285日目 たからばこ(2)
「あのさーブティックサン、幻獣の攻撃に当たると[耐久]減ってくって知ってる?」
「はひ……」
「え、知ってんのにスキル打とうとしてる幻獣の前に居座り続けてるのは何なの? 何の意味があるの?」
「あの……自分もスキル打とうとしてるとこだったからキャンセルしたくなくて……。あとスキル発動前のモーションをまだ把握できてない幻獣がいまして……」
「ふーんそうなんだ。折角パーティメンバー集めて難関フィールド挑戦するってのに予習もできてねーんだ。あと結局幻獣の攻撃受けりゃ自分のスキルもキャンセルになるんだから、それ全然理由になってねーけど。どゆこと? 俺頭わりぃからもちっと分かりやすく説明してくれ」
ねちねち……ちくちく……ねちくりねちくり……。
ぐおおおおーーーーっ! 名無しの、名無しの正論連撃が私の心をぶすぶす刺してくるよおおおおーーーーっ!
いやその、分かってますとも。確かに大方悪いのは私のほうですとも。
私の鈍臭ムーブがみんなの攻略の足を遅くしてるんだよね。私がみんなの半分でもまともに動けてれば、きっともうちょっとはスムーズに進めるんだよね。
分かってる。分かってるし、今から言うことが純度100%の我が侭だってことも承知の上で、敢えて言わせてほしい。
あの、私もうちょっと、みんながお客様対応してくれるものだとばかり……。
はいすみませんでした! 何様だよおめーってかんじですよねほんと!
あのあのでもでも、今回の話、流れ的にですね、ねじコちゃんはドール衣装のお礼に遠征付き合ってあげるみたいなかんじで申し出てくれてですね。それも、ねじコちゃんは私が古城攻略に難儀してるって知った上で誘ってくれたわけじゃないですか。
そのー、てっきり私、ガチ勢の皆さんに付いて行けば簡単にクリアできるものなんだなー、頼もしいなーなんて……。
そんな心情をオブラートに包んで打ち明けると、ねじコちゃんはそっと目を逸らすのだった。
「ご、ごめんなさい。遊戯会イベントでもばっちり活躍してたし、私、ブティックさんの実力を見誤ってたみたいです……」
「あっ、期待以下!? 期待以下だったってことなのね!?」
「いいいいえその、そんなことはー……。そもそも私だって別に遠征ガチ勢じゃないですし、ただちょっと予想と違ったかなーってくらいのもので。それに、予想と違うといえば彼も彼で……」
ごにょごにょ呟いて、俯くねじコちゃんはちらりと顔を上げた。その眼差しの先には、気怠そうな姿勢で目を眇めている名無し君がいる。
「は? あんか文句あっか?」
「いやー、そのー……」
「言いたいことあんならはっきり言えよ。……てかさあ、てめえが言わねえから俺が言ってやってるって、まさか分かってないわけないよなあ」
その言葉に、ねじコちゃんは息を呑む。何も言えず固まってしまったねじコちゃんを一瞥して、名無し君はそっぽを向いてしまった。
あー、なるほどねー、と私は納得する。それについては私もちょっと、いや大分、気にはなってたんだよね。
なんか名無し君、遊戯会イベントのときと比べてかなり遠慮なく物を言うようになってないか?、って。
前々からそんな協調性あるタイプでもなかったように思うけど、それにしたってもっとずっと大人しかったはずなんだよね。
借りてきた猫みたいに、人見知りで無愛想な印象だった。こんなずけずけ人の痛いところを的確に突いてくる子じゃなかった。
それが今はどうだろう。言いたいことを好き勝手言って、他人の神経を逆撫ですることをまるで恐れない。
その姿勢はいっそ清々しくもあるんだけど、だからといってムカッとしないかと言えばそんなこともないわけで。
何だっけなー、こういう人。私の周りにもいた記憶が……。
なんて記憶を掘り返していたらば、事の成り行きを見守っていたミラン氏からぼそっとジャストな正答が。
「クソガキ乙ですわ」
「それだっ」
