318日目 ビャクヤ
ログイン318日目
「それじゃ、僕は仕事に戻るとするよ。また来るね」
言って去って行くクリフェウスの背中を見送ったのち、数秒間、私は店の扉を見つめる。しかし再び扉が開くことはなかった。
かと思えばカランコロンとベルの音が鳴り、私は期待の視線を送る。やって来たのは三角のアイコンのない、普通のプレイヤー客であった。
がっかり。いや勿論、プレイヤー客が嬉しくないわけじゃないんだけどね。
……実はここ最近、ミコト君の姿を見ないんだ。【パレス・エトワール】で出会って以来だから、もう一週間近く会ってないかな。
折角彼のためのコスチュームを仕立てて、いつプレゼントイベントが起きるかとわくわくしていたところなのに。出鼻を挫かれたかんじでとっても残念なのだ。
それに、普通に心配でもある。だって今までほぼ毎日のように店を訪ねてくれていたミコト君が、一週間もご無沙汰だなんて。私、何か好感度を下げるようなことしちゃったのかなあって。
うーん、地下街でのイベントを思い返してみても、不味い言動をした記憶はないんだけどな。
でもそういえば彼、「借金完済してマルモアから足を洗うその時まで待っていてほしい」みたいな、意味深なフラグを建ててたんだよね。もしかしてあれって「その時まで会うことはできない」的な意味も含んでたのかな。
えー、やだやだ、じゃあ一体全体いつになったらこの衣装をプレゼントできるんだよおー。いつになったらミコト君はこの衣装を着てくれるんだよおー。
てか足を洗ってからじゃあ、闇のミコト君消えちゃうじゃんね。表も裏も完全なる光のミコト君になっちゃうじゃんね。
いやまあそれは非常に喜ばしいことなんだろうけども、この服のコンセプト的に闇が垣間見える内に渡したいっていうかあ。
なんて自分勝手なことをもだもだ考えていた私は、ふと思いつく。
そういえば、シエルちゃんシャンタちゃんも、クリフェウスもウィリフレアさんも、ちゃんと自分の家、拠点とする場所を構えているんだよね。
仲良しな子は向こうのほうからお店にやって来てくれるのであまり考えたことはなかったのだが、そうだ、簡単なことだ。会いたければ、私のほうから会いに行けば良いのだ。
ということで早速ミコトの家について調べてみると、彼がねぐらにしているのはシラハエの王都ビャクヤとのことだった。
確かに“ミコト”という名前にはシラハエらしさがある。彼はビャクヤの出身なのかもなあ。
レスティンには彼が援助する孤児院があって、ダナマスには彼が所属する組織のアジトがあって、ビャクヤには彼の生家があるというわけか。そう考えると、ミコトが色んな場所に出現するのも納得である。
よーしそれじゃミコト君の様子を見に、ちょっくらビャクヤまで行ってみよー。
ミコトの家は、ビャクヤの外れの静かな場所にあった。
シラハエは天気の変動が激しい国らしく、今日はしんしんと雪が降っている。山や家屋に雪が積もっていたり、近くの川が凍っていたりして、冬の厳しさが街を侘しい雰囲気に染めていた。
表札にカーソルを当てると、『ミコトの家』と文字が浮かぶ。うん、ここで間違いなさそうだね。
私は曇り硝子の嵌まった格子戸を叩いた。しばらく待つも、反応はない。留守、かなあ。
彼、色々忙しい生活っぽいものね。家にいなくても不思議ではない。
残念に思いつつその場を去ろうとしたその時、家の奥で、何か重たいものが落ちるような鈍い物音が響いた。まるで人が倒れるような――――――。
嫌な予感が頭を掠めたもので、思いきって格子戸に手をかけた。すると鍵はかかっておらず、カラカラと簡単に開く。
私は屋内に踏み込み、ミコトの姿を探した。
小さな家なので、見つけるのに然程時間はかからなかった。寝室にて、彼はベッドから布団と共に転げ落ち、息も絶え絶えに横たわっていた。
寝間着からはみ出た体の至るところに包帯が巻かれ、中には血が滲んでいる箇所もある。
「ミコト君……!」
駆け寄った私の視界に、幾つかの選択肢が現れる。その中から『・寝台に横たえてあげる』を選ぶと、ビビアの華奢な両手はひょいっとミコトの体を持ち上げてくれた。
「ビビア? どうして君がここに……? ……え、僕のことが心配で? そう、なんだ。えへへ、ありがとう……」
ミコト君は苦しそうな息遣いで、嬉しそうに微笑む。え、なんかその儚い笑み、死に際シチュエーションみたいで嫌だなあ。
そういえば『待っていてほしい』だなんてフラグも建てていたし……だ、大丈夫だよね? さすがのきまくら。も、そこまで鬼畜なことはしないよね?
ひやひやしている私の横で、ミコトは事の経緯を語りだした。
詳しくは明かさなかったけれど、マルモアの任務の最中、粗相により大怪我をしてしまったんだって。
勿論組織にも医者はいる。でも利用するととんでもなく高い請求が来るんだそう。
払えない額ではないものの、折角施設の借金がもうすぐ完済できそうなのだ。こんな予期せぬ事態により悲願が遠のくというのは、あまりに遣る瀬無い。
それでミコトは治療を断り、自力で治すことにした、というわけだった。
「自力ってそんなの、無茶だよ……」
「へへ、大丈夫。僕、昔っから体は人一倍丈夫なんだ。それに、ちゃんとお薬も飲んでるし」
ミコトが向けた視線の先には、沢山の【スタミナドリンク】の空き瓶が並んでいた。
……これって[持久]を回復するアイテムじゃん。きまくら。においては、薬というより栄養ドリンク的なものなのでは?
満身創痍の彼の様子を見るに、効いてるかんじは全然ないし。
『→・私が看病してあげるから、ミコトはそこで大人しくしていて』
「え……ビビアが……? いや、悪いよ……君は自分の仕事もあるだろうし」
『→・押しきる』
「ほんとに大丈夫?」
選択肢に則って看病を申し出ると、ミコトは口元まで布団を引き寄せ、おずおずとこちらを覗き見た。
「………………じゃあ、お言葉に甘えて、お願いしようかな」
おっしゃーー、こんな可愛いミコト君のためならお安い御用! と、母性に燃えるワタクシなのでした。








