284日目 ドール
ログイン284日目
今回のねじコちゃんとの取引は、正規のリクエストボックスからではなく、口頭での約束である。よって改めてリクエストの段取りを踏むとかしないと、ワールドマーケットから納品することはできない。
郵便ではキマのやり取りも不可なので、完成品は彼女に直接手渡すことにした。
私は改装したばかりの客間にねじコちゃんを招き入れ、まずは本人用の衣装を納品した。彼女は早速それらを身に着け、きゃっきゃと喜んでくれた。
「可愛い~~! ね、私めっちゃ可愛くないですか、ブティックさん!」
「うん、凄く可愛い! 似合ってる!」
「こうして並ぶと私とブティックさん双子キャラみたい」
「ほんとだ、パステルカラーなのもお揃いでイイね。スクショ撮ろ~」
と、はしゃいでいるところに、次はおまけで作ったドール用の着ぐるみをプレゼントする。
しかしどういうわけかねじコちゃんの顔は、ミニサイズの着ぐるみを手にした瞬間、ぼうっと虚ろになった。
「これ……ドール用の……?」
そしてふいに、歪む。
その反応があんまりにも予想外だったので、私は困惑した。
あれ? あれ? 私なんか間違えた?
もしかして好みと合わなかったかな。あ、変にスキルとか付いちゃってるものだから、高額アイテムを無理矢理買わせようとする悪徳商法と間違えられてたり?
違うんだよねじコちゃん、それは試作品みたいなものだから、おまけのプレゼントなの。おまけのほうが豪華に見えるのは、まあミラクリの仕様上止むを得ないことでして……。
そう弁明していると、ねじコちゃんは慌てたように手を振った。
「あ、ごめんなさい……。そうじゃなくて、嬉しくて……」
う、嬉しくてそんな複雑な顔になるかな。
大丈夫? 無理してない?
「ううん、ほんとに、嬉しかったんだ。私やっぱり、ドール好きなんだなって」
言って、ねじコちゃんは微笑む。
「ね、ブティックさん。この服も早速、着せてみていい?」
「勿論」
迷いなく首肯すると、ねじコちゃんの隣にピンクのウサギドールが現れる。ねじコちゃんが設定を完了すると、うさちゃんは体にフィットしたもこふわな着ぐるみを纏った。
ねじコちゃんのフードとお揃いの、真っ白なやつだ。顔だけピンクの中身が出てるのが、ベビーウェアっぽくてキュートである。
変身したうさちゃんは、ねじコちゃんの周りをぴょこぴょこ跳ねたり、くるくる回ったりしている。
「可愛い」
「可愛いかよ」
と、しばしの間私達は「可愛い」ボットと化すのであった。
ねじコちゃんは「ドールコス分もお代を払う」と言い張るのだが、私はそれを「プレゼントだから」と押し切った。
頼まれたわけでもなく、これは私が勝手に、好きで作ったものだからね。キマを貰おうだなんて、さすがに烏滸がましいというわけですよ。
しかしねじコちゃんはそう言っても納得がいかないらしく、「じゃあ」と言い募るのだった。
「代わりってわけでもないけど、今度遠征付き合いますよ。【アポレノの古城】」
「えっ」
「他のメンバーはこっちで集めておきます。二人だときついですからね。一緒に攻略しましょ」
んー、私は古城でも楽団の子達にドヤ顔できる術を探っていたんであって、古城の攻略そのものを目指していたわけじゃないんだけどね。
このかんじ、多分彼女はいわゆるキャリー的な申し出をしてくれてるんだと思う。本末転倒な気がしなくもなかったり。
けど、それはそれでアリか、と私はすぐに思い直す。
私の実力で攻略するんじゃなくても、きっと勉強にはなるだろう。良い機会だし、遠征慣れしたプレイヤーがどうやってあの盛り盛りなギミックを捌いているのか、学ばせてもらおうかな。
でもって後でそのテクニックをさも自分の手柄のごとく楽団の子達に披露できれば……うむ、完璧である。
「……ブティックさん、なんか邪悪なこと考えてます?」
「ぜんぜんぜんぜん。いいね、古城遠征! 助かる!」
「ほんとですか? じゃあ早めに予定組みますね。……えへ、なんかブティックさんのためみたいなかんじで言っちゃいましたけど、実は自分が遠征行きたかったからっていうのもあるんですよね。この可愛い衣装と可愛いウサ子で、早速遊びたーいって。スキルも試してみたいし」
「そっか。それは良かった……んだけど、なんか、逆に私でいいのかな。私スキル付きの衣装は作れてもスキルのことは全く詳しくないわけで、そういうことならいつものお友達と遊んだほうが遥かに有意義な気も」
って、そんなの当たり前か。要は気を遣ってくれてるわけだよね。
ごめんね、じゃあ今回は遠慮なく、お言葉に甘えさせてもらっちゃおうかな。そう言おうと顔を上げて、けれど私は言葉を引っ込めた。
ねじコちゃんが、何だか困ったように微笑んでいたから。
「いいんです。“いつもの友達”、いなくなっちゃったから」
「へ……」
「寧ろブティックさんがいたほうが人集めやすいまであるし。……そういうわけだから、また連絡しますね。楽しみにしてまーす。それじゃ」
押し切るように言葉を継いで、ねじコちゃんは去って行った。私はぽかんと、その背中を見送るのだった。








