334日目 スクリーム(1)
ログイン334日目
「ビビア、おはよう」
その日、ツインズと入れ違いに店へやって来たミコトを見て、私は目を瞠った。
「あ、これ? えへへ、そうなんだ。この前ビビアがプレゼントしてくれたお洋服、早速着てみたんだ。どうかな」
そう、私がミコトのためにデザインして作ったあの衣装を、ついに今日着てきてくれたんだ。
うひょー、最高! 滅茶苦茶似合ってる!
普段とはがらっと雰囲気を変えて、ダークでラグジュアリーなミコト少年。
でもそんな彼が、袖を握って少し照れ気味に自分の格好を披露してくれてるんだよ。このギャップや良し。
かと思えばミコトは、ふいに視線を下げてこんなことを言う。
「うん、ちゃんとビビアの気持ち、伝わってるよ。これからもそうやって、僕のこと見ててほしいな。僕だけのことを、ずーっと、……なんてね」
出た、病ミコト! 若しくは闇コト!
ギャップがあるのも良いしギャップがないのも良いね~。
はー、この衣装作って大正解だよ。この瞬間に取り入れることのできる人生の栄養素が、確かにあるんだよねー。
そんなわけでスクショを撮ったり動画を撮ったり、心ゆくまでヤミコト君を満喫していると、店内にいたお客さん達も控えめに参入してきた。これも今や最近のお決まりのパターンだったりする。
聞くところによると、私の衣装、またコーディネートのキャラクター達を見たいがために、実店舗を利用してるってお客さんもいるらしいよ。
それだけ魅力的にみんなを着飾れてるってことで、私も鼻が高いのだ。えへん。
ミコトが帰って行くと、数人のお客さんが私を取り囲んだ。
「ブティックさん、あの衣装新作ですよね!?」
「店売りはしますか!? いつからやります!?」
「色違いとか欲しいんですけどおー」
おお、早速ミコト衣装のリクエストが来た。
ミコトが新衣装着てくれたら店売りに出そうって思ってたところなので、丁度いい。ばんばん作って、ばんばん売ろうっと。
あとスキル付きのオリジナル品も、しれっと店頭に出しちゃお。誰が最初に気付くかな~。
なんてにやにやしながらカウンターで管理パネルを開いた私は、はたと手を止めた。
――――――あれ? ……スキルが、付いてない。
ミコトのための衣装とはいえ、NPCである彼にスキル付きアイテムを渡したとて有効活用はできない。NPCが装着アイテムからスキルを習得することはない。
だから彼にはコピー品を渡していた。そのつもりだった。
でも、今のところ私がこの【少年幹部の衣装セット】を仕立てたのは、オリジナルの作製とミコト用のコピー品の作製の二回っきりだ。この世界に少年幹部の衣装セットは、オリジナルが一つとコピーが一つ、まだそれだけしか存在しない。
にも拘わらず、インベントリにあるのはスキルの付いていない衣装が1セット。ということは――――――。
「やらかした~~~~!」
――――――ミコト君に、間違えてオリジナルのほう渡しちゃった!
はーーーー、ちょっと勿体ないことしちゃったなあ。と、先のミスを若干引き摺りつつも、現在私はダナマの【黄昏の沼】というフィールドに遠征に来ている。
今週はここがパラディスラッシュの舞台なんだ。今日は生産する気分になれなかったので、リフレッシュに遠征でも行くかあと思って。
不幸中の幸いだったのは、例の衣装に付いたスキル【セルディビジョン】がそんなに使える技ではないっぽいということ。
攻略サイトで調べたところによると、評価点数は10点満点中『3.5』ってなってた。この数字はサブスキルの評価にしてもかなり低いほうだ。
だから強力なスキルを無駄にしてしまうよりかは大分ましかー、と思うことにした。
それに、と私は前方に目を向ける。
そこには敵対幻獣【エンテイクジャク】達と対峙するミコトの姿があった。彼は少年幹部の衣装セットを身に纏い、狩りに励んでいる。
そう、今日ミコト君は、遠征ヘルプで呼んだ際も私の作った衣装で来てくれたんだ。これね、最近のアプデで加わった新要素なんだよ。
今まではNPCがプレゼントした装着アイテムを身に着けてくれる機会っていうのは、基本来客イベントに限られていた。それが、遠征のときも低確率で着てきてくれるっていう仕様に変わったんだ。
変化するのは見た目だけで、特装アイテムの効果なんかは反映されないようだ。だとしてもグッジョブだよねー、この改変。
華麗に立ち回り、鋭い剣捌きを繰り出すミコトの姿を眺めて、しみじみ思う。
遠征ならではの激しくしなやかな動作をオリジナルコーデの衣装で堪能できるっていうのは、来客イベントじゃ味わえない楽しみだもんね。
【跳躍】や【剣技】に合わせて翻るショートローブ、揺れるタッセル飾り、しゃららと音を立てるレッグギアの鎖。感無量である。
うんうん、私はこんなかっこいいミコト君が見れただけで、もう十分満足だよ。スキルの一つや二つ無駄にしてしまったことなんて、些末なミスに過ぎないよね。
因みに私がいるここ中層では、現在クラン[国境なき騎士団]さんが警備に当たってくれている。フレンドリーファイアが解禁されるパラディス・ラッシュだけれど、彼等が意地悪なプレイヤーを取り締まってくれているのだ。
これを完全ボランティアでやってるっていうんだから、ほんと凄いよね。きまくら。もまだまだ捨てたもんじゃないなあ。
そんなわけで、私も安心して遠征を楽しめているのだった。
とそこでふと、ミコトはいつもとは違う動きを見せた。
彼は幻獣との交戦から一旦後衛に退いて、突き出した両手の拳をぎゅ、と握り締める。これはミコトがスキルを発動するときのモーションである。
ぼわんと、ミコトの周りを灰色の煙が覆う。見覚えのないエフェクトに一瞬「あれ?」と思ったが、次の動きで理解した。
ミコトは天を仰いで、「アオオオオオーーーーン……!」と見事な遠吠えを発した。すると彼の体は一時赤く発光し、その後頭上辺りに赤い靄のマークが付される。
出た、【スクリーム】。自身を[発狂]状態にするスキルだ。
これについてはゆうへいさんから事前に情報を得ていたので、心の準備はできていた。
何でもこのスキル、ミコトがヤンデレルートに入ったときのみ覚える技らしい。
因みに現在ミコトは【狩りを優先】オーダーで動いてもらっているのだが、このスキルに限ってはオート状態にあるかどうかに拘わらず、ランダムなタイミングで勝手に発動してしまうんだって。
発狂は[力]、[敏捷]、[集中]がアップするとはいえ、操作不能になって敵味方無差別に攻撃したり、【狩猟】スキルが無効になったりするので、概ねマイナスな効果である。
他にも“ヤミコト”は、通常ミコトが覚えるはずのスキル【お手プッシュ】が使えなくなるそう。代わりに通常ミコトより遠征に関わるステータスがぐーんと上昇するので、悪いことばかりじゃないみたいだけどね。
とはいえ、そんなツヨツヨバフのかかったミコト君に味方を攻撃されては敵わない。よって私は他のパーティメンバー――――ディルカとコナーを呼び寄せ、避難させることにした。
発狂は時間経過で治まるものだから、ミコトが落ち着くまで私達は大人しくしていることとしよう。
が、次の瞬間、彼にさらなる異変が生じる。








