267日目 運命の人(3)
ふぁっ!?
尋常ならざる文章に目を瞠るも、私はすぐに冷静さを取り戻す。というのも本当に切羽詰まった状況に置かれているなら、こんなふうに『SOS』をビックリマークで囲ったり、わざわざ文字すべてをカタカナに変換する余裕などないだろうと察したからだ。
メッセージの送り主は緊迫しているというよりかは、緊迫感を演出したい模様である。つまり少なくとも、そんな小細工をするくらいには余裕があるということだ。
これをどれ程真に受けるべきかは、続く訴えを読んでから結論を下すしかないだろう。
私は一旦落ち着くよう自分に言い聞かせ、画面をスクロールしていく。するとこんなことが書かれていた。
[モシャ]
先ほどはゾエさんの手前言えなかったのですが、
近頃俺がブティックさんに接触すべくあなたのホーム付近をうろついていたのには、他の理由があります
[モシャ]
これからあなたに伝える事柄については、一切口外しないようお願いします
もしこの情報が外部に漏れ、万が一にもあの人の耳に入ってしまうようなことがあれば、
俺はきっときまくら。界から追放されてしまうことでしょう
[モシャ]
実は俺は、ひょんなことからとある組織の恨みを買ってしまいました
詳細は伏せますが、その件に関しては俺に非は1ミリもありません
ただちょっと肩と肩がぶつかったがために難癖を付けられてしまったというような、そういった類の理不尽な恨みです
[モシャ]
そんなことで怒るくらいですから器の小さい相手だということは歴然なのですが、厄介なことに力はある組織なのです
そして奴等は俺にこう脅してきました
「言うことを聞け、さもなくば消えてもらう」
[モシャ]
ブティックさん、どうかお願いです
助けてください
イメージモデルでも何でも、好きにしてもらって構いません
あなたが「一生クマの着ぐるみ着てろ」とでも言うのなら、俺は一生クマの着ぐるみでいます
彼等に命じられた任務を遂行するためにあなたの力がどうしても必要なんです!
[モシャ]
頼みたいことというのも至極簡単なことなので、ご安心ください
あなた様に不利益は一切生じません
ただ以下の手順に従ってくださるだけでよいのです
[モシャ]
①システムパネルを開き、「設定」から「ブラックリスト」を選択する
②「ササ(ユーザーコード:XXXXXX)」を選択し、すべての欄のチェックを外す
[モシャ]
たったこれだけです!
たったこれだけの操作で俺は奴等から解放され、貴い命がまた一つ、あなたの手により救われることでしょう!
……なんだこれ。
途中までは60%真面目モードで読んでたんだけど、後半から胡散臭さマックスになって真面目モードは10%まで下がってきちゃったよ。新手のスパムメールみたい。
これが知らない人からのメッセージだったらば、即行で無視するレベルの内容だ。しかし相手はついさっき会ったばかりの“運命の人”なので、すぐにゴミ箱ぽーいというのもさすがに躊躇う。
しかも何、敢えて目的を省いて動作だけ記すことにより真意をぼかしているのかは知らんけど、実際に求められていることといえば要はササをブロックから外せとな?
うーん既視感。そういえばこの手の意味不明な交換条件、前もあったなあ。
確か竹中氏が「デートイベの情報と引き換えにバレッタさんのブロック外して」って、要求してきたんだよね。
そう思うときまくら。では割とありがちな風習なのかしら。ブロックシステムを取引材料に用いる文化……って、まるで良いイメージが浮かばないけども。
まあでも、バレッタさんの件だってあの後何か実害が生じたわけじゃないから、考えてあげてもいい気がする。で、解除の対象はササですか。
そうねー、デコピンのことはまだ根に持ってるけど、彼にはデートツアーでお世話になったことだし、まるきり話が通じない相手というわけではなさそうだものね。
今まで自発的に「許す! 解除してやろう」と思うことはなかったけど、逆に「金輪際絶対天地が引っ繰り返ろうともブロックは外してやらぬ!」と決意しきっているわけでもない。
ここは「一生着ぐるみでも構わない」と言ってるモシャさんに免じて、BLから外してあげてもいいかな。
うむ。やはり結局のところ、私の行き着く思考の終着点といえば、服に関することらしい。
よくよく考えてみればモシャさんの「一生着ぐるみでも構わない」っていうこの台詞、私にとっては「俺のために毎朝味噌汁作ってくれ」に相当する結構な殺し文句だな。だってこれってつまり「僕は一生君のための着せ替え人形でいるよ!」ってことでしょ?
きゅんっ。やだー、そんなこと言われたらときめくー。
……ま、誇張表現なのは重々承知してるけど、少なくともこの言葉により、「どんな衣装でも受け入れる」という保証はいただけたわけだ。ふふふ、なかなか良いお話じゃないか。
ただ一つ懸念があるとすれば、モシャさんの目的が見えてこないってところか。あんまり胡散臭いメッセージなもので、私は竹氏に似たような交渉を持ちかけられたときより警戒心を引き上げている。
何せモシャさんが数日にわたって私の近辺をうろついていたというのは、本人の口からもゾエ君の口からも確証されている事実なのだ。怪し過ぎる。
脅されているというのだって話半分だと思ってるし、もし本当だとすれば、今度はその『とある組織』とやらへの警戒心が高まる。
やはりササと何か関係があるのだろうか? 知らない内に変なことに巻き込まれてたらヤだなあ。
今のところ気持ちは70%ほど引き受けるほうに傾いているものの、未だ決断には至らない。
そんな時だった。ゾエ君から通話申請が届いたのは。
「はいはーい」と応じると、いつも通りの明るい声が耳元で響く。
「おっすー、ビビアさん。さっきはどうも。ちょっと聞きたいんすけど、あの後モシャからなんか連絡来たりしました?」
「えっ、何で分かったの? もしかしてゾエ君、何か知ってるの?」
非常にジャストタイミングな話題の入りだったため、私は思わずそんな言葉を漏らしてしまった。するとゾエ君はスピーカーの向こうで「ほーん」と意味ありげに相槌を打つ。
「正直言ってあんまなんも知らないんすけど、あいつに関しては何か別の目的ありそうだなーって思ってまして。あの野郎界隈では、いっつも適当こいて自分に都合良いように立ち回る八方美人ってんで有名なんですわ。あ、シエビビ党員としての躾けはこっちでちゃんとしとくとので、そこは安心してください」
「いやいや、安心できないから」
っていうかモシャさんのそんな消極的な噂を知っていながら、弟子の件は本気なんかい。
ゾエ君、そこまでして弟子が欲しいのか……。モシャさんの成長に期待するよか、もっと他にいい子探すことをお勧めするよ……。








