267日目 運命の人(4)
「んであいつ、何て言ってました?」
率直な問いに、私は少し迷う。モシャさんからは一応、この件について口外しないようにって言われてるからね。
でも何かしらのやり取りがあったことはゾエ君には既にばれてしまっているわけだし、モシャさんの話は明らか胡散臭い。
誘拐犯に「警察には言うなよ」って脅されたからって、警察に通報しないことが本当に正しいんだろうか? そんな考えとも通ずるところがある。
したがって私は、「この件については誰にも言うなって言われてるんだけどね」と前置きしてから、かくかくしかじか、モシャさんからの頼み事を打ち明けるのだった。やっぱ人の口に戸は立てられないんだよな~、なんて皮肉に内心くすっとしつつ。
するとゾエ君は、結論部分の「要はササのブロックを外してほしいんだって~」というところで、ぶはっと吹き出し笑い転げた。
ほんとこの子、私と私の周囲で起こる事象をひたすら面白がってるよな。私はゾエ君の爆笑を半眼になって聞きながらも、同時に胸を撫で下ろす。
この意味の分からない要求にそこまで笑えるってことは、少なくともゾエ君はこれが笑えるくらいにはくだらない内容なんだと理解できてるってことだからね。
まあまあ、きまくら。ワールドにてきまくら。プレイヤーにより引き起こされるあれこれっていうのは、大体くだらない物事なんだろう。そのことは最近私も悟ってきているんだけどさ。
「何か事情に、心当たりあるかんじ?」
「そっすねー。多分クソほどしょうもないことなんだろうなーってことはうっすら」
「やっぱり。……ゾエ君はどう思う? 私としてはまあ、モシャさんの頼み事自体はそんな嫌なものでもないから、引き受けてもいっかなとは思ってるんだけど。ただどうにも、背後にある事の全貌が見えてこないのが不安で」
「ビビアさんの好きにしていいっすよ。モシャに関しては、さっきも言ったようにこっちで躾けておきますんで」
ゾエ君は当たり前のことを話すように、けろっと即答する。
……この人は凄いなあ。私はしみじみ思う。
何の根拠もないのに、「ゾエ君が言うなら、じゃ、だいじょぶか」って思えちゃうんだものな。
「……ありがと~。じゃ、好きにしてみるよ」
「うぃっすー」
ゾエ君、今度好きな食べ物教えてね。リンちゃんクドウさんも誘って、お姉さんが美味しいもの食べさしてあげるからね。
でも「回らない寿司」とか可愛げのない妹みたいなこと言うのはやめてね。
******
【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(個人用)】
[たに]
おいモシャてめえ、どういう了見だこれぁ
(画像)
[たに]
週刊eeに取り上げられてんのも見たぞ
なーんでゾエと仲良く師弟ごっこなんかやってんだよ
んな暇あったらさっさとブティックのササさんブロックを解除してこい!
[モシャ]
いやそれが、Bさんに近付く機会を窺ってたらゾエに捕まっちまいまして……
下手なこと言おうもんなら延々粘着されてクドウボムの実験体にでもされそうな勢いだったんで、
ああやって上手くノリ合わせるしかなかったんですよう
[たに]
ほんとかあ?
てめえそんなこと言って、実は俺等から助けてくれってゾエに泣きついたとかいうオチなんじゃねえの?
結社とうちは昔から犬猿の仲だからな
敵対勢力なら匿ってくれるんじゃないか、そんな魂胆が透けて視えるぞ
[モシャ]
ち、違いますって!
甘んじてゾエに付き合ってるのは戦略的な理由です!
それが証拠に、今日俺はBさんとの接触を果たし、ササさんブロックを外す約束を取り付けてきましたからね!
[たに]
……え?マジで?
[モシャ]
マジです
今俺の功績を確かめる術はないかもしれませんが、いずれ必ず明らかになるはずです
ササさんは、いつの間にやら自分の世界にブティックさんが映るようになったと驚愕することでしょう
Bショップにだって出入りし放題です
[たに]
どうやったと言うんだ?
[モシャ]
ふっ、たにさん自身が褒めてくれたじゃないですか
俺のこのコミュ力、思わず警戒心を緩め手を差し伸べずにはいられない、この誠実でひた向きな姿勢をもってするなら、
あのブティックさんを懐柔することだって朝飯前なんですよ
[たに]
おまえ……すげーな
[モシャ]
そういうわけですから、もういいでしょう
勿論本当にブロックが解除されたのか、その結果を見てからと言うんであれば待ちますけどね
とにかくこれで俺は「蚊」ではなくなったはずです
たにさん、今回の功労者が俺であること、きちんとササさんにアピールしておいてくださいよ
[たに]
おおう、そういうことなら任せておけ
俺は約束は守る男だ
[モシャ]
頼みましたよ
じゃ、俺はこれで、
[たに]
それにこうなってくると話は変わってくる
[たに]
おまえは自分の有用性を俺達に実証したわけだ
さすが俺が見込んだだけのことはある
よし、今回のおまえの仕事ぶり、その誠意とやる気を評価して、俺様がもう一度おまえのことをササさんに推薦してやろう
[モシャ]
………………はい?
[たに]
驚いたか
確かに一度破門した者を再度仲間に引き入れるなど、無色としても異例の対応だわな
[たに]
だがまあ、安心しろ
俺は「無色の良心」とも言われる男だ
そう、何を隠そう、ササさんがブティックを見逃したことによりクラン内が揉めたとき、ルール改定を提案し丸く収めたのはこの俺
[たに]
無色は無慈悲な冷血漢の集まりと見られることが多いが、組織が長続きしているところからも明らかな通り、
それなりに秩序と道理には重きを置いているのだ
そこの管理を任されているのが、サブマスの俺なわけである
[たに]
大船に乗ったつもりでどーんと構えておくがいい
俺がササさんを上手く説得してやろう
[モシャ]
えっと、い、いえ、何もそこまでしていただくのは烏滸がましいというか何というか……
べ、別に俺は多くは望みませんよ
ただササさんの俺に対するヘイトを解消してくれるっていうんなら、無色に再加入するなどという身の程知らずなことをせずとも……
[たに]
なーに遠慮すんなって!
俺等みたいなストイックなトッププレイヤーに憧れてんだろ?
良い機会だから勉強させてやるって、がはは
[モシャ]
それは勿論そうなんですけど、その、だから……、うう……








