333日目 やみこと(2)
「そのお、違いますよ? 予約必須とかそういうわけではなくて。急にふらっと立ち寄りたくなる気持ちも勿論分かるんですけどお。ブティックさんほどの人ともなると、こちらもお迎えするに当たって色々準備があるわけでしてね?」
「いや全く。俺だってインしていないときとかあるわけですし」
何やら非難めいた言葉を口にしながら、そうへいさん、並びに慌ててやって来たゆうへいさんは、私を奥の個室に案内してくれた。まるで抜き打ち監査が来たかのような扱いである。
私は私で気を遣って直接実店舗に足を運んだのだが、彼等は彼等でこっちのほうが気を遣うということなのだろうか。別にゆうへいさんとか、離れた場所にいたんなら飛んで来なくたって良かったのにな。
でもまあごめんなさいと、私は頭を下げた。それなら次からは、一言入れてからお店に行くことにします。
「いえ、強制ではないんですけどね。ただもっとこう、フレンドライクにというか気軽にというか、少しでも気になったこととかあればばんばんトークでも何でも連絡してもらって構いませんから!」
「確かにキマのやり取りをする以上、アバターどうしで会う必要はあるんですけどね。ただブティックさんの場合はそれ以外にもこまめにコンタクトの機会があるほうが、取引もスムーズに進むかと」
そこで私は察した。
これ、あれか。以前やらかした失態を暗に責められているのか。
ほら、情報屋に来たはいいけど【ブーツキティズ】に夢中で上の空になっちゃったってやつ。私の場合ああいうことがありがちで取引がスムーズに進まないことがあるから、急に来るより連絡入れてねって言われてるのか。
それが証拠に、今日は猫ちゃんいないもの。ちょっと寂しい。
厄介な客とみなされるのは嬉しくないけども、とはいえ彼等はこうして真摯に対応してくれようとしている。ありがたいことと受け止め、以後気を付けることとしよう。
そうして会話に一区切り付くと、一転、二人は笑顔で手をにぎにぎ揉みだした。
「それで、まず何からお伺いいたしましょうか」
「どんな情報を提供してくれるんですか? ブティックさん」
「え? いえ、今日は情報を買いたいと思ってお訪ねしたのですが……」
するとまた一転、二人の笑顔は同時に曇る。あれ、私何か不味いこと言っちゃったかな。
「もうっ、ブティックさんは我々の心を振り回し過ぎですー!」
こちらの台詞だと思った。
一瞬不穏な空気が過ぎったものの、幸い二人は即仕事の顔に戻り、色々話を聞いてくれた。
そう、つまりはゆうへいさんって“大人”なんだよね。
大人の対応をする大人。本音はあるけど建前でコミュニケーションを取ることも良しとする人。
勝手なこと言ってるのは百も承知で、だから私、この人にちょっと苦手意識あるんだろうなあ。
勿論そういう作法を美徳とする場面も世の中にはいっぱいあるんだけど、こときまくら。という娯楽の世界ではちょっと珍しい人種だからさ。
感情ばーん、悪意も善意も包み隠さずばーんなことが多いこの文化だからこそ、色んな意味で“普通”なこの人にギャップを感じてしまうようだ。
何はともあれ、私はかくかくしかじか、クリフェウスが店に来なくなった経緯についてゆうへいさん達に説明した。
二人は最初ぴんときていなかったようだけど、やがてある時点で訳知り顔になる。心当たりがあるらしい。
良かった。やっぱり人に相談してみるのって大事なんだね。
「ブティックさん、それ恐らく、ミコトが原因ですね」
「えっ、ミコト君が?」
「【看病してあげる】ミッションを最近クリアしたとのことなので、ほぼ間違いなく。他の男キャラも来店していないのでしょう?」
「他の……うーん、私のお店、普段からあんまり男の子キャラ来ないんですよね。でも言われてみれば確かにそうかも」
「なるほど。そもそも男キャラとの接触がなかったと。このイベントは“男キャラがさっぱり寄り付かなくなる”ってことで有名なんですけど、であればブティックさんが答えに行き着くことができなかったのも納得ではあります」
ゆうへいさんはそう言って居住まいを正し、神妙な顔で私を見つめた。そして難病を宣告する医師のような口ぶりで、告げる。
「ブティックさん。あなたのミコトは、ヤンデレ化しています」
………………ええーーーーっ!?
「どどど、どういうことですか先生」
「『先生』? ……つまりですね、【看病してあげる】にはミコトヤンデレ化ルートが潜んでるんですよ。ブティックさんはその条件を満たしてしまったわけです。なんかこう、お宅のミコトが普段と違うなって、気になったりしませんでした? 雰囲気がちょっと重いというか、どことなく後ろ暗い様子があったりとか」
「あったあった、ありました。いつもの無邪気で元気な彼とは違う、お腹に一物か二物か抱えていそうなかんじ。けど私、看病のミニゲームのリザルトは悪くなかったんですよ。一応全部A以上に仕上げたんですけど、それでもまだ足りなかったんでしょうか……」
「いえ、ヤンデレルートのスイッチが潜んでるのは、リザルトではないんですよ。そこがまたちょっとややこしい話でして」
ゆうへいさんが教えてくれたミコトヤンデレ化の条件は、二つ。
まず、ミッションが始まってから達成されるまでの期間中、ログインしたにも拘わらずミコトの家に行かない日が4日以上存在すること。
そして、ミッションが始まってから達成されるまでの期間中、ログインしてミコトの家に行かなかったにも拘わらず、他の男性キャラクターと会話した日が4日以上存在すること。
……や、ややこしっ!!
「そうなんです。ややこしいんです。我々もこの答えに辿り着くのにどれほどの労力を要したことか」
「……心中お察しします」
でも、なるほど。その条件なら多分私、満たしてしまっている。
看病ミッションこなすほどの時間はないけどちょぴっとお店の納品するくらいなら~ってちょこちょこログインしてたし、そのついでにとやって来た男キャラ――――クリフェウスの相手もしていた。
思うところのありそうなミコトの態度に「毎日ミッションこなせって要求するのはさすがにハードル高いよ~」って口を尖らせていたけれど、実際にはそこまで厳しくはなかった模様。
がしかし、トラップは思わぬところに潜んでおり、私は見事それを踏み抜いてしまったようだ。
「えっと、それで、ヤンデレ化? ミコトが?」
「まあゲーム上ではっきり描写されているわけではないので、ヤンデレ云々は飽くまで我々プレイヤーの想像で騒いでいるだけです。でもこのルートを辿るとミコトの言動に陰が差すこと、以降他の男キャラがプレイヤーの店を一切訪れなくなることから、恐らくミコトが裏で動いてプレイヤーから男を遠ざけているのだろうと」
「ひえっ」
それは確かにヤンデレ感なりストーカー感なりあるな……。
そうか、ミコト君、「クリフェウスに会う時間はあるのに怪我してる僕のもとには来てくれないんだね……」ってもんにょりしてたのか。ごめんよミコト君、寂しい思いをさせて。
……でもさ、そもそもなんでお家で寝込んでるはずのミコト君が、プレイヤーが他の男キャラと会ってることを知ってるのかって話なんだよね。
ゲームにありがちなご都合主義で片付けるべきものなのかもしれない。けど描写されていない部分で彼の裏の顔を察せてしまう作りな以上、そっちにも想像が膨らんでしまうのは自然なことなわけで。
……「ヤンデレは一日にして成らず」ってことなのかな。








