312日目 パレス・エトワール(3)
「び、ビビア!? どうして君が、こんなところに……」
私を認めると、ミコトはあからさまに顔を青くし慌てた様子だ。
それはこっちの台詞だよミコト君。どうして一介の冒険者である君が、何のお咎めもなく犯罪組織のアジトに出入りできてるの? ってね。
でもまあ、そういうことなんだろうなあ。
疑問ではあったんだよね。一介の冒険者であるミコト君が、孤児院の人達にあんな感謝されるくらいの大きな資金援助ができるものなんだろうかって。
なんかそういう慈善事業って、貴族とかお金持ちの大人がやってるイメージじゃない。でも彼は自身も孤児の出で、まだ若くて、立派な社会的肩書きがあるわけでもなさそうで。
そんな子が施設を支援できるくらい、この世界の冒険者という職業は稼ぎが良いものなんだろうか?って、不思議に思ってたんだ。
でも、そういうことなら納得。ミコト君、きみには手取りの良い裏稼業があったんだね。
「……うん。そうなんだ。実は僕はマルモアレジスタンスの一員なんだ。あの孤児院、経営が凄く大変で、凄く困ってて。僕も家のない暮らしの辛さは知ってるから、どうにか子ども達を助けてあげたくて、それで、お給料の良いこの仕事を……」
そっか、なるほどね。
勿論手放しで褒められることじゃないけど、でもミコト君らしい理由だなって腑に落ちちゃったよ。ほんと君は優しいんだから。
「黙っててごめんね、ビビア。……僕のこと、嫌いになっちゃったかな」
→・ううん、凄くカッコイイと思う!
・そうだね、ちょっとがっかりだよ
・嫌いにはならないけど、少し心配かな
現れた三つの台詞の中から、私は当たり障りのなさそうな三番目を選ぶ。するとミコトはターコイズブルーの瞳を揺らしたのち、眉尻を下げて微笑んだ。
「ありがとう、心配してくれて。ありがとう、嫌いにならないでいてくれて。実はね、施設が背負ってる借金、もうすぐ完済できそうなんだ。それが終わったら僕も、この仕事から足を洗おうと思ってる。だからその、ビビア……それまで、待っていてほしいんだ」
言ってミコトは落ち着かないかんじで指を遊ばせ、もじもじと俯いた。
お? お? これはなんか、甘酸っぱいフラグが立ってる香りがするぞ!
プロポーズか? プロポーズなのかミコト君!
って言っても、きまくら。においてキャラクターとの結婚エピソードなんかはさすがに耳にしたことがない。可能性があるとしたら精々が告白とかかな。
何だかんだNPCとの恋愛は匂わせ程度に止めるのが、きまくら。の基本スタンスである。
まあこの手のゲームとしてはそれが無難だろう。の割にNPCどうしの恋愛は情け容赦なく唐突に組み込んできたりするのが謎なんだけど。
いずれにせよ、こんな可愛くて健気な子に好意を寄せられて悪い気はしない。私はハートを飛ばすスタンプをプッシュしておいた。
けど、ミコトにこのような裏の顔があったとは意外である。そういう闇世界とは無縁そうな、癒し系ビジュアルなのにね。
マルモアの一員として働いているとのことだけど、実際にはどんな仕事をしてるんだろう。
この組織の主な活動は密猟による素材取引、闇市の運営、諜報員の派遣などなど、とのことだけど……冒険者だから、やっぱ密猟に協力してるのかな?
あと彼が色んなところに現れる神出鬼没キャラであることを考えると、スパイっぽいこともしてたりして。
表の顔と裏の顔を使い分けるミコト君。やわやわな笑顔を私に見せる一方で、実は冷徹に任務を遂行する氷のような一面も持っているのかもしれない。
……妄想してたら、ちょっと中二心が疼いてきちゃった。闇に紛れてスパイエージェントとして暗躍するブラックミコ君……ふふふ、いいじゃない。
よーし、ちょっくらミコト君にプレゼントする衣装でも仕立ててみるかな~。
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【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(非公式)(鍵付)・クラン[情報屋]の部屋】
[しゅうへい]
ついでに護身具の変更もできたら最高なんですが
見た目だけでもいいから
[こうへい]
アプデ担当班は明日から大変だな
お知らせ記載以外の新要素がないことを祈るのみだ
[きょうへい]
そんなことって今までありましたかね
[こうへい]
(´・・`)
[そうへい]
結局一番負担が大きいのはアプデ班よりうちら営業担当の三つの班でしょ
ほんと碌な客いないんだから
あいつら自分じゃ何も調べられないくせしてこっちが「調査中です」って言えば「無能」と叩いてくるし、
さも自信満々に「新情報だ」と聞かされるお喋りは80%が既出か勘違いかでっちあげ
ほんと頑張ってよね、アプデ班
皺寄せが来るのはこっちなんだから
[こうへい]
お、おう
[しょうへい]
(´-`).。oO(客のヘイトが接客スタッフに向かい、スタッフのヘイトがアプデ班に向かう…ここに企業の縮図を見たり…)
[そうへい]
ってゆーかね、検証班ほんとに働いてる?
例の件、アニマルフードをNPCが身に着ける謎現象、ちゃんと調査進めてる?
