267日目 運命の人(1)
ログイン267日目
一昨日のことである。突然、ゾエベル氏からこんなメッセージが届いた。
[ゾエベル]
取り急ぎ失礼します
「モシャ(ユーザーコード:XXXXXX)」とかいう男に心当たりはありますか?
該当する番号でお答えください
[ゾエベル]
①友人等親しい間柄である
②知ってはいるが親しくはない
③知ってはいるが少し不審に、または迷惑に思っている
④明確な敵対関係にあり、「(文字通りの意味で)くたばれ」と思っている
⑤全く知らない
何やこのアンケート。真っ先に浮かんだのはそんな感想だったが、『モシャ』という名前にはどことなく見覚えある気がした。
とはいえ記憶を探ってみるもはっきりと「この人だ」と言えるものには辿り着かない。多分だけど、お客さんだとかイベントランキングでよく見かけるだとか、その辺の極薄な関係な気がするなあ。
ゾエ君のメッセージからは急いでいる様子が感じ取れたので、私はそれ以上深く考えることはせず、「⑥知っているような気はするが親しくはないような気がする」を回答として送信した。
[ゾエベル]
了解しました!
……こんな適当回答でいいんだ。
一体何を了解されたのか一切不明なまま、ゾエ氏からの連絡はそこで途絶え、今に至る。
で、何はさておき本日、私はレスティンギルド本部へとやって来ていた。
最近のマイブームたる、生産サポートキャラクターを雇うためである。きーちゃんからお勧めされたこのコンテンツ、数日前お試しで触ってみたんだけど、すっかり気に入ってしまったのだ。
生産ヘルプを雇うことの利点は、できる仕事が広がって便利っていうのは勿論のこと、可愛いキャラクターの微笑ましいやり取りを見られるっていうのも醍醐味なんだよね~。この辺は遠征ヘルプとも通じるものがある。
まだこのシステムの使い方に慣れていない私としては、どちらかというと楽しさの比重はキャラ愛でたさに偏り気味かもしれない。
やはり主な目的はハウジングの充実ということで、今のところは【大工】職でありパートナーシップを組んでもいるコナー君を呼ぶことが多い。『インテリヤクザ』とも称される柄の悪い眼鏡君だね。
そしてさらにもう一人大工を雇う場合、ここレスティンではグーシェという女の子が派遣される確率が高い。この子は公式でコナーとカップリング設定があるキャラなんだ。
兎耳のいつもぶすっとしている妹系女子なんだけど、仕事には凄く真面目に取り組んでくれる。
コナーとはいわゆる“ケンカップル”的関係みたい。昨日もコナーが彼女の製作途中だった椅子をうっかり壊してしまって、二人でぎゃあぎゃあ言い合っていた。
でもお互いの才能は表に出さずとも認め合っているようで、ちらちらと意識し合っているようだ。
むふふ、二人の絆が今後どんなふうに育っていくのか、楽しみだな~。
なんて、お花畑な想像を膨らませながらギルドのロビーに入って行くと、そこで馴染みの顔を見つけた。
ゾエ君……と、誰だろう。彼は同じような背格好のお兄さんと一緒に、掲示板に貼られたクエスト票を眺めて何やら話し込んでいる。
私の知らない人みたいだし、今日は話しかけないでおこう。そう思って離れようとしたところ、まるで何かを感じ取ったかのように、ふいっとゾエ君がこちらを振り返った。
彼はいつも通りにぱっと笑みを浮かべると、ひらひら手を振る。それにつられ、横にいた青年も顔をこちらに向けた。
アッシュの癖毛に三角の獣耳、狐のような細い目。ひょろっとした体型や丸まり気味の背中なんかがゾエ君と共通していて、二人並んでいると兄弟みたいな雰囲気がある。
でもそれはそれとして、あのお兄さんどっかで見たことあるな。
友達とかではないんだけど……あ、そうだ。あの人多分、遠征行くとよく見かけた人だ。
野外フィールドに行くと見覚えのある顔ばっかに出くわすって事象、最近は比較的少ない気がするけど、昔はよくあったっけな。その時期のお馴染み面子に、確かお兄さんの姿も含まれていた。
何なら話しかけられたこともあったっけ? すごーく軽いかんじで、薄味なことをぺらっぺら喋る人だったような。
もっとも今のお兄さんからは疲れているような空気が漂っていて、しかも私を認めると心なしか若干顔を固くされた。記憶にある「人類皆フレンズ、ウェーイパッパラパー」な印象は欠片もなく、私は違和感を抱く。
しかし同時に、どこか哀愁漂うチャラ男さんのその姿を目にしたとき、私の脳裏で閃きの火花が迸った。
――――――あ、このお兄さん、“運命の人”だ。
そう思ったが最後、私の視線は彼の顔に釘付けになってしまった。ゾエ君がいつもの様子で真っ直ぐ近付いてきて、複雑な面持ちのお兄さんも数歩遅れて後を追う。
自然、私の足もそちらに向いた。
私史上かなりの速さで思考が回転していたことは覚えている。気付けば私はいそいそと狐目のお兄さんに歩み寄り、こう口にしていたのだった。
「あのっ、お兄さんに運命を感じたのでお名前を教えていただいてもいいですかっ?」
程なくして私は、空気が凍ったことを悟った。その理由についても容易に察しがついて、急激に背筋が寒くなる。
あれ? なんか私今、めっちゃストレートに逆ナンしたくない?
いやっ、違うんだよ。
一応ここで、私の脳がいかにスピーディに働いていたかを弁明させていただきたい。
このお兄さん、運命の人だ。この軟弱で軽薄そうな空気感、スタイルの良さ、味の濃いアイテムとも共存できそうなシンプルな面差し――――――私の作った【ハッピーメガネ】が似合うに違いない……!
そう確信すると共に、頭の中でイメージがぶわりと膨れ上がった。ああいうファッションなら似合いそう、これ系のアイテムを合わせたい、コーディネートはああしてこうして……。
想像は目まぐるしく更新されていき、一つの願いを生みだす。
このお兄さんをイメージした衣装を製作したい!
あわよくば私の作った服を着てほしい! ハッピーメガネと共に……!
でも相手とは、こちらが一方的に顔だけ覚えているような間柄である。出会い頭に「あなたに似合う衣装を作りますんで着ていただけませんか!?」なんて言うわけにもいかない。
物事には順番がある。まずはお知り合いになって、お友達になって、それからならきっとこの提案だってすんなり受け入れてもらえることだろう。
お近付きになるにはまず、お互いの名前を知るところから始めないとね。けどいきなり知らない人に名前を聞かれるのは怖いだろうから、ちゃんと理由も伝えないとね。
――――――以上の思考過程を経た上での、先の発言である。けして、けっっっっして、軽率にナンパしたわけではないのである!
私が背中に冷たい汗を掻きだしたところで、ゾエ君達の氷結も溶けてくる。
ゾエ君は困惑のような虚無のような眼差しで、頻りに私とお兄さんを見比べる。彼にしてはレアな表情である。
お兄さんのほうは一瞬ぱっと顔を明るくして何か言いかけたのだが、宇宙の深淵を覗き見たようなゾエ君の様子を目にして、すぐ居心地の悪そうな顔色に戻ってしまった。
すっかり濁りきった変な空気を元に戻すのには、非常な労力が求められたのであった。








