267日目 運命の人(2)
「あ~なるほど、衣装製作のイメージモデルっすかあ~。いんじゃないっすかあ? ビビアさんに服作ってもらえるだなんて、こいつにとっちゃ光栄以外の何物でもないですよ。なっ、モシャ?」
「へ、へえ、それは勿論! シエビビ党・党員第15号として、こんなに名誉あることはないです!」
かくかくしかじか事情を説明しつつ、私達はロビーのソファに場所を移して今に至る。
二人の誤解は何とかとけたようだ。それにイメージモデルの件に関しても狐目のお兄さん――――[モシャ]さんは肯定的なので良かった。
ただ彼は、常に何か言いたげにこちらをちらちらと窺っているのが気になるといえば気になる。時折口を開きかけてはゾエ君の顔を見て黙る、というようなことを繰り返してるんだよね。
私に対して悪感情や苦手意識を持っているわけじゃなさそうなんだけど、どうにも居心地の悪そうな空気を醸しだしているのだ。
あと『シエビビ党・党員第15号』って何。
ゾエ君がよく「俺はシエビビ党所属シャンタ派として~」とか調子の良いこと言ってるのは知ってるけど、まさか彼みたいな物好き変人があと13人もいるとかじゃないよね。怖いからこの辺は深掘りしないようにはするけども。
それに『モシャ』さんといえば、一昨日ゾエ君が謎アンケートにて問題に上げていた人物でもある。
と、そういった疑問もあったもので、私は二人の関係についてそれとなく尋ねてみた。すると何と、彼等がこうして親しくなったのは丁度その一昨日からのことだと言う。
ゾエ君はここ最近私のショップ周りにやたらモシャさんが出没することを知っていて、不審に思っていたんだって。なるほどそんな経緯あってのあの質問だったのか。
で、私と明確な知り合いでもないらしきことを知ったゾエ氏は、モシャ氏をとっ捕まえて何が目的なのか問い詰めることに。するとモシャさんは私のファンで、“シエビビ党”への入党希望者だったと、こんな次第だそうな。
………………ほんとか?
ゾエ君の行動にもモシャさんの言い訳にも疑問が残るのだが、ゾエ君は小さいことなどどうでもいいと言わんばかりにモシャさんのことを甚く気に入っているようだ。突っ込みを入れ辛い。
彼は屈託ありそうなモシャさんの肩をがっしと抱いて、屈託なく笑うのだった。
「つまりは俺の弟分、弟子みたいなもんなんですわ。ほら、ビビアさん最近四人も弟子を取ったって言うじゃないですか。あんなん狡いですよ、めっちゃ羨ましくなりますって~」
え、あ、そうなの……。
因みに四人の弟子というのは勿論、ヴェンデル君をはじめとする[楽団・劇薬]の子達のことであろう。
いやいや、違いますよ? 調子こきの私といえど、「最近弟子ができて~」とか自慢してませんからね?
