285日目 たからばこ(6)
なぜこんなややこい作戦が有効かというと、この古城におけるボス幻獣【ファインスワロウ】戦が、そもそもややこい仕様になっているからだ。
まず、巨大なツバメ型幻獣ファインスワロウには、【プーリッチュ】という手下――――眷属獣が沢山いる。プーリッチュはチューリップスカートをはいたような格好の、植物と女の子を足して二で割ったかんじの生き物だ。
このプーリッチュは【庇う】というスキル持ちで、この子達がいる限りはボスツバメへのダメージは全部彼等が肩代わりすることとなる。おまけに彼等は【キズナパワー】というスキルにより、【庇う】で被るダメージはすべて半減すると言う。
したがってボスを倒すためにはまず、プーリッチュをすべて倒すべき、且つプーリッチュに直接ダメージを当てることが肝要となってくる。
しかしさらに厄介なことに、プーリッチュは【返り咲き】のスキルも持っている。これは[耐久]がゼロになっても一定時間ごとに蘇ることができるという能力で、つまりプーリッチュは実質不死身、倒しても倒しても時間で無限に湧いてくる幻獣なのだ。
それで通常プレイヤーは、プーリッチュを処理してからツバメに攻撃、また復活してきたプーリッチュを処理してはツバメを攻撃、という作業を何度も何度も繰り返すことが求められる。
当然時間はかかるわけで、腕の良いプレイヤーが集まったとしても、このボス戦には最低40分はかかるとのことだった。
運悪く初心者、それもギミックを知らない人達が集えば、もう目も当てられない事態になるそうである。うひー、耳が痛い。
しかしねじコちゃんは私の遠征スキル一覧を見たとき、閃いたそうである。即ち、私のスキルと皆の力を合わせて活用すれば、プーリッチュをある程度纏めて処理することができ、浮いた時間で一気にボスツバメを狩れるのでは?、と。
要するに“時短”作戦である。
ねじコちゃん曰く、このボス戦において今まで時短を難しくしてきた要素、つまり私達が達成しなければならない目標は、大きく分けて二つあるそうな。
一つは、プーリッチュの復活のタイミングがまちまちであるということ。
今も沢山湧いてるプーリッチュはしかし、ボス戦が始まった当初から最大数存在しているのではないらしい。
彼等の出現は時間ごとのウェーブ制となっており、ボス戦が始まってのち一定時間が経つと一定数増え、のち一定時間経つとまた一定数増えるといった仕様だそう。
ウェーブは5回あって、大体15~20匹くらいずつ増えていく。その後は最大数が増えることはないけれど、先にも述べた通り返り咲きの地獄ループが繰り返されることとなる。
そこでねじコちゃんはこう考えた。プーリッチュが出現次第、或いは再生し次第倒していくのではなく、彼等が最大数増えるまで待ってから一気に処理できれば、ボスに割ける時間も増えるのではないか、と。
ゆえの、このプレイヤー妨害なのである。
古城ボスは一定時間ごとに出現条件が満たされるそうで、私達が屋上に辿り着いたときには、既にバトルは始まっていた。
まずは、一刻も早くプーリッチュを掃除しようと息巻く先客様方を落ち着かせ協力を得ること、或いは先客様方が荒らした狩り場を均すのが、私達の最初の仕事となった。
話に乗ってくれたプレイヤーとそうでないプレイヤーは、ざっと分けて半々ってところ。でもねじコちゃんの呼びかけを無視する人達も、その多くがセミアクティブモードゆえのスルーみたいだから、まあしょうがないかなって思う。
そしてそういう人達からプーリッチュを一時的に保護するために、ねじコちゃんはヘイトを集めて駆け回っているわけだ。
因みに現在の私の立ち位置はミラン君の傍らにある。ボス部屋に来るまではねじコちゃんが守ってくれてたんだけど、さすがに一緒になって逃げ回るなんて至難の業だからね。
代わりにミラン氏の保護のもと、私は妨害のためのスキルを都度発動させていった。
ミラン君と名無し君は、集中攻撃の的となっているねじコちゃんの援護が主な仕事だ。
十分な数がリポップするまで待つ予定とはいえ、倒しきりさえしなければ、ある程度はダメージ加えても大丈夫だからね。
ねじコちゃんが圧倒されてしまわないように、しかし一体一体の[耐久]ゲージをゼロにしないように、そんな絶妙なバランスを意識しつつ、二人は上手に立ち回っている。
そうしてついに、機は満ちた。
周辺に点在するチューリップの蕾――――これはプーリッチュの骸である――――がむくむくと成長し、最後のプーリッチュ群が再生を果たす。それを認めると、ねじコちゃんはこちらに視線を寄越して親指を立てた。
私は頷き、顔を引き締める。
時短作戦において、克服しなければならない課題その二。それは至極単純なことで、集めるだけ集めたこのプーリッチュ達を一気に薙ぎ払うための力、ということだった。
ここまで我慢して溜め込んだものの、それを掃除するのに時間がかかってちゃあ本末転倒である。そしてその術がないからこそ、今まで誰もこの戦法を取ることはなかったのだろう。
でもねじコちゃんは言った。私のスキルがあればそれができる、と。
「【バースクライ】」
まず私は、主にねじコちゃんが引き受けるヘイトを解除する目的で、この能力を発動する。今まで一心にねじコちゃんを追いかけていたプーリッチュ達の意識が、そこでふつりと途切れた。
ねじコちゃんはプーリッチュの群れから離れ、フィールドの端に逃げていく。
代わりにプーリッチュ目がけて飛び出したのは、他でもない私であった。プーリッチュ達の意識が完全に分散し、彼等自身も散開するその前に、私は群れの真ん中に自ら突っ込んでいく。
いち早く気付いたプーリッチュから攻撃を受けても構わない。このくらいなら堪えられる。
そう、ねじコちゃんがヘイトを集めて敵を誘き寄せていたのは、これのためでもあったのだ。
「【クアッドリリオン】」
私の周囲で、きらきらと無数のパーティクルが弾けた。時を同じくして、パーティメンバー達が次々と、【油断大敵】、【鼓舞】、【八方美人】を発動させていく。
『強力なダメージスキルは、バフデバフがかかっているときを狙って打つべし』、ってね!
そうして、私は放つ。
「【ハイドランジア・スターマイン】……!」
直後、紫陽花を模した美しい花火が次々と打ちあがり、プーリッチュの群れに降り注いだ。
「『拡散式』っていうのはつまり、伝染するってことなんです。対象から、別の個体へと。範囲技と違うのは、スキルの効果を受けた対象の近くに別のターゲットがいないと意味を成さないってこと」
クアッドリリオンがどういったスキルなのかについて、ねじコちゃんはそう分析した。
それを聞いて私は納得したものだ。なるほど、だから私が試しで使ってみたときは、何の効果も感じられなかったのか、って。
私ごときのレベルで一人で遠征してても、こんなふうに大量の敵対幻獣にみっちり囲まれる機会なんてそうそうない。クアッドリリオン君も発動されたはいいものの、その威力を発揮できる現場ではなかったというわけだ。
「でも、逆に言うと。近くに対象となるものがあれば。さらにその近くにも、さらにその近くにもって、連綿とその繋がりが存在すれば。このスキルは、範囲技の境界をも踏み越え、どこまでも続いていくのです」
その結果を今こうして目の当たりにして、私はしみじみ思う。わはーい、凶悪~。