どうなのようさん
[ようへい]
え、や、やってるやってる
メンバー全員知恵絞って、色んなキャラクターにアプローチかけてるよ
恐らくブティックさん発のイベントだろうって言われてるから、シエルシャンタには特に入念に
[そうへい]
嘘
この間検証班メンバーで遺跡ラッシュ遊んでたの、知ってるんだからね
「うちらが客の対応に忙しく追われてるってのにはしゃぎ回っちゃって、大層なご身分ね」って、
レスティーナ担当の子達怒ってましたよ
[ようへい]
あ、あれは調査の一環だし、メンタルケアも兼ねてるんだよ
あんまり根詰めて一つの仕事に没頭するのは精神衛生上よくないって、前のミラクリ検証のときに十分わかったろう
そういう君等の圧力がスタッフのやる気を削いでくってこと、もう少し自覚してほしいなあ
[そうへい]
息抜き挟むのは勿論構わないですけど、だったらもうちょっと真面目に調査に取り組んでくださいよ
私等からすれば、あなた方の怠慢が巡り巡って私達を攻撃する毒になってるってこと、自覚してほしいところね
[ようへい]
怠慢だなんて失礼な
君達は僕等の仕事の大変さを分かってないよ
[ようへい]
大体ね、どんなに頑張ったところでキャラクターに関わるイベント検証だなんて、そんなにできることがあるわけじゃないんだ
キャライベは日々の少しずつの積み重ねによるもの
である以上、他の重要な仕事を同時進行で行ったほうが絶対タイパが良いだろう
だからこその遺跡ラッシュ調査なんだよ
[そうへい]
そんなの、自分等の仕事が行き詰まってることの言い訳じゃないですか
[ようへい]
じゃあ言わせてもらうけど、僕等の検証作業が行き詰まってるのはどうしてだと思う?
圧倒的情報不足だからだ
その情報を集めてくるのは主に誰の役目だい?
そう、君等営業班に違いない
[そうへい]
はー!?
何、私達のせいだって言うの?
仕方ないじゃない、さっきも言った通り、うちに来るお客なんてほとんどが碌な情報落としていかないんだから
[ようへい]
だったら、有益な情報を落としてくれるお客さん、それこそ話題の張本人がふらっと立ち寄りたくなるような、
そんな魅力的なお店にするのが君達の仕事なんじゃないのかい
[そうへい]
それはようさん達の責任でしょう!
ようへいさん達がしっかり検証に励んで、もっと魅力的な商品をお店に沢山並べられるようになれば、
ブティックさんだって情報目当てに来てくれるに違いないのに!
[ようへい]
何をー!
[そうへい]
むきーっ!
[ゆうへい]
はい、はい、そこまでな
もういいだろう
二人とも、検証班も営業班も、よくやってるよ
[ゆうへい]
確かに外部からの批判は好ましいものではないが、それは同時に我々への期待、頼りにされていることの証拠とも言える
重圧は大きい
でもだからこそ、仲間内でしっかり手を取り合い、一つずつ丁寧に情報収集と調査に取り組んでいこう
これを継続していくことによりいずれ、
[そうへい]
じゃあ誰の責任だって言うんですか!?
[ゆうへい]
あ?
[ようへい]
「責任者呼べ」って、昔からよく言うよなあ
このクランにおいての責任者は勿論、ゆうへい、クランマスターである君だ
[そうへい]
つまり客のヘイトの矛先になって営業班が苦しんでるのも、営業班のヘイトの矛先になって検証班が苦しんでるのも、
ゆうさん、あなたに責任があるってことですよね
[こうへい]
こ、これは……ようへいとそうへいが、しっかりと手を取り合っている……?
[りょうへい]
ゆうへいさんの想いが通じたんだ!
[きょうへい]
共通の敵になってるのは当の本人だがな
[ゆうへい]
待て待て、そういう話じゃないだろう
責任がどうとか誰のせいとかそんな生産性のないことを考えるよりも、
[ようへい]
不満をぶつけられることによってモチベが下がって、その生産性に被害が出てるんだよ
責任者である君はこれを看過できる事態と取るのかい
[そうへい]
新エリア開通のときといい劇団のリンクセットのときといい今回のNPC衣装の件といい!
私達の負担がどれだけ大きいか、ゆうさんは分かってない!
[ゆうへい]
いや分かってる、分かっているぞ
だが結局のところ俺等にできることは、ひたすら情報を集め検証し調査を進めていくということなのだから、
[ようへい]
実のところ、シンプルにしてイージーな解決策があるんだよ、あるよね
ブティックさんにアプローチする、ただそれだけのことだよね
[ゆうへい]
ダメダメ、それはよくないぞようへい
所詮一介のプレイヤーなどと彼女を甘く見てはいけない
結社にもも金、無職、委員会と、様々な組織とパイプのある人間だ
迂闊に近付いて奴等に目を付けられては敵わないし、我々のクリーンな企業イメージを損ないかねない
[そうへい]
もおーっ、そうやっていっつも日和るの、ゆうさんの悪い癖ですよ!
そのガチガチな保身が逆に私達に負担をかけてるって、さっきから言ってるじゃないですか!
[ようへい]
そうだよゆうへい
君、曲がりなりにもブティックさんのフレンドだろう
一回くらいこっちから連絡取ってみてはどうだい?
[そうへい]
そうですよ!
何なら私から聞いてみましょうか?
私も一応ブティックさんとはフレですから
[ゆうへい]
いやしかし……
はあ……