私の「弟子だ」ってSNSや動画で触れ回ってるのは、寧ろあの子達のほうなんだから。
どうやら彼等は偉大な師匠を持てたことが心底嬉しいようだ。全くやれやれだよ。
……なんてね。ほんとはいつその過大評価が崩れ去り風化していくことやらと、戦々恐々しているところだ。
だって数日前開設された楽団の動画チャンネルを覗いたかんじ、あの子達の成長っぷりのえぐいの何の。
私とパーティ組んだときなんて一匹の【コルプスホース】にあたふたしてたくらいなのに、今じゃビギナーも卒業して嬉々としてMUT幻獣に挑んでますですよ。
どうしよ、その内「ししょ~、私達と一緒に【隠された遺跡】のボス狩り行きましょ~」なんて言われたら。
「えっ、師匠ここ来るの初めて!?」
「ウソでしょ!? お師匠様私達の何倍きまくら。やってると思ってるの!?」
「ほぼ生産専門!? いやいや、にしてもこれだけ長くやっててその立ち回りはいかがなものかと……」
「あれ……? 師匠って実はそんな、凄くない人……?」
ひええええ~~~~っ。と、被害妄想はとどまるところを知らない。
……まあね、実際こっちが真実なもので、そうなったらそうなったで仕方がないとは思ってるけどね。
そういうわけで、“師匠”という立場もなかなかに気苦労のある立場なのだなあと感じる今日この頃である。しかしゾエ君はどこまで本気なのかは兎も角として、そんな私を羨望の眼差しで見ていたらしく。
「いいなー俺も弟子の一人や二人欲しいなーって思ってたところ、こいつが転がり込んできたんすよ~。なーに、心配しないでください、ビビアさんに迷惑はかけませんよ。こいつのことは俺が責任持って、立派なシエビビ党員に成長するよう躾けとくんで」
「へ、へえ、精進させていただきやす! ブティックの姉御につきましては、これからも何卒良しなに!」
うーん、この言わされてる感よ。なんかモシャさん、無理してゾエ君に付き合ってるくないか?
大体シエビビ党員としての師弟て何だ。師範として教えることなんかあんのか。
と、色々突っ込みたいのはやまやまなのだが、ゾエ君がにこにこと嬉しそう、且つ有無を言わせずごり押そうとしている雰囲気を感じるもので、私は黙る他ないのであった。
あとねぶっちゃけ、なんかよう分からんけどモシャさんが下手に出てるっていうこの状況は、私にとって都合が良いものには違いないのだ。
ええはい、正直なところ私は私の好きなように服を作り、尚且つそれを似合う人が着てくれるって言うんであれば、後のことは大凡どうでもよいのです。
だからすまぬなモシャさんよ。もしかしたらあなたはゾエ君の圧に逆らえないばっかりに茶番に付き合わされているのかもしれないけれど、そんな状況を私も利用させていただくとするよ。
なるべくイイ服作ってあげるから、恨むなかれ。
それから私は衣装製作のやり取りのため、モシャさんと相互にフレンド登録した。
モシャさんは「どうせその内また勝手に解除されるんだろうなー」なんて悲しいことを小声で呟いていた。『また』なんて言ってるところからして、過去にそういう経験が何度かあったんだろうか。
どうもこの人、予想に反して後ろ向きな性格をしているようで、ちょっと調子狂うなあ。以前喋ったときのモシャさんは、もっと考えなしの剛メンタルなイメージだったんだけど……。
そんな違和感を抱きつつも、私は彼等と別れた。そして当初の予定通り生産ヘルプの手続きをして、帰途に着く。
拠点の扉を潜ると程なくして、コナーとグーシェがやって来た。
「よお、ビビア。最近俺のことよく呼ぶじゃん。有能な俺様にあんまり甘えてばっかだと、自分が成長しなくなっちまうぞ。ま、お駄賃分の仕事はするけどよ」
「……来たよ。仕事は何?」
面倒そうな顔をしつつも面倒見の良さそうな台詞を言うコナー君と、ぶすっと無愛想なグーシェちゃん。ケンカップルでもあり、兄妹っぽさもあり、この二人の組み合わせ可愛いんだよね~。
同じ【大工】と言っても、コナーのほうは建築系の大きな仕事を、グーシェのほうは家具作りといった比較的小さめな仕事を得意としているみたい。
今日は鶯さんと取引するときとかに使う、客間を改装する予定だ。
お洒落なウィンドウベンチを付けたいんだ。コナーに出窓の構造の部分を担当してもらって、グーシェにベンチ部分や、付随するランプや本棚を作ってもらおうっと。
そうして二人に指示を出しつつ作業していると、ふいにトークの通知が入る。って、あら?
さっき話したばっかのモシャさんからだ。何だろう。
怪訝に思ってアプリを開くと、こんなメッセージが飛び込んできた。
[モシャ]
!!!SOS!!!
タスケテクダサイ
オドサレテイマス








