285日目 たからばこ(8)
困ったように微笑んで、ねじコちゃんは空を見上げた。そして少しの沈黙ののち、ぽつり、呟く。
「私前いたクランで『指示厨』って言われちゃって。それでみんなに鬱陶しがられて、追い出されちゃったんです」
えっ。とんでもなく重い爆弾が投下されて、私は息を詰めた。
「言われてみればあれもこれも確かに、出過ぎたお節介だったのかもなあなんて、反省する部分も色々あったんです。私としては良かれと思って、軽くアドバイスしてたつもりなんですけどね。でもきっと今日みたく、自分でも気付かない内にテンション上がって暴走してたりしたんだろうなあ。最後には、『私達はあなたの操り人形じゃない』なーんて言われちゃいました。それ聞いたら私、知らず知らずの内にみんなのこと、都合よく動かせる人形みたく扱ってたのかなあって怖くなっちゃって。ドール遣いやってる内に周りの人のこともそういう目で見るようになっちゃったのかなあって」
「ねじコちゃん……うさちゃん表示してなかったのって、それで……?」
「……はい。あの台詞、思い出しちゃうから。あ、でも、今はそこまで思い詰めてないですよ。確かに私は面倒臭い性格だけど、それとドールは多分関係ないよなって、割り切れてます。何より私、やっぱりドールが好きみたいだから」
言ってねじコちゃんは足元のうさちゃんに目を落とす。うさちゃんはこてんと首を傾げ、それからねじコちゃんを元気付けるかのようにぴょこぴょこ跳ねた。
「可愛い」
「可愛いかよ」
口々に告げたのち、ねじコちゃんはふふ、と笑みを漏らした。
「ブティックさんのお陰です。こんなにラブリーな衣装作ってもらえて、それでドールの可愛さを再確認できました」
ねじコちゃんの酷くプライベートな話を聞きながら、私は何をどう言うべきか考える。
私はねじコちゃんと、彼女のかつてのクランメンバー達との間で交わされたやり取りを全部知ってるわけじゃない。だからその件について、ねじコちゃん或いは相手方を肯定したり否定したりする立場にはいない。
でも彼女には元気を出してほしいと思う。友達だから。
そこでふと私は、きーちゃんのことを思い出した。彼女が私に、かけてくれた言葉を。
「私は、ねじコちゃんのこと好きだし、尊敬してるよ。今日色々アドバイスしてもらったのも、すっごく勉強になった。同窓会遠征が大成功したのは、ねじコちゃんのお陰だよ」
「ブティックさん……」
「だからね。勿論色んな人と上手く付き合うこととか、自分の欠点を反省することとかは大事だと思うんだけど。でも、忘れないでほしいの。“私みたく、ねじコちゃんがねじコちゃんらしくあることによって、勇気や力を貰ってる人もいるんだよってこと”」
すると、気遣わしげだったねじコちゃんの瞳に、光が灯る。
「……って、これ、前友達が言ってくれたことの受け売りなんだけどね。でも、ほんとにそう思う。人間なんて十人十色だもん。結局、相性だよ」
「相性……」
「だからねじコちゃんの前向きな姿勢は間違ってないんじゃないかな。そんなショックなことあってクラン抜けることになっても、こうやって同窓会設定してくれたり、私のこと新しいクランに誘ってくれたりしてるわけでしょ。……まあ、私はねじコちゃんみたいなコミュ充陽キャじゃないから、クランの件断っちゃったけど」
「ふふっ。全然、気にしてないですって」
「うん。だから、ねじコちゃんと相性の良い人、次は絶対絶対見つかるよ。そんでもって、今度はもっと居心地良くて、もっと楽しいクランにできるよ」
力を込めてそう断言すると、ねじコちゃんの琥珀色の双眸がじわ、と溶けた。
「はい。ありがとうございます」
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【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(個人用)】
[さあか]
何よ、話って
[さあか]
どうせあなたも、クラン抜けたいとかそんなこと言いだすんでしょ
[chichika3335]
え!
「も」!?
[chichika3335]
……いや、まさしくクラン脱退することにしたってことを言いには来たんだけど
もしかして私の前に、ムーマさんも?
[さあか]
ムーマだけじゃないわ
っていうか最初に来たのはエスト君だったわ
[chichika3335]
えー! 意外!
[さあか]
「ここにいると皆さんの優しさに甘えてしまって自分が成長しないから」ですって
口が上手いわね、彼
[chichika3335]
は、ほあー、そうですか
まさかの私が最後、か……
[さあか]
で? あなたはどんな不満を言いに来たわけ?
[chichika3335]
別に不満を言いたいわけじゃ……
ただ、ちょっとこのクランの空気は自分には合わないなって感じたから、脱退さしてもらおうと思っただけだよ
[さあか]
………………
[chichika3335]
……ねじコさんのこと、追い出した、んだ
[さあか]
………………
[chichika3335]
正直、ショックだったよ
私達、「ねじコさんは自分から辞めてった」って、聞かされてたから
[さあか]
……悪かったなとは思ってる
でも、仕方がなかったの
彼女がいるとクランのためにならないから
[chichika3335]
どういうこと?
[さあか]
だって、滅茶苦茶口煩かったじゃない
本人は親切でアドバイスしてるつもりなのかもしれないけど、いっつも上から目線で人のやること成すことイチャモンつけて
リーダーは私だっていうのに威張り腐っちゃって
あれで悪気ないって言うんなら、それはそれで手に負えないわ
[chichika3335]
……そっか
あなたは、そう思ったんだね
[さあか]
そうよ
だから仕方がなかったの
[chichika3335]
うん
[chichika3335]
仕方がないね








