281日目 ねじコ+
ログイン281日目
その日、私はダナマスの街をとぼとぼと歩いていた。【アポレノの古城】への遠征から帰ってきて、宿屋に向かうところである。
足取りから分かる通り、心はもやーんと俯き気味だ。というのもアポレノの古城、別にパラディス・ラッシュでも何でもないんだけど、想像以上に攻略難しくって。
それもレベルが足りないとか、もっと強いステータス強いスキルがあればとか、そういう系統の難しさじゃないんだよね。もうね、めっちゃギミックが複雑なの。
敵対幻獣はまず無属性ダメージが通りにくいでしょ。そんでもりもり状態異常技使ってくるの。
且つ古代文明の遺産だというこのお城、侵入者を阻むためという設定のもと、色んな面倒臭い仕掛けがあるのだ。
私は【狂力】持ちのミコト君を連れているから、迷路とか謎解きは無視して進めるところも多い。けどそれを差し引いても対応しきれないものだから困りものだ。
特にフィールド優勢属性がころころ変わったり、[幻惑]というフィールドギミックが各所にあるのには辟易している。
幻惑はね、怪しげなノイズ混じりの音楽がうっすら聴こえてくるというものなんだけど、これが聴こえる場所に一定時間居続けると、味方モブが[混乱]、[魅了]、[眠り]、[緊張]状態のどれかになってしまうんだ。
この“複数ある状態異常のどれか”っていうところが厄介なんだよね。混乱だけとかなら、混乱無効の食べ物を用意しとけば事足りるんだけど、そうじゃないからさあ。
遠征に持って行けるアイテム数には限りがあるし、特殊装着のスロット数にも限りがある。普段からアイテムでゴリ押してるところのある私としては、こういう知略と計算の必要そうなマップには参ってしまうのだった。
もっともおニューのもの含め、私が所持しているスキルはかなり役立っている。
特にパーティ全体の状態異常を解除してくれる【バースクライ】はとっても使い勝手が良いね。眠り解除の【デスペルタドール】も。
フィールド属性を書き換えてくれる系の【グレイシャルピリオド】と【マグネティック・フィールド】なんかは、ここだからこそ特に輝く力な気がする。
でもそれらを存分に活用したとて、中層までが精一杯だ。
結局、スキル一つ一つの力がどんなに強くとも、“クールタイム”というものが存在する。そりゃ所持してるスキル使い放題だったらば、私なんかでもひょいひょいっと深層まで行けちゃうんだろうけど、世の中そんな上手くはいかないのだ。
因みにクールタイムといえば、おニュースキルの一つである【クアッドリリオン】のクールタイムが一時間くらいあるんだ。試行回数が限られているもので、未だにこのスキルの使い道は分からない。
説明によると『次に発動するスキルを[拡散式]にする』とのこと。
これを使った直後に別のスキルを発動するとそのスキルの範囲が広がるとか、そういうのを想像してはいる。【八方美人】の下位互換みたいな。
けど使ってみても、効果は全然感じられないんだよね。
もしかしたら連動できるスキルというのも限定的なのかもしれない。これはまだ研究が必要そうだ。
いずれにせよこのスキル達だけでは師匠としての威厳を保てなさそうで、私は頭を悩ませている。スキルそのものは凄そうに見えたとて、このままじゃ実際の攻略は難しそうだもの。
あーあ、あの子達が実利なんかは忘れて、派手なスキルエフェクトだけで「師匠すごーい」と尊敬の目を向けてくれるおバカさんだったらよかったんだけど。
……あれ? でもそれでいくとワンチャンあるくないか?
などとごくごく失礼なことを考えている時だった。
「ブティックさん?」
俯きがちに歩く私の視界に、球体関節式の白い足が映った。同時に降ってきたのは少女の声。
視線を上げると、そこには水色髪の華奢な女の子の姿があった。
「わ……ねじコちゃん!」
「どもどもー。ブティックさんがダナマにいるの珍しいですね。遠征ですか?」
「あ、うん。そうなの。アポレノの古城に挑戦中なんだけど、めっちゃ難しくてさ~」
「あー、ブティックさんNPパーティですよね。あのフィールドNPパだと、遠征専門職でも相当玄人向けですよ」
「え! そうなの!?」
ねじコちゃんとは先のワールドイベントで同チームだったよしみで、今でもフレンドどうしである。まあ特に用事もないもので、連絡とかしたことはないんだけど。
でも気さくな彼女はこうしてゲーム内で見かけたりすると、必ず声をかけてくれる。彼女は親しみやすいのと同時に距離感が大人というか、さっぱりしたところがあって、私でも結構楽に接することができるんだよね。
見た目はちっちゃくてほっそいお人形さんだけど、中身はしっかり者なんだろうなあって思う。
あれ、そういえば『お人形さん』と言えば――――――。
ふと感じた違和感の正体は、すぐに分かった。
「うさちゃん、今日はいないの?」
『うさちゃん』というのは、ねじコちゃんが使役する【マリオネット】のことである。
彼女はドール遣いで、イベントのときはピンクのウサギの縫いぐるみをいつも連れ歩いていた。けど今日は姿が見えない。
私がきょろきょろ探していると、ねじコちゃんは少し慌てたふうに手を振った。
「あ、い、いますよ。今日はただ、気分で表示してないだけで」
「そうなんだ」
「それよりブティックさんのそのカッコ、すっごく可愛いですね~! もふもふバンビさ~ん」
ねじコちゃんは手を伸ばしてきて、私のバンビフードを両手でわしゃわしゃ撫でる。ふふふ、お目が高いじゃないかねじコちゃん。
自慢の新作を褒められて、満更でもないワタクシ。苦しゅうない、存分に愛でるがよかろう。
「あの着ぐるみ三人衆を見たときはびびりましたけど、やっぱり女の子が着ると文句なしにキュートですね! そのサロペットも似合ってて可愛い~~」
「えへへ。……っていうか『着ぐるみ三人衆』ってゾエ君とモシャさんとササのこと? ねじコちゃんも見たんだ」
「え、あ、はあ、まあ。有名だもので……」
なんと。ねじコちゃんも聞き及ぶくらいに、着ぐるみーずの評判は良かったんだ。
確かにすっごくラブリーでコミカルな三人組だものね。いずれきまくら。界のメンズアイドルなんかになっちゃったりして。むふふ。
それにしてもねじコちゃんは今回の衣装をいたく気に入ったようで、上から下まで正面から背中からと観察に余念がない。
「店売りはいつからですか?」と聞かれたので「同じ形でよければリクエスト承るよ。好きな素材とか色とか教えてくれれば~」と申し出てみた。すると彼女は目を輝かせて喜ぶ。
ねじコちゃん、自身もドール系アバターだし、ウサギの縫いぐるみ使ってるし、こういうメルヘンで玩具っぽい世界観が好きなのかもね。
そこで私は、ふと思い出す。
そうだこの前鶯さんが、ドール用の型紙を見つけて持ってきてくれたんだ。ねじコちゃん前ドールの衣装も作ってほしいって言ってたし、この機会に挑戦してみようかな。
うさちゃん用の着ぐるみ……絶対可愛い!
「ブティックさん? なんかニヤニヤしてません?」
「ううん、何でもない。じゃあ出来上がったらまた連絡するね」
初めての試みが上手くいくかどうかは分からないので、ねじコちゃんにはまだ内緒にしておくことにする。
うん、そうね、昨日今日って慣れない古城遠征に頭を悩ませてきたところだから、ストレス発散には丁度良いかもしれない。ここらで一旦難しいことは忘れて、楽しく物作りしよーっと。








