334日目 スクリーム(4)
ひんやりと冷たい石の床に、湿度を感じさせる薄暗がり。目が冴えてくると、眼前にそそり立つ真っ直ぐな鉄格子が遺憾なく存在感を発揮してきた。
視界にゆっくり文字が浮かび上がり、ゆっくり消えていく。
【ダナマス サロマン監獄】
……どええええ!?
幾ばくかの間を置いて状況を理解した私は、仰天のあまり体を震わせた。
か、『監獄』!? 私、監獄送りにされちゃったの!?
先の流れからして、その決定を下したのはイーフィさんということになる。
普通そんなことができるものなのだろうか。たかが一個人のプレイヤーにそんな裁量が与えられるゲームがあっていいものなの?
疑問は色々あるものの、閉塞感を与えるように迫る四方の壁と、こちらと外界を隔てる頑丈な鉄格子は、無言で現実を訴えていた。
私は収監されている。サロマン監獄とやらに。
見たところ、ヘルプで入ってくれていた他のNPCの子達はいないようだ。
ひえー、これ、どうすればいいんだろ。ゲームである以上出られないってことはないんだろうけど、どうやったら出られるのだろう。
こういうフィクション作品のお約束として真っ先に思い浮かぶものといえば、“脱獄”ってところなんだけど……。
物騒なことを考えつつ、私は立ち上がって扉を調べてみた。鍵がかかっている。当然だ。
じゃあどこかに抜け穴とか、隠し階段とかないかな……。と、狭い獄中をうろうろ探りだしたときのことだった。
かつ、かつ、と外から硬質な足音が響いてきた。足音は真っ直ぐ、こちらへ近付いてきているようだ。
看守ってやつかなあ。きまくら。の世界観的にそんな怖い展開にはならないと思いたいけど、こんな場所にいるとなると、やはりどきどきしてしまう。
私は体を硬くして、監房の壁にぴたりと背中を張り付けた。
「……って、あら?」
しかし、足音の主が鉄格子の向こうに立ったのを見て、私は拍子抜けする。
その姿は想像していたよりもずっと小さかった。加えて見覚えのある顔だった。
柔らかな銀髪の上に黒鉄のティアラを頂く、華奢な幼女。その名は――――――。
「――――――シルヴェスト様?」
「粗相をしましたね、ビビア。行儀がよろしくありませんよ」
監房を訪れたのはなんと、ダナマの女王様にして四賢人の一人、シルヴェストだった。
彼女は無機質な灰色の瞳で私を見つめる。その眼差しは決して温かなものではなかったけれど、こちらを咎める様子もなかった。
「私の影として働くあなたに、けちが付くのは好ましいことではありません」
シルヴェストは平坦な声で言葉少なに告げると、独房の鍵を開けてくれたではないか。えーっ、意外なところから救いの手!
やだ、シルヴェスト様オトコマエ。私ちょろいから、そんなふうに優しくされたらすぐ好きになっちゃうよー。
「次はありませんからね」
監房から外へ出ると、シルヴェストはそれだけ言い置いて去って行った。
私は一応ステータスを確認してみる。……うん、レベルも[耐久]値もそのままだし、持ち物が減ったりもしていない。やっぱり死に戻りとは全然違うんだね。
それと大事なこととして称号欄。ここも変化なし。よかったー。
聞いたところによると、何らかの犯罪に手を染めて捕まってしまったプレイヤーには、強制的に【前科持ち】っていう称号が付与されるらしいんだ。
これがあるとNPCから嫌われたり、一部のサービスが受けられなくなったりするそうな。一定の期間を過ぎれば消えるらしいんだけど、結構な痛手だよね。
でも称号含め、ざっと見たところ特にどこかに損害が出ているわけではなさそうだ。
あとは監獄を無事に脱出できればオールオッケー。この国の女王様自ら解放してくれたんだから、釈放の手続きなんかも済んでるって思いたいけど……。
そんなことを考えつつ、一歩踏み出したときのことだった。
「あれ? もしかしてブティックさん?」
声は、今さっき私が閉じ込められていた部屋の、斜め向かいの監房から発された。
振り向くと、一人の男が四つん這いでかさかさと鉄格子へ近付いてくるところだった。眼鏡をかけた真面目っぽい青年アバターの姿は記憶に新しい。
「……ダムさん?」
「そうそう。いやあ、まさかこんなところで君と会うとはね。なんか親近感湧いちゃうなあ」
ダムさんこと[ミルクキングダム]さんは、眼鏡の奥で人懐こい笑みを浮かべた。こんなところで親近感を抱かれても、こちらとしては複雑である。
それはそうと、ダムさんとは先月末の麻雀大会で顔を合わせて以来だ。ミステリーデートツアーで卓が一緒だったこともあるし、この人とはちょいちょい縁があるなあ。
彼はきまくら。界のトップストリーマーという凄い方なんだけど、親しみやすい雰囲気がある。私なんかでもあまり緊張せずに話せる稀有な人である。
「どうしてここへ? ブティックさんもついに密猟、やっちゃった?」
「ち、違いますよ! どうしてここへ来たのかは私自身もよく分かってないところがありまして。なんか、とある方にとあるスキルをかけられて飛ばされたっぽいんですよね」
「ぶはっ。それってもしかしてイーフィとかいう人の代理執行とかいうスキルだったりする?」
「あっ、まさしくそれです。ダムさん、知ってるんですね」
ぴったり当てはまる事例を持ち出されて興奮する私を余所に、ダムさんは盛大に爆笑した。
「あっはっはっはっは、やるなあイーフィ、度胸ある。あれをブティックさん相手にぶちかますだなんて」
「あのスキル、相手を監獄送りにするみたいな、やっぱりそういう効果なんですか?」
「そうそう。彼のロックスキルなんだよ。ぶっ飛んでるよね。でも一週間に一回しか使えなくて、発動条件も結構厳しいみたい。曰く、『法を犯したとみなされる者』が対象となるそうだよ」
「えっ。じゃあ、それが私に使えたってことはつまり……」
「イーフィが代理執行を発動できた時点で、君は犯罪者ということになるね~」
ええええ!? こ、こんな無害でいたいけなバンビガールを捕まえて犯罪者とはこれいかに!?
私は日々黙々と服を仕立てて売って時々冒険する程度の、至極真面目なきまくら。ライフを送っているというのに。
因みにだけど、初心者が踏み抜きやすい犯罪こと“密猟罪”に関しては私も対策している。【狩猟】スキル並びに【狩猟免許】を数か月前に取得済みだ。
基本私のプレースタイルでは罪に問われることはないっぽいんだけど、この辺のルール色々ややこしいからさ。将来うっかり枠組みを越えてしまう危険性を考えて、確実な安全を取ることにした。
だから密猟による犯罪者扱いってことはないはず。
じゃあどこで『法を犯したとみなされる』ことになったんだろ。私、後ろめたいことなんて全然ないのに。








