとログアウトすることも頭を過ぎったかもしれない。でも三人目、最後の良心マユさんからのメッセージが、私の心を引き留める。
加えて、『深瀬』さんという人物名も。
人違いという可能性もあるけれど、きまくら。で私の知っている深瀬さんといったら[深瀬沙耶]さんのことである。そう、たった今私が作ろうとしているウェディングドレスの、その贈り先となる人だ。
このタイミングでその名前が出されたことを、“偶然”で片付けてしまってよいものなのだろうか。どうにもあまりよろしくない予感がする。
そう、例えばもし、ダムさんが深瀬さん用にウェディングドレスを依頼したことが、本人にうっかり伝わってしまったとしたら……? もし、深瀬さんのダムさんに対する想いが、友達以上の何物でもないとしたら……?
部外者の私がドン引きしたのである。贈られる本人だったら、尚更ドン引き待ったなしである。
何ならちょっと脈アリだったとしても、この件でその僅かな脈が吹っ飛ぶ可能性だって全然ある。
こりゃ、案件の取り下げ依頼とかかな~。デザインとか色々考えてたとこだったから、だとしたら少し残念だな~。
と、気は進まないものの、私は重い腰を上げてショップフロアへ上がった。すると、案の定ガスマスクを付けた女の子が待ち受けていた。
『深瀬さん』はやっぱり、深瀬沙耶さんだった。
「あっ、こ、こんにちは、ブティックさん! すみません、無理言って出て来てもらっちゃって!」
彼女は一人のようで、メッセージを送ってきた三人はそばにはいなかった。
マスクで顔の半分は覆われているけれど、その表情は明らかに硬い。やっぱり楽しい相談事じゃなさそうだなあ。
そう思った矢先、深瀬さんはカウンターに両手を載せ、ずいっと身を乗り出してきた。
「あの、お願いがあるんです」
「は、はい」
圧が凄い。彼女の蛍光色の瞳に見つめられること三秒、四秒、五秒――――――……。
……え? 続く言葉、ないの?
冷静になって観察していると、深瀬さんの顔は徐々に赤く染まっていく。見つめ返せば、その視線はふいっと明後日の方角へ向けられた。
威圧しているというよりは、緊張している……? そう感じたのだが、ようやく発された次の言葉は、緩んだ私の気持ちを引き締めるのに十分な力を持っていた。
「私に、し、し、勝負服を仕立ててもらいたいんです!」