つい盛大に同調してしまい、ミラン君とはばちこり目が合ってしまった。いや、確かに親戚の生意気な男の子と名無し君がそっくりだなって思っちゃって……。
でもこれですっきりできた。
『借りてきた猫』って表現は、あながち間違ってなかったんだ。イメージが変わったのはつまり、名無し君が慣れてきたってことなんだね。
そうと分かれば、ちょっと微笑ましく思えなくもない。……んだけど、白い顔で俯いてしまったねじコちゃんと、舌打ちしてふらふら離れて行ってしまった名無し君を見ると、そんな悠長なことを言ってもいられなさそうだ。
「大丈夫?」と声をかけながら、私はねじコちゃんに近付いた。内心「あっれー?」と思いながら。
っていうのも私、この手の人間関係の縺れをゲームでまで経験するなんてご免だってもんで、全力でそういうことが起き得る場面からは遠ざかってきたはずなんだけどね。なあーんでこういうことになっちゃうかなあ。
ちょっと油断してた? パーティ組んで遠征だなんて、私が他人の足引っ張ってギスるの、予想できないわけがないのに。
でも今まで似たような状況に置かれたときも流れで何とかなっちゃったから、その感覚が染みついてきたのかも。
いかんいかん、自分は何者でもない雑魚陰キャなんだってこと、いつ何時も忘れないよう気を引き締めないとね。
と同時に、改めてこうも思う。
ああ、私、慣れてきたんだなあって。
何はさておき、今はねじコちゃんである。私はしょんぼりしている彼女の背中をさすった。
「ごめんね。私がゴミザコなせいでねじコちゃんまで叱られちゃって」
「あ、ううん。そんなことないです。名無しが私に怒るのも無理ないなって思います」
「んー、どうしよっか。とりあえず私、抜けようか。で、探すの大変かもだけど他の人入れてもらって、」
「いえ、大丈夫ですよ。やりようはいくらでもあります。ちょっと工夫すれば、……」
言いかけたものの、ねじコちゃんはぼんやりした顔で口を噤んでしまう。
私は内心首を傾げる。この間ダナマスで会ったときから何となく思ってたんだけど、イメージが変わったといえばねじコちゃんもそうなんだよね。
彼女はしっかり者で、気が利いてて、はきはきと、そして親切な仕方で自分の意見を伝えられる人で。こんなふうに不安そうに口籠ったり、曖昧に言葉を濁す子じゃなかった記憶なんだけど。
「あの、ねじコちゃん。さっきの名無し君の言葉を借りるわけじゃないけど、言いたいことははっきり言っていいんだからね?」
「え……」
「寧ろ、教えてほしいの。私がパーティを抜けなくても古城を攻略できる見通しがあるんなら、私は何を改善すればいいのか。ねじコちゃんの意見を聞きたいな」
そう言うと、ねじコちゃんは一瞬顔を歪めた。それを即座に引き締め、小さく長い息を吐きだしてから、彼女は語りだす。
「今からお伝えするのは、あくまで提案に過ぎないので、ブティックさんのプレースタイルと合わなかったり、納得できないなって思うものなら、全然スルーしちゃって構いませんので」
「へ、あ、はあ」
「私の考えは間違ってたり、今のブティックさんにはそぐわない場合があります。ミランさんも、何か意見がありましたら遠慮なく口出ししてください」
「滅茶苦茶予防線張るやん」
いやそれな。口に出すのはさすがにとどめたけど、ミラン君の突っ込みに盛大に同意しちゃったよ。
一体これから、どんな難しいプレーイングを指南されるんだろ。そう体を硬くする私に向けて、ねじコちゃんは遠慮がちな声で言った。
「ブティックさん。護身具によるアビリティは、スキルのクールタイムの間に使いましょう。それと、【レオニドブリッツ】や【ハイドランジア・スターマイン(あじさい)】みたいな強力なダメージスキルは、こっちにバフが付いてるか、幻獣にデバフが付いてるときに打ちましょう」
「はいっ、分かりました!」
………………って、それだけ?








