334日目 スクリーム(6)
ダムさんの保釈金は600万キマだった。
「高ない?」って思った私の金銭感覚はずれてなかったらしい。これが前科一犯だとか二犯だとかその程度なら、二桁万キマで済むんだって。
しかしダムさんは常習犯であるため、保釈金も膨れ上がってしまったそうな。つまり彼は前科二犯どころではない大犯罪者ということにもなる。
無害そうな顔して、きまくら。社会的には凶悪な人だったのね……。
複雑な思いを抱きつつも、私は保釈金を支払ってあげた。ダムさんのいる監房の鍵穴にカーソルを当てると選択肢が出て、そこから釈放の手続きができる仕組みだ。
「助かったよブティックさん。普段ならさっさと逃げ出しちゃうところなんだけどさ、今とあるキャラとのデートイベント狙ってるところで。【脱獄囚】の称号付けられるわけにはいかなかったんだよね。フレに連絡して頼んでみても『もうおまえには付き合ってられん』ってあしらわれちゃうし。いや~感謝感謝。ブティックさんを僕のもとに遣わしてくれたイーフィにも感謝だね~」
突っ込みどころ満載なダムさんの言い分を聞きながら、私は彼に付いて【銀行】へ向かった。
銀行はご想像の通り、お金を預けられる施設である。拠点に保管しておくのとは違って、どの街からでもお金を引き出せるというのが利点だ。
ダムさんはそこで600万キマを用意し、すぐに返してくれた。
……って、あら。50万多いですけど。
「利子ね。お礼も兼ねて」
「いやいやそんな。大したことじゃないし、別にいいですって」
「まあまあ。僕、ブティックさんには借り作りたくないんだよ。だってほら、衣装作ってくれるっていうあの約束、こういうことでチャラにしたくないし」
「しないですよー」
しかしいくら断ってもダムさんは受け取ろうとしないので、私は諦めて頂戴することにした。
ならもう、ここでさくっと衣装の要望聞いちゃうことにしようかな。ほんとは私だって、ダムさんがリクエスト入れてくれるの待ってたんだけどね。
「やったあ。実はブティックさんに作ってほしいものは、ずっと前から決まってたんだよ~」
「早く言ってくれてよかったのに」
「そこはほら、ブティックさん的には社交辞令な発言だったかもしれないし、色々タイミング掴めなくて」
どうやら双方、日本人気質が発動してしまった模様。
でもそう考えると、この思わぬ出会いは良い機会だったかもしれない。私をダムさんのもとに飛ばしてくれたイーフィさんに感謝……は、できないけどなあ。
「でね、ブティックさんにはプレゼント用の服を仕立ててもらいたいと思ってるんだ。つまり別の人用。そーゆーのってありなのかな」
「全然良いですよ」
「ほんと? その相手っていうのが、この子なんだけど」
言って彼は、一枚の写真を共有して見せてくれた。女の子のプレイヤーだ。
ガスマスクを付けた純ヒューマンのアバターで、動きやすそうなボーイッシュな格好をしている。蛍光黄緑の瞳が、灰色の前髪の奥できらりと光ってチャーミング。
っていうかこの人、見覚えがある。
「[深瀬沙耶]さん……?」
「そうそう。この前の麻雀大会で同じ卓だったでしょ」
へー、今回のファッションモデルはあの人かあ。そんなに沢山話したわけじゃないから人柄とかはあまり知らないけど、好みの傾向は分かりやすくて楽かも。
この写真にしても前回会ったときにしてもガスマスクは常に着用で、やんちゃなサイバーパンクってかんじなんだよね。あんまり挑戦したことのない分野だけど、面白そう。
などと頭の中であれこれ思考を巡らせていたらば、ダムさんから爆弾発言が。
「それでね、ブティックさんにはこの子用に、ウェディングドレスを仕立ててほしいんだ」
「へ」
その一言で、今まで組み立てていた構想が全部吹っ飛んだ。私が想像していたのとは真逆の依頼である。
えっと……まあ、いいんだけど、そんなリクエストをしてくるってことは、ダムさんと深瀬さんはそういう?
尋ねると、彼は気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そういう関係になれたらいいなーと」
「これからプロポーズするつもりなんですか?」
「いやいや、まだ付き合ってもいないんだけどね」
えええええ! と、ドン引きなワタクシ。
これが漫画とかだったらずざざざざって、後方に飛び退いてたよ。
あの、ダムさん。物事には順序というものがあると思うんです。付き合ってもいない女の子にいきなりウェディングドレスなんて渡したら、ゲームだとしても驚いちゃいますよ。
控えめに苦言を提出する私に、彼は悩ましげに手を振った。
「分かる、分かるよ。君の言いたいことはよーく分かる。でもね、ことあの人に限っては、こうでもしないと伝わらないんだ」
「と、言いますと」
「もうね、滅茶苦茶鈍感なんだよ。こっちは何度となく告白してるつもりなんだけど、全然通じなくて」
「それ、暗に断られているのでは……」
「うう……そこを突かれると痛い……。……でもっ、嫌われてはいないみたいなんだ。じゃなきゃこの前の麻雀イベントとかだって、誘われてほいほいやって来るなんてことないでしょ」
それはまあ、確かに。
深瀬さんはダムさんチームのメンバーだったんだけど、二人はお互い気心の知れた仲ってかんじだった。告白を何度も無下にしている自覚があるとしたら、あんな和気あいあいとした雰囲気にはならないか。
……深瀬さんが魔性の女でもない限りは。
「ドレスを贈って告白すれば、さすがの彼女も気付くと思うんだ。僕の気持ちが本物だってこと。それに、仮に告白失敗で気まずくなっちゃったとしても、ブティックさんの作った衣装なら普通にプレゼントとして嬉しいだろうから。……だからお願いします、ブティックさん! 彼女に似合うウェディングドレスを、仕立ててくれませんか!?」
そう言って、ダムさんはがばりと頭を下げるのだった。
なるほどなあ。確かに私が仕立てた原作衣装にはほぼ100%でスキルが付くだろうから、“ウェディングドレス”の重さに「うっ」ってなっちゃったとしても、受け取ってもらえるかもね。
最悪、ドレスを非表示にして着たままスキルを取得することもできるわけだし、無駄にはならないだろう。
そういうふうに受け取る側の気持ちをあれこれ想像できてるってことは……――――――、ダムさんの想いは、本当に本物なんだろうな。
だからってわけでもないけれど、私は頷いた。
「分かりました。ダムさんの告白が成功する保証はできませんけど、私にできることでよければ精一杯協力させていただきます」
「っ、ありがとう、ブティックさん!」
本当に、だからってわけでもないんだ。
だってウェディングドレス作るのとか学生時代以来だもーん。このカジュアルボーイッシュな深瀬さんをどう着飾っていこっかな~。うぇへへ、楽しみ。








